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③掃除屋

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 ダニエルは勤務時間、というものを余り気にした事がない。
 気分が乗れば夜中でも仕事をしたし、出来ない時は出来ないからとサボりを決め込む事も多い。
 それでも何も言われないのは、それなりの成果を出しているからだろう。
 ただし最近はなるべく通常時間帯に働くように心掛けている。
 一つにはこの時期は鹿又が社内にいる事が多いからで、もう一つは夜中に部外者と出くわすのが嫌だからだ。
 しかしそうも言ってられない事もある訳で、久し振りに25時を大きく回ってしまった。
 ダニエルは最上階にあるラボから降りてきて、地下の通用口で青いツナギ姿の男達に出会った。

「あれ、久し振りですね。忙しいんですか?」

 親しげに声を掛けてくる赤毛の男に素っ気無く頷いて、通り過ぎようとしたら腕を掴まれた。

「この先で大きな事故があって、今夜はタクシーが捕まらないと思いますよ」
「…………チッ!」

 ダニエルは大きく舌打ちをして男の手を振り払った。電話でハイヤーの手配をし、十分ほど時間が出来たので煙草を銜えたら男に強請られた。

「情報料ですよ。俺にも一本下さい」

 男の言いは腹立たしいが、断る事も出来ずに無言で箱を差し出した。男が抜き取ったのを見て隣の男にも差し出す。

「いや、俺は…………」

 遠慮した男にダニエルは苦い顔で良いから取れと言った。

「この男と二人きりにされたくないんだよ。お前も付き合え」

 ダニエルの言葉に多少は責任を感じていたのか、男は素直に煙草を受け取って口に銜えた。それに火を点けてやりながらダニエルが訊いた。

「お前、名前は?」
「…………秋津」
「俺はダニエル」
「知ってる」
「ふん」

 それきり途絶えそうな二人の会話にもう一人の男が割り込んだ。

「俺は風間。ってかさぁ、どうして先にアキに名前を訊く訳? あなたに話し掛けてたのは俺でしょう?」

 風間と名乗った男はあからさまに面白くない、と訴えてきたがダニエルは冷ややかに突き放す。

「知りたくなければ訊かないさ」
「じゃあアキの名前は知りたくなったの?」

 少しだけ声の鋭くなった風間にダニエルは目を眇め、小さく首を傾げた。

「声がね、良かったから」

 ダニエルの物言いは理由になってないようだが、風間には頷けた。

「彼の外見か声、或いはその両方に大概の人間が引っ掛かる。あなたも例外じゃなかったか」

 低く独り言のように言った風間をダニエルが感情の籠もらぬ視線で眺める。

「引っ掛かる? まるでこちらから寄って行ったようだな、人聞きの悪い」
「切欠は問わない。結果を言ってるんだよ」
「大袈裟だな。たかが名前を訊ねただけで」
「俺には訊かなかったからね。ちょっとくらいは絡みたくもなる」
「迷惑な話だ」

 ぴん、と煙草を弾いてダニエルは滑り込んできた車に目を移した。そしてそちらに身体の向きを変え、思い出したように秋津に顔だけ向けて言った。

「お前、黙ってれば何も降り掛からないと思ったら間違いだぜ? そうやって閉じ篭っても、火の粉ってのは降り注ぐんだよ。まぁ…………分かってるとは思うけど」

 それだけ言うと後は知らぬ顔でタクシーの後部座席に乗り込んで行った。赤く光るテールランプを見詰め、秋津は眉宇を顰めた。

「不躾がない人だ」

 風間の言葉を聞き流して秋津は煙草の吸殻を拾い上げた。灰皿スタンドに自分の分とまとめて押し込み、掃除道具を取り上げた。

「さっさと取り掛かろう」

 相棒を促して仕事に取り掛かる。秋津はダニエルの言葉に心がざわめく自分を押し込めるように、気持ちを切り替えた。

 ****

 二手に分かれてフロアの上階と下の階から手際よく片付けていく。風間は機械的に手を動かしながらダニエルの事を考える。
 彼が秋津に興味を持ったのは、多分同じ人種だからだろう。
 過剰な他人の興味と関心に煩わされ、時には迷惑を蒙ってきた人種。好意を受けてまず厄介だなと眉を潜めてしまうのは、過去に色々な思いをしたからだろう。何せ彼らは美し過ぎる。
 顔が綺麗であるだけでも平穏な人生を送る上でのハンデだが、プラスアルファがあるとそれは何倍にも跳ね上がる。綺麗で声が魅力的だとか、綺麗でスタイルが良いだとか、綺麗で色気があるだとか。
 好きな人の関心を惹く為には強力な武器となるそれらは、見知らぬ他人の余計な関心を買い執着の元ともなる。
 執着。それは簡単に理性の手綱を喰い千切る。
 秋津もそれで随分と怖い目に遭った。
 一番酷いものをリアルタイムで知っている訳ではないが、風間はその凡そを知っている。
 それで秋津が恋愛とか友情とか、人と良好な関係を結ぶ事に消極的で否定的である事も知っている。
 きっと自分の事も友人とは思っていない。便利な共犯者とか同類とか腐れ縁とかそんな風に思っているのだろう。

 十六の歳にバイトで出会ってから十年。二歳年上の男は最初から頑なだったから、近くにいさせて貰えるまで相当の努力をした。
 想いを隠したまま仕事の方から近付いていった。
 高いところが好きな事、人と上手くやるのは得意だが本当は負担に思っている事、決まった手順で出来る仕事が良くて結果も目に見えるから掃除を気に入ってる事。
 それらを少しずつ頑張って伝えていった。その陰で、苛立ちや焦りや性欲を持て余して随分と他人を傷付けもした。

 まあ若かったから、なんて自分に甘い言葉で自分を許していて、そういう良心を持ち合わせていないのは幸運だった。
 秋津は風間の悪行の幾らかは知っているが、本当に酷い部分はきっと知らない。
 彼らは互いに中途半端に晒したまま付き合っている。
 広くて狭く、深くて浅い。そんな関係を相方以外になんと呼べば良いだろう。
 親友にも恋人にもならない関係。それをこの先も続けるつもりでいるのか。

 風間は何となく溜め息を吐いた。
 この憂鬱は、運んできた当人で晴らさせて貰おう。どうやら自分に落ちそうもないが、相手があれなら無理矢理でも構わない。
 無理矢理に奪って、滅茶苦茶にしてやろう。
 風間は夕食の献立でも決めるように簡単に決定した。そして秋津には何も告げないまま、計画を具体化していく。

 昼間で人の来ない場所。出来れば鍵が掛かって、相手が苦手にしているような――そうだ屋上がいい。あの男は高いところが苦手そうに見えた。
 時間は三十分もあれば十分だし、脅して後からゆっくりと楽しんでもいい。脅しに屈しなくても、俺の姿を見るだけで苦痛だろうからじっくりと次のチャンスを待つのもいい。

 一度襲われた相手には何故か抵抗が弱まる。そんな獲物の習性を風間はよく知っていた。それに最後まで嫌がった相手はこれまで一人もいなかった。
 何故かどの相手も最後には風間を好きだと口にした。そうすると途端に胸が苦しくなり、風間は相手を解放してしまう。

 自分を慕う相手とのセックスが苦痛だ、と気付いたのは一番手酷く振った相手によってだった。彼は『お前が抱き締めてくれるなら何も怖くない』と言った。
 怖いのは俺の方だ。
 その本心を隠して相手を捨てた。それだけは流石に後味が悪く、今も苦い思い出として心の中に刻まれている。

 秋津以外に何も自分の中に残したくないのに、生きていればこうして澱が溜る。それを捨てる術がない事を、人間らしさと呼ぶのかもしれない。
 似合わぬセンチメンタルは、相方と合流して顔を見た途端に霧散した。
 捲った袖から覗く白い手首。汗の伝う細い首。ふっくらとした薔薇色の唇と続く鼻梁の線。
 欲望が身体の中でごとりと音を立てて動いた。
 代わりの生贄が必要だ。それも早急に。
 風間は欲望を押し隠して薄い笑みを浮かべた。

 ****

 ダニエルは大きな仕事が一段落ついたところで鹿又を食事に誘った。美味しい焼き鳥屋に連れて行け、と言ったら接待に使った良い店があるという。

   『接待ぃ?』と嫌そうに顔を顰めたら、個室になっていて落ち着けるからと言われてドキドキしてしまった。
 相手に特別の意図などない。分かっていても落ち着かない気持ちになるのは好きな相手だから仕方がない。
 同期の、入社以来十年も友人として付き合ってきた男が好きだなどと誰にも言えはしないが。
 想われるばかりで想った事のない自分の初恋だ、と気付いてからは大事に大事に育ててきた。
 告白するつもりなど無いが、勝手に想っているだけなら自由だ。この気持ちがあるだけで、本当に人生が意味を変えた。日々が色付いて、素晴らしいと思えてしまうくらい大きな存在なのだ。
 きっとこの先も彼の近くにいられる。それだけで幸せ。そう思っていた。
 定時を過ぎても姿を見せず内線も鳴らない。まぁそれは想定内だ。
 営業なんて予期せぬ仕事が飛び込んでくるし、新人はいつだってこちらの都合などお構い無しに泣きついてくる。
 面倒見の良い鹿又は頼ってくる相手を後回しになど出来ない。
 丁度良いから後回しにしていた温の頼まれ事を片付ける。ボタンの位置とデザインの関係、それから素材などをまとめた資料をプリントアウトしてファイルに入れた。
 内線で温を呼び付けたら、招かざる客までくっついてきた。客というか掃除屋の風間だ。

「何の用だ?」

 この時間帯に彼らが入る事はなかった筈だと、ダニエルが胡散臭そうに眉を顰めたら風間は不敵な感じで笑った。

「話があるんだ。十分でいいから付き合ってくれないかな?」
「こっちにはない」

 にべもなく断ったダニエルに風間が近付き、腰を屈めて耳元に囁いた。

「不味いものを拾っちゃったんだよ。面倒臭い事には巻き込まれたくないし、俺はあなたしか知らないから」

 助けて欲しい、と言われてダニエルは思案する。
 正直に言って助けたい男ではないが、社内の『不味いもの』とやらは放っておけない。
 一先ず心配そうな顔の温を部屋から出そうとしたら風間が声を掛けた。

「ああ、悪いけど地下の喫煙所にいる相方に伝言してきてくれない? 少し遅れるって」
「あの、でも…………」

 戸惑う温に風間はくしゃくしゃに潰れた煙草の箱を差し出した。

「これを差し出してくれれば納得する筈だから。頼むよ」

 二人の間だけで伝わる符牒なのだろうか。温の胸が羨望に軋み、黙ったまま煙草を受け取って踵を返した。それを見送ってから風間はダニエルを屋上へ連れ出した。
 オレンジ色に染まる屋上に出て、ダニエルはその心許無さに着いて来た事を悔やんだ。

「燃えるような空は、狂気に似ていない?」

 夢を見ているような、地に足の着いてない声で呟いた風間にぞっとする。ダニエルは強く首を振って睨むような視線を向けた。

「不味いものとやらを出せ。俺が良いようにしておく」
「ああ、うん。これだよ」

 つるりとしたフラッシュ・メモリ。確かにこんなものが落ちていたのは不味い。

「中身は見たか?」
「いや。営業部で拾ったから、見ては不味いんだろうなと思って確認してない」
「そうか」

 その言葉を信用してはいけないのかもしれないが、そもそも拾ったものを渡してくれる時点である程度の信頼が成立している。
 ダニエルは少々油断して風間の手のひらからメモリを取り上げた。その時、大きく強い手に手首をガシリと掴まれた。

「口止め料を貰うよ」

 平坦に告げた相手にその場に押し倒された。まさかこんな場所で。そう思うダニエルのシャツが乱暴に開かれた。

「直ぐに済むから、嫌なら目を閉じていて」

 酷い台詞を平然と言った相手に首筋に噛み付かれた。その痛みに我に返って抵抗するが、相手は慣れた風で手足を身体で押さえ込んで味見とばかりに肌に舌を這わせた。ぬるりとした感触にぞっとして背筋が震えた。

「叫んでもいいよ。どうせ、聴こえない」

 ダニエルは余裕の男を射殺しそうな目で睨んで、けれどそれは相手を喜ばせただけに終わった。

「いいね。ゾクゾクする」

 さっさと挿れる。挿れた後は長いから楽しんでくれ。軽薄な口調で告げる男に抵抗して、暴れて、敵わなくて、それでもポケットから端末が転がり出た。ダニエルは思わずそれに向かって叫ぶ。

「かまたっ! かまた、かまたっ!」
 悪足掻きを、と楽しげに眺めていた風間の目が軽く見開かれた。端末のグリーンランプが点滅していた。

 ****

 まさか通話状態になっているのか、と訝って手を伸ばした隙にダニエルに撥ね退けられた。見たままの優男でもないらしい、と風間は密かに評価ポイントを付ける。

「登録名称の呼び掛けでコール状態になる。搭載されてるGPS機能は数十センチ単位の誤差しかないから、ここにいる事も伝わる。直ぐに逃げないと間に合わないぜ」

 強気で告げるダニエルを見て、それでもやってしまえば揉み消せる……と風間は考えたが降参するように両手を挙げた。

「いいよ、ここは引こう。どうせならもっとゆっくりとお相手願いたいからね」
「ふざけるな! 今度近付いたら殺す!」
「それでも今日は見逃すんだ?」
「…………口止め料だ」

 苦しい言い訳に風間は噴き出した。

「面白い人だね。なら理由をまた考えてくるよ」
「だから二度目は無いって――」

 ダニエルの言葉を遮るようにドアが叩かれ、鍵を開けて直ぐ壁に張り付いた風間の前を大きな男が飛び出してきた。

「ダニイッ!」
 鹿又と入れ違いに素早く姿を消した風間を目の端から追い出して、ダニエルは酷く焦った様子の男に情けなく眉を下げて笑った。

「お前の心配性のお陰で助かったよ」
「何?まさかまた襲われたのか?ここで?」

 鹿又は夜道で襲われ掛けたダニエルを心配して彼に市販されていない特殊な携帯端末を持たせた。音声発信が可能で、高性能GPSが内臓され、セキュリティ発信も可能なものだ。

「大した事じゃない」

 そう言うダニエルのシャツは肌蹴たままで、鎖骨の辺りには血の滲んだ噛み跡があった。

「だ…………れが、お前に触れた」

 低い声が震え、痛みを堪えるように鹿又の掌が握られた。

「だからいいんだって。それより食事を――」
「いい訳ないだろうがっ!」

 吼えた男の顔は歪んでいた。ダニエルは胸の痛みを抑え、これはただの友情だと自分に言い聞かせる。

「お前が怒る事はない。こんなの――平気だって」
「平気じゃないだろう。あれ以来、夜道を歩かない事を知ってるんだぞ。電車だって、嫌な思いをしたから避けているんだろう。俺にまで、平気とか…………平気とか、言うな」

 大きな身体を震わせて泣きそうな男に、ダニエルは堪えようの無い愛しさを覚える。俯いた顔に手をそっと伸ばし、こめかみから髪を梳くように指を差し込んで言った。

「ちょっとだけ痛いから、舐めてくれない? 自分じゃ届かないんだ」

 心臓がドキドキして破れそうだ。そう思いながら、それでも今なら欲を出しても受け入れられる気がしたから。ダニエルは恐怖と期待に引き裂かれながら鹿又を見詰めた。
 鹿又は瞳の色を濃く変えて、ダニエルの傷跡にそっと口付けた。触れた唇と舌が、熱くてヤケドしそうだとダニエルは思った。
 夕焼けは、二人の姿を隠すように色を変えていた。訪れた夜の帳は、優しい菫色をしていた。

 ****

 風間は失敗して持て余した体の熱を抱えたまま秋津を迎えに行く。
 ダニエルの事は益々気に入ったが、取り敢えずこの熱をどうにかしないと不味い。秋津に向ける訳にはいかない。
 この際誰でもいい、と最低な事を考えながら秋津と目を合わせ、直ぐに彼が困っている事に気が付いた。彼の目の前には伝言を頼んだ小柄な青年がいた。

「どうした?」

 いつもの調子で訊いた風間に秋津の顔が僅かにホッと緩む。気を許されている、と思うと風間は驚喜して胸が高鳴る。

「彼がダニエルさんを心配して探しに行きたいと言うから、何も無いよって止めてた。ほら、何も無かっただろう?」

 本当は真っ最中に踏み込むのを心配して、必死で止めていたのだろう。風間は秋津の手を煩わせていたと知って肩を竦めて内心で謝った。

「ちょっと話が長引いただけだよ。悪かったね」

 もう帰って良いよ、と温を追い払いに掛かったが彼は捨てられまいとする子犬のように秋津を見上げた。その視線から秋津が逃げたがっているのを察し、風間はにやりと笑った。

「話があるなら俺が聞くよ」
「いえ、その、あなたじゃなくて――」
「俺に話した方がいい。だってアキの事を一番良く知っているのは俺だからね」

 そう言って風間は温の肩を抱いて近くのトイレに連れ込んだ。
 秋津はそ知らぬ顔でその出入り口に清掃中の札を立てた。
 彼がこれからどういう目に遭うのかは考えない。ただ、二度と自分達には近付かないだろう事は確かだ。

「好意に悪意で返す。それを酷いとは思えないんだ」

    秋津がぼそりとそう呟く。
 自分はきっと何処かが歪んで壊れている。秋津はそう自覚しながらも自分を変えられないし変える気も無い。
 風間が遊んでくる時間分として渡された煙草を一本口に銜え、ゆっくりと煙を肺に入れた。
 あと三本分。それで終わらなければ買いに行こう。
 冷酷なほど淡々と思考し、秋津は煙草を吸い続けた。そして微かに悲鳴らしき声が聴こえ、その後も低くすすり泣く声と抵抗する声が聴こえてきた。

    ****

 中では風間の口車に乗せられ、秋津と親しくなりたいならこういう事にも慣れろとあちこち弄られ、下肢を剥き出しにされて本能的に逃げ出そうとしたところを後ろから犯された温の姿があった。
 温は簡単に指で慣らされてジェルを塗られ、男の大きなモノをいきなり後孔に突っ込まれて体が引き裂かれたかと思った。

「大丈夫、血は出ていない」

 腰を前後に動かしながら風間が声を掛ける。

「ひぅっ、やっ…………やぁ………………」

 痛みと衝撃に温の目から涙がボロボロと溢れた。喉をせり上がるような圧迫感とジンジンする痛みに死んでしまいそうだと思うが、それが圧倒的過ぎるが故に気絶する事も出来ない。ズルズルと身体の中を犯されて好き勝手に擦られる。そこに手加減は全く無い。

「やっ、だぁ…………やめ、たすけ…………うあっ!」

 兎に角早く終わる事だけを祈っていたら、男の動きが早くなってもっと奥まで突き入れられた。

「やっと解れてきた。奥まで入れて気持ちが良いよ」

 今までは痛いばかりでこっちも良くなかったんだぜ、と勝手な事を言う男に向けられる筈の殺意が何故か自分へ向かう。
 不甲斐無い。こうして社内なんかでよく知りもしない男に組み敷かれて、後ろから犬みたいに犯されて泣く事しか出来ない。
 ”使い心地が良くない”とまで言われて反論も出来ない。
 僕はどこまで情けないんだろう。価値なんてまるで無いんだ。
 不当な暴力よりもその事が温の身を苛む。

「ニ、三回出したら終わるから」

 風間はゲームの順番でも告げるように宣言し、抜かずにきっちりと二回射精してから温を手放した。

「ゴムを付けてたから後ろの処理の必要はないよ。悪いけどこのまま行くね」

 風間は蹲る温の顔すら見ずにその場を立ち去った。
 清掃中の札をそのままにしておいたのが、唯一つの優しさだったかもしれない。
 その事を後から知り、温はケラケラと笑った。
 涙を流しながら、いつまでも止まらない笑いに身を任せたのだった。
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