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⑤狩人と獲物

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 企業の医務室には普通は看護士か保健師が常駐している。この会社のように医師免許を持っている人間が常勤する事は珍しい。
 産業医としての仕事は毎日ではないので、栗原は他に開業医をしている友人の夜間業務や土日祝祭日勤務を手伝っている。
 心療内科、小児科、内科を範疇としていて、オペは研修で見たのが最後だ。そもそも血を見ると気分が悪くなるので、外科医になるという選択肢は考えてみた事も無い。
 子供が好きなので小児科医一本でやっていく事も考えたが、現実的な問題や柵が多くあり結局はフリーランスのような今の形に落ち着いている。
 大人相手のカウンセリングは、より身近に感じる所為か自分も苦しくなってしまう事も多い。医師としては良くないのだけど。

「先生は精神的な暴力と、肉体的な暴力だったら、どっちが辛いですか?」

 やっと口を開いてくれたと思ったらそんな言葉が飛び出してきて、栗原は内心ちょっと泣きたくなりながら慎重に答える。

「僕自身であれば、それは肉体的な暴力かな」
「どうしてですか?」

 キラリと目を光らせた相手に栗原はなるべく正直に、明け透けに伝えた。

「精神的な暴力には耐性がある。というか歳を取ってある程度鈍くなったから、昔ほど痛いとは感じないんだ。でも肉体的な暴力は慣れるものじゃない。大人になっても痛いものは痛いからね」

 医者の癖に血が苦手、とまでは告白しないがてんで意気地の無い事は伝わっただろうな、と苦笑する栗原の前で小柄な青年が俯き加減でぼそりと言った。

「痛いのは誰でも怖いですよね…………」
「こま君、誰かに暴力を揮われたのかい?」

 栗原は深刻な口調になり過ぎないように注意しながら訊ねた。温は釣られたようにこくりと頷き、それから直ぐに否定した。

「いえ、何でもないです。もう本当に、全然平気だから…………」

 勿論平気じゃなかった。
 狭まった視界の中で嵐に翻弄されるように揺さぶられた記憶が不意に立ち上ってきたり、自分でも触れた事が無く意識した事もない身体の奥に入り込まれた記憶が形を変えて夢に出てきたりした。
 おぞましいスプラッター映画に出てくるような触手が後ろに入り込んで、中から食い破って出てくる夢。
 流石にそれを見た日は一日気分が悪かった。
 焦点がぼやけ、曖昧な顔付きになった温に栗原は真剣に言う。

「これは個人的な見解なんだけど、嫌な事は思い出さない方がいい」
「………………え?」
「『抑圧された正体不明の恐怖をはっきりさせ、克服するべきだ』、なんて言う医者もいるけどね、僕はそうは思わない。記憶というのは風化して、忘れ去られるように出来ている。けれど思い出す事で補強されるから、嫌な事は思い出したら駄目なんだ」

 栗原の言葉に温は途方に暮れたような、半分泣き笑いの表情をした。

「でも先生、思い出したくないのに勝手に頭に浮かぶんです。その時は分からなかった事まで、細部のディテールまで思い出したりして…………死にたくなる」

 痛みの中に気持ちの良い瞬間を見付け、そこに逃げ込もうと僅かに腰を上げた。どうせ擦るならそこにしてくれと思った。止めてくれと紡ぐ言葉の合間に、そこがいいと言ってしまいそうな自分が確かにいた。その事を否定したくて、出来なくて辛い。

 栗原は死にたいと口にする人には慣れている。大人だって、案外と簡単に口にするものだ。けれど温のそれは、自分自身から逃げ出したいと聴こえた。

 自分自身である事を止めたい。その気持ちが死にたいという言葉になって出てくるのだ。

「そんなにも強烈な記憶なら、それは消去ではなく上書きするしかないかもしれない」
「…………上書き?」

 栗原の言葉に温が反応した。あの記憶を消せるなら、温は何でもする。

「似た状況で自分が納得出来る終わり方を体験するんだ。一番良いのは黒を白に引っ繰り返す事だけど、無理なら骨折が擦り傷で済んだとか、叩かれたのは良かれと思っての事だったとか、 ”少しはマシ” って記憶に塗り替えてもいい。記憶の改竄だね」

 『記憶の改竄』。そんな事が出来るのだろうか?
 温は半信半疑で医者の顔を見詰めた。その視線に栗原は僅かに狼狽してたじろいだ。
 随分と真っ直ぐに見詰めてくる子だ。くよくよと下を向いているかと思えば真っ直ぐな視線を寄越したりして、アンバランスだけれどそこがこの子の魅力だ。
 ん?魅力って何だ?
 首を捻る栗原の前で温は縋るように訊いた。

「それは、想像力だけでどうにかなりますか? それとも実際に体験しなくては駄目ですか?」

 やけに必死な様子を訝しく思いながらも栗原は答えた。

「想像力だけで構わない。普通は同じ状況など再現出来るものではないからね。でももしも同じような事がその身に起こったら――その時は全力で結果を変えるんだ。良い方向に。黒を白に。或いはグレーに」

 全力で変える。状況に抗う。温にはそれはとても難しい事に思えたが、それでもやってみようと思った。
 再びあの恐ろしい男に襲われた時は、前と同じ事にはならない。僕は現実を変えてみせる。
 この死にたい程の絶望を消せるなら全力で抗う。そう決めて温はきつく唇を噛んだ。

 ****

 風間には会いたくないが秋津には会いたい。この間は彼を怒らせてしまったが、それでも相手にしてくれた悦びの方が勝る。
 周囲に何の興味も無さそうな彼が自分に目を向けてくれた。それは確実な一歩だという気がするのだ。
 温はそわそわと就業後の社内に残り、ダニエルのところに足を向けても見た。けれども秋津とは出会えない。

「お前、何をしてんの?」

 ダニエルの言葉に温は軽く飛び上がって焦る。

「べ、別に何もしてませんよ?」

 デスクに置きっ放しになっていたダニエルの煙草を手に取り、自分も吸ったら彼との接点がもっと増えるだろうかと考えていたのだ。

「あのさぁ、お前に煙草は似合わねぇよ? それに気管支が弱いんだろう?」

 どうして知っているのだろう、と不思議に思っていたらダニエルがふわりと笑った。それは珍しく柔らかい笑みだった。

「鹿又に聴いた。高校生の頃から知ってるんだって? 俺は全然知らなかったんだけどな」

 詰まらない、と唇を尖らせるダニエルが可愛らしく見えて温は目を逸らせた。
 この人は鹿又と付き合うようになってから、どんどん綺麗に、可愛くなっていく。それが眩しくて、太陽を直接見ると目が痛むように心が痛んで涙が出てくる。
 羨ましいのだ、とは思いたくないけど。

「そんなものを吸うくらいなら、酒にしておけ。今日は空いてるか?」

 それが食事の誘いだと、一拍置いてから気付いた。

「あの、予定は無いですけど、でも――」

 プライベートで飲みに行くほど親しくは無い。会話だって続かないだろうし、ダニエルを不愉快にさせてしまうだろう。

「心配すんな。鹿又が啓太と花ちゃんも連れてくるから、黙ってメシを食ってればいいさ」

 場を盛り上げようとか、気を遣おうとかしなくていい、と言われて温は気持ちが揺れる。
 飲み会は苦手だが、啓太と花さんとかまさんならまぁいいか。そんな風に思って了承した。
 そして感じの良い居酒屋の小上がりに落ち着いて、暫らくして来た事を後悔した。

「君は肉ばかり食べ過ぎだよ。野菜も食べなさい」
「あっ、ばか、勝手な事をするなよ」

 自分の取り皿に野菜炒めを入れられて、ダニエルは鹿又の腕をバシバシと叩いた。

「いい年して、自分で食べられないのかな? ん?」

 作り笑顔を向けられて、ダニエルは頬の辺りを微かに染めながら渋々と野菜炒めを口に運んだ。

「…………残念」
「ばか…………」

 ぽそりと呟いた鹿又にダニエルが小さく悪態を吐いた。けれどその顔が真っ赤に染まっていて、見ている方が恥ずかしい。
 リア充死ね、と心の中で呟きながら温はコップ酒を啜った。
 荒んだ気持ちで逆側を見れば、黙々と甘い酒を飲む花森の世話を啓太が焼いている。

「花ちゃん、普段が不摂生なんだから、なるべく身体に良さそうなものを食べなよね」
「身体に良い?」

 そんな事はまるで考えた事も無い、といった口調で訊ねた花森の前に啓太が白和えやらモツ煮やらを並べる。

「やっぱり和食だよ。一人暮らしではなかなか食べられないでしょう?」
「ん…………」

 別に異論も無いらしく、花森は黙々と並べられたものを平らげていく。

「これ、美味い」

 モツ煮が気に入ったらしく、眉間の皺を解いて食べる花森に啓太が自分の分を差し出す。

「良かったらこれも食べて。あ、七味掛けるね」

 マメマメしく世話を焼く啓太の姿が意外だ。そう思っていたら、啓太は営業部で「花ちゃんの世話係」と呼ばれているらしい。

「だって俺が世話をしないと、花ちゃんの毛艶が保てないから」

 すっかり犬猫扱いだな、と思いつつも温は二人がちょっと羨ましかった。
 誰かに必要とされ、受け入れられる。それはきっと幸せな事だ。

「本当はお風呂も入れてあげたいんだけど、花ちゃんが嫌だって言うから」

 ぎょっとするような事を言い出した啓太に花森が淡々と答えた。

「けいたは長風呂過ぎる」
「花ちゃんは入って十分で出てくるもんね」
「逆上せるんだよ」

 二人の会話に温は口を挟めない。既に家を行き来しているのか。いつの間にそこまで親しくなった。
 自分は彼ら以外に親しい人もいない。そして彼らといても疎外感を感じる。

「僕、ちょっと用事を思い出したので先に帰りますね」

 立ち上がった温に鹿又が心配そうな声を掛ける。

「一人で大丈夫? 車を呼ぶかい?」
「いえ、そんなに飲んでませんから」

 温は心配する鹿又に大丈夫だと答えて店を出た。
 就職を機に実家を出て、一人暮らしとなった家に帰るのが何となく嫌で会社に足を向けた。
 秋津に一目でも会えたらいいと思ったのは、人恋しくなってしまった所為かも知れない。
 僕は淋しいのかな。
 温は酔いを醒ますようにゆっくりと歩いた。

 ****

 地下にある通用口から建物に入り、しんとした廊下を進んだ。
 空調の利いたビルは奇妙な人間らしさを獲得している。
 人気が無く殺風景なのに生活感や気配が残っているというか、今にもひょいとドアが開きそうなのだ。
 そう思っていたら本当にひょいと目の前のドアが開いて吃驚した。そこから秋津が業務用の大きな掃除機を引き連れながら出てきたのでもっと吃驚した。

「アキさん!」

 声を上げた温を秋津が驚いた顔で見た。

「こんな時間に外から?」

 社内に人がいない事を確認していたのだろう、不審そうに顰められた眉に言い訳をするように告げる。

「ちょっと、忘れ物をして――近くで飲んでいたんですけど、戻ってきたんです」

 まさか本当に会えるとは思っていなかった、と密かに浮かれる温に秋津が苦々しそうな声で言った。

「今直ぐに帰れ」
「そんなに…………迷惑ですか?」
「そうじゃなくて……ああ、いや、迷惑だ。だから俺の前から消えろ」

 冷たく言われて温の頭が冷えた。
 きっとアルコールが入った身体にこの人の姿を見て逆上せていた。浮かれていた。僕は嫌われているというのに。

「ごめんなさい」
 謝って踵を返した。入ってきた通用口の前で立ち止まり、袖口で目元を拭う。
 このくらいで泣くなんて恥ずかしいな。でも誰にも見られてないから良かった。
 その時、横から甘く冷たい砂糖菓子のような掠れる声がした。

「慰めてあげるよ」
「っ!」

 逃げなくちゃ、と思ったが肩をがっちりと掴まれて身が竦んだ。
 あの日この腕の中に閉じ込められて貫かれた。その記憶が足を動かなくさせる。

「今日は時間がたっぷりとある。この間は慌しかったからね」

 まるでそれが申し訳ないとでも言うように、温が望んでいるかのように言われて相手を強く衝いた。

「離せ! お前の勝手は許さない!」

 はっきりと言えた、と思わず気を緩めたがそれは早かった。
 相手は楽しそうににやにや笑いを浮かべて温を無理矢理エレベーターに押し込んだ。

「許しなどいらないよ。だって君は獲物なんだからね」

 そう言うと風間は温を企画室に連れ込んだ。
 体格差があるにしてもどうして逃げられない、と焦る温を彼自身の机に押さえ付けた。

「コツがあるんだよ。人のね、身体を動かすタイミングでちょっと押してやれば動きを操るのは容易い」

 余裕を持って解説をしながら、風間はガムテープを取り出して温の手を後ろで拘束した。

「さて、この間は痛まなかった? 粘膜だからさ、慣れないと摩擦だけで腫れて掻痒感を起こすんだよね。初めての後にお尻をもじもじとさせてる子って可愛いよねー」

 ぺらぺらと喋りながらも風間の手は止まらない。手順は既にその手に沁み込んでいる、とばかりに温の着衣を肌蹴て下肢もすっかり剥き出しにされてしまった。
 これでもういつでも突っ込める、という状態にされて温の身体がガタガタと震えた。
 嫌だ。抵抗するって決めたのに、これではこの間と同じだ。あの痛みと屈辱をもう一度だなんて絶対に嫌だ。
 温は恐怖と緊張でギクシャクする身体を必死に前にずらした。少しでも男から離れたかった。

「誘ってるの? 痛いのが好きなら期待に応えよう」

 いきなり乾いた指を突っ込まれ、温の口から悲鳴が漏れた。

「不思議だよね。濡れてないと指一本すら入らない」

 第一関節の少し先まで入れた指をぐにぐにと動かされて温の身体が陸に上がった魚のように跳ねた。

「ぅああっ! くっ、は…………」

 身体の中を引っ掻き回される。それだけで頭の中がぐちゃぐちゃになってまともな思考力すら失われる。
 いっそ痛い方がマシだ。男性器で犯されるのが単調な痛みなら、これは耐え難いノイズだ。頭が可笑しくなりそうだ。

「でもさぁ、ここも弄ってるうちに少しは濡れるんだよね。それで指も奥まで埋まるって訳」

 体液だけで挿入された指は粘膜に張り付くようで、触られているという感覚を強く与えた。
 温は嫌がって泣きながら身を捩った。その姿は冷静に温を壊してやろうと思っていた筈の風間の興奮を誘った。

「そんなに嫌? ここはイイ筈だけど」

 イイという感覚を教えるようにしこりを指の腹で押しながら風間が言った。それは最初に犯された日に、痛みから逃れる為に感じ取ろうとした感覚だった。

「ふぁっ!」

 思わず色付いた声を上げた温に風間がにやりと笑う。

「もう覚えていたみたいだね。ココ…………好きだろう?」

 風間の質問に温は黙して答えない。口を開いたら崩れてしまいそうだった。

「答えないなら身体に聞こう。ココだけでイカせてあげる」

 そう言うと風間は無理矢理に指を増やし、痛みに悲鳴を上げた温の声が直ぐに意味を為さない喘ぎ声に変わった。
 拡がったそこは鋭い痛みを齎すのに、二本の指がしこりを抓むように押し擦るとそれが欲しくて堪らなくなった。
 小さな尻を自分に向かって突き上げる温を、風間は満面の笑みで見詰めた。
 自分から強請った。その事が彼を後々まで苛む。
 人を拒む性質とその奥に潜む快楽に忠実な本性。尽々と苦しむように出来ている、と風間は可笑しくて堪らない。
 これなら直ぐに壊せそうだ。
 そう思いながら、風間は念入りに行為を続けた。

 ****

 温は前には一度も触れられないまま、既に二回射精をしていた。
 後ろを風間に犯されて、快楽に意識が飛びそうになると痛みを与えられる。
 ギチギチに拡がった穴に指を捻じ込まれ、動かされると痛みと痺れが神経を焼いた。

「少し休憩させて貰おうかな」

 そう言うと風間は挿入したまま動きを止めた。
 後ろを拡げられたまま刺激が弱くなり、温の頭にまともな思考が戻ってくる。それと共に身の内に収めた存在が自己を主張し出す。
 生身のそれは熱く濡れている。高く張ったカリはごろごろと異物感を与え、腹部を圧迫した。たまにぴくぴくと震え、中が濡れていくような気がするのは気の所為だろうか。
 自分にも付いているものを入れられているのだ、と思ったら温の目から新たな涙が溢れた。

「ぅ…………っく、ひっ…………く、ふ…………」

 情けなさに涙する温を見て、そろそろ頃合かなと思う。風間は動きを止めたまま、尻朶を両手で鷲掴んでぐいぐいと大きく動かした。
 外からの力で内部をぐちゃぐちゃにされて、温が堪え切れずに泣き叫んだ。
 助けてくれ、もう嫌だ、怖い、痛い。子供のように泣く温の姿を堪能し、風間はぴたりと手を止めた。そして最奥で熱い迸りを出した。

「ひっ!あ……あ、ぁ…………」

 中で男の精液を吐き出されて、温の両目がショックに大きく見開かれた。
 全てを出し切るように胴震いをされて、温の眉が切なく寄った。

「やぁ……だぁ…………」

 女の子じゃないのに欲望の対象にされた。それがその動作の全てに集約していたようで温はただただ泣きじゃくった。
 自分が無力になったようで心許無く、誰かに縋りたい。でもここには自分を辱める男しかいない。

「かま、さん…………。けっ……い。誰でもいいから、助けて…………。くりはら、せんせぇ…………助けてよ…………」

 助けを求めて知らない人間の名を呼ぶ温が腹立たしい。風間は胸に手を伸ばし、小さな突起を抓んで捻り潰した。

「ゃぁあああっ!」
 悲鳴を上げた温に突き放すように告げる。

「助けなんて来ないよ。こんな時間に、こんな場所に、一体誰が来る?」

 再び腰の動きを再開させ、ぐちゃぐちゃに綻んだ後ろを何度も突き刺す。

「あーあ、元に戻るかなぁ。こんなに濡れて緩んでぐちゃぐちゃになって」

 尻肉を左右に押し開かれて、繋がった部分を引き攣れるくらい拡げられて温の身体が大きく震えた。

「や…………め、でちゃぅ…………」

 顔をくしゃくしゃにして小さくかすれた声で叫んだ温に、風間は楽しそうに笑う。

「前? 後ろ? どっちを漏らすの?」
「や、だぁ…………」

 嫌だしか言えない温が漏らすのを風間は楽しみに待った。そして自身を出し入れする後ろからくぷくぷと精液が逆流してくるのを見て、興奮を抑えながら呆れた声を出した。

「挿れられるのと出すのを同時にするなんて、堪え性の無い身体だな。出した分は入れ直さないと」

 そう言うとナカに二度目の熱を注ぎ込んだ。射精前の膨らみが内部を押し拡げ、温は吸い取るように締め付けてしまった。それが男を誘っていると、風間に揶揄されて涙が溢れた。

「意外と貪欲なんだな。三度目が欲しいと言われたのは初めてだよ」
「言ってな…………」
「言った」

 風間は言い切って、三度目の遂情に汗を落とした。パタパタと背中に落ちたそれに、温は身体には殆ど触れられていない事に気付いた。
 愛されていない。そんな当たり前の事に今更傷付く自分が不思議だった。
 ここまでされて、欠片も愛されなかった。それが酷く理不尽な事のように思えた。
 この時温は初めて風間を人でなしだと思った。
 少しくらい、愛してくれたら救われたのに。
 身体を繋いで、最後まで暴力で終わってしまった事がとても残念だった。
 温はそれももうどうでもいいか、と諦めて目を瞑った。 

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