114 / 194
57.自作自演−1
しおりを挟む
分厚い繻子織りの生地がまるで真珠のように光っている。
アルテミス嬢は白く輝く身体に百合の花のような細身のドレスを身にまとい、金糸の刺繍とダイヤモンドの装飾がそれを上品に引き立てていた。
本当に吃驚するくらい綺麗で、俺よりも年下の女の子だなんて思えなかった。
「こんなに綺麗だと、求婚者がいっぱい寄ってきそうだね」
モテてモテて男をあしらうのが大変だろうと言ったら、アルテミス嬢は花が咲くようにニッコリと笑った。
「そのくらい上手く躱せなくては、伯爵令嬢など務まらないわ」
なるほど。彼女たちにとってはどの家に嫁ぐかで未来が変わってくるんだから、ちょっと男にチヤホヤされたくらいで浮かれたりはしないんだね。
寧ろ手玉に取って、操れるくらいじゃないと貴族の令嬢とは言えないのかもしれない。
「寝癖直しに関しては、値段も安いし手に入れやすいから殆どの令嬢が使っていました。男の方も、馬や獅子の方などは使われていたようだわ」
それは多分、恥ずかしいとか軟弱と受け取られないかなどまだ迷いがあるんだろう。
元々女より男の方がナルシストが多いって言うし、孔雀でもライオンでも派手に飾り立てて雌の気を引く習性があるんだから男どもが手を出すのも時間の問題だ。
「甘味の方はどう?」
「イチヤ様の考案されたサクサクメープルクッキーというのは凄いわね。大の男がすっかり蕩けていたわよ」
俺はアルテミス嬢の言葉にプッと噴き出した。
なんでもお茶会に持っていったクッキーを、厳格で知られたその家の主が相好を崩しながら食べていて驚いたそうだ。
俺の世界では男は甘い物を好まない、女子供が喜んで食べるもの……ってイメージを植え付けられていたけど、こっちでは男の方が好むみたいだ。
まあ、俺みたいなすんごい甘党もいたし、どっちがどうって決め付けるのは良くないかもしれない。
「ただ、予想外の使われ方もしているのでどうしようかと……」
そう言葉を濁したアルテミス嬢からなんとか聞き出したところによると、何人かの男性は甘い匂いに誘発されて性的興奮を示していたらしい。
つまり食欲が性欲に直結した奴らが、甘い匂いをさせている女を見つけると欲情する。それでその性質を利用した女性たちがいた。
「その、男性に求められるのは自分の魅力を再確認出来て嬉しい、という気持ちはわかるのよ」
え、わかるんだ? 十代の女の子が男に求められると嬉しいんだ? 流石異世界、流石獣人。
「でも社交の場で手軽に誘われては困るし、手を出させておいて責任を取れだなんていうたちの悪い方々もいるみたいなの」
「うっわ、それって美人局じゃん」
貴族がやることじゃないだろうとげんなりする。
「美人局?」
「女の人を餌にして誑かして、後から怖いお兄さんが出てくること」
「ええ、正にそれだわ」
どうせ前からあったことではあるんだろうけど、俺が流行らせちゃうのは寝覚めが悪い。
注意喚起くらいはしておいて貰おう。
「それで肝心の神教の方なんだけど、少しは覚えて貰えたぁ? 教会に寄付をしたらメープルシロップがお礼に貰えるって知られてる? 教会が何処にあるのか、どういう教えを説いているのか……少しは興味を持って貰えてる?」
「ええ。ビラも配っているし、会話に『大神の思し召しです』とか『大神のご加護に感謝します』というフレーズを差し挟むようにしているから、寛容で人に与える神だと思われているみたい」
人に物を与える神。それはそれで良いんだけど、次の段階では神に背いたら罰を与えられることもあるって教えなくちゃな。
人が何をしてもどうせ許して貰える、なんて見縊られちゃ困るんだよ。
「病気の相談とかはされない?」
「それはまだ……神薬の存在を余り知られていないようね」
ふむ。教会の診療所に来るのなんて貧乏人ばかりだからね。
それでなくても貴族が庶民を頼ろうだなんて思うわけがないし。
「神教でなきゃ駄目だと思わせるには、絶対的な奇跡を見せつける必要がある。難病、それか手の施しようがない大怪我、そう言ったものを劇的に鮮やかに治して見せる。人々が感心するやり方で、心酔する一幕を作りたい」
「奇跡の演出……」
アルテミス嬢は難しい顔をして黙り込んだ。
(まぁ、そんなに都合よくはいかないよね)
そう思って急がなくていい、と言おうとしたらアルテミス嬢が硬い表情で言ってきた。
アルテミス嬢は白く輝く身体に百合の花のような細身のドレスを身にまとい、金糸の刺繍とダイヤモンドの装飾がそれを上品に引き立てていた。
本当に吃驚するくらい綺麗で、俺よりも年下の女の子だなんて思えなかった。
「こんなに綺麗だと、求婚者がいっぱい寄ってきそうだね」
モテてモテて男をあしらうのが大変だろうと言ったら、アルテミス嬢は花が咲くようにニッコリと笑った。
「そのくらい上手く躱せなくては、伯爵令嬢など務まらないわ」
なるほど。彼女たちにとってはどの家に嫁ぐかで未来が変わってくるんだから、ちょっと男にチヤホヤされたくらいで浮かれたりはしないんだね。
寧ろ手玉に取って、操れるくらいじゃないと貴族の令嬢とは言えないのかもしれない。
「寝癖直しに関しては、値段も安いし手に入れやすいから殆どの令嬢が使っていました。男の方も、馬や獅子の方などは使われていたようだわ」
それは多分、恥ずかしいとか軟弱と受け取られないかなどまだ迷いがあるんだろう。
元々女より男の方がナルシストが多いって言うし、孔雀でもライオンでも派手に飾り立てて雌の気を引く習性があるんだから男どもが手を出すのも時間の問題だ。
「甘味の方はどう?」
「イチヤ様の考案されたサクサクメープルクッキーというのは凄いわね。大の男がすっかり蕩けていたわよ」
俺はアルテミス嬢の言葉にプッと噴き出した。
なんでもお茶会に持っていったクッキーを、厳格で知られたその家の主が相好を崩しながら食べていて驚いたそうだ。
俺の世界では男は甘い物を好まない、女子供が喜んで食べるもの……ってイメージを植え付けられていたけど、こっちでは男の方が好むみたいだ。
まあ、俺みたいなすんごい甘党もいたし、どっちがどうって決め付けるのは良くないかもしれない。
「ただ、予想外の使われ方もしているのでどうしようかと……」
そう言葉を濁したアルテミス嬢からなんとか聞き出したところによると、何人かの男性は甘い匂いに誘発されて性的興奮を示していたらしい。
つまり食欲が性欲に直結した奴らが、甘い匂いをさせている女を見つけると欲情する。それでその性質を利用した女性たちがいた。
「その、男性に求められるのは自分の魅力を再確認出来て嬉しい、という気持ちはわかるのよ」
え、わかるんだ? 十代の女の子が男に求められると嬉しいんだ? 流石異世界、流石獣人。
「でも社交の場で手軽に誘われては困るし、手を出させておいて責任を取れだなんていうたちの悪い方々もいるみたいなの」
「うっわ、それって美人局じゃん」
貴族がやることじゃないだろうとげんなりする。
「美人局?」
「女の人を餌にして誑かして、後から怖いお兄さんが出てくること」
「ええ、正にそれだわ」
どうせ前からあったことではあるんだろうけど、俺が流行らせちゃうのは寝覚めが悪い。
注意喚起くらいはしておいて貰おう。
「それで肝心の神教の方なんだけど、少しは覚えて貰えたぁ? 教会に寄付をしたらメープルシロップがお礼に貰えるって知られてる? 教会が何処にあるのか、どういう教えを説いているのか……少しは興味を持って貰えてる?」
「ええ。ビラも配っているし、会話に『大神の思し召しです』とか『大神のご加護に感謝します』というフレーズを差し挟むようにしているから、寛容で人に与える神だと思われているみたい」
人に物を与える神。それはそれで良いんだけど、次の段階では神に背いたら罰を与えられることもあるって教えなくちゃな。
人が何をしてもどうせ許して貰える、なんて見縊られちゃ困るんだよ。
「病気の相談とかはされない?」
「それはまだ……神薬の存在を余り知られていないようね」
ふむ。教会の診療所に来るのなんて貧乏人ばかりだからね。
それでなくても貴族が庶民を頼ろうだなんて思うわけがないし。
「神教でなきゃ駄目だと思わせるには、絶対的な奇跡を見せつける必要がある。難病、それか手の施しようがない大怪我、そう言ったものを劇的に鮮やかに治して見せる。人々が感心するやり方で、心酔する一幕を作りたい」
「奇跡の演出……」
アルテミス嬢は難しい顔をして黙り込んだ。
(まぁ、そんなに都合よくはいかないよね)
そう思って急がなくていい、と言おうとしたらアルテミス嬢が硬い表情で言ってきた。
0
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-
ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。
断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。
彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。
通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。
お惣菜お安いですよ?いかがです?
物語はまったり、のんびりと進みます。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい
空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる