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㊼説得と嘘―1
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神薬作りと整理の方は進んでいたけど、聖書の作成が全く進んでいない。
ジェスは神薬の研究と売り出し方で頭がいっぱいだし、ロクだって留守にしていた間の事務処理や反乱組織の調査や王城への報告など、やることが物凄く沢山ある。
一番手が空いてるのは俺なんだけど、俺一人で作ると偏ってそうだし、獣人の感覚とずれたところもあるので不安だった。
だからウィリアムの助けを借りたいんだけど……彼は俺の前に姿すら見せてくれない。
「はぁ……嫌われちゃったかなぁ~」
獣人至上主義って訳じゃないんだろうけど、神霊を拠り所にして誇りに思ってたからね。
それを奪われるかもしれない、奪われたら腑抜けになるかもしれないと聞かされては動揺も激しいだろう。
おまけに人間が上に立つかもしれないなんて……きっと考えたこともない筈だ。
(でも、それは裏を返せば人間たちに劣等感を植え付けてたってことじゃないの?)
それがどうしても引っ掛かってモヤモヤする。
人間はずっと下じゃなきゃいけないの? 今度は立場が逆転するってだけの話じゃん。
ウィリアムだって人間が何を拠り所にしているのか知らないって言ってた。
同じように俺も知らないって、獣人のことなんて知ったこっちゃないって目を逸らせば良い。
(でもそれじゃ俺もウィリアムと一緒だ)
自分に不都合はないから黙っていようなんてやっぱり駄目だ。放っておけない。
俺はウィリアムの部屋を直撃した。
***
「帰って下さい。神霊を貶めるようなことは私には出来ません」
昏い瞳でそう言われ、挫けそうになったけれどグッと踏み止まる。
「貶めろなんて言ってません。俺は獣神を止めたいだけです」
「ですが、そもそも獣神が神霊を奪おうとしているというのは本当なのでしょうか? その、大神が嘘を言っている可能性は?」
言いにくそうにそう言った相手に、俺は丁寧に一つずつ説明する。
「そもそも、大神は既に人を見限ってこの地を去ろうとしてる。それを引き留めようとしてるのはこっちだ。それから獣神が本当に神霊を奪おうとしているのかどうか、それは今のところ確かめる術がない。でも神様ってのは基本的に繁殖出来ないし、そうやって眷属を増やすってのはありそうな話だと思う。俺はね、神が無償で人に与えるとか親切にするなんてありえないと思ってるんだ。神だって自分たちの都合で動いてる。俺たちがそれを自分の都合よく考えているだけだ」
「都合……」
何処か呆然としたウィリアムに酷だけれどはっきりと頷く。
「今までは獣人たちにだけ都合が良かった。でもそれが変わろうとしている。あなたたちにだけ優しい時間は終わったんだ」
「……」
あ~、わかるよ。きっとウィリアムは周りから優秀だと言われていて、自分でもそう思ってたんだよね。
でもそれって恵まれた環境の中でのことだ。
一からの叩き上げっていうか、泥水を啜って……みたいな苦労はしてないでしょう?
その事が今頃わかった?
「目を逸らしていればいつの間にか全てが元通りになっている。そう期待するのは止めた方がいい。それよりも、せっかく話の中枢にいるんだから、少しでも自分の都合の良いように動いた方がいいと思う」
「……あなたは人間の味方ではないんですか?」
不審そうに訊かれて苦笑する。
「俺はどっちか片方が大きく優遇されるのは良くないって思ってる。片方だけが恵まれていて、片方は搾取される。そういう関係は良くない。だから神霊を奪われるのを止めるつもりだけど、でも人間たちをこのままにもしておかない。どうにかしたいと思ってる」
「それには獣人の意見も必要なのですね?」
「そうだよ、よくわかってるじゃないか」
こういう頭の回転の早いところは、やっぱり流石だと思える。
「ですが、神霊がそれをどう感じるのか不安に思います」
そう言ったウィリアムを見てちょっと考え込む。
神霊の機嫌を損ねるんじゃないかって、憚る気持ちかぁ。
「あのさ、ウィリアムの神霊に会わせてくれない?」
「はっ? 神霊は本人の前以外には、滅多なことでは姿を現しません。お館様は特別なのです」
「うん、でも試したことはないだろう? 思い込みに囚われてないで、やってみてもいいじゃない」
「しかし……」
「今からちょっと行って来ようよ。近くに林くらいはあるだろう」
「今からですか!?」
目を丸くするウィリアムの手をグイグイと引く。
気が動転している今勢いに乗って連れて行かないと、後からなんて試させてくれない。
俺は強引にウィリアムを館から連れ出した。
ジェスは神薬の研究と売り出し方で頭がいっぱいだし、ロクだって留守にしていた間の事務処理や反乱組織の調査や王城への報告など、やることが物凄く沢山ある。
一番手が空いてるのは俺なんだけど、俺一人で作ると偏ってそうだし、獣人の感覚とずれたところもあるので不安だった。
だからウィリアムの助けを借りたいんだけど……彼は俺の前に姿すら見せてくれない。
「はぁ……嫌われちゃったかなぁ~」
獣人至上主義って訳じゃないんだろうけど、神霊を拠り所にして誇りに思ってたからね。
それを奪われるかもしれない、奪われたら腑抜けになるかもしれないと聞かされては動揺も激しいだろう。
おまけに人間が上に立つかもしれないなんて……きっと考えたこともない筈だ。
(でも、それは裏を返せば人間たちに劣等感を植え付けてたってことじゃないの?)
それがどうしても引っ掛かってモヤモヤする。
人間はずっと下じゃなきゃいけないの? 今度は立場が逆転するってだけの話じゃん。
ウィリアムだって人間が何を拠り所にしているのか知らないって言ってた。
同じように俺も知らないって、獣人のことなんて知ったこっちゃないって目を逸らせば良い。
(でもそれじゃ俺もウィリアムと一緒だ)
自分に不都合はないから黙っていようなんてやっぱり駄目だ。放っておけない。
俺はウィリアムの部屋を直撃した。
***
「帰って下さい。神霊を貶めるようなことは私には出来ません」
昏い瞳でそう言われ、挫けそうになったけれどグッと踏み止まる。
「貶めろなんて言ってません。俺は獣神を止めたいだけです」
「ですが、そもそも獣神が神霊を奪おうとしているというのは本当なのでしょうか? その、大神が嘘を言っている可能性は?」
言いにくそうにそう言った相手に、俺は丁寧に一つずつ説明する。
「そもそも、大神は既に人を見限ってこの地を去ろうとしてる。それを引き留めようとしてるのはこっちだ。それから獣神が本当に神霊を奪おうとしているのかどうか、それは今のところ確かめる術がない。でも神様ってのは基本的に繁殖出来ないし、そうやって眷属を増やすってのはありそうな話だと思う。俺はね、神が無償で人に与えるとか親切にするなんてありえないと思ってるんだ。神だって自分たちの都合で動いてる。俺たちがそれを自分の都合よく考えているだけだ」
「都合……」
何処か呆然としたウィリアムに酷だけれどはっきりと頷く。
「今までは獣人たちにだけ都合が良かった。でもそれが変わろうとしている。あなたたちにだけ優しい時間は終わったんだ」
「……」
あ~、わかるよ。きっとウィリアムは周りから優秀だと言われていて、自分でもそう思ってたんだよね。
でもそれって恵まれた環境の中でのことだ。
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その事が今頃わかった?
「目を逸らしていればいつの間にか全てが元通りになっている。そう期待するのは止めた方がいい。それよりも、せっかく話の中枢にいるんだから、少しでも自分の都合の良いように動いた方がいいと思う」
「……あなたは人間の味方ではないんですか?」
不審そうに訊かれて苦笑する。
「俺はどっちか片方が大きく優遇されるのは良くないって思ってる。片方だけが恵まれていて、片方は搾取される。そういう関係は良くない。だから神霊を奪われるのを止めるつもりだけど、でも人間たちをこのままにもしておかない。どうにかしたいと思ってる」
「それには獣人の意見も必要なのですね?」
「そうだよ、よくわかってるじゃないか」
こういう頭の回転の早いところは、やっぱり流石だと思える。
「ですが、神霊がそれをどう感じるのか不安に思います」
そう言ったウィリアムを見てちょっと考え込む。
神霊の機嫌を損ねるんじゃないかって、憚る気持ちかぁ。
「あのさ、ウィリアムの神霊に会わせてくれない?」
「はっ? 神霊は本人の前以外には、滅多なことでは姿を現しません。お館様は特別なのです」
「うん、でも試したことはないだろう? 思い込みに囚われてないで、やってみてもいいじゃない」
「しかし……」
「今からちょっと行って来ようよ。近くに林くらいはあるだろう」
「今からですか!?」
目を丸くするウィリアムの手をグイグイと引く。
気が動転している今勢いに乗って連れて行かないと、後からなんて試させてくれない。
俺は強引にウィリアムを館から連れ出した。
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