最愛の人に好かれ続けたい俺の生き様

鳴海

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 喫茶店を出て二人と別れた俺は、一人で歩きながら啓介さんが言っていたことを考えていた。

「男も女もいけるなら女と付き合って欲しい……か。前に俺も似たようなことを言われたな」

 忘れもしない、聡叔父さんが俺をフッた時に言った台詞だ。

『女を好きになれるなら、普通に女と付き合って結婚して、家庭を持つ方が絶対に幸せになれる』

 あの時はなんて酷いことを言うんだって憤慨したし、傷つきもした。
 どうして俺の気持ちを無視するんだって、悲しくなった。

 女と付き合って結婚して家庭を作るなんて、そんなこと俺は望んでいない。
 俺が望んだのは叔父さんと二人で掴む幸せだ。

 でも叔父さんは自分の気持ちを押し付けるばかりで、俺の想いを蔑ろにした。
 だから傷ついたし納得できなかったし腹も立った。

 俺だってバカじゃない。叔父さんの気持ちだってちゃんと分かってる。
 啓介さんが慎吾の未来を親身になって考えているからこそ事務所に入って欲しくないと俺に言ったように、叔父さんも俺のことを本気で心配するからこそ、彼女を作れって言ったんだろう。

 あの時、叔父さんはこうも言った。

『俺のせいでおまえの人生が狂うのは嫌だし、そんなおまえを心配して悲しむ母さんと姉さんを見たくはない』

 あの時のことは、何度も何度も繰り返し思い出している。叔父さんはとても辛そうな顔をしていた。
 どうしてあんなに辛そうだったんだろう。辛いのはフラれた俺の方なのに。

 いつもいつも、暇さえあれば考えた。
 あの時の会話、辛そうだった叔父さんの表情。
 俺がした最後の質問に叔父さんが答えてくれなかったことの意味。
 言葉の裏に隠された、叔父さんの本当の気持ち。

 考えて考えて考えて、やがて俺はひとつの結論に至った。

 だから俺はある計画を立てた。
 その計画にのっとって俺なりにがんばった結果、今日やっと欲しいものが手に入った。この武器を手に、後は戦うだけだ。勝率は高いと確信している。

 後はもう対決を待つばかりだ。

 おそらく、決戦の日は卒業式の日になると思う。
 きっとその日に俺の長年の悲願が達成する。そう信じてる。

 その日がくることが楽しみで、俺の口元に堪えきれない笑みが浮かんだ。



 そして、待ちに待った高校生活最後の日。

 卒業式が終わって教室に戻り、クラス担任から最後の話を聞かされた後、俺の高校生としての日々は終わりを迎えた。

 教室の中や校門前では友達やクラスメートたちが卒業記念の写真を撮ったり、卒業アルバムの最後のページにメッセージを書き合ったり、告白したりされたり、部活の後輩に涙ながらに別れの言葉を送られたりなどして、卒業生やその関係者は大いに盛り上がっていた。

 至るところでボタンの争奪戦が起こり、連絡先を交換し合ったり、フラれて友達に慰められたりしていて、見ているだけで面白い。まさに青春そのものだ。
 不良ばかりの工業高校でも、やはりこういうところは他校の真面目な生徒たちとなんら変わらない。
 俺も迷惑をかけ続けた先生たちとも最後だからと言葉を交わし、笑顔で肩を組んで写真を撮ったりした。

 昼が近くなった頃、やっと仲間たちと一緒に学校を出ることになった。
 夕方からはホテルで行われる謝恩会に参加する予定だ。それまでに一度家に帰って着替えたり、荷物を置いたりしなければならない。

 俺が気の合う仲間たちと一緒に校門を出て歩き出してすぐ、ある人が俺の前に立ち塞がった。

「雅已」
「!」

 それは約三年振りに見る叔父さんだった。

 最後に会った時とまったく変わっていない。相変わらずのカッコ良さだ。
 小柄で薄い顔をしたじいちゃに少しも似ていないことから想像するに、きっと叔父さんの母親は派手な顔をした美人だったんだろう。百七十をちょっと過ぎたくらいしか身長が伸びなかった俺とは違い、叔父さんの身長は百八十五センチ越え。それもきっと母親から受け継いだ遺伝子の成果だろう。

 本当にすべてが羨ましい。顔から体格から、叔父さんは俺の理想そのものだ。
 年齢は俺の十五才上だから、多分、今は三十三才か?
 まさに男盛り、かっこいいわけだ。

 なんてことを考えながらもおくびに出さず、俺はにこりともせずに叔父さんに言った。

「あれ、叔父さんじゃない。久し振りだね、こんなところでなにしてんの?」
「おまえを待ってたんだ」
「わざわざ学校の前で? なんで?」

 不思議そうに首を傾げて見せると、叔父さんが苦虫をかみつぶしたような顔をした。

「こうでもしないと、おまえが捕まらないからだ。家には帰らず、携帯に連絡しても返信の一つも寄こさない。さすがに卒業式には出るだろうと、少し前からここで待ってたんだ」

 うん、さすがは叔父さん。
 叔父さんなら今日ここに来て、学校帰りの俺に接触してくるだろうと思ってた。そうなるようにと俺はずっと家に帰らなかったし、スマホへの連絡も無視し続けてきたんだから。

「とにかく話がしたい。一緒に来てくれないか」
「話? うーん、でもどこで? 家は嫌だな、母さんがうるさいし。邪魔の入らないところで静かに話せるなら、付いていってもいいけど」
「だったらアーリーチェックインできるホテルをとる。探すからちょっと待ってろ」

 叔父さんがスマホを操作し始めたところで、一緒にいた友人たちに事情を話し、夕方の謝恩会でまた会うことを約束して一旦別れた。
 叔父さんに歩み寄ると、もうホテルはとれたようで、今は母さんと電話で話している。俺と会えたこと、無事であること、これから話をすることを伝えているらしい。

 その電話が終わると、俺と叔父さんはすぐに電車に乗ってホテルに向かった。



 叔父さんが予約したホテルは、全国でも名の知れた高級ホテルだった。
 俺が住んでるような地方都市だと、かなり良いホテルじゃないとアーリーチェックインのシステム導入してないのかもなぁ。
 逆に、アーリーチェックインさせてくれるホテルがこの辺りにもあったのか、と驚くくらいだ。

 ホテルに着くと、天井の高いロビーの奥にあるフロントで、叔父さんは手早くチェックインをすませた。鍵を受け取ってエレベーターに乗ると、そのまますぐに部屋へと向かう。

 叔父さんがとったのは八階のツインルームで、品はいいけれど面白味のない内装の味気ない部屋だった。調度品の質の良さは感じるけど、必要な物しか部屋になくて遊び心がないせいか、どことなく冷たい感じがする。

 シティホテルの内装って、どこも似たり寄ったりだよな。色々な趣向が凝らしてあるラブホテルの方がよっぽど面白くて俺は好きだ。
 そんなことを思いながら室内を眺めていると、腰を下ろす間もなく叔父さんが話を切り出してきた。

「雅已、なぜだ? どうしてそんなに変わってしまったんだ?」
「……」
「私立高校を退学になって工業高校に編入して、その後も荒れた生活を送っていると姉さんに聞いている。家にもほとんど帰ってないんだろう? おまえはそんな子じゃなかったのに、一体どうして……」

 そこで口を閉じた叔父さんは、やがてかなり言い辛そうに言葉を続けた。

「……俺のせいか? あの時、俺がおまえの告白を断ったから、それで荒れて今みたいに――」
「待ってよ。そんな話をする前にさ」

 俺は叔父さんの言葉を遮った。

「まずは挨拶しようよ。久し振りに会ったんだからさ」
「あ、ああ、そうか。それもそうだな、すまない」
「本当に久しぶりだね、叔父さん。もうすぐ三年になるかな。俺が告白してフラれた日以来だね」 
「っ! そうだな、久し振りだな……そうか、もうあれから三年か……」

 気まずそうに視線を泳がせる叔父さんは、見た目は相変わらず男らしくてカッコいいけど、やっぱり今も内向的でコミュニケーション下手なようだ。
 懐かしくて、叔父さんの変わらないところが嬉しくて、つい俺の口元に笑みが浮かぶ。

 生真面目な叔父さんのことだから、三年前のあの日からずっと、俺に罪悪感を抱いていたに違いない。母さんに俺の素行の悪さを聞かされるたびに、自責の念にかられて、密かに苦しんでいたんだろう。

 それを考えると、会っていなかったこの三年間、叔父さんはずっと俺のことを考えていたことになる。それが俺には嬉しくてたまらない。

「さて挨拶も終わったし、話を続けようか。さっきの質問の答えだけど、叔父さんの言う通り俺が変わったのはフラれたことがキッカケだよ」
「!」
「あ、でも勘違いしないでよね。フラれた腹いせに素行不良になったわけじゃないから。ただ本来の俺に戻っただけだ」
「本来の雅已……?」
「今日さ、俺の高校での友達見ただろう? 世間一般的には不良って呼ばれるようなヤツらばかりだけど、アイツらと一緒にいた俺、どう見えた? 無理してるように見えた? 違うよね。すごく仲良さそうに見えなかった?」
「……あ、ああ。確かにそうだな。無理しているようには見えなかった。ごく自然に仲良くしているようだった」

 そう、俺は叔父さんにフラれた腹いせにグレたワケじゃない。これまで幾重にも被っていた猫を脱ぎ去り、本来の自分に戻っただけだ。

 俺は多分、生まれつき性善説とは相反するタイプの人間なんだと思う。
 できるだけ楽して生きたいと思うし、基本的には自分の為なら他人が傷ついても全然平気。逆らうヤツを暴力でねじ伏せて血みどろにすることだって、なんの躊躇も戸惑いもなく平然とやれる。

 だから高一の春、私立高を暴力沙汰で退学して工業高校に編入してからは、本当に自由で楽しいストレスフリーの日々を送るようになった。

 族には入らなかったけど、それも序列とかを気にするのが面倒だっただけで、世間の迷惑を考えずに慎吾たちと自由気ままに遊ぶことは、心の底から楽しかった。
 たまに助っ人として喧嘩に参加した時は、相手を鉄パイプでボコ殴りの半殺し状態にして、爽快な気分と血の臭いに酔いしれたものだ。

 思えば小学生の時に親の離婚を喜べたのだって、俺があの頃から既に自分本位で他人なんかどうでもいいって性質をしていた表れだろう。

 叔父さんさえ絡まなければ、俺は嫌がる女を無理矢理犯すことだって平気でできるし、小さな子どもを残酷に殺すことだって、きっと顔色ひとつ変えずにやれると思う。
 母さんやばあちゃんだって、俺にとってはどうでもいい人間にすぎない。

 俺をヤクザ事務所に誘った時の慎吾の言葉。

『きっとヤクザこっちの世界に向いてると思う』

 あれにはすごく納得できた。
 まさに真理、さすが慎吾は俺をよく分かってるなって、そう思ったものだ。

 じゃあそんな俺がどうして高校生以前は残虐性をひた隠し、真面目人間のフリをしていたのかって?
 それは叔父さんの存在があったからだ。
 大好きな叔父さんに嫌われたくない。その一心で、俺は本性を知られないよう普通の人のフリをして生きてきた。母さんやばあちゃんのことだって、面倒だけれど大切にしてきたんだ。

 でも、俺は高一の時に叔父さんに告白してフラれてしまった。となると、もう自分を偽る必要はない。だから本来の自分に戻って自由気まま、好き勝手に生きることにしたワケだ。

 ――と、それらを全部包み隠さず説明してから俺は言った。

「そういうわけで、俺は別にフラれたせいで不良になったワケじゃない。だから叔父さんが気にすることはなにもないんだ」
「そ、そんな……違う。おまえはそんな子じゃなかったはずだ」
「ごめんね、騙してて。でも、それが俺の本性なんだよ」

 叔父さんは信じられないといった顔で、ショックを受けていた。が、やがて強い眼差しで俺を正面から見据えた。

「もし……もし今の話が本当だとしても、だからと言って雅已を放っておくなんてできない。おまえ、これからどうするつもりなんだ? 進学はしないんだろう? だからと言って就職もしていないみたいだし」
「それなら心配いらないよ。友達からヤクザの事務所に入らないかって誘われてるから」
「ヤクザ?! まさか、もう入るって返事したのかっ?!」
「まだだよ。その前に叔父さんと話をしなくちゃって思ってたから」

 叔父さんは分かりやすく安堵の表情を浮かべた。
 そりゃそうだろう。身内がヤクザになるなんて嫌に決まってる。

 まあだからこそ、一週間前にヤクザにならないかと慎吾から誘われた時、俺は内心で大喜びしたんだけどね。だってそれは、叔父さんを自分のものにするための説得材料として絶対に必要なものだから。

 俺の目の前で、叔父さんが必死にしゃべっている。
 ヤクザになんてなるべきじゃない。母さんやばあちゃんが悲しむ。おまえ自身、絶対に幸せになれない。仕事なら他にいくらでもある。なんなら自分が紹介してもいい。等々。

 確かに叔父さんの言う通りだと思う。
 ヤクザになんてなったら、この先まともな人生は送れない。

 でもじゃあゲイとして生きることとヤクザとして生きること。
 どっちがよりまともな人生を送れることになるんだろう。

 ねえ叔父さん。
 叔父さんにとって、よりまともじゃない生き方はどっちなんだ?

 必死になってヤクザにならせまいと説得を続ける叔父さんに、俺は叔父さんと離れて暮らしたこの三年のことを話して聞かせた。

「叔父さん、俺ね、三年前に叔父さんにフラれてから、色んな人と付き合ってみた。何人もの女と寝たし、男も抱いたし抱かれてもみた」
「なっ! ……どうしてそんな……」
「女の子と付き合って幸せになれって叔父さんが言ったからだよ。だからたくさんの女を抱いてみた。でも、誰を相手にしてもしっくりこなかった。それで次に男を抱いたり抱かれたりもしてみた。それでもやっぱりダメだった。俺ね、やっぱり叔父さん以外に好きになれそうにない。それが分かったから決めたんだ、脅迫してでも叔父さんを手に入れようってね」

 脅迫、という言葉を聞いた叔父さんの眉間にシワが寄る。

「……どういうことだ」
「叔父さんが俺を恋人にしてくれるなら、俺はまた以前のような真面目な人間に戻るよ。叔父さんのためになら、生涯自分の本性を隠して普通の人として生きていってもかまわない。でも恋人になれないなら、もう我慢する必要がないから、俺は自分らしく生きるためにヤクザになろうと思う」
「そ、そんなのめちゃくちゃだ!」
「そうだね。でも仕方ないよ。俺って元々こういう性悪で腹黒な人間なんだから。ヤクザに向いてるって、現役のヤクザから言われるような人間なんだよ、俺は」

 叔父さんは蒼白になって黙り込んだ。

 俺をヤクザにさせないためには、叔父さんが俺を受け入れるしかない。それは俺にゲイとして生きることと近親恋愛することを許すということになる。
 きっと今、叔父さんの頭の中は色々な考えや情報が交錯して、ぐちゃぐちゃになっていることだろう。

 俺としては、言うべきことは全部言いきった。
 後は叔父さんがどう判断するかだ。

 さすがに即答は無理だろうから、俺は一旦ホテルを出ることにした。この後は謝恩会に顔を出すことになっている。その間、叔父さんはじっくりと考えてくれればいい。

「後は叔父さんがどう考えるかだ。俺としては、できれば叔父さんの恋人になりたい。でも、それよりもヤクザになった方が俺にとって幸せだって思うなら、また俺をフッてくれたらいいよ。そしたら今度こそ俺もきっぱり叔父さんをあきらめる」
「…………分かった」
「決心がついたらスマホに連絡入れてよ。すぐに戻るってくるからさ」

 悲痛な顔で頷いた叔父さんを見て、俺は小さく苦笑する。

「前に叔父さんは言ったよね。叔父さんのせいで俺の人生が狂うのは嫌だって」
「そうだな」
「俺からしたら、叔父さんを好きになろうがなるまいが、どうせ俺の人生は最初から狂ってた。むしろ叔父さんを好きになったから、善良なフリをしてまともな人生を送れていたんだ。今回だって、叔父さんがどんな選択をしたところで、そのせいで俺の人生が狂うことはないよ」
「……」
「それともう一つ。俺は叔父さんのことが本気で好きだ」

 叔父さんがハッと顔を上げて俺を見た。

「ゲイは生きにくいだとか血が近くて禁忌だとか、そんなことどうでもいいって思えるくらい、叔父さんが好きだよ」

 それだけ言うと、俺はホテルを出たのだった。

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