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54.甘い御褒美―2
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(うわ~、最初の甘味はなんだろう?)
期待していたら金鍔が一本の白い樹の前で立ち止まった。
『この樹に蜜が通っています』
「楓糖か!」
勿論、俺が知るメープルシロップとは少し違うのだろうけど、糖を含んだ樹液に変わりはない。
煮詰めればシロップやメープルバターになるし、常温で固形化させたらメープルシュガーになる。
寒い地方で採れる為、熱いシロップを雪の上に垂らしたらタフィーが出来る筈だ。つまり、ちゃんとしたお菓子だ!
「今すぐ採るぞっ!」
俺は以前テレビで見た採取方法を思い出す。
確か一抱え以上の太さがある樹に、傷を付けて樹液を採取する筈だ。
ああ、バケツもいるな。
「ロク、傷を付ける鉈とストローのような差し込み口、それから樹液を溜めておく桶がいる。結構な量が採れる筈だから、桶よりももっと大きな入れ物も必要だ。それから樹液は直ぐに煮詰めた方がいいから、出来れば近くに小屋が欲しい。いや、取り敢えず外でやるか。竈を組んで……」
「チヤ、少し落ち着け」
ロクにギュッと肩を抱かれて思考が止まった。
一拍置いて、はぁ~っと息を吐く。
「ごめん、嬉しくてテンパっちゃった」
だってロクとのキスや体液交換は甘くて美味しかったけど、それはお菓子じゃない。甘い快楽だ。
でも樹液が手に入ったら、噛んで飲み込める物が作れる。
俺が欲しくて気が狂いそうになっていたお菓子が、鼻に抜ける香りやサクリホロリとした歯触りが、或いは歯にまとわりつくようなねっとりとした甘味が味わえるかもしれない。いや、かもしれないじゃない。確実に手に入るんだ!
「最初は何を作ろうっ!」
又しても暴走しそうになる俺を、ロクが溜め息を吐きつつ止めた。
「チヤ、どうしても落ち着けないならここで犯すぞ?」
「……ごめん、落ち着くからちょっと勘弁して」
流石に待望の甘味を前にして、待ったをかけられるのはキツイ。
俺はスーハーと深呼吸をして気持ちを鎮めた。
「この辺り一帯に樹木が集まっているようだから、見張りと樹液を集める人が必要だな。やり方は教えるから、人の手配を頼める?」
「わかった。手配しよう」
そう言ってロクが一人で館に戻って、直ぐに人を連れてきた。
厨房の人間と下働き、それから庭師とその見習いの四人に樹液の採り方を教える。
「お館様、なんか不思議な匂いがします!」
滲み出てきた樹液を見て、庭師見習いの少年が元気にそう叫んだ。
なんか久し振りに無邪気って言うか、年相応の子供を見た気がして和む。
「これは糖分を含んだ樹液で、煮詰めるとメープルシロップという甘い汁が出来る」
「甘い汁……」
厨房の責任者らしき男が呆然と呟いた。
彼は職業柄か、甘味の存在を知っているようだ。
「メープルシロップはパンに掛けたり、紅茶に入れたりして甘い味と香りを楽しむ。卵や生地に混ぜて焼いても美味しい」
俺は蜂蜜も好きだけど、メープルシロップも大好きだ。
バニラアイスに掛けたり、ただの団子に付けたって美味しい。
「しかしそのようなものがどうして此処に?」
木から甘味が採れるなんて話は聞いたことがない、と厨房の責任者が混乱した様子で問い掛けるので、俺はどう答えようか迷ってロクの顔を見た。
「大神への信仰心が認められたら、褒美として甘味を与えて貰える。だからこの地に大神を奉った」
「まさか、本気ですか!?」
彼は人間だけれど、信仰心なんて全く持ち合わせていないんだろう。
とても信じられないという顔をしている。
「こうして目の前に甘味があることがその証拠だ」
ロクにそう言われて、男は何とも言えない顔でチョロチョロと溜まっていく樹液を見つめた。
料理人だから甘味には凄く興味があるだろう。
「これを煮詰めたら、甘い味がするんですね?」
「既に薄甘いけど、どうせならちゃんとシロップになったものを食べてみて欲しいね」
そう言った俺を見て、男が薄気味悪そうな顔をした。
彼は獣人じゃないけど俺の匂いを嗅ぎ付けていて、どうして人からこんな匂いがするのかと訝しく思っているようだ。
思わず俯いた俺を、ロクが片腕に載せるように抱き上げた。
「チヤは神の声を聴ける。甘い匂いがするのもその証だ」
「では、お館様は――」
「私はチヤの番だ」
俺をうっとりと見上げながらのセリフに、誰も何も言えなかった。
領主であり、自分の主でもあるロクに意見なんて言える訳がない。
それにロクの神々しい姿は神の寵愛を十分に感じさせるものだった。
「メープルシロップが出来たら、最初の一瓶はチヤに。残りはチヤに使い方を教わって試してみるといい」
「はっ、畏まりました」
ザッと跪いたみんなを見て、俺はコッソリとロクに囁いた。
「国王に献上しなくていいの?」
「まだ時期尚早だろう」
「せめてモリスさんには話を通しておけば?」
ほら、誰かに話しておけば保険になるんじゃない?
「そうだな。王城へ行く時の手土産にしよう」
ふわりと穏やかに笑ったロクを見て、何か考えがあるのだろうと思った。
俺はこの世界における甘味の重要性を、正確に理解していなかった。
だからその発見がどれだけ大事になるのか、ちっともわかっていなかったんだ。
期待していたら金鍔が一本の白い樹の前で立ち止まった。
『この樹に蜜が通っています』
「楓糖か!」
勿論、俺が知るメープルシロップとは少し違うのだろうけど、糖を含んだ樹液に変わりはない。
煮詰めればシロップやメープルバターになるし、常温で固形化させたらメープルシュガーになる。
寒い地方で採れる為、熱いシロップを雪の上に垂らしたらタフィーが出来る筈だ。つまり、ちゃんとしたお菓子だ!
「今すぐ採るぞっ!」
俺は以前テレビで見た採取方法を思い出す。
確か一抱え以上の太さがある樹に、傷を付けて樹液を採取する筈だ。
ああ、バケツもいるな。
「ロク、傷を付ける鉈とストローのような差し込み口、それから樹液を溜めておく桶がいる。結構な量が採れる筈だから、桶よりももっと大きな入れ物も必要だ。それから樹液は直ぐに煮詰めた方がいいから、出来れば近くに小屋が欲しい。いや、取り敢えず外でやるか。竈を組んで……」
「チヤ、少し落ち着け」
ロクにギュッと肩を抱かれて思考が止まった。
一拍置いて、はぁ~っと息を吐く。
「ごめん、嬉しくてテンパっちゃった」
だってロクとのキスや体液交換は甘くて美味しかったけど、それはお菓子じゃない。甘い快楽だ。
でも樹液が手に入ったら、噛んで飲み込める物が作れる。
俺が欲しくて気が狂いそうになっていたお菓子が、鼻に抜ける香りやサクリホロリとした歯触りが、或いは歯にまとわりつくようなねっとりとした甘味が味わえるかもしれない。いや、かもしれないじゃない。確実に手に入るんだ!
「最初は何を作ろうっ!」
又しても暴走しそうになる俺を、ロクが溜め息を吐きつつ止めた。
「チヤ、どうしても落ち着けないならここで犯すぞ?」
「……ごめん、落ち着くからちょっと勘弁して」
流石に待望の甘味を前にして、待ったをかけられるのはキツイ。
俺はスーハーと深呼吸をして気持ちを鎮めた。
「この辺り一帯に樹木が集まっているようだから、見張りと樹液を集める人が必要だな。やり方は教えるから、人の手配を頼める?」
「わかった。手配しよう」
そう言ってロクが一人で館に戻って、直ぐに人を連れてきた。
厨房の人間と下働き、それから庭師とその見習いの四人に樹液の採り方を教える。
「お館様、なんか不思議な匂いがします!」
滲み出てきた樹液を見て、庭師見習いの少年が元気にそう叫んだ。
なんか久し振りに無邪気って言うか、年相応の子供を見た気がして和む。
「これは糖分を含んだ樹液で、煮詰めるとメープルシロップという甘い汁が出来る」
「甘い汁……」
厨房の責任者らしき男が呆然と呟いた。
彼は職業柄か、甘味の存在を知っているようだ。
「メープルシロップはパンに掛けたり、紅茶に入れたりして甘い味と香りを楽しむ。卵や生地に混ぜて焼いても美味しい」
俺は蜂蜜も好きだけど、メープルシロップも大好きだ。
バニラアイスに掛けたり、ただの団子に付けたって美味しい。
「しかしそのようなものがどうして此処に?」
木から甘味が採れるなんて話は聞いたことがない、と厨房の責任者が混乱した様子で問い掛けるので、俺はどう答えようか迷ってロクの顔を見た。
「大神への信仰心が認められたら、褒美として甘味を与えて貰える。だからこの地に大神を奉った」
「まさか、本気ですか!?」
彼は人間だけれど、信仰心なんて全く持ち合わせていないんだろう。
とても信じられないという顔をしている。
「こうして目の前に甘味があることがその証拠だ」
ロクにそう言われて、男は何とも言えない顔でチョロチョロと溜まっていく樹液を見つめた。
料理人だから甘味には凄く興味があるだろう。
「これを煮詰めたら、甘い味がするんですね?」
「既に薄甘いけど、どうせならちゃんとシロップになったものを食べてみて欲しいね」
そう言った俺を見て、男が薄気味悪そうな顔をした。
彼は獣人じゃないけど俺の匂いを嗅ぎ付けていて、どうして人からこんな匂いがするのかと訝しく思っているようだ。
思わず俯いた俺を、ロクが片腕に載せるように抱き上げた。
「チヤは神の声を聴ける。甘い匂いがするのもその証だ」
「では、お館様は――」
「私はチヤの番だ」
俺をうっとりと見上げながらのセリフに、誰も何も言えなかった。
領主であり、自分の主でもあるロクに意見なんて言える訳がない。
それにロクの神々しい姿は神の寵愛を十分に感じさせるものだった。
「メープルシロップが出来たら、最初の一瓶はチヤに。残りはチヤに使い方を教わって試してみるといい」
「はっ、畏まりました」
ザッと跪いたみんなを見て、俺はコッソリとロクに囁いた。
「国王に献上しなくていいの?」
「まだ時期尚早だろう」
「せめてモリスさんには話を通しておけば?」
ほら、誰かに話しておけば保険になるんじゃない?
「そうだな。王城へ行く時の手土産にしよう」
ふわりと穏やかに笑ったロクを見て、何か考えがあるのだろうと思った。
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