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70.急展開−2
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「イチヤ様、王都の教会はいかがでしたか?」
「売店コーナーが大きくて、教会っていうより商店みたいだったよ」
「その方が受け入れられやすいので敢えてそうしています。売れ行きも良いのですよ」
「主力商品は寝癖直しと軟膏だけど、意外とシンボルマークのチェーンストラップが売れていたね」
あれは本当に単なるシンボルに過ぎなくて、御守りの効果とかもないので大して売れないと思っていたのに予想外に買っていく人が多かった。
「都会では流行っているものを身に着けるだけで、自分もまたその流れに乗った気になる輩が多いのでしょう。とはいえ、敬虔な信徒もまたそれを寄す処にしていますから、全く売れなくなるということもありません。増産を急がせましょう」
「うん。あと思ったのは、もう少し商品の種類を増やした方が良い。新商品を毎月買いたい層ってのは一定数いるし、新しいものを定期的に出すことで繰り返し脚を運んで貰える率が高まるからね」
「それは正しいと思いますが、イチヤ様はそんなことを何処で覚えたのですか?」
「ん? 俺? 俺は……」
大学では国文学を専攻していたが、一般教養過程で少しくらいはマーケティングや流通についても学んだ。
就職してから困らないように、財形や簿記の講義まであったくらいだけど流石にそれは取らなかった。
「俺のは座学の聞きかじりだからさ、実際にどう動くのかは、やりながら検証していくしかないんだ」
「それはいい。どんどん試して下さい。経験なら私が持っています」
エミールに朗らかに言われ、思わず奴の顔を見返した。
本心だろうか?
「わかりもしないで好き勝手な事を言いやがって……と思ったら、止めても良いよ?」
「私にわからないことが出来るなら大したものです」
(……ダメだ。百戦錬磨の詐欺師なんて手に負えない)
「甘えさせて貰います」
俺はおとなしくそう言って、何故かご機嫌のエミールに留守中にあったことを聞いた。
「そうか。アーロンも大人しく戦闘訓練を受けていたなら良かった」
最後まで俺の護衛として王都に付いて行くと言い張っていたのを無理矢理に置いていったので、不貞腐れていないかと心配していたんだ。
「コンドル型獣人は最強種族を謳っていますが、それに恥じない強さで、アーロン殿が皆に稽古をつけていたそうです」
「飛べるのってやっぱり有利なのかな?」
「そうですね。空から狙われたらひとたまりもありません」
涼しい顔でそんなことを言っているが、エミールも獣人だから戦えたりするんじゃないの?
そう思ったけれど、自分の事を人間だと言っているエミールにそんなことは聞けないので、頭の片隅に留めた。
「王都から連れてきたヨカナーンは元軍人でロクの副官だったから、彼ならアーロンといい勝負をするかもね」
俺は笑いながらそんなことを言っていたのだけど、まさか本当に二人が立ち合うことになるとは思わなかった。
俺を嫌いなヨカナーンと、俺のことを一生守ると宣言しているアーロンが口論になって、だったら拳で決着をつけようってことになったらしい。
アホか。
喧嘩に勝っても何の解決にもならないし、寧ろ確執を深めるだけだろうが。
俺は二人を止めようと慌てて駆け付けたけれど、時既に遅くアーロンは片羽根を無惨にへし折られていたし、ヨカナーンは地面に片膝を付いて肩で息をしていた。
「ちょっ、どうしてこんな事になってるんだよっ!」
俺は信じられなくて手で顔を覆ったけれど、誰も驚いてなかったのでこのくらいの諍いは珍しくないのかもしれない。
(いやでもどう見てもあれは重症だよね? 治るまで働けない訳だし、社会人としてどうなの?)
普通は軍での私闘は規約違反じゃないのかと思ったが、二人とも軍人ではない。
では処分はどうしたら良いのかと途方に暮れたが、そんなことはロクにでも任せて手当を先にしなくちゃな。
「エミール、中級の再生薬を出して!」
「神薬を使わなくても、二、三ヶ月もすれば治りますが?」
「何ヶ月も遊ばせておく方が勿体ないだろっ! さっさと治して働いて貰わなくちゃねっ!」
「そういうことなら、しっかりと請求させて頂きましょう」
ニヤリと笑ったエミールの顔がちょっと怖かったけれど、自業自得だよね。
俺はエミールが幾らふっかけても関与しないことにした。
「それで、どうして殴り合いの喧嘩なんてしたんだ?」
治療をして落ち着いてから二人に訊ねたが、黙り込んだまま答えない。
その態度に流石にむかっ腹が立った。
「俺が原因だって聞いてるけど、具体的には何があったのさ? これからもこんなんじゃ困るから、ちゃんと訳を話せよ」
「……」
気を遣って一人ずつ別々に聞いているのにどちらも話しやがらない。
ヨカナーンには、俺よりもロクの方が話しやすいなら呼んでくると言ったのだがきつく拒まれた。
「ヨカナーン!」
「……あなたにだけは話したくない」
「アーロン!」
「俺に話せることはない」
(くっそ、頑固!)
俺はキーッと歯を剥いたけれど、それ以上エスカレートする前にとんでもない知らせが飛び込んできた。
「イチヤ様! 急いでお隠れ下さい! 王都から武装した天馬隊が来ます!」
「どういうこと!?」
「国王の……私設部隊です」
(何それ? なんで今このタイミングで? 目的は?)
聞きたいことは色々とあったけれど、間違いなく俺が目的だろうからまずは隠れろと言われて大人しく避難した。
ついこの間、ロクの番だと認められたばかりなのに。
「どうして……」
思わず呟いた俺に答える声はなかった。
「売店コーナーが大きくて、教会っていうより商店みたいだったよ」
「その方が受け入れられやすいので敢えてそうしています。売れ行きも良いのですよ」
「主力商品は寝癖直しと軟膏だけど、意外とシンボルマークのチェーンストラップが売れていたね」
あれは本当に単なるシンボルに過ぎなくて、御守りの効果とかもないので大して売れないと思っていたのに予想外に買っていく人が多かった。
「都会では流行っているものを身に着けるだけで、自分もまたその流れに乗った気になる輩が多いのでしょう。とはいえ、敬虔な信徒もまたそれを寄す処にしていますから、全く売れなくなるということもありません。増産を急がせましょう」
「うん。あと思ったのは、もう少し商品の種類を増やした方が良い。新商品を毎月買いたい層ってのは一定数いるし、新しいものを定期的に出すことで繰り返し脚を運んで貰える率が高まるからね」
「それは正しいと思いますが、イチヤ様はそんなことを何処で覚えたのですか?」
「ん? 俺? 俺は……」
大学では国文学を専攻していたが、一般教養過程で少しくらいはマーケティングや流通についても学んだ。
就職してから困らないように、財形や簿記の講義まであったくらいだけど流石にそれは取らなかった。
「俺のは座学の聞きかじりだからさ、実際にどう動くのかは、やりながら検証していくしかないんだ」
「それはいい。どんどん試して下さい。経験なら私が持っています」
エミールに朗らかに言われ、思わず奴の顔を見返した。
本心だろうか?
「わかりもしないで好き勝手な事を言いやがって……と思ったら、止めても良いよ?」
「私にわからないことが出来るなら大したものです」
(……ダメだ。百戦錬磨の詐欺師なんて手に負えない)
「甘えさせて貰います」
俺はおとなしくそう言って、何故かご機嫌のエミールに留守中にあったことを聞いた。
「そうか。アーロンも大人しく戦闘訓練を受けていたなら良かった」
最後まで俺の護衛として王都に付いて行くと言い張っていたのを無理矢理に置いていったので、不貞腐れていないかと心配していたんだ。
「コンドル型獣人は最強種族を謳っていますが、それに恥じない強さで、アーロン殿が皆に稽古をつけていたそうです」
「飛べるのってやっぱり有利なのかな?」
「そうですね。空から狙われたらひとたまりもありません」
涼しい顔でそんなことを言っているが、エミールも獣人だから戦えたりするんじゃないの?
そう思ったけれど、自分の事を人間だと言っているエミールにそんなことは聞けないので、頭の片隅に留めた。
「王都から連れてきたヨカナーンは元軍人でロクの副官だったから、彼ならアーロンといい勝負をするかもね」
俺は笑いながらそんなことを言っていたのだけど、まさか本当に二人が立ち合うことになるとは思わなかった。
俺を嫌いなヨカナーンと、俺のことを一生守ると宣言しているアーロンが口論になって、だったら拳で決着をつけようってことになったらしい。
アホか。
喧嘩に勝っても何の解決にもならないし、寧ろ確執を深めるだけだろうが。
俺は二人を止めようと慌てて駆け付けたけれど、時既に遅くアーロンは片羽根を無惨にへし折られていたし、ヨカナーンは地面に片膝を付いて肩で息をしていた。
「ちょっ、どうしてこんな事になってるんだよっ!」
俺は信じられなくて手で顔を覆ったけれど、誰も驚いてなかったのでこのくらいの諍いは珍しくないのかもしれない。
(いやでもどう見てもあれは重症だよね? 治るまで働けない訳だし、社会人としてどうなの?)
普通は軍での私闘は規約違反じゃないのかと思ったが、二人とも軍人ではない。
では処分はどうしたら良いのかと途方に暮れたが、そんなことはロクにでも任せて手当を先にしなくちゃな。
「エミール、中級の再生薬を出して!」
「神薬を使わなくても、二、三ヶ月もすれば治りますが?」
「何ヶ月も遊ばせておく方が勿体ないだろっ! さっさと治して働いて貰わなくちゃねっ!」
「そういうことなら、しっかりと請求させて頂きましょう」
ニヤリと笑ったエミールの顔がちょっと怖かったけれど、自業自得だよね。
俺はエミールが幾らふっかけても関与しないことにした。
「それで、どうして殴り合いの喧嘩なんてしたんだ?」
治療をして落ち着いてから二人に訊ねたが、黙り込んだまま答えない。
その態度に流石にむかっ腹が立った。
「俺が原因だって聞いてるけど、具体的には何があったのさ? これからもこんなんじゃ困るから、ちゃんと訳を話せよ」
「……」
気を遣って一人ずつ別々に聞いているのにどちらも話しやがらない。
ヨカナーンには、俺よりもロクの方が話しやすいなら呼んでくると言ったのだがきつく拒まれた。
「ヨカナーン!」
「……あなたにだけは話したくない」
「アーロン!」
「俺に話せることはない」
(くっそ、頑固!)
俺はキーッと歯を剥いたけれど、それ以上エスカレートする前にとんでもない知らせが飛び込んできた。
「イチヤ様! 急いでお隠れ下さい! 王都から武装した天馬隊が来ます!」
「どういうこと!?」
「国王の……私設部隊です」
(何それ? なんで今このタイミングで? 目的は?)
聞きたいことは色々とあったけれど、間違いなく俺が目的だろうからまずは隠れろと言われて大人しく避難した。
ついこの間、ロクの番だと認められたばかりなのに。
「どうして……」
思わず呟いた俺に答える声はなかった。
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