【完結】俺の身体の半分は糖分で出来ている!? スイーツ男子の異世界紀行

うずみどり

文字の大きさ
上 下
145 / 194

72.陳腐な筋書き-1

しおりを挟む
 天馬隊の人たちは思ったよりも早く回復した。
 但しその様子がちょっとおかしい。

「ヨカナーンを酷く怖がるって? それは、槍で射落とされたんだから当然だと思うけど……」
 空から落とされたのが自分じゃなくたって、直ぐ近くで槍が貫通するのを見たらそれは怖いと思う。

「それだけではなく、人間に復讐されると思っているようです」
 エミールが言うには、これまで貴族や軍属の獣人たちは自分たちこそが正統だと好き放題をしていたから、神教の経典が本物ならば今度は自分たちの番だと戦々恐々としいるらしい。

「インチキだと否定するにはこちらの力が圧倒的過ぎる。ご領主様の神がかったお身体の変化も、非力な人間である筈のヨカナーン殿が見せた力も、奇跡のような神薬の効果も彼らが大神を信じるには十分でした」
 ニタリと笑ったエミールの顔が腹黒くて怖い。
 獣人でありながら見た目が人間に近く、人間のフリをして生きてきたエミールには色々と思うところがあるのだろう。

「大神は人間の神って訳じゃないけどね」
「そんなことは関係ありません。獣人の血を引くものが偉い訳ではないのに偉いと勘違いしたように、獣神でなければ人神だと勘違いするのは彼らの勝手です」
「……」
 俺はエミールの言葉に何も言い返すことが出来なかった。
 良いか悪いか、獣人か人間か。どちらかしか無いと決めつけられたら、そのどちらでも無いものは行き場を失くす。
 はっきりしないことで定評のある日本人としては、世の中は黒と白ではなくその中間、灰色のグラデーションで出来上がっていると思うけどね。

「でもさ、恐れるってことは、自分たちがそれだけ酷いことをしてきたって自覚があるってことだろう? それなら改心する可能性もあるんじゃない?」
「なんなら一生、恐怖したままでも支障はありませんが?」
「そんな意地悪を言うなよ。こっちは人手だって信徒だって、まだまだ足りてないんだから」
 人数はそのまま力に直結する。腑抜けのまま飼い殺しておくなど勿体ない。

「まあ、あちら側の戦力を削ぐことにもなりますしね。いいでしょう。心を入れ替えて教会の為に尽くせば、神は分け隔てなく恩寵を与えて下さると丸め込みますよ」
「うん。宜しく」
 そう応えつつ俺は内心で苦笑する。
 別にまるっきりの嘘でもないのに、丸め込むだなんて偽悪的な言い方をするのはエミールの悪い癖だ。
 人を騙す仕事をしているのに、仕事以外では良い人に見られるのを拒む。
 彼もなかなか難儀な性格をしている。

「天馬隊は取り込むにしても、直ぐには戦力に出来ないだろう? 王国軍が出てきたら誰が――というか、何処が相手にするの?」
 お屋敷の警備隊とロクとヨカナーン、それにアーロンもいれば大抵の勢力は撃退出来る気がするけど、さっきも言ったように数は力だ。
 正規の王国軍が出てきたら、攻め入られる範囲も広がるからこちらもそれなりの数を出さなきゃいけない。

「国王が軍を出すかは難しいところだな。流石に正規の部隊を出せば国が割れるし、それは国王も望まないだろう」
「じゃあ、ロクは次は誰が出てくると思うの?」
「文官だな。有能な官吏を送ってくるに違いない」
「まさか……」
「モリスは手強いぞ」
 ロクが不敵にニヤリと笑った。

「ちょ、笑い事じゃない!」
 モリスさんは俺が召喚された時に責任者を務めていたけど、それは彼本来の職務ではない。仕事が出来るもんだから、あちこちで重宝されてるってだけ。
 彼の本当の仕事は備蓄計画省長官とかいうよくわからないもので、この国の農産物や流通を一手に握っている。
 これは物凄い要職だと思う。
 だって何処でどんな作物が作られていて、どのくらいの収穫があって、何処に持っていったら高く売れるのか全部わかっているんだよ?
 しかも流通経路を決められるから、道路の整備や水路の開発事業にも関われる。
 彼のところにどれだけの付け届けが集まっているか――ううん、そんなブラックなお金を貰わなくても幾らでも儲けることは出来る。
 確実に値上がりするとわかっている土地や商団に投資すればいいんだから。

(情報を握っているどころか、自分で操作できるんだから無敵だよな)
 ここが獣人の国でなければ、影の君主になれただろう。

「モリスさんに締め付けられたら、苦しくなるよ?」
「我が領地はそれほど輸入に頼っていないし、甘味の恩恵を受けられなくなって困るのは向こうだ」
「そんなの、少し我慢すればあとで幾らでも取り上げられるじゃん」
「いや、幾らなんでもそんな理不尽な真似はしない。少なくともモリスはそんな馬鹿な手段は取らない」
「馬鹿で悪かったね……」
 俺はむっつりと不貞腐れて唇を尖らせた。

「チヤ、拗ねるな。モリスならば必ず和解させようとするだろう。問題は、何処を着地点と考えているかだ」
「何処……王国が絶対に飲ませたい要求と、俺たちが譲れる線ってこと?」
「そうだ」
 王国側が自分たちの間違いを認め、命令を撤回し、天馬隊の引き渡しだけを要求してくるならいい。
 でも国王の勅令に逆らったとして、処罰を求めるなら認められない。
 それか、処罰は勘弁してやるから俺を引き渡せってことなら――普通なら泣く泣く従ったかもね。
 でもうちはロクが俺を溺愛しているからさ。

「俺の身柄以外で手を打つかな?」
「それはない。なんとしても、一時預かりでも護衛付きでもいいから王城に上げろと言ってくるだろう」
「少しの間なら……って、こっちが折れると思うのかな?」
「それか断れないような、余程の好条件を用意しているか」

(好条件?)
 確かに、俺が王城に行ったら神教を国教にしてやると言われたらぐら付くかも。

「俺が頑張るより、国の力を借りてもっと早く目標を達成できるとなったら――考えちゃうかもしれない」
 だってさぁ、やっぱり一国の力って大きいじゃん?

「イチヤ、私たちの目標はなんだ?」
「それは……大神への信仰を集めて甘味を解禁にして貰って、獣神が戻ってくるのを防いで、行き過ぎた人間差別を無くすことだよ」
 あと俺としてはロクに俺のナカで果てて貰うことも目標にしてる。

「それを国が行うと思うか?」
「……きっと口約束だけだね」
 国王の遣いにどんなに良い条件を並べられたとしても、それがちゃんと守られる保証はない。
 寧ろ嘘だと思っていた方が良い。

「国ほど厚顔無恥なものはありませんからな」
 エミールが然もありなんといった態度でそう言った。
 詐欺師がそう言うんだから精々気を付けよう。

「モリス以外の、地位だけは高い貴族が来たら簡単なのだがな」
「そうだね。あれで懲りてなければそうなるかもね」
 そんな風に運を天に任せる気持ちでいたら、数日後に本当に高位の貴族がやってきた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。 孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。 竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。 火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜? いやいや、ないでしょ……。 【お知らせ】2018/2/27 完結しました。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

処理中です...