158 / 194
78.帰還−2
しおりを挟む
「うわぁあああっ!」
馬鹿みたいに強い力で突き飛ばされ、それでも何もない場所だったのでただ転ぶくらいで済む筈だった。
それなのに俺は湖に落ちたように水に包まれていた。
(うわっ、霧の中みたいな……不思議な感触だ)
俺はいつかの、ロクと森の中で一晩を過ごした翌朝を思い出した。
(あの時は身体中に纏い付く靄がまるでミストサウナみたいで気持ちよかったな)
湿った髪を絞って、冷えた身体をふんわりとした布で包まれ、ロクに世話を焼かれるのが子供になったみたいでくすぐったかった。
(あの気持のいい感触をもう一度)
そう思ってぶるりと身を震わせたら俺の長大な身体がくねった。
(ん? 俺の身体はこんなにクネクネしたっけ?)
俺は不思議に思いながらもまるで水中のように、泳ぐように霧の中を進む。
ゆったりと優雅にたゆたい、泳ぐことを楽しんでいたが愛しい男の姿を光の先に見つけてそちらに飛び込む。
「ロクッ! 大好きっ!」
黒い天鵞絨のような毛に覆われた鋼の肉体に飛び付く。
抱き締めて、頬を擦り付けて、頭を掻き抱いてロクの舌を口いっぱいに受け入れた。
「うっ、ふぅぅっ……」
ちょっと痛いくらいギュウギュウと全身を掴まれて俺はロクが俺を求めていると知る。
ずっと探してた。取り戻そうとしてた。
ロクはこんなにも俺を求めていた。
「ロク……お待たせ」
「長い、留守だった」
「……うん」
「長い、時間だった」
「うん!」
ロクも俺と離れているのが凄く辛かったのだとわかって切なくなり、益々ギュウギュウと抱き付く。
俺たちは少しも離れていられない。もうずっと離れない。ロクから離れない。
「ロク、もう二度と向こうには戻らないから」
「しかし対価を――」
「俺がこっちに留まる対価を元の世界の神に渡す。そういう約束をしてきた」
「お前、向こうでも取り引きをしたのか!」
ロクに鋭く訊かれてちょっと腰が引ける。
「だって、俺を異世界に渡さないって言うんだ。だから代わりに対価を受け取れば良いだろって言ったら、珍しい神が欲しいって。そんなの大変そうだし当てもないし、俺も出来ることなら断りたかったよ。でも断ったら、とても一人じゃ帰れそうに無かったんだ」
「それでは仕方がないな」
そう言ってロクが頭を撫でてくれたので、俺は安心して笑った。
「召喚が成功したのだから約束通り手を引いて貰おう!」
吠えるように叫んだ獣人を見る。
何故か憔悴しきって見えるモリスだった。
「どうして泣いているんだ?」
「お前を、一哉殿を召喚出来ねば神霊を返さぬと言われたのだ!」
(えっ、返さないって、拉致ったの?)
俺は吃驚してロクの顔を見た。
「荒れ狂う神霊が王城を駆け巡った。そして他の神霊を付き従え、森の奥へ消えた。私はお前をもう一度召喚しなければ神霊を返さないと言ったのだ」
「本当に脅してた!」
「そうしなければ命懸けでやらないだろう」
「確信犯! っていうか、拉致ったのはモリスの神霊だけ? もしかして、国王の神霊も――」
「付いて行ったようだな」
「他人事!」
俺はロクの言葉に一々青くなりながら叫んだ。
神霊は獣人にとって魂のようなものだろう?
それを人質に取られたら、それは憔悴するよな。
「ロクの神霊も、俺を取り返そうとしてくれたのかな?」
「前にお前に救われているからな。恩を返そうと思ったのかもしれないし、ただ恋しかったのかもしれない」
ロクにそう言いながら流し目を送られて、顔が熱くなる。
相変わらず大人の色気が凄い。
「戻ってきたって、神霊に言いに――わっ!」
何処からともなく現れた黒豹が俺を襲っ――抱き付いてきた。
「ロクの神霊! 心配してくれてありがとう!」
モフモフと口を舐められて舌を啜られて複雑な気分だ。
この神霊、遠慮がなさ過ぎる。
「チヤ、大人しくされるがままになるな」
神霊に押し倒されて食われそうな俺をロクが引き出してくれた。
「ありがとう。ところで他の神霊は?」
「さあな。戻ったのじゃないか。姿が見えなくても、神霊が戻れば本人にはわかるからな」
ロクの言う通り、神霊たちは無事に戻ったらしい。
モリスが安心したように床に座り込んでいる。
「国王の神霊も連れ去ったんなら、ヤバイことになったんじゃない? 脅されなかったの?」
「ふん。神霊を押さえられては手も足も出ない。寧ろ危ないのは神霊が戻ったこれから――」
「ロクサーン侯爵! 覚悟はいいか!」
丁度、ロクの言葉に被せるように大声で怒鳴りながら国王が乗り込んできた。
どうやら直接対決は避けられないようだ。
俺は苦手な鷲型獣人から見えないように、そっとロクの後ろに隠れた。
馬鹿みたいに強い力で突き飛ばされ、それでも何もない場所だったのでただ転ぶくらいで済む筈だった。
それなのに俺は湖に落ちたように水に包まれていた。
(うわっ、霧の中みたいな……不思議な感触だ)
俺はいつかの、ロクと森の中で一晩を過ごした翌朝を思い出した。
(あの時は身体中に纏い付く靄がまるでミストサウナみたいで気持ちよかったな)
湿った髪を絞って、冷えた身体をふんわりとした布で包まれ、ロクに世話を焼かれるのが子供になったみたいでくすぐったかった。
(あの気持のいい感触をもう一度)
そう思ってぶるりと身を震わせたら俺の長大な身体がくねった。
(ん? 俺の身体はこんなにクネクネしたっけ?)
俺は不思議に思いながらもまるで水中のように、泳ぐように霧の中を進む。
ゆったりと優雅にたゆたい、泳ぐことを楽しんでいたが愛しい男の姿を光の先に見つけてそちらに飛び込む。
「ロクッ! 大好きっ!」
黒い天鵞絨のような毛に覆われた鋼の肉体に飛び付く。
抱き締めて、頬を擦り付けて、頭を掻き抱いてロクの舌を口いっぱいに受け入れた。
「うっ、ふぅぅっ……」
ちょっと痛いくらいギュウギュウと全身を掴まれて俺はロクが俺を求めていると知る。
ずっと探してた。取り戻そうとしてた。
ロクはこんなにも俺を求めていた。
「ロク……お待たせ」
「長い、留守だった」
「……うん」
「長い、時間だった」
「うん!」
ロクも俺と離れているのが凄く辛かったのだとわかって切なくなり、益々ギュウギュウと抱き付く。
俺たちは少しも離れていられない。もうずっと離れない。ロクから離れない。
「ロク、もう二度と向こうには戻らないから」
「しかし対価を――」
「俺がこっちに留まる対価を元の世界の神に渡す。そういう約束をしてきた」
「お前、向こうでも取り引きをしたのか!」
ロクに鋭く訊かれてちょっと腰が引ける。
「だって、俺を異世界に渡さないって言うんだ。だから代わりに対価を受け取れば良いだろって言ったら、珍しい神が欲しいって。そんなの大変そうだし当てもないし、俺も出来ることなら断りたかったよ。でも断ったら、とても一人じゃ帰れそうに無かったんだ」
「それでは仕方がないな」
そう言ってロクが頭を撫でてくれたので、俺は安心して笑った。
「召喚が成功したのだから約束通り手を引いて貰おう!」
吠えるように叫んだ獣人を見る。
何故か憔悴しきって見えるモリスだった。
「どうして泣いているんだ?」
「お前を、一哉殿を召喚出来ねば神霊を返さぬと言われたのだ!」
(えっ、返さないって、拉致ったの?)
俺は吃驚してロクの顔を見た。
「荒れ狂う神霊が王城を駆け巡った。そして他の神霊を付き従え、森の奥へ消えた。私はお前をもう一度召喚しなければ神霊を返さないと言ったのだ」
「本当に脅してた!」
「そうしなければ命懸けでやらないだろう」
「確信犯! っていうか、拉致ったのはモリスの神霊だけ? もしかして、国王の神霊も――」
「付いて行ったようだな」
「他人事!」
俺はロクの言葉に一々青くなりながら叫んだ。
神霊は獣人にとって魂のようなものだろう?
それを人質に取られたら、それは憔悴するよな。
「ロクの神霊も、俺を取り返そうとしてくれたのかな?」
「前にお前に救われているからな。恩を返そうと思ったのかもしれないし、ただ恋しかったのかもしれない」
ロクにそう言いながら流し目を送られて、顔が熱くなる。
相変わらず大人の色気が凄い。
「戻ってきたって、神霊に言いに――わっ!」
何処からともなく現れた黒豹が俺を襲っ――抱き付いてきた。
「ロクの神霊! 心配してくれてありがとう!」
モフモフと口を舐められて舌を啜られて複雑な気分だ。
この神霊、遠慮がなさ過ぎる。
「チヤ、大人しくされるがままになるな」
神霊に押し倒されて食われそうな俺をロクが引き出してくれた。
「ありがとう。ところで他の神霊は?」
「さあな。戻ったのじゃないか。姿が見えなくても、神霊が戻れば本人にはわかるからな」
ロクの言う通り、神霊たちは無事に戻ったらしい。
モリスが安心したように床に座り込んでいる。
「国王の神霊も連れ去ったんなら、ヤバイことになったんじゃない? 脅されなかったの?」
「ふん。神霊を押さえられては手も足も出ない。寧ろ危ないのは神霊が戻ったこれから――」
「ロクサーン侯爵! 覚悟はいいか!」
丁度、ロクの言葉に被せるように大声で怒鳴りながら国王が乗り込んできた。
どうやら直接対決は避けられないようだ。
俺は苦手な鷲型獣人から見えないように、そっとロクの後ろに隠れた。
0
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-
ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。
断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。
彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。
通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。
お惣菜お安いですよ?いかがです?
物語はまったり、のんびりと進みます。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい
空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる