地上12階のディケイド

うずみどり

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⑧その後の人々

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 風間の口付けによって赤く色付いた唇が開く。

「でもあなたは彼のものじゃないんでしょう?」

 温の冷静な声で投げられた言葉にその場が凍り付いた。
 風間は氷水を浴びたように幾らか冷静になったし、秋津はナイフを突き付けられたようにように動けなくなった。
 その場を支配した温は率直さと勇気だけを武器に二人の男に挑みかかる。
 そう、それは間違いなく温の戦いだった。個人の尊厳と愛情と権利を勝ち取る為の、とても孤独な戦いなのだった。

「僕はこの人が求めるなら、この人のものになっていい。身体の奥深くを抉られて、みっともない姿を晒して、浅ましい自分を受け入れる。風間さんが求むなら」

 求められれば全てを差し出して受け入れる。最初から全ての手札を晒した温に風間は敬意を覚えるし、秋津は引け目を感じる。
 自分達は彼と同じ事は出来ない。この小柄で痩せっぽちの青年に負けている。

「アキさん、もう一度言って? 風間さんは誰のもの?」
「ぅぅぅ…………」

 秋津は苦しげに呻いた。

「ねぇ、風間さん。あなたは僕に可愛いって言ったよね? 口付けて、所有印も付けた。でも秋津さんの為には手放すんだ? 何もくれない人の為に、同じ事をこの先も繰り返すの?」

 服を乱されたまま、あどけなく訊いてくる温に風間は答えられない。
 十年掛けて秋津を愛してきた。それは掛け替えの無いものだが、この先も愛されずにそれを続ける。その事に迷いを持たないでいられるほど強くも無い。

「俺は――」

 言い掛けて風間は秋津を見詰めた。青褪めた白い顔に涙の膜の張った瞳。追い詰められても綺麗な男だと魅了される。
 温は風間の頬に手の平を当て、その顔をそっと自分の方へ向かせた。

「優しくしてくれるんでしょう? キスの続きは? 胸を弄る指を止めないでよ。僕をとろとろに溶かして食べてしまうって言ったじゃない」

 睦言を披露されて秋津の顔が歪んだ。そしてその目から涙が転がり落ちた。

「嫌だ。カザマ…………嫌だよ」

 ぽろぽろと泣く秋津に風間が苦しそうな表情をする。
 秋津を泣かせている。それが身を切られるように辛い。

「こま。俺は他の誰を泣かせても平気だけど、アキだけは駄目なんだ。我慢出来ない」

 するり、と風間の身体が自分の手をすり抜けて行くのを温は止められなかった。
 本当にろくでもない、酷薄で非道な男だと思うが秋津に対する気持ちだけは普通の人間よりも真摯なのだ。

「アキ、泣かないで。あんた以外はもう見ないから」

 抱き締める事すら躊躇して、そっと寄り添うように立つ風間が温には腹立たしい。

「つまり大事な相手には手を出せないって訳だね」

 珍しく嫌味っぽく言った温にthat風間は意地悪からではなく、気遣う余裕が無くてそのまま頷いた。

「アキを傷付けたくない。髪一筋だって、傷付けずに守りたいんだ」
「………………」

 その為に自分は踏み躙られたと思えばその傲慢を詰りたくもあるが、温は何となく気が済んでしまった。
 少なくとも愛そうと、受け入れようと努力した。
 それで駄目だったのだからもういい。諦めも付く。

「風間さん、アキさん。人を愛するのも、憎むのも、傷付くのもあなた達だけじゃない。世界には他にも沢山の人が一緒に生きていると、ちゃんと分かって下さいね」

 でないと僕が傷付いた意味が無いから、と儚げに笑った青年に二人は揃って頷いた。
 十年間を二人きりで生きてきた。
 勿論そんなのは錯覚だった。
 他者に気付き、二人はやっと一歩を進む事が出来た。
 ここからどうなるのか、それはまだ二人にも分からない。
 けれど今夜も、明日も一緒にいる。
 その先の未来も一緒にいたいと思っている。
 そこから始まる未来は――


 映画ならばここでエンドロールだけれど……

 ****

 エピソード1.

 啓太はバスタブから頭を外に出した花森の髪をシャワーで流した。
 大量に流れて行く泡を花森はぼんやりと見詰めていたが、ヌルヌルするものを髪に塗りたくられてバタバタと手を振った。

「それは嫌いだってば。気持ち悪い、目に入る」

 啓太は嫌がる花森の顔に余裕の態度でタオルを当てる。

「ほら、ちょっと目を閉じていて。暴れると却って痛いからね」
「むぅ…………」

 思い切り不貞腐れた顔をしながらも言いなりになる花森が可愛い。
 ああもうこんなに可愛いのにどうして誰も彼の魅力に気付かないのかなぁ。
 啓太は不思議で仕方がない。
 表情が硬いだとか怖いだとか言われるようだが、ちょっと不器用なだけでそんな事は全然ないと思うのだ。

「ほら、終わったよ。後は顔だけ洗っておいで。出たら拭いてあげるからね」

 シャツの袖とジャージの裾をまくっていた啓太は、一足先に出て脱衣所でバスタオルを抱えて待機する。
 雫をダラダラと零しながら出てきた自分よりも背の高い男をぱふん、と柔らかいタオルで包み込んで抱き締める。

「ご苦労様でした」
「ん…………ノド乾いた」
「午後ティー? お茶?」
「お茶」
「じゃあ洋服を着てきて。準備しておくから」

 そういうと啓太はチュッと花森に口付けて楽しそうにキッチンへ歩いて行った。
 花森は頭からバスタオルを被ったまま、自分の唇に指先をそっと押し当てた。
 彼のアレは何なのだろうか?
 いつからか、物凄く自然に口付けられるようになったけれど、その理由は一度も聞いていない。
 可愛いとか大好きとは言われるけれど、どうもそれは女の子が小動物やぬいぐるみに言うそれと似ていて真剣に受け止めるようなものでも無さそうだし。

「嫌じゃ、ないけど」

 世話を焼かれるのは勿論、抱き締められてキスをされるのも嫌じゃない。

「俺はけいたの方が余程可愛いと思うけど、俺も抱き締めてキスを返した方がいいのかな?」

 そういう事をした事がないのでされる一方だったけど、たまには自分からしてみてもいい。
 花森はお茶を飲みながら、何の脈絡も無く啓太の頭を引き寄せて自分から口付けてみた。

 あ、甘い味がする。こいつ、自分だけ甘いものを食ったな。それにしても、お茶を持ってたら抱き締められないな。どうしようかな。
 そんな悠長な事を考えていたら啓太に押し倒されて上から唇をぴったりと覆われた。
 今までのキスとは違い、ねっとりと官能的な口付けで吃驚した。
 自分に圧し掛かった彼の身体が酷く熱い。
 二人きりの部屋にくちゅくちゅと水音が響いて、蠢く舌に身体が反応した。

「ん…………けいっ…………」

 舌が痺れて上手く喋れず、霞む目で必死に見上げたら真面目な顔をした啓太と目が合った。

「ずっと、花ちゃんが求めてくれるのを待ってた。俺ばかり欲しがったら駄目だって先生に言われたから…………」
「待って…………た?」
「ずっと待ってたよ。花ちゃんって子供みたいなんだもん」

 それこそ子供みたいな相手に言われて流石に花森もちょっとムッとした。

「俺、年上だよ」
「知ってる」

 そう言うと啓太は顔を近付けてきて、再び花森に口付けた。
 啓太は優しく唇を挟んで、舌を差し入れて口蓋を舐め上げて、手の平全体で柔らかく身体を弄った。
 気持ち良さそうにされるがままになる花森に、啓太はうっとりとした顔でもう一度言った。

「知ってるよ」

 そして二人は随分と長い事そのまま口付けを交し合っていた。

 ****

 エピソード2.

 暑くて死んじゃうーと言いながらシャツをパタパタと扇ぐダニエルに鹿又が慌てる。

「こらこら、こんなところで止めなさいって」

 クールビズとやらで半袖シャツ一枚のダニエルは涼しげだが鹿又の心臓に悪い。
 白い腕が覗くのも、胸元が開いているのも、首筋や鎖骨が見えるのも色っぽくて参る。

「ダニエルさん、一口どうぞ」

 自分達を待たせてカキ氷を買ってきた温が、気を遣って真っ先にダニエルに氷を差し出した。
 ダニエルはあーんと口を開けて差し出されたスプーンに顔を近付け、お約束のように食べ溢してキラキラした氷が鎖骨の窪みに落ちた。

「冷たっ」

 それは外気温の高さに直ぐに溶けて流れ落ちて行った。
 つうっ…………と肌を伝ったものに鹿又の針が一気に振り切れた。

「悪いこまっ。食事はまたにしてくれ」

 目許を険しくして温にそう言い捨て、鹿又はダニエルの手首を掴んで強引に歩き出した。

「おい、ヨウイチっ!」

 何なのお前、と声を尖らせたダニエルは鹿又の目の色を見て罵声を飲み込んだ。
 この馬鹿、欲情してやがる。

「若造じゃあるまいし」

 ダニエルは小声で悪態を吐いたが本気ではない。
 鹿又に求められるのは恥ずかしくて嬉しい。彼に求められると自分も喉が渇いて身体の熱が上がる。
 ヒリヒリと焼け付くような飢餓感は、強い欲望の裏返しだ。
 この男が欲しくて仕様がない。可笑しいくらい、この男との行為を求めている。
 手近なホテルに連れ込まれ、シャワーも浴びずにキスに夢中になる。
 この男に舌を嬲られたまま下を触られ、イカされた時は神経が焼き切れるかと思った。
 なんていやらしい事をしやがるんだ、と思いながらそのままぐちゃぐちゃにされたくなった。
 けれどこいつは俺を傷付けたくないからと、散々に弄り回しておいて後ろは最後までしなかった。
 あれからかなり濃い交わりを繰り返しているけれど、後ろはまだ挿入されていない。
 もう準備は出来ていると思うのに、ヨウイチの奴はまだ早いとかもう少しと言って挿れてくれない。

「ヨウイチ…………まだ挿れてくれねぇの? 俺、先に玩具とか飲み込んじゃうぜ?」

 うつ伏せから首を捻るように背後を振り返って言った。
 だって鹿又の長い指二本でズルズルと擦られて、もう我慢の限界だった。
 何でもいいから押し開かれたい、なんて血迷った事まで逆上せた頭で考えてしまう。
 後ろの穴を拡げられて、中を隈なく擦られたい。指だけじゃもう足りない。お前の熱を身体で知りたいんだってば。
 焦れたダニエルの身体を捩った体勢のまま横抱きにされ、太股をひょいと持ち上げられた。

「ゆっくりとするから、息を止めるなよ」

 ぴと、と濡れたものが綻んだ穴に押し付けられて期待と緊張に息が荒くなる。
 ヨウイチが挿ってくるんだ。そう思うと心臓が痛いくらい激しく脈打った。
 それの侵入を待ち構えてはいたが、指とは余りにも違う太さに目を見開いた。
 メリメリと、音を立てるように押し開いてくるものが大きくて怖い。
 亀頭が収まるまでが痛くて、無意識のうちに腰が逃げた。

「大丈夫、逃げないで」

 押さえ付けられて一息に半分くらい挿れられた。
 棹の太さにちょっと泣きそうになった。

「お……ま…………」

 お前のデカくねえ?と聞きたかったのだが声もまともに出ない。

「少し、我慢してくれ」

 きっと中途半端に浅いところで動いたら辛いから、と足を抱え直されて奥まで捩じるように挿れられた。

「やっ…………ぁ……」

 信じられない。挿れられただけでもういっぱいいっぱいで、ここから動くなんて勘弁して欲しい。

「ヨゥ…………イチ……」
「あぁ、凄いな。君の中にいるなんて」

 感動したように呟かれ、ダニエルの胸が色んなものを押し込まれたようにぎゅうぎゅうと収拾のつかない感情で溢れて軋んだ。
 くそ、満足そうな顔しやがって。まだ動いても無いのに。

「ヨ……イチ。動け。俺をぐちゃぐちゃに揺さぶれよ」

 頑張って一息に言ったダニエルに鹿又は一瞬息を呑み、それから大きく腰を引いて打ち付けた。
 ずるり、と身体のナカで動かれて悲鳴を上げ掛けながらもダニエルは身体の力を抜こうと努力した。
 鹿又が気持ち良くなれるように、自由に動けるように。
 らしくもなく健気な思いでいたら、前立腺をピンポイントで突かれる鋭い快感と、押し広げられて壁全体で感じ取るような頭を痺れさす快楽がやってきて思考を奪われた。

「んぁっ、あっ、あぁっ…………!」

 急に訪れた深い快楽に耐え切れず、ダニエルは艶やかな喘ぎ声を盛大に上げて快楽の渦に巻かれた。
 もっともっとと強請って押し付けられる身体を鹿又は遠慮なく犯した。
 ここまで時間は掛かったが、必要な準備期間だった。艶やかに咲き乱れるダニエルを見ていたらそう思えた。

「ダニー…………最初だけ、中に出させてくれ」

 後始末が大変だから、彼の負担になるからなるべくならしたくないが、最初だけは自分の出したもので彼の中を一杯に埋めてしまいたかった。
 きっとその願望には独占欲とか、優越感とか、期待とか、欲望とか、色んなものが混ざっている。
 許されるなら、混ざり合いたい。君の中に融けたい。
 熱く囁いた鹿又にダニエルは言いたい事がいっぱいあったが、思考はまとまらないし口も回らないのでただ首肯するに留めた。
 馬鹿、遠慮なんかするな、やりたい事は全部すればいいだろう。
 そう言う代わりにただ一言。

「…………してる」

 ダニエルが掠れる声で告げたら奥に熱いものが拡がって吐精された事を知る。

「愛してる」

 そう言って涙ぐんだ鹿又が愛しくて、ダニエルは甘い感情で彼の顔を見上げた。

 ****

 エピソード3.

 一人置いて行かれた温は、カキ氷を手に途方に暮れた。
 飲みに行こうと声を掛けておいて置き去りにされるとかありだろうか。余りにも酷い、と憤慨していたら仕事帰りらしき栗原が通り掛った。

「こま君、一人?」

 おっとりと穏やかに微笑むドクターに、温はここぞとばかりに言い付ける。

「先生、聞いて下さい! ダニエルさんとかまさんったら酷いんですよ! 美味しい日本酒を飲ませてやるって言っておいて、やっぱりまた今度なんて言って二人でばっくれたんです。ダニエルさんは兎も角として、いつも大人のかまさんまで!」

 酷い淋しいかまさんの馬鹿、と喚く温に栗原は苦笑して宥めるように言った。

「美味しい日本酒なら僕が飲ませてあげるよ。これから友人と会うんだけど、良かったら一緒においで」
「え……でも、いいんですか?」

 以前よりも自分の意見をはっきりと言えるようになった温だが、決定的なところで遠慮してしまうところは相変わらずだった。
 そういうところが楚々としていて好ましい、と栗原が熱の籠もった目で見詰めた。
 しかし温は連れて行った居酒屋で栗原の友人を目にした途端にポッと頬を染めた。

「初めまして、小町です」
「あ…………はい、あの、僕は駒沢温です。先生にいつもお世話になっていて…………あの、やっぱり帰る!」

 焦って逃げ出そうとした温の袖を栗原は泣きたい気持ちで掴んで引き止める。

「一杯だけでも飲んで行って」
「くりはら先生、でもっ」

 動揺する温に栗原は安心させるように言った。

「コマチは僕の昔からの友人だから、大丈夫だよ」

 君の胸が騒いで気が動転しても、惹かれてしまっても、もっと知りたくなっても。コマチなら君を傷付けたりしない。大丈夫。

「先生が、いてくれるなら」
「勿論だよ」

 栗原は今後は恋の相談とかをされてしまうのか、と泣きたい気持ちを押し隠して笑った。

「今日は飲もうかな」
「いいね、付き合うよ」

 自棄で言った台詞に嬉しそうに応えたコマチを殴ってやりたい。この馬鹿は意外と鈍感だ。
 けれどもしも栗原の心の声が聞こえたなら、きっとコマチはこう言うだろう。

『その言葉はそっくりお前に返してやりたい』と。
 次も三角関係に巻き込まれる気配の濃厚な温だった。

 ****

 エピソード4.

 陽に透ける茶金の髪を掻き上げて、秋津が言った。

「いい加減、切って貰おうかな」
「ああ、そうだね。大分伸びた」

 応じた風間がビニールシートとハサミを取りに行き、秋津は椅子を運んでくる。
 フローリングの床にビニールシートを広げて椅子を置き、そこに座った秋津に風間は真っ白いシーツを掛けた。

「どのくらい切る?」
「んー…………どうせなら少し短めにして貰おうかな」
「肩に付く長さは残しなよ」
「どうして?」
「括った髪型が好きだから」
「…………好きにしろ」

 結局風間に全てを任せ、秋津は自分の頭の上でシャキシャキとハサミが軽快に動く音を黙って聴いている。
 指が髪を梳き、引っ張り、パサパサと掃われる。
 時々耳や首筋を掠めるのが秋津の背筋を震わせた。

「もう少しだから」
「ん…………」

 他人に触れられるのが苦手な秋津の為に、器用な風間はカット技術を身に付けた。
 それを当たり前だとずっと思っていたのだが、それを失わない為に秋津は短い一言を伝えてみる。

「ありがと」
「いいんだよ。あんたを独り占め出来るのが嬉しいから」
「………………」

 まぁそう言うのは分かっていた。分かっていたのだが。

「顔が赤いよ? 意外と照れ屋だよね」
「煩い」

 秋津はやっぱりこういうのは苦手だと思いながら憮然とした表情になった。
 素っ気無く、乱雑に付き合ってきた相手との間に甘いものが混じるとやりにくくて敵わない。
 自分一人が関係無いような顔で手玉に取ってるだけなら良かったんだけど、一緒に甘い言葉だとかやり取りだとか気分に付き合うのは恥ずかしいし居た堪れない。

「終わったら早くシーツを解け。この恰好も間抜けで嫌いなんだよ」

 悪態を吐いた秋津からシーツを外し、切った髪を払い落としながら風間はその陰で素早く秋津の頭に口付けた。

「カザマ!」
「お駄賃だよ」

 飄々とした態度で、でも鼻歌でも歌い出しかねないほどの上機嫌になった風間に秋津は呆れてしまう。
 たかが髪へのキス一つで安い男だ。

「アキ、顔が赤いよ」
「だから煩いって!」

 こんな甘酸っぱい(それともしょっぱいか?)のは自分達の柄じゃない。全く何をやっているのだと思う。

「お前は恥ずかしく無いのか?」

 秋津が戸惑ったように、確認するように風間に訊ねたら相手は子供みたいな顔で笑った。

「凄く楽しい」
「………………あっそ」

 まぁお前が楽しいんなら別にいいんだけれど、そんな態度で立ち上がった秋津の襟首を風間が撫で上げた。

「っ!」

 官能的な手付きに相手は風間なのだと思い知らされる。

「短くし過ぎちゃった。ごめんね?」

 ニヤリと笑った男に秋津は黙り込んだ。
 もう自分も彼に優しくされるばかりでは無いのかもしれない。それでも。

「お前に、任せると言った」

 決定権をお前に引き渡したと早く気付け。

「カザマ」

 お前がどうしようと決めても今度は逃げ出さないから。

「お前がしたい事をしろ」

 そう告げて、秋津は自分に伸ばされる手が届くのを待った。
 風間の指は震えていて、まるで口付けるように秋津の唇に触れた。
 その感触に、秋津はそっと目を閉じた。

 END
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