171 / 194
85.出張指導ー1
しおりを挟む
本当のことを言えば、国王はロクサーン侯爵が本気で王家に牙を剥くとは思っていなかった。
だがあの時は引かざるを得なかった。万が一争いにでもなったらとても敵わないし、臣下の前で無様にやられる姿など見せられない。
国王は歳をとって怖気付いたのだ。
(まさか異世界人にあんな使い道があったとは、知っていれば私が利用したものを!)
国王は自分にはないものを持つ獣人が妬ましく、悔しかった。
獣神の血を引く者として、王となる者として強くあれと教えられたし、自分は誰よりも強いと思っていた。しかし年齢には勝てない。
まだ周囲には気付かせていないが、最盛期よりも筋肉が萎み、身体が一回り小さくなり、精力が衰え覇気が弱くなった。
虚勢がバレるのも時間の問題で、あと少しで王も老いたものだと侮る者が出てくるだろう。
そうなったらお終いだから、普通はそこで王位を次世代に譲る。その為に王太子が決められているのだが、ここにきて国王は譲位するのが惜しくなった。
王太子が今ひとつ物足りないところも理由の一つだったが、何よりも自分以外に相応しい者がいるとは思えなかった。
自分こそが高貴な血を引く者、崇め奉られる者、玉座に座る者だ。誰にもその座は渡さないし、ロクサーン侯爵を変えた力があればそれは可能だった。
(しかし秘薬など嘘ではないのか?)
国王はそう半信半疑であったが、ロクサーン侯爵家から献上された神薬を作ったのはあの異世界人だと言う。
ならば信用してもいいのではないか。いや、他に当てがないというのが本当だろう。
(強くなりさえすれば、叡智王のように永く私の御代が続く)
国王は強い自分の統治の下、永年王国を築くことを目指していた。
その為に使えるものは何でも利用するつもりだった。
(異世界人を手に入れられなかったのは残念だが、機会は幾らでもある。まずは力を手に入れるのだ)
国王は秘薬さえ飲めば、直ぐに強くなれるものと思っていた。
だから効果の弱いものから徐々に身体を慣らす必要があると聞いて、ガッカリしてしまった。
***
「いきなり秘薬を飲んではならぬのか?」
国王に訊かれて俺はなるべく丁寧に説明する。
「お渡しする薬はプロテインと言って、服用すると身体を強く逞しくします。但しそれは痛みと引き換えで、より強くなる為にはより強い痛みに耐える必要があります。陛下にご用意した秘薬は最高峰の肉体をお約束すると同時に、死よりも激しい痛みを齎します」
「死よりも激しい痛み……」
ゴクリと国王の喉が鳴った。
彼はバリバリの武闘派だけど、この国の王様なんだから本当に危険な所には出ていかない。どんなに鍛えていても、戦えたとしても、綺麗な戦い方しか知らない。
つまり異世界風に言うなら “現場を知らないお坊ちゃん” ってところか。
(まあ、ビビってもしようがないよね)
俺はちょっとだけ国王への恐怖が薄れた。
「先ずは初級のプロテインを飲んでみては如何でしょうか? その上でどうしても秘薬に挑まれたいということであれば、反対しません」
「いいだろう。万が一の為に、近衛隊の者にも飲ませるが構わぬな?」
「勿論です」
俺はニコニコと笑いながらそう答えた。
だってうちの領地の警備隊なんて、もうみ~んなムキムキだもんね。
その時、国王がコホンと咳払いをして俺の気を引いた。
「ところで、ロクサーン侯爵は秘薬を飲んだのか?」
「いいえ。御前にて、飲んで見せましょうか?」
ロクが聞き返したら、国王は慌てて飲まなくていいと答えた。
これ以上、ロクに強くなられるのが嫌なんだな。
「最終的に、秘薬は陛下しかお飲みになれないのですから、どうせなら近衛隊全員にプロテインを飲ませては如何でしょう?」
同席していたモリスが余計なことを言いやがった。
わざわざ帝国の兵隊を強くする必要なんて無いのに。
ムカムカするけど、どうせプロテインは一般販売する。
黙ってたって、そのうち王城にも出回るんだ。だったら恩を着せておくのも悪くない。
「ロクサーン侯爵、構わぬな?」
「無論です」
ロクも異論はないようで、あっさりと頷いていた。
さぁ終わった終わった、さっさと帰ろうと思ったら、結果が出るまで城に逗留しろと言われてしまった。
俺たちがいたって何が出来るわけでも無いけど、従わなかったら面倒臭いことになる。
それで仕方なくまた地獄の特訓風景を見ることになったんだけど、近衛隊の中に見知った顔があった。
「ゲッ、レオポルト!」
忘れもしない、最初に俺を喰おうとした獅子型獣人だった。
「イチヤ! 良い匂いがする。もっと嗅がせてくれ!」
ガォオオオーン! と吠えながら飛びかかってきたレオポルトをロクが横から薙ぎ払った。
だがあの時は引かざるを得なかった。万が一争いにでもなったらとても敵わないし、臣下の前で無様にやられる姿など見せられない。
国王は歳をとって怖気付いたのだ。
(まさか異世界人にあんな使い道があったとは、知っていれば私が利用したものを!)
国王は自分にはないものを持つ獣人が妬ましく、悔しかった。
獣神の血を引く者として、王となる者として強くあれと教えられたし、自分は誰よりも強いと思っていた。しかし年齢には勝てない。
まだ周囲には気付かせていないが、最盛期よりも筋肉が萎み、身体が一回り小さくなり、精力が衰え覇気が弱くなった。
虚勢がバレるのも時間の問題で、あと少しで王も老いたものだと侮る者が出てくるだろう。
そうなったらお終いだから、普通はそこで王位を次世代に譲る。その為に王太子が決められているのだが、ここにきて国王は譲位するのが惜しくなった。
王太子が今ひとつ物足りないところも理由の一つだったが、何よりも自分以外に相応しい者がいるとは思えなかった。
自分こそが高貴な血を引く者、崇め奉られる者、玉座に座る者だ。誰にもその座は渡さないし、ロクサーン侯爵を変えた力があればそれは可能だった。
(しかし秘薬など嘘ではないのか?)
国王はそう半信半疑であったが、ロクサーン侯爵家から献上された神薬を作ったのはあの異世界人だと言う。
ならば信用してもいいのではないか。いや、他に当てがないというのが本当だろう。
(強くなりさえすれば、叡智王のように永く私の御代が続く)
国王は強い自分の統治の下、永年王国を築くことを目指していた。
その為に使えるものは何でも利用するつもりだった。
(異世界人を手に入れられなかったのは残念だが、機会は幾らでもある。まずは力を手に入れるのだ)
国王は秘薬さえ飲めば、直ぐに強くなれるものと思っていた。
だから効果の弱いものから徐々に身体を慣らす必要があると聞いて、ガッカリしてしまった。
***
「いきなり秘薬を飲んではならぬのか?」
国王に訊かれて俺はなるべく丁寧に説明する。
「お渡しする薬はプロテインと言って、服用すると身体を強く逞しくします。但しそれは痛みと引き換えで、より強くなる為にはより強い痛みに耐える必要があります。陛下にご用意した秘薬は最高峰の肉体をお約束すると同時に、死よりも激しい痛みを齎します」
「死よりも激しい痛み……」
ゴクリと国王の喉が鳴った。
彼はバリバリの武闘派だけど、この国の王様なんだから本当に危険な所には出ていかない。どんなに鍛えていても、戦えたとしても、綺麗な戦い方しか知らない。
つまり異世界風に言うなら “現場を知らないお坊ちゃん” ってところか。
(まあ、ビビってもしようがないよね)
俺はちょっとだけ国王への恐怖が薄れた。
「先ずは初級のプロテインを飲んでみては如何でしょうか? その上でどうしても秘薬に挑まれたいということであれば、反対しません」
「いいだろう。万が一の為に、近衛隊の者にも飲ませるが構わぬな?」
「勿論です」
俺はニコニコと笑いながらそう答えた。
だってうちの領地の警備隊なんて、もうみ~んなムキムキだもんね。
その時、国王がコホンと咳払いをして俺の気を引いた。
「ところで、ロクサーン侯爵は秘薬を飲んだのか?」
「いいえ。御前にて、飲んで見せましょうか?」
ロクが聞き返したら、国王は慌てて飲まなくていいと答えた。
これ以上、ロクに強くなられるのが嫌なんだな。
「最終的に、秘薬は陛下しかお飲みになれないのですから、どうせなら近衛隊全員にプロテインを飲ませては如何でしょう?」
同席していたモリスが余計なことを言いやがった。
わざわざ帝国の兵隊を強くする必要なんて無いのに。
ムカムカするけど、どうせプロテインは一般販売する。
黙ってたって、そのうち王城にも出回るんだ。だったら恩を着せておくのも悪くない。
「ロクサーン侯爵、構わぬな?」
「無論です」
ロクも異論はないようで、あっさりと頷いていた。
さぁ終わった終わった、さっさと帰ろうと思ったら、結果が出るまで城に逗留しろと言われてしまった。
俺たちがいたって何が出来るわけでも無いけど、従わなかったら面倒臭いことになる。
それで仕方なくまた地獄の特訓風景を見ることになったんだけど、近衛隊の中に見知った顔があった。
「ゲッ、レオポルト!」
忘れもしない、最初に俺を喰おうとした獅子型獣人だった。
「イチヤ! 良い匂いがする。もっと嗅がせてくれ!」
ガォオオオーン! と吠えながら飛びかかってきたレオポルトをロクが横から薙ぎ払った。
0
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説
ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい
空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる