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71.初戦圧勝-2
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例え一時的に国王に身柄を確保されたとしても、ロクならばきっと俺を取り返してくれると信じている。
ただ、俺を取り戻すのに穏当な手段だとか正統な手順を踏んでいる間に、俺がどんな目に遭うかわからない。
神薬が目的だったなら拷問をされるかもしれないし、体液が目当てなら性行為を強要されるかもしれない。
恐怖を感じたら甘い味は消えてしまうけど、媚薬を使ったり意識を朦朧とさせられたらどうなるのかわからない。
いきなり殺されたりはしないだろうけど、生きていればそれで良いってものじゃない。
俺がそんな形で傷付くのをロクは黙って見ていない。
きっと、他の何を犠牲にしても俺を助ける。
問題は、ロクが犠牲にしたものを後で見て、痛みを覚えるってことなんだ。
俺だって自分の為に世界がぐちゃぐちゃになっちゃったら後味が悪いしな。
「そうすると、彼らの第一目標は俺の身柄確保で、それが出来なきゃ一度は認めたロクの番って立場を難癖つけて取り上げるってところかな? それでいま一度、王城で俺を審査するとでも言ってくるかな?」
「まあ、そんなところでしょう」
この場合のロクの対応は時間稼ぎが正解だろうな。
俺はもうこの場所にはいない。出掛けている、或いは攫われた。事故に遭って療養している、流行り病に掛かって死にかけているから動かせない。
どんな理由でもいいから時間を稼いで、その間に国王の横暴を訴えてこちらの正統性を主張する。
「ハァ~ッ、なんで今になってそんなことを言ってきたかな~」
俺たちが王都を出た時には問題はなかった筈だ。
それがいつ何処でバレたのか。
「意外と、イチヤ様が欲しくなっただけかもしれません」
「俺はつるっつるの人間だよ?」
「それでもです」
う~ん、ウィリアムに言われると複雑な気分だ。
「ロクが上手く追い返してくれるといいんだけ――うわっ!」
館全体がグラッと揺れた気がした。
堅牢な造りの館が揺れる筈はないんだけど、身体に大きな衝撃を感じた。
「ウィリアム、今、なにかあったんじゃない? グラッと揺れたよ」
「そんな筈は――見てきます!」
駆け出していくウィリアムの背中を不安な気持ちで見送った。
本当は俺も確かめに行きたい。でもそれで俺が見つかったら本末転倒だ。
俺はジリジリしながらウィリアムが戻ってくるのを待った。
「イチヤ様!」
ウィリアムが戸惑ったような顔で戻ってきた。
「どうだった?」
「それが、天馬隊との交戦が始まってしまい、圧倒的な武力でもって制圧したのですが……」
「捕虜にしちゃったの?」
国王の使いを捕まえたりしたら、叛意ありと思われてもおかしくない。
「あれでは捕虜とは言えませんね。全員錯乱して、まともに話すことも出来ません」
「えっ、錯乱? どうして――」
「金鍔殿の幻術です。余ほどに恐ろしいものを見せられたのでしょう」
「うぇ、金鍔ぁぁぁ……」
恐怖で錯乱して口も利けない程の幻覚って、一体なにを見せたんだよ。
俺は金鍔の容赦のなさにげんなりした。
「それで彼らをどうする気?」
「それは――」
ウィリアムが説明しようと口を開いたところで、ロクがやって来た。
「チヤ、一人にして済まない」
「大丈夫。それより天馬隊の人たちはどうするの?」
「彼らは教会で預かる。神教に染めながら回復を待ち、国王にはここに来た時には全員が既にあの状態だったと説明する」
「信じるかな?」
「否定する材料がない」
しらっとした顔で答えるロクもなかなか人が悪い。
「結果的にはオーライだけど、一体どうして争うことになったんだよ」
「ヨカナーンがキレて、槍を投じて天馬を射ぬいた」
「……は?」
ロクの言葉が上手く飲み込めず、俺は間抜けな顔で聞き返してしまった。
「天馬がこちらを罵倒する為、高度を落としていたのも悪い。あれでは地面に引き摺り降ろしてやろうかという気にもなる」
「おいぃ……」
どうやらロクも奴らの挑発にイラッときていたらしい。
「ヨカナーンが射落とすと同時に、アーロンが飛び掛かって一人を落とした。これで完全に逆上した天馬隊が一斉に掛かってきたが、あんなに鈍いのでは良い的でしかなかった。制圧するのに三分とかからず、奴等をどう始末しようかと考えていたら金鍔が幻術に掛けてくれた。いや、本当に助かったぞ」
「主殿、全員同時に術にかけてやりました」
褒めて褒めてと尻尾をパタパタと振っている金鍔を見て、注意しようと思っていた俺は仕方なく褒めた。
「でかした! 流石は金鍔だな。凄いな!」
「それほどでもないでござるよ」
てれてれと笑っている金鍔の頭を撫で、俺はロクに訊ねた。
「国王はこれで諦めると思う?」
「いいや、次の手を考えるだろう」
「俺は……此処にいない方がいいね?」
仕方なく笑いながら訊ねた俺に、ロクはニヤリと笑って否定した。
「疚しいところのあるように隠れる必要などない。我が領地に入った王国の手先は、全てこちらのものにしてしまおう」
「……え?」
「敵なら時間をかけて洗脳するし、味方ならばこちらに留まって貰えば良い」
「王国から……分離するの?」
「或いはな」
まだ先のことまで考えていない、とロクは言ったが信用しない。
彼が意外と好戦的なのも、人が悪いのも策略家なのも知っているんだからね!
「兎に角、相手がどう出るか待とう」
楽しそうに笑うロクを見て、小心者の俺の胃がキリキリと痛むのだった。
ただ、俺を取り戻すのに穏当な手段だとか正統な手順を踏んでいる間に、俺がどんな目に遭うかわからない。
神薬が目的だったなら拷問をされるかもしれないし、体液が目当てなら性行為を強要されるかもしれない。
恐怖を感じたら甘い味は消えてしまうけど、媚薬を使ったり意識を朦朧とさせられたらどうなるのかわからない。
いきなり殺されたりはしないだろうけど、生きていればそれで良いってものじゃない。
俺がそんな形で傷付くのをロクは黙って見ていない。
きっと、他の何を犠牲にしても俺を助ける。
問題は、ロクが犠牲にしたものを後で見て、痛みを覚えるってことなんだ。
俺だって自分の為に世界がぐちゃぐちゃになっちゃったら後味が悪いしな。
「そうすると、彼らの第一目標は俺の身柄確保で、それが出来なきゃ一度は認めたロクの番って立場を難癖つけて取り上げるってところかな? それでいま一度、王城で俺を審査するとでも言ってくるかな?」
「まあ、そんなところでしょう」
この場合のロクの対応は時間稼ぎが正解だろうな。
俺はもうこの場所にはいない。出掛けている、或いは攫われた。事故に遭って療養している、流行り病に掛かって死にかけているから動かせない。
どんな理由でもいいから時間を稼いで、その間に国王の横暴を訴えてこちらの正統性を主張する。
「ハァ~ッ、なんで今になってそんなことを言ってきたかな~」
俺たちが王都を出た時には問題はなかった筈だ。
それがいつ何処でバレたのか。
「意外と、イチヤ様が欲しくなっただけかもしれません」
「俺はつるっつるの人間だよ?」
「それでもです」
う~ん、ウィリアムに言われると複雑な気分だ。
「ロクが上手く追い返してくれるといいんだけ――うわっ!」
館全体がグラッと揺れた気がした。
堅牢な造りの館が揺れる筈はないんだけど、身体に大きな衝撃を感じた。
「ウィリアム、今、なにかあったんじゃない? グラッと揺れたよ」
「そんな筈は――見てきます!」
駆け出していくウィリアムの背中を不安な気持ちで見送った。
本当は俺も確かめに行きたい。でもそれで俺が見つかったら本末転倒だ。
俺はジリジリしながらウィリアムが戻ってくるのを待った。
「イチヤ様!」
ウィリアムが戸惑ったような顔で戻ってきた。
「どうだった?」
「それが、天馬隊との交戦が始まってしまい、圧倒的な武力でもって制圧したのですが……」
「捕虜にしちゃったの?」
国王の使いを捕まえたりしたら、叛意ありと思われてもおかしくない。
「あれでは捕虜とは言えませんね。全員錯乱して、まともに話すことも出来ません」
「えっ、錯乱? どうして――」
「金鍔殿の幻術です。余ほどに恐ろしいものを見せられたのでしょう」
「うぇ、金鍔ぁぁぁ……」
恐怖で錯乱して口も利けない程の幻覚って、一体なにを見せたんだよ。
俺は金鍔の容赦のなさにげんなりした。
「それで彼らをどうする気?」
「それは――」
ウィリアムが説明しようと口を開いたところで、ロクがやって来た。
「チヤ、一人にして済まない」
「大丈夫。それより天馬隊の人たちはどうするの?」
「彼らは教会で預かる。神教に染めながら回復を待ち、国王にはここに来た時には全員が既にあの状態だったと説明する」
「信じるかな?」
「否定する材料がない」
しらっとした顔で答えるロクもなかなか人が悪い。
「結果的にはオーライだけど、一体どうして争うことになったんだよ」
「ヨカナーンがキレて、槍を投じて天馬を射ぬいた」
「……は?」
ロクの言葉が上手く飲み込めず、俺は間抜けな顔で聞き返してしまった。
「天馬がこちらを罵倒する為、高度を落としていたのも悪い。あれでは地面に引き摺り降ろしてやろうかという気にもなる」
「おいぃ……」
どうやらロクも奴らの挑発にイラッときていたらしい。
「ヨカナーンが射落とすと同時に、アーロンが飛び掛かって一人を落とした。これで完全に逆上した天馬隊が一斉に掛かってきたが、あんなに鈍いのでは良い的でしかなかった。制圧するのに三分とかからず、奴等をどう始末しようかと考えていたら金鍔が幻術に掛けてくれた。いや、本当に助かったぞ」
「主殿、全員同時に術にかけてやりました」
褒めて褒めてと尻尾をパタパタと振っている金鍔を見て、注意しようと思っていた俺は仕方なく褒めた。
「でかした! 流石は金鍔だな。凄いな!」
「それほどでもないでござるよ」
てれてれと笑っている金鍔の頭を撫で、俺はロクに訊ねた。
「国王はこれで諦めると思う?」
「いいや、次の手を考えるだろう」
「俺は……此処にいない方がいいね?」
仕方なく笑いながら訊ねた俺に、ロクはニヤリと笑って否定した。
「疚しいところのあるように隠れる必要などない。我が領地に入った王国の手先は、全てこちらのものにしてしまおう」
「……え?」
「敵なら時間をかけて洗脳するし、味方ならばこちらに留まって貰えば良い」
「王国から……分離するの?」
「或いはな」
まだ先のことまで考えていない、とロクは言ったが信用しない。
彼が意外と好戦的なのも、人が悪いのも策略家なのも知っているんだからね!
「兎に角、相手がどう出るか待とう」
楽しそうに笑うロクを見て、小心者の俺の胃がキリキリと痛むのだった。
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