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㉒意外な才能−1
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大猿が神出鬼没に見えるのは魔法なんかじゃなくて、ちゃんと種も仕掛けもあった。
ハヌマーンの生み出す分身は感覚も共有している優れものだが、制限時間がくると消えてしまう。
今までそこにいたものがフッと掻き消すようにいなくなったら、それは神出鬼没の物の怪だと思っても仕方がない。
「つまり、絶対に捕まらないって事?」
「俺が下界人なんかに捕まる筈はないだろう」
「でも、ロクとはいい勝負だったじゃん」
「あいつはおかしい!」
ハヌマーンがキーキーと文句を言った。
奴が言うには堕神というのは神の力を制限されてはいるけど、人の中で一番力が強く、一番すばしっこく、肉体は誰よりも強靭で柔軟なバネがあり、武にも優れているそうだ。
「でもさぁ、たまに化け物みたいに強い人っているじゃん? ロクがそうなんだろ」
「お前はわかっていないな」
ふぅヤレヤレ、と溜め息を吐かれてイラッとする。
「いいか、普通は村一番の力持ちと脚の速い奴は別だろう? 全てを持っている奴なんていない。いたらそいつは人じゃない」
ハヌマーンの淡々とした物言いにちょっとゾクッとしてしまった。
つまりはオリンピックで短距離走でもテニスでも水泳でも金メダルを取るようなものだと、そう言ってるのだろうか?
「俺とて完璧ではない。だが下界で神と戦って勝てる奴などいないんだ」
「……勝てなくても、負けない事は出来るかもしれないじゃん。それにお前も今は神じゃないし、ネクタルもアンブロシアもずっと口にしていないから肉体が劣化したのかもしれない」
「そんな筈はない! 例えそうだとしても、それで縮まるような差ではない。神の力とは斯くも酷いのだ」
(なんだか、それだと……)
「あんたが怖がっているみたいだね」
思わずそう言ったらハヌマーンがギョッとした顔をした。
それからプイッと顔を背けて何処かへ行ってしまった。
「俺、無神経だった?」
「図星を指してしまったようだな」
「そっか……」
ロクに穏やかに言われて、しまったなぁと思う。
別にそんなつもりじゃなかったんだけど。
「ハヌマーンは神々に追い出された事で、傷付いているのかもしれない」
「時薬と言って、俺の世界では時間が全てを癒やしてくれるって考え方があるんだけど――」
「時は奴にとっては味方ではなかったようだ」
「神様が辛いって事もあるんだね」
「そうだな」
俺はぼんやりと、だったら神様でもギャフンと言わせる事くらいは出来るのかなと思った。
いや、別に楯突く必要なんてないんだけど。
俺は自分の思い付きを誤魔化すように早口に言った。
「だから不死薬を騙し取られた事も昨日の事のように思っているんだ」
「既に使われていて無いという発想もない」
「でも “明日” とか “後で” とかはわかるんだよな?」
「今現在を生きているのは私たちと同じなんだろう」
「ボケ老人みたいだな」
昔ちょっとヤンチャだった老人がはしゃいでいるとでも思えばいっかぁ……。
俺は少しだけハヌマーンに優しくしようと思った。
それから機嫌を直したハヌマーンが分身体を作り出し、兵の間に出現して実況中継をしてくれたのが面白かった。
何処からともなく現れたハヌマーンに兵たちは恐怖し、浮き足立ち、熊の獣人など大層可愛らしい悲鳴を上げたそうだ。
「士気は余り高くないのかな?」
「それは反乱組織の鎮圧と言われて来たのに、蓋を開けてみたら自領への侵略行為だ。士気など上がらないだろうよ」
「マキシム卿は人望も無いしね」
「上が贅沢をしているのを見ると、大概の下っ端は面白くない」
「自分たちだけキツくて危険で汚い仕事をしているのにって?」
「よくわかるな」
「俺の世界にもあるんだよ」
勿論、実際にそういう仕事をした事はない。
単なる知識だ。
「元々士気の低いところへ持ってきて、今度は伝説のハヌマーンを捕らえろと言う。そんな事は冒険者の仕事だ、と思う騎士は面白くない」
「冒険者を低く見ているの?」
「どっちもな」
ふむ、フラストレーション溜まりまくりだね!
「そこに戦わなくてもいい理由が出来たら、一気に総崩れになる」
「でも離脱? 脱走? そういうのって職務規定違反になるんじゃないの? 軍法会議ものの」
「一人か二人ならばそうだが、総崩れになったらそれはもう敗走だ。負け戦の責任はトップが取るものと決まっている」
「何処と戦わせる気だよ」
「戦わずして負けるのさ」
正直にいってロクの言うことはさっぱりわからない。
逃げ帰っていい理由なんてある訳ないじゃん。
「まずは一昼夜は駆けずり回って貰おうか」
そう言うとロクはハヌマーンに容赦なく同時攻撃を行わせた。
幾ら豊富な人員を抱えていても、複数箇所を同時に襲われたら消耗は激しい。
しかも堕ちたとは言え元神だ。本人が言うように一兵卒になど捕まりっこない。
やり過ぎると禍根を残すからと死者は出していないものの、負傷者はうなぎ登りに上がった。
ハヌマーンの生み出す分身は感覚も共有している優れものだが、制限時間がくると消えてしまう。
今までそこにいたものがフッと掻き消すようにいなくなったら、それは神出鬼没の物の怪だと思っても仕方がない。
「つまり、絶対に捕まらないって事?」
「俺が下界人なんかに捕まる筈はないだろう」
「でも、ロクとはいい勝負だったじゃん」
「あいつはおかしい!」
ハヌマーンがキーキーと文句を言った。
奴が言うには堕神というのは神の力を制限されてはいるけど、人の中で一番力が強く、一番すばしっこく、肉体は誰よりも強靭で柔軟なバネがあり、武にも優れているそうだ。
「でもさぁ、たまに化け物みたいに強い人っているじゃん? ロクがそうなんだろ」
「お前はわかっていないな」
ふぅヤレヤレ、と溜め息を吐かれてイラッとする。
「いいか、普通は村一番の力持ちと脚の速い奴は別だろう? 全てを持っている奴なんていない。いたらそいつは人じゃない」
ハヌマーンの淡々とした物言いにちょっとゾクッとしてしまった。
つまりはオリンピックで短距離走でもテニスでも水泳でも金メダルを取るようなものだと、そう言ってるのだろうか?
「俺とて完璧ではない。だが下界で神と戦って勝てる奴などいないんだ」
「……勝てなくても、負けない事は出来るかもしれないじゃん。それにお前も今は神じゃないし、ネクタルもアンブロシアもずっと口にしていないから肉体が劣化したのかもしれない」
「そんな筈はない! 例えそうだとしても、それで縮まるような差ではない。神の力とは斯くも酷いのだ」
(なんだか、それだと……)
「あんたが怖がっているみたいだね」
思わずそう言ったらハヌマーンがギョッとした顔をした。
それからプイッと顔を背けて何処かへ行ってしまった。
「俺、無神経だった?」
「図星を指してしまったようだな」
「そっか……」
ロクに穏やかに言われて、しまったなぁと思う。
別にそんなつもりじゃなかったんだけど。
「ハヌマーンは神々に追い出された事で、傷付いているのかもしれない」
「時薬と言って、俺の世界では時間が全てを癒やしてくれるって考え方があるんだけど――」
「時は奴にとっては味方ではなかったようだ」
「神様が辛いって事もあるんだね」
「そうだな」
俺はぼんやりと、だったら神様でもギャフンと言わせる事くらいは出来るのかなと思った。
いや、別に楯突く必要なんてないんだけど。
俺は自分の思い付きを誤魔化すように早口に言った。
「だから不死薬を騙し取られた事も昨日の事のように思っているんだ」
「既に使われていて無いという発想もない」
「でも “明日” とか “後で” とかはわかるんだよな?」
「今現在を生きているのは私たちと同じなんだろう」
「ボケ老人みたいだな」
昔ちょっとヤンチャだった老人がはしゃいでいるとでも思えばいっかぁ……。
俺は少しだけハヌマーンに優しくしようと思った。
それから機嫌を直したハヌマーンが分身体を作り出し、兵の間に出現して実況中継をしてくれたのが面白かった。
何処からともなく現れたハヌマーンに兵たちは恐怖し、浮き足立ち、熊の獣人など大層可愛らしい悲鳴を上げたそうだ。
「士気は余り高くないのかな?」
「それは反乱組織の鎮圧と言われて来たのに、蓋を開けてみたら自領への侵略行為だ。士気など上がらないだろうよ」
「マキシム卿は人望も無いしね」
「上が贅沢をしているのを見ると、大概の下っ端は面白くない」
「自分たちだけキツくて危険で汚い仕事をしているのにって?」
「よくわかるな」
「俺の世界にもあるんだよ」
勿論、実際にそういう仕事をした事はない。
単なる知識だ。
「元々士気の低いところへ持ってきて、今度は伝説のハヌマーンを捕らえろと言う。そんな事は冒険者の仕事だ、と思う騎士は面白くない」
「冒険者を低く見ているの?」
「どっちもな」
ふむ、フラストレーション溜まりまくりだね!
「そこに戦わなくてもいい理由が出来たら、一気に総崩れになる」
「でも離脱? 脱走? そういうのって職務規定違反になるんじゃないの? 軍法会議ものの」
「一人か二人ならばそうだが、総崩れになったらそれはもう敗走だ。負け戦の責任はトップが取るものと決まっている」
「何処と戦わせる気だよ」
「戦わずして負けるのさ」
正直にいってロクの言うことはさっぱりわからない。
逃げ帰っていい理由なんてある訳ないじゃん。
「まずは一昼夜は駆けずり回って貰おうか」
そう言うとロクはハヌマーンに容赦なく同時攻撃を行わせた。
幾ら豊富な人員を抱えていても、複数箇所を同時に襲われたら消耗は激しい。
しかも堕ちたとは言え元神だ。本人が言うように一兵卒になど捕まりっこない。
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