44 / 194
㉒意外な才能−1
しおりを挟む
大猿が神出鬼没に見えるのは魔法なんかじゃなくて、ちゃんと種も仕掛けもあった。
ハヌマーンの生み出す分身は感覚も共有している優れものだが、制限時間がくると消えてしまう。
今までそこにいたものがフッと掻き消すようにいなくなったら、それは神出鬼没の物の怪だと思っても仕方がない。
「つまり、絶対に捕まらないって事?」
「俺が下界人なんかに捕まる筈はないだろう」
「でも、ロクとはいい勝負だったじゃん」
「あいつはおかしい!」
ハヌマーンがキーキーと文句を言った。
奴が言うには堕神というのは神の力を制限されてはいるけど、人の中で一番力が強く、一番すばしっこく、肉体は誰よりも強靭で柔軟なバネがあり、武にも優れているそうだ。
「でもさぁ、たまに化け物みたいに強い人っているじゃん? ロクがそうなんだろ」
「お前はわかっていないな」
ふぅヤレヤレ、と溜め息を吐かれてイラッとする。
「いいか、普通は村一番の力持ちと脚の速い奴は別だろう? 全てを持っている奴なんていない。いたらそいつは人じゃない」
ハヌマーンの淡々とした物言いにちょっとゾクッとしてしまった。
つまりはオリンピックで短距離走でもテニスでも水泳でも金メダルを取るようなものだと、そう言ってるのだろうか?
「俺とて完璧ではない。だが下界で神と戦って勝てる奴などいないんだ」
「……勝てなくても、負けない事は出来るかもしれないじゃん。それにお前も今は神じゃないし、ネクタルもアンブロシアもずっと口にしていないから肉体が劣化したのかもしれない」
「そんな筈はない! 例えそうだとしても、それで縮まるような差ではない。神の力とは斯くも酷いのだ」
(なんだか、それだと……)
「あんたが怖がっているみたいだね」
思わずそう言ったらハヌマーンがギョッとした顔をした。
それからプイッと顔を背けて何処かへ行ってしまった。
「俺、無神経だった?」
「図星を指してしまったようだな」
「そっか……」
ロクに穏やかに言われて、しまったなぁと思う。
別にそんなつもりじゃなかったんだけど。
「ハヌマーンは神々に追い出された事で、傷付いているのかもしれない」
「時薬と言って、俺の世界では時間が全てを癒やしてくれるって考え方があるんだけど――」
「時は奴にとっては味方ではなかったようだ」
「神様が辛いって事もあるんだね」
「そうだな」
俺はぼんやりと、だったら神様でもギャフンと言わせる事くらいは出来るのかなと思った。
いや、別に楯突く必要なんてないんだけど。
俺は自分の思い付きを誤魔化すように早口に言った。
「だから不死薬を騙し取られた事も昨日の事のように思っているんだ」
「既に使われていて無いという発想もない」
「でも “明日” とか “後で” とかはわかるんだよな?」
「今現在を生きているのは私たちと同じなんだろう」
「ボケ老人みたいだな」
昔ちょっとヤンチャだった老人がはしゃいでいるとでも思えばいっかぁ……。
俺は少しだけハヌマーンに優しくしようと思った。
それから機嫌を直したハヌマーンが分身体を作り出し、兵の間に出現して実況中継をしてくれたのが面白かった。
何処からともなく現れたハヌマーンに兵たちは恐怖し、浮き足立ち、熊の獣人など大層可愛らしい悲鳴を上げたそうだ。
「士気は余り高くないのかな?」
「それは反乱組織の鎮圧と言われて来たのに、蓋を開けてみたら自領への侵略行為だ。士気など上がらないだろうよ」
「マキシム卿は人望も無いしね」
「上が贅沢をしているのを見ると、大概の下っ端は面白くない」
「自分たちだけキツくて危険で汚い仕事をしているのにって?」
「よくわかるな」
「俺の世界にもあるんだよ」
勿論、実際にそういう仕事をした事はない。
単なる知識だ。
「元々士気の低いところへ持ってきて、今度は伝説のハヌマーンを捕らえろと言う。そんな事は冒険者の仕事だ、と思う騎士は面白くない」
「冒険者を低く見ているの?」
「どっちもな」
ふむ、フラストレーション溜まりまくりだね!
「そこに戦わなくてもいい理由が出来たら、一気に総崩れになる」
「でも離脱? 脱走? そういうのって職務規定違反になるんじゃないの? 軍法会議ものの」
「一人か二人ならばそうだが、総崩れになったらそれはもう敗走だ。負け戦の責任はトップが取るものと決まっている」
「何処と戦わせる気だよ」
「戦わずして負けるのさ」
正直にいってロクの言うことはさっぱりわからない。
逃げ帰っていい理由なんてある訳ないじゃん。
「まずは一昼夜は駆けずり回って貰おうか」
そう言うとロクはハヌマーンに容赦なく同時攻撃を行わせた。
幾ら豊富な人員を抱えていても、複数箇所を同時に襲われたら消耗は激しい。
しかも堕ちたとは言え元神だ。本人が言うように一兵卒になど捕まりっこない。
やり過ぎると禍根を残すからと死者は出していないものの、負傷者はうなぎ登りに上がった。
ハヌマーンの生み出す分身は感覚も共有している優れものだが、制限時間がくると消えてしまう。
今までそこにいたものがフッと掻き消すようにいなくなったら、それは神出鬼没の物の怪だと思っても仕方がない。
「つまり、絶対に捕まらないって事?」
「俺が下界人なんかに捕まる筈はないだろう」
「でも、ロクとはいい勝負だったじゃん」
「あいつはおかしい!」
ハヌマーンがキーキーと文句を言った。
奴が言うには堕神というのは神の力を制限されてはいるけど、人の中で一番力が強く、一番すばしっこく、肉体は誰よりも強靭で柔軟なバネがあり、武にも優れているそうだ。
「でもさぁ、たまに化け物みたいに強い人っているじゃん? ロクがそうなんだろ」
「お前はわかっていないな」
ふぅヤレヤレ、と溜め息を吐かれてイラッとする。
「いいか、普通は村一番の力持ちと脚の速い奴は別だろう? 全てを持っている奴なんていない。いたらそいつは人じゃない」
ハヌマーンの淡々とした物言いにちょっとゾクッとしてしまった。
つまりはオリンピックで短距離走でもテニスでも水泳でも金メダルを取るようなものだと、そう言ってるのだろうか?
「俺とて完璧ではない。だが下界で神と戦って勝てる奴などいないんだ」
「……勝てなくても、負けない事は出来るかもしれないじゃん。それにお前も今は神じゃないし、ネクタルもアンブロシアもずっと口にしていないから肉体が劣化したのかもしれない」
「そんな筈はない! 例えそうだとしても、それで縮まるような差ではない。神の力とは斯くも酷いのだ」
(なんだか、それだと……)
「あんたが怖がっているみたいだね」
思わずそう言ったらハヌマーンがギョッとした顔をした。
それからプイッと顔を背けて何処かへ行ってしまった。
「俺、無神経だった?」
「図星を指してしまったようだな」
「そっか……」
ロクに穏やかに言われて、しまったなぁと思う。
別にそんなつもりじゃなかったんだけど。
「ハヌマーンは神々に追い出された事で、傷付いているのかもしれない」
「時薬と言って、俺の世界では時間が全てを癒やしてくれるって考え方があるんだけど――」
「時は奴にとっては味方ではなかったようだ」
「神様が辛いって事もあるんだね」
「そうだな」
俺はぼんやりと、だったら神様でもギャフンと言わせる事くらいは出来るのかなと思った。
いや、別に楯突く必要なんてないんだけど。
俺は自分の思い付きを誤魔化すように早口に言った。
「だから不死薬を騙し取られた事も昨日の事のように思っているんだ」
「既に使われていて無いという発想もない」
「でも “明日” とか “後で” とかはわかるんだよな?」
「今現在を生きているのは私たちと同じなんだろう」
「ボケ老人みたいだな」
昔ちょっとヤンチャだった老人がはしゃいでいるとでも思えばいっかぁ……。
俺は少しだけハヌマーンに優しくしようと思った。
それから機嫌を直したハヌマーンが分身体を作り出し、兵の間に出現して実況中継をしてくれたのが面白かった。
何処からともなく現れたハヌマーンに兵たちは恐怖し、浮き足立ち、熊の獣人など大層可愛らしい悲鳴を上げたそうだ。
「士気は余り高くないのかな?」
「それは反乱組織の鎮圧と言われて来たのに、蓋を開けてみたら自領への侵略行為だ。士気など上がらないだろうよ」
「マキシム卿は人望も無いしね」
「上が贅沢をしているのを見ると、大概の下っ端は面白くない」
「自分たちだけキツくて危険で汚い仕事をしているのにって?」
「よくわかるな」
「俺の世界にもあるんだよ」
勿論、実際にそういう仕事をした事はない。
単なる知識だ。
「元々士気の低いところへ持ってきて、今度は伝説のハヌマーンを捕らえろと言う。そんな事は冒険者の仕事だ、と思う騎士は面白くない」
「冒険者を低く見ているの?」
「どっちもな」
ふむ、フラストレーション溜まりまくりだね!
「そこに戦わなくてもいい理由が出来たら、一気に総崩れになる」
「でも離脱? 脱走? そういうのって職務規定違反になるんじゃないの? 軍法会議ものの」
「一人か二人ならばそうだが、総崩れになったらそれはもう敗走だ。負け戦の責任はトップが取るものと決まっている」
「何処と戦わせる気だよ」
「戦わずして負けるのさ」
正直にいってロクの言うことはさっぱりわからない。
逃げ帰っていい理由なんてある訳ないじゃん。
「まずは一昼夜は駆けずり回って貰おうか」
そう言うとロクはハヌマーンに容赦なく同時攻撃を行わせた。
幾ら豊富な人員を抱えていても、複数箇所を同時に襲われたら消耗は激しい。
しかも堕ちたとは言え元神だ。本人が言うように一兵卒になど捕まりっこない。
やり過ぎると禍根を残すからと死者は出していないものの、負傷者はうなぎ登りに上がった。
0
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-
ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。
断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。
彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。
通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。
お惣菜お安いですよ?いかがです?
物語はまったり、のんびりと進みます。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる