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57.自作自演−2
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「少し険かもしれないのだけど――」
「危険?」
まさか俺に戦えなんて話じゃないよね?
「隣の領との間にある山に、古くから住み着いている一族がいるの。その昔、鷲の一族と戦って破れたと言われているわ」
「鷲の一族? それってもしかして……」
「ええ。この国の覇権を争って負けて、此処まで落ち延びてきたの」
へぇ、そんな一族がいたのか。
っていうか、どうしてロクは俺に教えてくれなかったんだろう?
「今では地方に住む少数民族に過ぎないもの。ただ、彼らが山を守っているお陰で山道を安全に通ることが出来るから、隣の領民とうちの領民には人気が高いわ」
話を聞く限りでは山岳民族に近いらしい。
「それで?」
「まず彼らが住むのは険しい岩山の上よ。そして一族以外の人前には姿を表さない。警戒心が強く排他的で、他の種族とは交わらないという決まりをずっと守って暮らしてきた。でも、そうも言ってられなくなってしまった」
「どうして?」
「彼らの一族は女児が産まれにくく、産まれても女児だけが罹る特有の病があるの」
「え? そんなものあるの?」
女の人だけが罹る病気なんてあるの?
俺は知らなかったが、元の世界でもそういう病気はあるのかもしれない。
ましてや異世界だものな。
「彼らはこのまま緩やかに滅びていくか、他の種族の血を取り入れて生き延びるかの決断を迫られているわ。けれどイチヤ様が女児の病を治すことが出来れば、今少し決断は先延ばしにすることが出来るし、もしかしたらこれまで通りに一族だけで暮らしていけるかもしれない。まあ、そうはならないと思うけどね」
何やら魔女のようにニンマリと笑っているアルテミス嬢が怖い。
「それで、何処に危険な要素があるんだろう? そりゃあ治せなかったらバツが悪いけど」
「さっきも言ったように、彼らはとても排他的なの。元々交わる気がないから、特定の商人としか付き合いがないわ。まず、会うことがとても難しい。ただ彼らも追い詰められているから、イチヤ様になら女児の病気が治せるかもしれないと思ったら会ってくれる可能性はある」
う~ん、そんなのどうやって信じて貰えればいいんだよ?
「そこでデモンストレーションよ」
「デモンストレーション」
難病、それか手の施しようがない大怪我、そう言ったものを劇的に鮮やかに治して見せる、と言ったのは俺自身だ。
そうか、それをやれば良いのか……でもどうやって?
「彼らが見ている前で腕を切り落として、再びくっつけたらどうかしら?」
「……っはぁあああああ!? そんなの無理に決まって――」
「だから危険だと言ったじゃない。荒事に慣れていないあなたが何処まで耐えられるかわからないもの」
「だったら他の人に頼めば……」
「それでいいの?」
アルテミス嬢の宝石のような紅い瞳で見つめられて胸が騒ぐ。
嫌なことは他人に押し付けたらそれで済むのか。
自分の手を汚さなければ安心なのか。
「俺の仕事か」
これはやっぱり俺がやらなくちゃいけないよなぁ。
言い出したのは俺だし、失敗した時の責任だって取らなくちゃいけないし。
でもさ、この期に及んで言うのもなんだけど、人を傷つけるのはやっぱり怖い。
例え確実に治るとしても、斬る方も斬られる方も恐怖を感じるだろうし、それに斬られたショックって精神に残るんじゃないのかな。
傷が治るからと言って、斬られた衝撃が無くなる訳じゃないだろう? それは本当にやっても良いことなのかな。
「やっぱり抵抗があるかしら? 他の方法でも良いのよ」
アルテミス嬢はそう言ってくれたけれど、知ってしまった以上はその山岳民たちを放って置くことも出来ない。
「俺が斬られ役をする」
「なっ、無理よ! あなたじゃショック死するわ!」
獣人と人間は身体の作りが違い、獣人なら腕を一本落とされたところでそうそう死なない。
けれども軟弱な人間では痛みだけで死んだり、予後が恐ろしく悪いのだと言う。
「それにベルモント兄様が許す筈がないわ」
「う……それは、」
過保護なロクが俺にそんなことをさせる筈がない。
言われてみればその通りだ。
「でも元通りに出来るから腕を斬られてくれなんて言えないよ!」
そんなことを他人に頼める訳ないじゃん!
そう眉を顰める俺を見て首元からスルスルとファーが解けた。
『主様、我が人に化けて斬られるでござる』
「えっ、ダメだよ!」
幾らお供だからって、天界の生き物だからってそれはダメだ。
『チヤ様、腕も化けられる』
「えっ?」
横からチョロチョロと舌を出しながら白妙が言った。
腕も化けられるって……そうか、幻覚を見せられるのか!
「金鍔、最初から片腕の人に变化しておいて、腕があるように幻覚を見せることは出来る?」
『出来るでござる』
「そうしたら幻覚の腕を斬られたように見せることも、血飛沫が飛んだように見せることも出来るかな?」
『お安い御用でござる!』
金鍔がブンブンと尻尾を振って張り切っている。
可愛いなぁと思いながら毛を撫でて和んでいたら、アルテミス嬢に変な顔をされてしまった。
「イチヤ様、お供の声は他の人には聴こえないのですから、お気をつけ下さいませ」
「あ、はい。わかった、気をつける」
どうやら一人で喋っているように見えるらしい、と気付いて人前では喋らないようにしようと思った。
それから計画を詰め、ロクの説得に一昼夜を掛けて準備を済ませた。
「危険?」
まさか俺に戦えなんて話じゃないよね?
「隣の領との間にある山に、古くから住み着いている一族がいるの。その昔、鷲の一族と戦って破れたと言われているわ」
「鷲の一族? それってもしかして……」
「ええ。この国の覇権を争って負けて、此処まで落ち延びてきたの」
へぇ、そんな一族がいたのか。
っていうか、どうしてロクは俺に教えてくれなかったんだろう?
「今では地方に住む少数民族に過ぎないもの。ただ、彼らが山を守っているお陰で山道を安全に通ることが出来るから、隣の領民とうちの領民には人気が高いわ」
話を聞く限りでは山岳民族に近いらしい。
「それで?」
「まず彼らが住むのは険しい岩山の上よ。そして一族以外の人前には姿を表さない。警戒心が強く排他的で、他の種族とは交わらないという決まりをずっと守って暮らしてきた。でも、そうも言ってられなくなってしまった」
「どうして?」
「彼らの一族は女児が産まれにくく、産まれても女児だけが罹る特有の病があるの」
「え? そんなものあるの?」
女の人だけが罹る病気なんてあるの?
俺は知らなかったが、元の世界でもそういう病気はあるのかもしれない。
ましてや異世界だものな。
「彼らはこのまま緩やかに滅びていくか、他の種族の血を取り入れて生き延びるかの決断を迫られているわ。けれどイチヤ様が女児の病を治すことが出来れば、今少し決断は先延ばしにすることが出来るし、もしかしたらこれまで通りに一族だけで暮らしていけるかもしれない。まあ、そうはならないと思うけどね」
何やら魔女のようにニンマリと笑っているアルテミス嬢が怖い。
「それで、何処に危険な要素があるんだろう? そりゃあ治せなかったらバツが悪いけど」
「さっきも言ったように、彼らはとても排他的なの。元々交わる気がないから、特定の商人としか付き合いがないわ。まず、会うことがとても難しい。ただ彼らも追い詰められているから、イチヤ様になら女児の病気が治せるかもしれないと思ったら会ってくれる可能性はある」
う~ん、そんなのどうやって信じて貰えればいいんだよ?
「そこでデモンストレーションよ」
「デモンストレーション」
難病、それか手の施しようがない大怪我、そう言ったものを劇的に鮮やかに治して見せる、と言ったのは俺自身だ。
そうか、それをやれば良いのか……でもどうやって?
「彼らが見ている前で腕を切り落として、再びくっつけたらどうかしら?」
「……っはぁあああああ!? そんなの無理に決まって――」
「だから危険だと言ったじゃない。荒事に慣れていないあなたが何処まで耐えられるかわからないもの」
「だったら他の人に頼めば……」
「それでいいの?」
アルテミス嬢の宝石のような紅い瞳で見つめられて胸が騒ぐ。
嫌なことは他人に押し付けたらそれで済むのか。
自分の手を汚さなければ安心なのか。
「俺の仕事か」
これはやっぱり俺がやらなくちゃいけないよなぁ。
言い出したのは俺だし、失敗した時の責任だって取らなくちゃいけないし。
でもさ、この期に及んで言うのもなんだけど、人を傷つけるのはやっぱり怖い。
例え確実に治るとしても、斬る方も斬られる方も恐怖を感じるだろうし、それに斬られたショックって精神に残るんじゃないのかな。
傷が治るからと言って、斬られた衝撃が無くなる訳じゃないだろう? それは本当にやっても良いことなのかな。
「やっぱり抵抗があるかしら? 他の方法でも良いのよ」
アルテミス嬢はそう言ってくれたけれど、知ってしまった以上はその山岳民たちを放って置くことも出来ない。
「俺が斬られ役をする」
「なっ、無理よ! あなたじゃショック死するわ!」
獣人と人間は身体の作りが違い、獣人なら腕を一本落とされたところでそうそう死なない。
けれども軟弱な人間では痛みだけで死んだり、予後が恐ろしく悪いのだと言う。
「それにベルモント兄様が許す筈がないわ」
「う……それは、」
過保護なロクが俺にそんなことをさせる筈がない。
言われてみればその通りだ。
「でも元通りに出来るから腕を斬られてくれなんて言えないよ!」
そんなことを他人に頼める訳ないじゃん!
そう眉を顰める俺を見て首元からスルスルとファーが解けた。
『主様、我が人に化けて斬られるでござる』
「えっ、ダメだよ!」
幾らお供だからって、天界の生き物だからってそれはダメだ。
『チヤ様、腕も化けられる』
「えっ?」
横からチョロチョロと舌を出しながら白妙が言った。
腕も化けられるって……そうか、幻覚を見せられるのか!
「金鍔、最初から片腕の人に变化しておいて、腕があるように幻覚を見せることは出来る?」
『出来るでござる』
「そうしたら幻覚の腕を斬られたように見せることも、血飛沫が飛んだように見せることも出来るかな?」
『お安い御用でござる!』
金鍔がブンブンと尻尾を振って張り切っている。
可愛いなぁと思いながら毛を撫でて和んでいたら、アルテミス嬢に変な顔をされてしまった。
「イチヤ様、お供の声は他の人には聴こえないのですから、お気をつけ下さいませ」
「あ、はい。わかった、気をつける」
どうやら一人で喋っているように見えるらしい、と気付いて人前では喋らないようにしようと思った。
それから計画を詰め、ロクの説得に一昼夜を掛けて準備を済ませた。
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