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74.ハイカロリーの魔法-1
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モリスショックが落ち着いてから魔法のことを改めて訊ねた。
「つまり、魔法は儀式や技術によって発動するものではあるけど、願ったことを全て叶えられるような便利な力じゃないってことだな? 空を飛びたいと思ったら呪文を唱えて飛べる、なんて便利なものじゃないんだな?」
「そうだ」
なんだその滅茶苦茶は、とでも言いたげなロクの呆れた気配が漂ってくる。
どうも異世界から召喚された人間が決まって攻撃魔法を使えるのかとか魔法使いはいるのかと訊ねるので、辟易したロクたちは敢えて魔法はないと答えていたらしい。
本当は魔法はある。異世界召喚だってしている訳だしな。
ただ召喚された人間が期待するようなものではない。
それはどちらかと言うと呪術に近いものだった。
「白妙の呪いも、金鍔の妖術も、神の眷属だから使えるんだと思っていた。獣人も使えたんだね」
「別に獣人に限らない。学べば誰でも使えるようになる」
「誰でも?」
「かなりの研鑽はいるがな」
魔法は聞く限りではとても難しいらしい。
使いどころも限られているし、教えられる人も少ないし、本気で習おうとする人が少ない。
「でもモリスは、その難しい魔法を習得して使いこなしたんだね」
「異世界召喚の責任者なんて面倒臭いことを引き受けていたのも、召喚術師との繋がりが欲しかったからだろう」
一番発達している魔法は召喚術だし、優秀な魔法使いは王城に集められている。
教わる相手には事欠かない。
「そんなことをしなくても、普通に魔法を学べば良かったのに」
俺の言葉にロクは暫く考え込んでから答えた。
「人に知られたくなかったんだろう。モリスが魔法を使えると知られていない方が、いざという時の切り札になる」
確かに、普通は大して普及していない魔法を使ってくる可能性なんて思い付きもしないだろうから、意表を突ける。それに――。
「警戒していない方が、魔法はより効く?」
「そうだな。騙されているかもしれないと思ったら、なかなか掛からないだろう」
「やっぱり」
そこはどういう状況でも問答無用で術を掛けられる白妙たちとは大きく違う。
「そうすると記憶も奪ったし、もうモリスのことは心配しなくてもいいね」
「いや、奴の使える魔法があれだけとは限らないし、それに魔法よりも奴の持つ権力の方が厄介だ」
あ、そうだった。モリスは全国の物流と生産情報を押さえているのだった。
それでも彼が支配者たり得ないのは、獣人が最終的に求めるのが強さだからだ。
モリスが幾ら力を付けても、結局は獣人は王族に従う。誰もモリスにはついて行かない。
それがわかっているからモリスは王家をもり立て、その影に控える。
「皮肉だよね。人間だったら強いだけの国王より、実権を握っているモリスに従うのに。なのにモリスは獣人しか目に入っていない。もしかしたら、モリスはロクなら獣人であっても自分の味方をしてくれると思ったのかもね」
だからロクに協力し、国王にもこっちが不利になるようなことは黙っていてくれたのかもしれない。
「しかし私は中央政治からは身を引いたぞ」
「それも却って都合がいいんだろ。自分の対抗馬にはならない。でもロクの地位も、強さも、しっかりと収益を上げている領地だって利用価値がある」
「ならどうしてチヤを拐かそうとした」
「人間を……とられてロクが本気で怒るとは思って無かったんだよ」
異世界召喚の責任者だし、モリスは他の獣人の尻拭いをするかのように人間に理解を示したけれど、本当のところは人間になんて興味はなかった。
彼が気にしていたのは自分の評判だけなんだろう。
「チヤ、モリスの本性を見抜けず済まなかった」
やけに暗い顔で謝ってきたロクに、俺は苦笑しながら首を振る。
「本性って言うか、モリスには悪意ほどの感情もきっと無かったんだよ。どうでもいい相手に立場上親切にしてきただけで、今回のことも同じように立場上俺を国王に差し出そうとしただけで、彼がしていたことに違いはないのかも」
「何故……」
うん、なんでそこまで下に見られるんだろうね?
同じく息をして喋って目の前で笑うのに。なのに少しの情も湧かないなんて。
「俺にはわからないよ」
俺は小さく呟いて、こんなことはきっとこれから先何度もあるに違いないと覚悟を決めた。
「ロク! 気分直しに甘い物を食べてくる!」
俺は厨房に行って何か甘い物を食べさせてくれと頼んだ。
「甘い物って、どんなものですか?」
俺の言葉に料理長が戸惑って聞き返してきた。
彼らはまだ『何か』なんて抽象的なことを言われても直ぐに応えることが出来ない。
「えーと、ストレートに甘い物がいいな。パン種ってある?」
「ありますけど、まだ焼けませんよ?」
見せて貰ったらいい感じに膨らんでいたので、俺は拳大くらいに丸めたものを油で揚げさせた。
油に入れたらジューッと派手な音が上がったので一瞬ビビったが、料理長たちは熱かったのでしょうなんて当たり前のように言っているので気にしないことにした。
そうしてこんがりと濃いめのきつね色に揚がったパンに、たっぷりと砂糖をまぶして貰った。
「つまり、魔法は儀式や技術によって発動するものではあるけど、願ったことを全て叶えられるような便利な力じゃないってことだな? 空を飛びたいと思ったら呪文を唱えて飛べる、なんて便利なものじゃないんだな?」
「そうだ」
なんだその滅茶苦茶は、とでも言いたげなロクの呆れた気配が漂ってくる。
どうも異世界から召喚された人間が決まって攻撃魔法を使えるのかとか魔法使いはいるのかと訊ねるので、辟易したロクたちは敢えて魔法はないと答えていたらしい。
本当は魔法はある。異世界召喚だってしている訳だしな。
ただ召喚された人間が期待するようなものではない。
それはどちらかと言うと呪術に近いものだった。
「白妙の呪いも、金鍔の妖術も、神の眷属だから使えるんだと思っていた。獣人も使えたんだね」
「別に獣人に限らない。学べば誰でも使えるようになる」
「誰でも?」
「かなりの研鑽はいるがな」
魔法は聞く限りではとても難しいらしい。
使いどころも限られているし、教えられる人も少ないし、本気で習おうとする人が少ない。
「でもモリスは、その難しい魔法を習得して使いこなしたんだね」
「異世界召喚の責任者なんて面倒臭いことを引き受けていたのも、召喚術師との繋がりが欲しかったからだろう」
一番発達している魔法は召喚術だし、優秀な魔法使いは王城に集められている。
教わる相手には事欠かない。
「そんなことをしなくても、普通に魔法を学べば良かったのに」
俺の言葉にロクは暫く考え込んでから答えた。
「人に知られたくなかったんだろう。モリスが魔法を使えると知られていない方が、いざという時の切り札になる」
確かに、普通は大して普及していない魔法を使ってくる可能性なんて思い付きもしないだろうから、意表を突ける。それに――。
「警戒していない方が、魔法はより効く?」
「そうだな。騙されているかもしれないと思ったら、なかなか掛からないだろう」
「やっぱり」
そこはどういう状況でも問答無用で術を掛けられる白妙たちとは大きく違う。
「そうすると記憶も奪ったし、もうモリスのことは心配しなくてもいいね」
「いや、奴の使える魔法があれだけとは限らないし、それに魔法よりも奴の持つ権力の方が厄介だ」
あ、そうだった。モリスは全国の物流と生産情報を押さえているのだった。
それでも彼が支配者たり得ないのは、獣人が最終的に求めるのが強さだからだ。
モリスが幾ら力を付けても、結局は獣人は王族に従う。誰もモリスにはついて行かない。
それがわかっているからモリスは王家をもり立て、その影に控える。
「皮肉だよね。人間だったら強いだけの国王より、実権を握っているモリスに従うのに。なのにモリスは獣人しか目に入っていない。もしかしたら、モリスはロクなら獣人であっても自分の味方をしてくれると思ったのかもね」
だからロクに協力し、国王にもこっちが不利になるようなことは黙っていてくれたのかもしれない。
「しかし私は中央政治からは身を引いたぞ」
「それも却って都合がいいんだろ。自分の対抗馬にはならない。でもロクの地位も、強さも、しっかりと収益を上げている領地だって利用価値がある」
「ならどうしてチヤを拐かそうとした」
「人間を……とられてロクが本気で怒るとは思って無かったんだよ」
異世界召喚の責任者だし、モリスは他の獣人の尻拭いをするかのように人間に理解を示したけれど、本当のところは人間になんて興味はなかった。
彼が気にしていたのは自分の評判だけなんだろう。
「チヤ、モリスの本性を見抜けず済まなかった」
やけに暗い顔で謝ってきたロクに、俺は苦笑しながら首を振る。
「本性って言うか、モリスには悪意ほどの感情もきっと無かったんだよ。どうでもいい相手に立場上親切にしてきただけで、今回のことも同じように立場上俺を国王に差し出そうとしただけで、彼がしていたことに違いはないのかも」
「何故……」
うん、なんでそこまで下に見られるんだろうね?
同じく息をして喋って目の前で笑うのに。なのに少しの情も湧かないなんて。
「俺にはわからないよ」
俺は小さく呟いて、こんなことはきっとこれから先何度もあるに違いないと覚悟を決めた。
「ロク! 気分直しに甘い物を食べてくる!」
俺は厨房に行って何か甘い物を食べさせてくれと頼んだ。
「甘い物って、どんなものですか?」
俺の言葉に料理長が戸惑って聞き返してきた。
彼らはまだ『何か』なんて抽象的なことを言われても直ぐに応えることが出来ない。
「えーと、ストレートに甘い物がいいな。パン種ってある?」
「ありますけど、まだ焼けませんよ?」
見せて貰ったらいい感じに膨らんでいたので、俺は拳大くらいに丸めたものを油で揚げさせた。
油に入れたらジューッと派手な音が上がったので一瞬ビビったが、料理長たちは熱かったのでしょうなんて当たり前のように言っているので気にしないことにした。
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