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⑧番外編−1
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一ヶ月の公休が終わり、未だ完全には回復していなかったが小山田は松葉づえを付きつつ職場へ復帰した。
元々が余り動かない男であるものの校内の移動だけでもまだ辛く、よく人目に付かない場所で壁に寄り掛かって休憩をしていた。
(あ~、煙草吸いてぇな。朝食って、食わないより食った方が腹が減るのは何でだろう? 藤田の所為で太った気がするぜ)
休憩中の小山田はそんな事を取り止めも無く考えているのだが、傍目には整った横顔から何か深刻な事でも考えているように見えた。
生徒会長であるみつおは偶然にそんな場面を目撃して、その可憐な胸を痛めた。
(小山田先生……普段はクールなのに、生徒を助けようとして怪我までして……。まだ痛むのかな、俺に出来る事ならなんでもするんだけど……)
ポーッと小山田に見惚れている生徒会長の肩を、生徒会副会長である駿佑が叩いた。
「みっちゃんどうした? また妄想中か?」
「あ……駿佑。仕事は終わったの?」
「うん、関係各所に連絡して根回しも済んだから後は結果待ち」
「ありがとう、いつも助かるよ」
「どういたしまして」
少し抜けたところのあるみつおに生徒会長が務まっているのは偏に副会長のお陰だった。駿佑がみつおの代わりに実務の殆どを請け負い、表に立つ華やかな仕事だけを彼に任せている。その為に一部では影の生徒会長、或いはみつおの世話係と呼ばれて多大な影響力を保持している。
「それでみっちゃん、具合でも悪いんじゃないよな?」
「平気だよ。このところいっぱい寝てるし」
「ああ、そう言えば寝るのが早いね。なんで?」
「えっとね、楽しみにしてる早朝番組があって、それを観る為に早く寝てるの」
「何て番組?」
「メンズストリート777――通称メンナナ!」
「…………みっちゃん……」
駿佑は呆れた声でみつおの名前を呼んだ。
メンナナとは素人のストリートファッションを取り上げる番組で、一部の男子に(女子にも)熱烈に支持されている。
“見えない明日を俺が見せてやるぜ” とか、 “カワイイって褒め言葉じゃない。誘い文句” とか、 “モンスターは何処にいる? ココにいる(笑)” など素人モデルに付けられるキャッチコピーが勲章の様に持て囃されているが駿佑にはまるで理解が出来なかった。
「俺も出れたらいいな、なんて……」
頬を赤らめて恥じらうみつおは、少々強面でもばっちりイケているので出られるだろうが……。
「その時はキャッチコピーは俺が考えてあげるからね」
思わず要らぬ世話を焼いてしまう駿佑だった。
「具合が悪いんじゃなきゃ、どうしたんだ? こんな人気のない場所で」
みつおは男女を問わずによくモテるのでまた呼び出しか、と思ったがそうではなかった。
「うん、小山田先生を見掛けたから、平気なのかなって思ってた」
「ああ、今週から復帰してたっけ」
「松葉づえが痛々しいよね」
「ああ」
駿佑は頷いたものの、実はそれ程に心配していなかった。だって小山田にはいつも藤田が付いている。
元々が仲の良かった二人だが、怪我をした時も一緒にいたとかで回復の手助けをしたと聞いている。
藤田に任せておけば大丈夫。それが影の生徒会長の判定だった。
「藤田先生はどうしたのかな」
それは駿佑の何の気なしの台詞だった。ただ小山田が一人なのが珍しいと、そう思って言っただけで他意はない。
けれどみつおの口角が不本意そうに下がった。
「他で油を売るのに忙しいんじゃない」
「……みっちゃん?」
みつおが嫌味を言うなどとても珍しく、駿佑は思わず彼の顔を見詰めた。
「俺はもう少しここにいるから、駿佑は先に行って。後でLINEするから」
「……ああ」
駿佑はみつおを放って置く事に不安が無いでは無かったが、さりとて何をしているでもない彼に付き合うというのもおかしい。
(変な思い込みをしなければいいんだけど)
そんな事を思いつつみつおを一人にしたのだった。
***
小山田は自分の美貌をまるで意識していないので人から注視される事にも気付かない。みつおが自分を見詰めているなど全く気が付かずにいつもの調子で藤田を待った。
「お待たせ。夕飯の買い物をして帰ろうか」
「おっせえよ。今日は何にすんの?」
「何が食べたい?」
「んー、肉かな」
「『肉かな』って、それ以外の答えは無い訳?」
「無い!」
偉そうに胸を反らす小山田から藤田はさり気なく鞄を取り上げた。
「おい、大丈夫だって!」
気遣われると相変わらずムッとする小山田に藤田が顔を寄せて囁く。
「だって、昨日も無理をさせちゃったからね。歩き辛いんじゃないかと思って」
無理をさせたのが何を指しているのか、歩き辛いのが怪我の所為ばかりでない事を指摘されて小山田の顔が赤く染まった。
「そう思うなら、あんましつこくすんな」
気にしてないフリでぶっきら棒に言った小山田に藤田が笑いながら告げる。
「そうしたいけど、君が盛大に煽ってくれるものだからねぇ。不可抗力というものだよ」
「ばっ……、煽ってなんかねえ!」
冗談じゃない、と小山田は噛み付いたがそう言えば藤田は最中もそんな事を言っていた。
『瑠偉……奥はヤダなんて、死んじゃうなんて逆効果だよ。ベッドの上でなら君を殺したいと思っているんだから』
そう言って藤田は本当に死にそうな快楽を小山田に与えた。
為す術もなく限界を超えて追い詰められて、小山田はただ啼く事しか出来ずに後ろを凌辱された。それは苦さと甘さの交じり合った行為だった。
やっと終わって暫くして、小山田は動かない身体の後始末をされた後で藤田の腕の中で沢山の文句を甘えるように吐き出した。
『ばか、止めろって言ったのに』、『腕を押さえ付けるのはヤダったのに』、『上に乗っけられるのは恥ずかしいのに』、『自分で動けなんて酷い。意地が悪い』……etc。
藤田は小山田の文句をとても幸せそうな、嬉しそうな顔で聞いていた。
「なぁ、お前ってもしかしてマゾなの?」
小山田の問い掛けに藤田がくすりと笑う。
「違うけど、君に関して言えばそうなのかもね」
「ふぅん……。やっぱりお前は変態だな」
「ちょっと、変態は酷いな」
「酷くない。お前は変態」
べ、と小山田が舌を出したら藤田に指で抓まれてしまった。小山田は誰かに見られでもしたら、と焦りながら周囲を見回して背の高い生徒と目が合った。
(うわ、あれってうちの生徒会長じゃねぇか。変なところを見られちまったぜ)
「藤田、今の生徒に見られたぞ。勘繰られたら面倒臭いじゃねぇか」
「ん?ああ、生徒会長か。大丈夫だよ、彼には副会長が付いてるから」
「ん? 駿佑?」
「そうそう。あの子が手綱を握っていてくれる限りは騒ぎにならないから」
「だとしても油断すんじゃねぇよ。人に知られるなんて絶対に嫌だからな」
「はいはい」
小山田は藤田と付き合っている事を他人に知られたくなかった。男同士だからとか、教師で同僚だとか、そういう事よりもこの男と付き合ってあれやこれをしていると他人に知られるのがただもう恥ずかしいのだった。
(だって俺、トロトロに蕩けちまうんだもん)
そんなのは自分が黙っていれば誰にも――藤田以外には――バレる筈がないのだが、そんな風に割り切って平然とはしていられない。恋愛は数学とはまるで違うと小山田は思った。
「本当に、人前で俺に触るなよ」
小山田は藤田にきつくきつく申し渡した。
***
みつおはその夜なかなか寝付く事が出来ず、翌朝の大好きなメンナナ放送を見逃してしまった。
(小山田先生の赤い舌をあの人は遠慮無く触れていた……。あんな事、他人に絶対にさせるような先生じゃないのに)
みつおは目撃した二人の行為を思い出しては胸が重苦しく痛んだ。
綺麗で恰好良い小山田先生が、顔を赤らめて藤田先生を睨む。その様子すら婀娜っぽくて悔しい。
(先生は先生なのに……)
藤田が絡むと小山田がいつもの小山田では無いように見えて、みつおは叫びだしたいような喚き散らしたいような気持になった。
(ムカつく!)
枕を抱えてゴロゴロとしていたら階下から母親が自分を呼んだ。
毎朝迎えにきている駿佑が来たと言う。
「今いく~」
みつおは叫び返しておいてのろのろと鞄を取り上げた。
学校なんてサボってしまいたかったが駿佑が許してくれない。彼は親よりも厳しくて怖いのだ。
「おはよう。今朝もネクタイが曲がってるよ」
顔を合わせた駿佑に指摘されてみつおはネクタイを首から抜いた。
「形がどうしても決まらないから今朝はしない」
「生徒会長がそういう訳にもいかないだろう。貸して見な」
みつおの手からネクタイを奪い取った駿佑が手早く締め直してくれる。
「ほら、みっちゃんは黙っていれば男前なんだからちゃんとしてろよ」
「男前じゃなくていいもん」
「今度は何を拗ねてるんだ? 朝は時間が無いんだから、昨日のうちに俺に言えば良かっただろ」
「駿佑、繋がらなかったもん」
「あー……悪い。昨日はリクと文化祭の打ち合わせをしてたんだ」
文化部のリクは下請け作業を手広く受け持っている生徒で、実務は全て彼を通した方が話が早いのだ。
「いいよ、駿佑が忙しいのは知ってるから。仕方が無いよ」
ちっとも仕方が無いと言う顔をしていなかったがみつおはそう言った。駿佑もそれを真に受ける程に鈍くは無かった。
「分かった。今日はみっちゃんに付き合うから、一時間目はサボろう」
珍しくサボってもいいと言う駿佑に連れられて、みつおはファーストフードショップに入った。
「あのさぁ、制服で入ったりして、見付からないかなぁ」
心配そうに言ったみつおに駿佑が片目を瞑る。
「大丈夫。先輩がバイトしてる店だから、二階席で目立たなくしていれば誤魔化してくれる」
「ならいいけど」
あっさりと納得してみつおはバニラシェイクをずずずと啜った。
「それで何を拗ねてたんだ?」
「えっと、小山田先生が藤田センセと一緒のところを見ちゃって……」
幼馴染でもある駿佑に恰好を付けるとか気持ちを隠す事のないみつおが、素直に蟠りを口にした。
「ふぅん、舌を触る……かぁ」
余り女の子と付き合ったり性的な経験の無い駿佑にもその意味するところが分かった。
大人だって、男同士だって何も無くてそんな事をしたりしないだろう。だとしたらきっと二人は付き合っているのだろう。
「みっちゃんは二人が付き合ってたら嫌なの?」
「嫌だ」
「それはどうして?」
「どうしてって……」
みつおは駿佑に訊かれて困ってしまった。
小山田が誰かと付き合うのは嫌だが、それが何故なのか自覚してはいなかった。
「小山田先生が好きなの?」
直球で訊いてきた駿佑の言葉にみつおが赤面する。
「分から……ない。前から好きは好きだけど、それは恰好良いとか憧れるとかそういう気持ちだったし……」
「ふぅん……みっちゃんらしいね」
恋と呼ぶには余りにも幼い感情に駿佑が微笑んだ。
「……おかしい?」
弱ったように眉尻を下げて訊ねたみつおに駿佑が首を横に振った。
「ちっとも。憧れたり、それを汚されたくないと思うのは自然な感情だろ。俺にだってあるし」
「駿佑も? 駿佑が憧れるなんて、余程の人だよね?」
「まぁね」
さらりと流して駿佑は話しを元に戻した。
「それで、みっちゃんはどうしたいとかあるの?」
「え? どうしたいって……」
「だから先生達を別れさせたいとかさ、納得出来るように二人の事を説明して欲しいとかさ」
「………………」
みつおは沈黙して駿佑の言葉を考えた。
もしも二人が付き合っているなら、自分はどうしたいのだろうか?
「取り敢えず……」
「うん」
「まだ、認められないから認めさせて欲しい」
「二人が付き合っているって?」
「そう」
その言葉を駿佑は暫く思案した。
「そういう事なら、やってみてもいいよ」
「え?どうするの?」
「内緒」
駿佑は全てを覆い隠すようににこりと綺麗に笑った。
元々が余り動かない男であるものの校内の移動だけでもまだ辛く、よく人目に付かない場所で壁に寄り掛かって休憩をしていた。
(あ~、煙草吸いてぇな。朝食って、食わないより食った方が腹が減るのは何でだろう? 藤田の所為で太った気がするぜ)
休憩中の小山田はそんな事を取り止めも無く考えているのだが、傍目には整った横顔から何か深刻な事でも考えているように見えた。
生徒会長であるみつおは偶然にそんな場面を目撃して、その可憐な胸を痛めた。
(小山田先生……普段はクールなのに、生徒を助けようとして怪我までして……。まだ痛むのかな、俺に出来る事ならなんでもするんだけど……)
ポーッと小山田に見惚れている生徒会長の肩を、生徒会副会長である駿佑が叩いた。
「みっちゃんどうした? また妄想中か?」
「あ……駿佑。仕事は終わったの?」
「うん、関係各所に連絡して根回しも済んだから後は結果待ち」
「ありがとう、いつも助かるよ」
「どういたしまして」
少し抜けたところのあるみつおに生徒会長が務まっているのは偏に副会長のお陰だった。駿佑がみつおの代わりに実務の殆どを請け負い、表に立つ華やかな仕事だけを彼に任せている。その為に一部では影の生徒会長、或いはみつおの世話係と呼ばれて多大な影響力を保持している。
「それでみっちゃん、具合でも悪いんじゃないよな?」
「平気だよ。このところいっぱい寝てるし」
「ああ、そう言えば寝るのが早いね。なんで?」
「えっとね、楽しみにしてる早朝番組があって、それを観る為に早く寝てるの」
「何て番組?」
「メンズストリート777――通称メンナナ!」
「…………みっちゃん……」
駿佑は呆れた声でみつおの名前を呼んだ。
メンナナとは素人のストリートファッションを取り上げる番組で、一部の男子に(女子にも)熱烈に支持されている。
“見えない明日を俺が見せてやるぜ” とか、 “カワイイって褒め言葉じゃない。誘い文句” とか、 “モンスターは何処にいる? ココにいる(笑)” など素人モデルに付けられるキャッチコピーが勲章の様に持て囃されているが駿佑にはまるで理解が出来なかった。
「俺も出れたらいいな、なんて……」
頬を赤らめて恥じらうみつおは、少々強面でもばっちりイケているので出られるだろうが……。
「その時はキャッチコピーは俺が考えてあげるからね」
思わず要らぬ世話を焼いてしまう駿佑だった。
「具合が悪いんじゃなきゃ、どうしたんだ? こんな人気のない場所で」
みつおは男女を問わずによくモテるのでまた呼び出しか、と思ったがそうではなかった。
「うん、小山田先生を見掛けたから、平気なのかなって思ってた」
「ああ、今週から復帰してたっけ」
「松葉づえが痛々しいよね」
「ああ」
駿佑は頷いたものの、実はそれ程に心配していなかった。だって小山田にはいつも藤田が付いている。
元々が仲の良かった二人だが、怪我をした時も一緒にいたとかで回復の手助けをしたと聞いている。
藤田に任せておけば大丈夫。それが影の生徒会長の判定だった。
「藤田先生はどうしたのかな」
それは駿佑の何の気なしの台詞だった。ただ小山田が一人なのが珍しいと、そう思って言っただけで他意はない。
けれどみつおの口角が不本意そうに下がった。
「他で油を売るのに忙しいんじゃない」
「……みっちゃん?」
みつおが嫌味を言うなどとても珍しく、駿佑は思わず彼の顔を見詰めた。
「俺はもう少しここにいるから、駿佑は先に行って。後でLINEするから」
「……ああ」
駿佑はみつおを放って置く事に不安が無いでは無かったが、さりとて何をしているでもない彼に付き合うというのもおかしい。
(変な思い込みをしなければいいんだけど)
そんな事を思いつつみつおを一人にしたのだった。
***
小山田は自分の美貌をまるで意識していないので人から注視される事にも気付かない。みつおが自分を見詰めているなど全く気が付かずにいつもの調子で藤田を待った。
「お待たせ。夕飯の買い物をして帰ろうか」
「おっせえよ。今日は何にすんの?」
「何が食べたい?」
「んー、肉かな」
「『肉かな』って、それ以外の答えは無い訳?」
「無い!」
偉そうに胸を反らす小山田から藤田はさり気なく鞄を取り上げた。
「おい、大丈夫だって!」
気遣われると相変わらずムッとする小山田に藤田が顔を寄せて囁く。
「だって、昨日も無理をさせちゃったからね。歩き辛いんじゃないかと思って」
無理をさせたのが何を指しているのか、歩き辛いのが怪我の所為ばかりでない事を指摘されて小山田の顔が赤く染まった。
「そう思うなら、あんましつこくすんな」
気にしてないフリでぶっきら棒に言った小山田に藤田が笑いながら告げる。
「そうしたいけど、君が盛大に煽ってくれるものだからねぇ。不可抗力というものだよ」
「ばっ……、煽ってなんかねえ!」
冗談じゃない、と小山田は噛み付いたがそう言えば藤田は最中もそんな事を言っていた。
『瑠偉……奥はヤダなんて、死んじゃうなんて逆効果だよ。ベッドの上でなら君を殺したいと思っているんだから』
そう言って藤田は本当に死にそうな快楽を小山田に与えた。
為す術もなく限界を超えて追い詰められて、小山田はただ啼く事しか出来ずに後ろを凌辱された。それは苦さと甘さの交じり合った行為だった。
やっと終わって暫くして、小山田は動かない身体の後始末をされた後で藤田の腕の中で沢山の文句を甘えるように吐き出した。
『ばか、止めろって言ったのに』、『腕を押さえ付けるのはヤダったのに』、『上に乗っけられるのは恥ずかしいのに』、『自分で動けなんて酷い。意地が悪い』……etc。
藤田は小山田の文句をとても幸せそうな、嬉しそうな顔で聞いていた。
「なぁ、お前ってもしかしてマゾなの?」
小山田の問い掛けに藤田がくすりと笑う。
「違うけど、君に関して言えばそうなのかもね」
「ふぅん……。やっぱりお前は変態だな」
「ちょっと、変態は酷いな」
「酷くない。お前は変態」
べ、と小山田が舌を出したら藤田に指で抓まれてしまった。小山田は誰かに見られでもしたら、と焦りながら周囲を見回して背の高い生徒と目が合った。
(うわ、あれってうちの生徒会長じゃねぇか。変なところを見られちまったぜ)
「藤田、今の生徒に見られたぞ。勘繰られたら面倒臭いじゃねぇか」
「ん?ああ、生徒会長か。大丈夫だよ、彼には副会長が付いてるから」
「ん? 駿佑?」
「そうそう。あの子が手綱を握っていてくれる限りは騒ぎにならないから」
「だとしても油断すんじゃねぇよ。人に知られるなんて絶対に嫌だからな」
「はいはい」
小山田は藤田と付き合っている事を他人に知られたくなかった。男同士だからとか、教師で同僚だとか、そういう事よりもこの男と付き合ってあれやこれをしていると他人に知られるのがただもう恥ずかしいのだった。
(だって俺、トロトロに蕩けちまうんだもん)
そんなのは自分が黙っていれば誰にも――藤田以外には――バレる筈がないのだが、そんな風に割り切って平然とはしていられない。恋愛は数学とはまるで違うと小山田は思った。
「本当に、人前で俺に触るなよ」
小山田は藤田にきつくきつく申し渡した。
***
みつおはその夜なかなか寝付く事が出来ず、翌朝の大好きなメンナナ放送を見逃してしまった。
(小山田先生の赤い舌をあの人は遠慮無く触れていた……。あんな事、他人に絶対にさせるような先生じゃないのに)
みつおは目撃した二人の行為を思い出しては胸が重苦しく痛んだ。
綺麗で恰好良い小山田先生が、顔を赤らめて藤田先生を睨む。その様子すら婀娜っぽくて悔しい。
(先生は先生なのに……)
藤田が絡むと小山田がいつもの小山田では無いように見えて、みつおは叫びだしたいような喚き散らしたいような気持になった。
(ムカつく!)
枕を抱えてゴロゴロとしていたら階下から母親が自分を呼んだ。
毎朝迎えにきている駿佑が来たと言う。
「今いく~」
みつおは叫び返しておいてのろのろと鞄を取り上げた。
学校なんてサボってしまいたかったが駿佑が許してくれない。彼は親よりも厳しくて怖いのだ。
「おはよう。今朝もネクタイが曲がってるよ」
顔を合わせた駿佑に指摘されてみつおはネクタイを首から抜いた。
「形がどうしても決まらないから今朝はしない」
「生徒会長がそういう訳にもいかないだろう。貸して見な」
みつおの手からネクタイを奪い取った駿佑が手早く締め直してくれる。
「ほら、みっちゃんは黙っていれば男前なんだからちゃんとしてろよ」
「男前じゃなくていいもん」
「今度は何を拗ねてるんだ? 朝は時間が無いんだから、昨日のうちに俺に言えば良かっただろ」
「駿佑、繋がらなかったもん」
「あー……悪い。昨日はリクと文化祭の打ち合わせをしてたんだ」
文化部のリクは下請け作業を手広く受け持っている生徒で、実務は全て彼を通した方が話が早いのだ。
「いいよ、駿佑が忙しいのは知ってるから。仕方が無いよ」
ちっとも仕方が無いと言う顔をしていなかったがみつおはそう言った。駿佑もそれを真に受ける程に鈍くは無かった。
「分かった。今日はみっちゃんに付き合うから、一時間目はサボろう」
珍しくサボってもいいと言う駿佑に連れられて、みつおはファーストフードショップに入った。
「あのさぁ、制服で入ったりして、見付からないかなぁ」
心配そうに言ったみつおに駿佑が片目を瞑る。
「大丈夫。先輩がバイトしてる店だから、二階席で目立たなくしていれば誤魔化してくれる」
「ならいいけど」
あっさりと納得してみつおはバニラシェイクをずずずと啜った。
「それで何を拗ねてたんだ?」
「えっと、小山田先生が藤田センセと一緒のところを見ちゃって……」
幼馴染でもある駿佑に恰好を付けるとか気持ちを隠す事のないみつおが、素直に蟠りを口にした。
「ふぅん、舌を触る……かぁ」
余り女の子と付き合ったり性的な経験の無い駿佑にもその意味するところが分かった。
大人だって、男同士だって何も無くてそんな事をしたりしないだろう。だとしたらきっと二人は付き合っているのだろう。
「みっちゃんは二人が付き合ってたら嫌なの?」
「嫌だ」
「それはどうして?」
「どうしてって……」
みつおは駿佑に訊かれて困ってしまった。
小山田が誰かと付き合うのは嫌だが、それが何故なのか自覚してはいなかった。
「小山田先生が好きなの?」
直球で訊いてきた駿佑の言葉にみつおが赤面する。
「分から……ない。前から好きは好きだけど、それは恰好良いとか憧れるとかそういう気持ちだったし……」
「ふぅん……みっちゃんらしいね」
恋と呼ぶには余りにも幼い感情に駿佑が微笑んだ。
「……おかしい?」
弱ったように眉尻を下げて訊ねたみつおに駿佑が首を横に振った。
「ちっとも。憧れたり、それを汚されたくないと思うのは自然な感情だろ。俺にだってあるし」
「駿佑も? 駿佑が憧れるなんて、余程の人だよね?」
「まぁね」
さらりと流して駿佑は話しを元に戻した。
「それで、みっちゃんはどうしたいとかあるの?」
「え? どうしたいって……」
「だから先生達を別れさせたいとかさ、納得出来るように二人の事を説明して欲しいとかさ」
「………………」
みつおは沈黙して駿佑の言葉を考えた。
もしも二人が付き合っているなら、自分はどうしたいのだろうか?
「取り敢えず……」
「うん」
「まだ、認められないから認めさせて欲しい」
「二人が付き合っているって?」
「そう」
その言葉を駿佑は暫く思案した。
「そういう事なら、やってみてもいいよ」
「え?どうするの?」
「内緒」
駿佑は全てを覆い隠すようににこりと綺麗に笑った。
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