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 俺は小さい頃から叔父さんが好きだったけど、同時にあの人のことを、とてもかわいそうな人だとも思ってた。

 愛人の子として生まれ、十才で母親を亡くして父親の家に引き取られた。そこでは大切にされたけど、むしろそのことが自分を愛人の子だと卑下する叔父さんを苦しめることになった。
 育ててもらっているだけでもありがたい。だからこれ以上は少しでも迷惑をかけたくない。そんな思いを常に抱えていた叔父さんは、自己を出さず我儘を言わず、静かに目立たないようにして、ただひたすら真面目に生きてきた。

 そんな叔父さんが自分がゲイだと知った時、どれほど絶望しただろう。
 絶対にばあちゃんや母さんには知られてはならないと思ったはずだ。心配かけるのが嫌だったし、ゲイだとバレて嫌われることも怖かったからだ。

 自分の性嗜好が他人に気付かれないようにするために、細心の注意を払って日々を過ごしていたに違いない。気の休まる暇なんてなかったはずだ。

 そんな中で、甥っ子である俺が自分を好きだと言いだした。姉の大切な一人息子であり、義母がかわいがっている孫の俺がだ。

 絶対に受け入れてはいけないと思ったはずだ。
 姉や義母を悲しませたくないし、なによりも、自分と同じような肩身の狭い思いを俺にさせたくなかったからだ。

 でも本音では、俺に告白された時、叔父さんは嬉しかったと思う。
 なぜなら本当は叔父さんも、俺のことが好きだから。

『もし俺と叔父さんが完全に赤の他人同士だったら、母さんとかばあちゃんとか血の繋がりとか、そういったしがらみが一切なかったら、叔父さんは俺との付き合いを考えてくれた? 俺を恋人として好きになってくれる可能性はあったと思う?』

 告白の時にした俺のこの質問に叔父さんが答えなかったのは、きっと答えがイエスだからだ。
 そうじゃないなら、血の繋がりとかしがらみとか関係なく、俺を恋愛対象として見るのは無理なんだと、好きになれなのだと、考えるだけで気持ち悪いのだと、きっぱりと返事すればよかったんだから。

 でも叔父さんには言えなかった。
 本心ではそう思っていなかったからだ。

 高校の校門前で久し振りに会った時、叔父さんは俺を見て驚いたように息を飲んだ。一瞬だけど俺に見惚れていた。すぐに目を反らしたけど、俺は見逃さなかった。
 俺の身長は三年前よりもかなり伸びたし、顔付きも雰囲気も随分大人っぽくなった。間違いなく、あの時の叔父さんは俺を恋愛対象として意識していた。

 ホテルの中で話をしていた時も、叔父さんは不自然に俺から距離をとっていた。
 俺が何気に近寄ると、慌てて後ろに下がって俺から離れようとした。
 意識していることが丸わかりで、それがどれだか俺を嬉しくさせたことか。 

 どんなに隠してもどれだけ距離をとっても、よほど鈍くない限り、同じ空間にいる相手から自分に向けられる好意くらい感じ取れるものだ。
 だからきっと、俺の想いも叔父さんに伝わっていたはず。

 交差する視線、発する言葉、ちょっとした体の動き、部屋の中に満ちる空気。そのすべてが伝えていた。俺と叔父さんが両想いだと。

 でも叔父さんは臆病だから、俺を好きになってはいけないと自分に言い聞かせている。
 ここまできても往生際悪く、俺の人生を自分のせいで狂わせたくないとか、女の子と付き合って結婚し、ごく普通の家庭を築いて幸せになって欲しいとかを真剣に願ってる。

 三年前、その理由を盾に叔父さんは俺をフッた。

 だから俺は教えてあげたんだ。
 叔父さんと恋人関係にならなくても、どうせ俺はまともな人生なんて送れないんだって。
 根が性悪で人に暴力を振るうのも平気だし、罪のない他人を脅して金を巻き上げることだって平然とやれる。このままだとヤクザの組員になって反社会的な生き方をするだろう。セックスだって、ただ快楽を求めるだけで男とも女とも見境なく誰とでもやれる。
 それが俺という人間だ。

 だから叔父さんはなにも気にしなくていい。俺は元々クソみたいな人間なんだ。
 そんな俺の人生が、自分が受け入れたせいで不幸になるなんて、そんなことは考えなくていいんだ。

 むしろ叔父さんと一緒にいれば、俺はまともな人間として生きていける。叔父さんのためになら、自分の中の残虐性も暴力性も抑え込み、静かに眠らせておくことができるんだから。
 事実、叔父さんに恋してからフラれるまでの間、俺はそうやって生きてきた。
 だから後ろめたさなんて感じることなく、自分の欲望のままに俺を受け入れていいんだ。

 ホテルでの会話の中で、それらの情報をすべて叔父さんに渡してきた。
 脅迫という言い方をしたのは、そうしたほうが叔父さんが俺を受け入れやすくなると思ったからだ。

 もう俺にできることはなにもない。
 後は叔父さんがどう考え、どう判断するかを待つしかない。


 ホテルを出た後、俺は数ヵ月ぶりに家に帰った。
 卒業証書などの荷物を置いて着替えを手早くすませると、すぐに部屋を出て玄関に向かう。
 靴を履いていた時、腫れ物に触るように話しかけてきた母さんに、一言だけ言った。

「夜、また叔父さんと話すことになってるから」

 だから今はまだなにも聞くな。
 言外にそう伝えると、まだなにか話したそうな母さんを無視して家を出た。

 スマホで連絡を取って悪友たちと合流すると、そのまま謝恩会の会場へと向かう。
 一次会場のホテルでは、同じクラスになったことのある友人たちと高校三年間の思い出話に花を咲かせ、二次会では特に仲の良かった仲間たちと一緒にカラオケ店に移動して、大はしゃぎしながら盛り上がった。

 時計の針があと十五分で十時を示すという頃。
 待ち焦がれたメッセージがスマホに届いた。

 ―― 答えが出た ――

 即座に立ち上がると、俺は仲間たちと別れてカラオケ店を出た。逸る気持ちを必死に抑えながらも、叔父さんの待つホテルへと足早に向かう。

 ホテルのフロントで俺用のルームキーを受け取り、すぐさまエレベータに乗り込んだ。
 運よく他の客は同乗しておらず、一人だけの空間の中で静かに重力を感じながら、俺は心臓の上にそっと右手を置いてみた。

 鼓動が早い。さすがの俺も少し緊張気味だ。

 叔父さんの答えによっては、俺は今日、本当の意味で失恋することになる。
 三年前にフラれた時とは違う。あの時は諦めるつもりなど微塵もなく、どうすれば叔父さんを確実に手に入れることができるのか、そのことばかりを考えていたから。
 でも今回フラれたら、もう叔父さんのことは諦めるつもりでいる。これ以上、叔父さんを苦しめたくないからだ。

 目的の階で止まったエレベーターから降りると、気を落ち着けるために殊更ゆっくりと廊下を歩いた。叔父さんの答えを聞くのが楽しみなようで、少し怖くもある。
 部屋のドアの前で立ち止まり、深呼吸を一つする。
 緊張と気合が叔父さんにバレないように、意識して飄々とした表情を顔に浮かべてから部屋に入った。

「叔父さん、やっと考えが決まったみ――」
「好きだ、雅已」

 突然の告白に息が止まった。

 まさかこんな、部屋に入った途端に答えをもらえるとは思っておらず、さすがの俺も面食らう。
 それまでのヘラリとしていた俺の顔が、一瞬で真顔になった。
 見ると、叔父さんも真顔だ。
 ごくり、と唾の飲み込んで口を開く。

「……本気? ちゃんと真面目に、真剣に考えてくれた?」
「もちろんだ。本気だし、真面目に考えた上での答えだ」
「…………」

 ヤバい。
 嬉しくて胸が苦しい。
 爆発しそうなくらい、心臓がばくばく言っている。
 泣いてしまいそうだけど、その前にひとつ、絶対に訊いておかなきゃならないことが俺にはあった。

「叔父さんが俺を受け入れようとしてるのは、本当に俺が好きだから? それとも俺がヤクザになると母さんやばあちゃんが悲しむから、それを防ぐため?」

 もし母さんたちのためだっていうなら、それはあまりにも悲し過ぎる。

 だってそれは叔父さんにとって大切なのはあくまでも母さんとばあちゃんで、二人のためなら俺なんて適当な嘘で丸め込めるならそれでかまわない、それくらいの取るに足らない存在だって、そう叔父さんに思われてることになるからだ。

「頼むから叔父さん、本当の気持ちを聞かせてよ……」

 すると叔父さんは大きく息を吐いた後、ぽつりぽつりと話し出した。

「お前も知っている通り、俺は愛人の子供だ。そのことを恥に思って生きてきた。そのせいで自分に自信がなく、臆病で、人に後ろ指をさされる生き方をなにより恐れてきた。義母さんや姉さんは俺に優しかったけど、嬉しいよりは申し訳なく思う気持ちの方が多かった。かわいがってもらうほどに、自分にはそうしてもらう価値などないのにと、罪悪感ばかりが大きくなった。でもな雅已、おまえに好かれることは嬉しかった。こんな俺に無邪気に懐いてくれて、甘えてくれて、好きだ好きだと繰り返し言ってくれた。叔父さんはすごい、かっこいい、自慢に思うって、そう言ってくれるたび、俺みたいな人間でも生きていていいんだって、そう肯定された気持ちになれた」
「だから俺のこと、好きになってくれたの?」

 叔父さんが頷いた。

「三年前、雅已から真剣な顔で告白された時、驚いたのと同時に嬉しいと思ってしまった。そして、俺はそんな自分に恐怖した。俺と雅已は男同士で、しかも叔父と甥の関係だ。俺たちが恋人として付き合うことは、禁忌を二重に犯すことになる。決して許される関係じゃない。だから俺は逃げ出した。仕事を理由に東京へと引っ越した。そばにいたらもっと好きになっていって、いずれは我慢できずに雅已の気持ちを受け入れてしまう。それを恐れて俺は逃げた」

 そうだったのか。
 俺はてっきり、少しでも早く俺に叔父さんを諦めさせるために引っ越したんだと思ってた。

「じゃ、じゃあ、叔父さんは本気で俺を好きってことでいいんだよね? 嘘はないんだよね?」
「好きだよ、雅已のことがすごく好きだ。でも、大切に思うからこそ迷った。お前を受け入れることは本当に正しいことなのか。ただ不幸の道連れにしてしまうだけなんじゃないか。そう何度も何度も考えた」

 そうだろうな。
 叔父さんはとても真面目な人だから。

「でも、それでも決めてくれたんだよね……?」
「臆病でなかなか一歩踏み出しきれない俺の背中を最後に押してくれたのが、俺にフラれたらヤクザになるって言った雅已の言葉だった」

 あれが自分への言い訳になった、と叔父さんは言った。

 甥を受け入れることは姉や義母を助けることになる。甥をヤクザにしないためにはそうするしかない。これは仕方がないことだし、良いことでもある。ただ好きだからという理由だけで、甥をゲイの世界に引っ張り込もうとしているわけじゃない。

 そう言い訳することで、叔父さんはやっと俺に好きだと伝える決意ができたのだと、自嘲しながら苦い顔で言った。

「情けないだろう? おまえは昔から物腰は柔らかいながらも竹を割ったような性格だったからな。好きなものは好き、嫌いなものは一切寄せ付けようとしない。そんなおまえから見ると、俺は情けなくて狡い大人だろう? 幻滅して嫌いにならないか?」

 そんなわけない。
 だって俺は、叔父さんのそういう弱くて小心で臆病で小狡いところもあって、でも素直で正直で健全なところも本当は寂しがりやなところもひっくるめて、全部が大好きなんだから。

 それに、叔父さんの迷いも分かる。
 既に三十を過ぎている叔父さんには社会的地位も信用もある。俺との関係がもし世間に知られたら、とんでもないスキャンダルになる。仕事だって失うかもしれない。なんのしがらみもない俺とは違って、かなり難しい決断だったはずだ。

 それでも、決意してくれた。
 俺を受け入れると、決めてくれたんだ。

 俺は嬉しくて、心からの笑顔を叔父さんに向けた。

「ううん。嫌いになんてなるわけないよ。だって俺は昔から叔父さんのすべてが大好きなんだから」

 だから、今すぐにもう一度聞かせて欲しい。
 この部屋に入ってすぐに言ってくれた言葉を、もう一度ハッキリと、この耳で聞きたいんだ。

「俺のこと、好き?」
「好きだよ、雅已。もうおまえの前でだけは隠さない。俺はおまえが好きだ」

 俺は叔父さんに抱きついた。
 そんな俺を叔父さんも抱きしめてくれる。

「だったら、もう恋人なんだったら、今すぐに俺を抱いてよ」
「そのつもりだ」

 俺たちは貪るようにキスをしながら、互いの服を脱がしていった。そのまま一緒にバスルームに入り、頭上から降り注ぐシャワーの中でもキスを続ける。
 夢中になってキスをしていた俺の後孔に、叔父さんの人差指が埋められた。

「う……はぁっ……」

 片足をバスタブに置き、片足で立つ不安定な俺を、叔父さんが腕で支えながら後孔を解していく。
 叔父さんのキスの上手さや前立腺をすぐに見つけた手際の良さに、俺はなんとも言えない嫌な気持ちになった。
 俺の知らないところで、叔父さんはこれまで何人の人と付き合ってきたんだろう。嫉妬心が止まらない。

 悔しかったから、ついこんなことを言ってしまう。

「叔父さん、嫉妬してよ。俺、この三年間で色んな男に抱かれてきた。叔父さんのことがずっと好きだったけど、性欲求の解消のためだけに、たくさんの男に抱かれてきた」
「言われなくても、もう嫉妬まみれだ。くそ、知らない間にこんなに開発されて……」

 叔父さんはその場に跪くと、後孔を解しながら俺の陰茎を口に咥えた。

「はっ! ……あ、ああっ!!」

 勃起した陰茎が叔父さんの舌に舐めまわされる。
 体中が痺れるほど気持ちがいい。

「う……はぁっ……叔父さん、気持ちいよ……」
「全部俺で上書きしてやる」

 叔父さんの舌の動きはとんでもなく巧みで、結局は俺の方がもっと嫉妬させられる結果になった。
 バスルームで俺はあっと言う間に二回もイかされた。
 その後すぐにベッドへと場所を移し、俺と叔父さんは初めて一つに交わった。

 叔父さんの陰茎が俺の中にある。それだけで涙が出るほど嬉しくてたまらない。
 乳首を舐められるだけで、叔父さんが腰を少し動かすだけで、俺の体は驚くほど快感を拾ってビクンビクンと淫らに跳ねた。好きな人とのセックスがこんなに気持ちがいいことを、俺は生まれて初めて知ったのだった。

「本当は叔父さんに俺の初めてを全部もらってもらいたかったんだ」
「……もう煽るな。優しくできなくなりそうだ」
「ああっ、あ……好き……叔父さん、大好き……はあぅっ!」

 最奥を強く突かれ、俺の全身が蕩けるようにぞくぞくと震えた。
 そこが俺の好きなところだと気付いた叔父さんが、大きく腰を引いた後、突き上げるようにして捻じ込んだ亀頭でガンガン責めたててくる。

 ああ、気持ちいい。
 汗まみれになりながら全身をねじって善がり狂う。
 このまま死んでもいいと思うくらいの愉悦の中で嬌声を上げ続けた。

 俺のそそり立つ陰茎の先っぽからは、トロトロと汁が滴った。
 過ぎる快感に涙も零れ落ちて、それを叔父さんが唇で吸い取ってくれた。

 叔父さんの汗ばむ引き締まった体からは、とんでもない色気が滲み出ている。
 独占欲をむき出しにして、俺は叔父さんの体を抱きしめた。

「もう俺のものだから。叔父さんは俺のものだ。誰にも渡さない」
「おまえこそ、もう誰にも触らせるなよ」

 そう言ってくれたことが嬉しくて、叔父さんのことが大好きで、体中が蕩けるほど気持ち良くて、俺は幸せにむせび泣きながら射精した。
 そのすぐ後に、叔父さんが俺の中で熱い欲望を吐き出したのを感じて、また俺は全身を甘く震わせたのだった。

 禁忌だとか、人の道に外れる行為だとか、そんなことは少しも気にならない。
 きっと死ぬ寸前まで俺は叔父さんを愛し続ける。

 そう確信した夜だった。

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