その答えは正しいの?

うずみどり

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⑩番外編−3

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 色の薄いカラコンを入れて、眉毛を整えて唇を淡く染めたみつおはまるで人形みたいだと駿佑は思った。

「これ、本当に必要なのか?」

 駿佑が不審そうな顔でリクに訊ねた。
 広告・宣伝を担当しているリクは生徒会役員募集のポスターに生徒会長であるみつおをバーンと乗せ、デカデカと “絶対不可侵!” の文字を入れた。それはプロ顔負けのできだった。

「必要なんだよ。生徒会の権威を高めて良質のスタッフを確保する。将来の幹部候補生だって育てないといけないしね」
「それはその代の生徒達が考えればいい」
「それじゃあ遅い。事情が呑み込めた後で動こうと思っても手遅れだ。だから前もって育てて置くんだよ。それにこれは僕らの為でもあるでしょ」
「…………」

 次期生徒会役員を育てて掌握し、大学に入ってからもそのパイプを利用する。確かにそれは当初の駿佑の考えでもあったのだが。

「もう、みっちゃんを人に見せたくないんだよ」

 誰からも崇められる恰好良いみつおを作り上げるのは駿佑の喜びでもあったが、最近は人に見せるのが嫌で嫌で堪らない。恰好良いみつおを自慢するよりも、隠してこっそりと自分だけが彼の良さを堪能したいと思う。
 彼が可愛いのも恰好良いのも優しいのも綺麗なのもそそっかしくて庇護欲をそそられるのも、全部駿佑の為であればいいと思っている。

「……駿佑君のエゴイスト。今更、そんな……」
「仕方ないだろ」

 自分勝手だと詰られても仕方が無い。みつおを祭り上げる為にこれまでリクを散々に利用したのだから。
 それでも駿佑は膨れ上がった我欲を止められなくなってきている。あの日みつおに触れてしまってから。初めて知った幼馴染の艶やかな姿を思い返しては色付いた吐息を零した。

「みっちゃんが欲しいんだ」

 ぼそりと呟いた駿佑の足をリクが思い切り踏んだ。

「駿佑君の意地悪!」

 駿佑に惚れているリクは彼のみつおへの想いを聞かされて胸を痛めた。
 これまではリクに利用価値があったから少しは配慮してくれていたのに、要らなくなったら平然と傷付ける。そんな駿佑をもっと詰りたい。でもきっと彼は平然と謝るのだ。

「悪いな」

(ほらね。開き直って諦めろとばかりに謝罪を口にする。本当に酷い)

 そんな酷い男がリクはどうしても諦められない。どれ程に傷付けられても胸が痛くても彼の側にいたい。例え便利なだけの道具だとしても、利用されるのだとしても。

「悪いと思ってるなら、お詫びに抱くくらいの事はしてよ」

 駿佑にキスを強請る事すら躊躇していたリクが抱いてくれと口にする。その覚悟と意味が分からない程に鈍い男ではなかったが、駿佑はいいよと軽く頷いてハグをした。

「駿佑君!」

 はぐらかされて悔しいけれど抱き締められて嬉しい。そんな複雑な表情をするリクを駿佑が強く揺すりながら宥めた。

「リク、止めておけ。俺なんかもう、止めておけ」
「……そんな事、言わないでよ」

 リクは想う事すら止められて気持ちの行き場を失くし、駿佑の腕をもぎ離すように振り解くと背を向けて駆けだした。開け放たれた生徒会室のドアを駿佑がぼんやりと見ていたら、みつおが顔を覗かせた。

「そこでリクに会ったよ。泣いていたみたいだけれど、駿佑が泣かせたの?」
「違う、俺は……」
「また俺に隠し事? 駿佑は幾つ俺に隠し事をしているの?」
「みっちゃんっ!」

 駿佑はみつおに触れて以来、彼に対する隠し事が下手になった。二人で慌ただしく性器を擦り合い、それからどうしようと戸惑っているうちにみつおが駿佑の持っていた薬を見付けた。いつもなら難なく誤魔化せる筈のみつおを上手く誤魔化す事が出来ず、駿佑はみつおに不審感を持たれた。

「駿佑は親友だと思っていたのに」

 そう言われて何故か駿佑は傷付いて、何でも話すのが親友じゃないだろうと突っ張ってしまった。

「俺は何も知らなくていいと思ってるの? 駿佑は俺をおミソみたいに扱うの?」
「そんな、事は――」
「俺は駿佑の弟じゃないよ!」

 そう言うとみつおはあっという間に走り去ってしまった。それから日を過ごす内に喧嘩は有耶無耶になったが、一度抱いてしまったみつおの不信感はなかなかに根強いらしい。特にリクとの仲を勘繰っているようだった。

「みっちゃん、俺はリクを泣かせたりしていない」

 誤解されたくなくてそう言った駿佑にみつおが淋しそうな目で詰る。

「泣かせないなら何をしていたの? 二人きりで、密室で」
「ほら、生徒会役員の募集ポスターだよ。そろそろ次の役員を決めないと――」
「俺を抜きにして決めないでよ! 俺は、俺は……もう駿佑の人形なんて嫌だよ」

 辛そうなみつおに駿佑は何も言う事が出来ない。良かれと思ってやってきた事がみつおを傷付けるだけなら。

「口出しは止すよ」

 駿佑はその日からみつおのフォローを止めた。

 ***

「いいのかい?」

 藤田に訊ねられて何をと訊き返す程白々しく装う余裕が今の駿佑にはなかった。

「他には迷惑を掛けていませんよ」

 業務に支障はきたしていない、と告げられて藤田が肩を竦めた。

「やれやれ、可愛くないねぇ」
「別にあなたに可愛いなんて思われたくない」

 そういう憎まれ口は可愛いけれど、と心の中で思って藤田が駿佑の隣に腰掛けた。

「生徒会長は束縛されたいタイプだと思うよ?」
「嘘だ。束縛されるのは鬱陶しいって言ってた。だから俺は――」
「彼に覚らせないように囲い込んだんだろ?」
「…………」

 図星だった。みつおをフォローするだとか恰好良くプロデュースするなんて言うのは自分に対する言い訳で、本当は彼のあらゆる事に口出しして手出しして占有したかったのだ。
 けれど彼と触れ合ってその建前すら吹っ飛んだ。今はもうはっきりと彼を独り占めしたい。親友なんて位置付けはイヤだ。

「みつお君が君の人形はイヤだと拒んだ。君も保護者の役は返上したい。二人の思惑は一致しているじゃない。それでどうして揉めるのさ?」

 藤田の言葉に駿佑は俯いて唇を噛んだ。

「一致なんてしてませんよ。みっちゃんは俺に触れられる事を拒んでる」

 あれから何度も駿佑はみつに触れようとした。けれど不信感が先に立つのか考え直したのか、みつおは駿佑を避けた。

「一緒の布団でも寝てくれないし、着替えだって手伝わせない。捕まえても別の男の名前を口に出して逃げ出す。みっちゃんがどういうつもりなのか分からない」

 苦悩と共に告白した駿佑の言葉を藤田が笑い飛ばした。

「あっはは、分からないって本気かい? 本当に本当?」
「藤田っ!」

 チリッと肌を焼く怒気に藤田が笑いを引っ込めた。しかしまだ口元には微笑が漂っている。

「君は馬鹿じゃない。だから他人の事なら見れば分かる筈だ。ついておいでよ」

 そう言うと藤田は上機嫌で数学準備室を訊ねた。

「小山田センセイ、ちょっと分からない事があるんだけれど教えて貰えるかい?」
「……分からない事?」

 小山田は酷く訝しそうな顔をして藤田を見た。藤田がろくでも無い事を考えているのを察した。

「そう。君は同居を始めた当初、俺と一緒に寝るのも着替えの手伝いも拒んだだろう? あれってどうしてだったんだい?」
「何を今更……。俺が過干渉は嫌いだと知ってるだろ――」
「それだけ?」

 にこやかに訊ねられて小山田が不機嫌そうな顔付きのまま頬を染めた。

「んなのどうでもいいだろっ」
「知りたいんだよ。凄く拒まれたから、はっきりと知りたいんだ」
「…………」

 小山田は耳まで赤く染めてから追い詰められたように口を開いた。

「お前に触られると平静じゃいられなかったんだ。近くに寄られただけでドキドキするし、身体の深いところが痺れるみたいになって……惚れてるって気付く前に、もう身体が反応してた。そんなの戸惑うし逃げたいに決まってるだろ!」
「それがあの時に分かっていたら、君がどれ程に嫌がっても可愛がったのに!」
「ふじたっ!」

 小山田はねっとりとした藤田の目付きにゾクゾクして自分の身体を抱き締めた。
 藤田に辱められるといつも訳が分からなくなって泣き出してしまう。泣いた自分を藤田は溺愛するように可愛がった。

「ふじた、泣かされんのはイヤだ……」

 真逆を望みながらそう言った小山田の髪に藤田が口付けた。

「泣かして、可愛がってあげる」

 藤田は低く囁いて小山田を攫った。ドアの外で聞き耳を立てている生徒がいた事などすっかり忘れ果てていた。

 駿佑は小山田の告白に心臓をバクバクと高鳴らせた。
 彼の心境がみつおにも当て嵌まるなら。みつおは。

「俺が……好き?」

 思っても見なかった可能性に駿佑の身体は今にも爆発しそうになった。

(みっちゃんが戸惑っているだけなら、照れているだけなら)

 駿佑は今直ぐにみつおに逢って本当の事を聞きたかった。けれどその頃、みつおはリクに絡まれて困っていた。

 ***

「僕はあなたの知らない駿佑君を知ってるんだから!」

 その言葉にみつおの胸がツキリと痛む。

「リクがそう言うならそうなんだろうけど……。俺だって、ずっと一緒に過ごして――」
「ふぅん、大事にされてたんだ? ずっと甘えて、庇われて……でも本当の事は何も知らされなかったんでしょ? どうせ親友ごっこをさせてたんでしょ?」
「違う!」

 みつおは憮然と唇をへの字に曲げた。
 泣いているリクを慰めようとしたらネチネチと絡まれてとても気分が悪い。でも聞きたくない言葉の中には知らなくちゃいけない事も含まれているような気がする。
 みつおは胸のムカつきを抑えながら例えばどういうところを自分は知らないのかと訊いた。

「駿佑君があなたの希望を叶える為に、後ろ暗い事をしてるって知ってる? 僕に汚れ仕事をさせるって知ってる?」
「…………知らないけど、知ってる」

 ぼそぼそと答えたみつおにリクが目を見開く。

「知らないけど知ってるってそれどっちなのさ!」
「駿佑が何をしているのか具体的な事は知らないけど、酷い事もしてるって気付いてた。駿佑は俺以外はどうでもいいようなところがあるから」
「気付いてるならどうして!?」

 どうして何も知らないフリなんてした、と責められてみつおは静かに答えた。

「だって駿佑が俺には知られたくないみたいだから。俺が何も知らない方が都合が良いなら、それで彼がやりやすいなら黙っていようって……俺達はそれで良かったんだ」
「……っの、自己中! あなたは無責任だよ! 自分だけ守られたまま、綺麗な顔をしたまま――狡い。みーさんは狡い!」
「…………」

 狡いと言われてみつおは困った。駿佑に甘えるのも特別扱いをされるのも当たり前だと思っていた。今更それを誰かに狡いと言われても困ってしまう。

「だって、駿佑は俺のだもん……」
「ならあなたは誰のなんだよ? 駿佑君に気を持たせて逃げて、曖昧にして――そのくらいなら僕に頂戴よ。駿佑君を譲ってよ!」
「ヤダ」

 みつおは間髪入れずに断った。

「駿佑はあげない。駿佑は俺の」

 フルフルと首を横に振るみつおをリクが思わず引っ叩いた。

「みーさんの性悪っ!」
「ひど、俺は何もしてないのに!」
「何もしてないから怒ってんだろ!」

 バチバチと叩かれてみつおが駿佑を呼ぶ。

「ふぇ、駿佑、駿佑ぇええ!」
「どうした!」

 みつおを探していた駿佑が自分を呼ぶ声を聴き付けて駆けてきた。

「リクが俺を叩くよ。駿佑を譲れって言うよ。そんなの無茶なのに、あげられないのに」
「どうしてあげられないの?いつかは離れるかもしれないのに?」

 みつおを抱き締めながら誘導する様に罠を張るように訊ねた駿佑にみつおが憮然と言う。

「だって駿佑は俺の特別だもん。他の何をあげても駿佑はあげない。一生離さない」
「みっちゃん!」

 一生と聞いて駿佑は遠慮するのを止めた。
 欲しいものは欲しいと言ってみよう。みつおが逃げたら追い掛けて捕まえよう。イヤがっても口説いて、口付けて、自分の本音を受け入れて貰おう。

「みっちゃんが好きだ。俺のモノにしたい」
「……うん」

 駿佑に正面から頼まれたら戸惑っていようと準備が整ってなかろうとも、みつおには断る事なんて出来ないのだった。
 二人はこの間の続きをする為に家に帰った。
 残されたリクは諦め切れない心を抱えたまま、次は絶対に幸せな恋をするのだと何度も空に誓った。

 END
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