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⑲虎穴に入る−2(R-15)
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「あの大猿が不死薬を持っているのか?」
「この地上で永く生きている事、怪我が直ぐに治る事からそういう物を持っていると思いました」
「ふむ……」
考え込んだマキシム卿を見て、彼は知っているのだと思った。
曾てハヌマーンから奪ったそれを知っているのだ。
(ここで勝負に出るべき? ええい、いいや、言っちゃえ)
「そう言えばハヌマーンは『不死薬を返せ』と言っていましたね。なんの事だかご存知ですか?」
「……王家に伝わる、秘薬の事かもしれないな」
「秘薬?」
「このような場所で話す事ではない。興味があるなら晩餐に招こう」
俺は思わずロクの顔を見上げた。
興味はある。でも彼のテリトリーに赴くのは怖い。
「イチヤはまだこの国の事をよく知りません。目付けとして私が一緒にいっても宜しいでしょうか?」
「保護者という訳か。まあ良いだろう。ロクサーン侯爵に聞きたい事もある」
鷹揚なフリで意地の悪い笑みを浮かべるマキシム卿に悪い予感はしたけれど、ロクと一緒なので招待に応じた。
駐屯地の天幕の内部は街一番の施設よりも豪華で、マキシム卿の持つ権力と財力に開いた口が塞がらなかった。
「武闘派? あのさぁ、これが武人だと思っていい訳?」
質実剛健であれなんて言う気はないけどさ、ちょっと違うんじゃねぇのって言いたくなる。
「以前はここまで贅好みの方では無かったのだが」
「人は変わるって事だね」
隠していただけでこれが本性だった、という可能性だってあるけどね。
兎に角、贅沢な天幕で並べられた料理と酒に圧倒されていたら薄物を纏ったヨカナーンが現れたので、俺は飲んでいた物を噴き出しそうになった。
「マキシム卿、これはどういう戯れか!」
流石に黙っていられなかったロクがマキシム卿に激しく問い質したが、敵は恥じ入って俯くヨカナーンの髪を指に巻き付けて薄く笑った。
「彼から志願したのだ。俺の侍従をしたいと、傍に置いてくれと頼まれてそうしているだけだ」
「ヨカナーン、本当かっ!」
ロクの鋭い叱責にヨカナーンは益々深く俯いた。
嘘ではないらしい。
でも話せない、話したくない理由があるのかもしれない。
俺はそっとロクの腕を押さえて首を横に振った。
「ああ、イチヤ殿は秘薬の話が聞きたいのだったな。その杯を飲み干したら話してやろう」
ニヤニヤと笑いながら指し示された杯には並々と赤い液体が入っていて、良からぬ物である事は間違いない。
躊躇していたら代わりにロクが飲み干した。
それを見てマキシム卿が愉快そうな顔になった。
「おやおや、それは獣人の方が効くのに……。イチヤ殿、今宵は閨を分けた方が良いぞ」
「閣下のご心配には及びません。それよりも秘薬の話を」
「おう、約束は守るとも。王家に伝わる秘薬とは、三代目の叡智王が外遊から持ち帰ったもので、子を成す物であったらしい」
(え、子を成す? 不死になったのじゃなくて?)
「何を不思議そうな顔をしている?」
「えっと、ハヌマーンは『不死薬』と言っていたので――」
「聞こえていたか。うむ、叡智王の寿命は随分と長かったと聞く。恐らく不死薬は全て叡智王が飲み干し、残った器に聖水でも注いだのだろう。俺も今、わかったわ」
なるほど。それならば頷ける話だ。
俺は更に突っ込んで聞こうとしたんだけど、隣でロクの身体が傾いだのでそれどころじゃ無くなった。
「ロクッ! 苦しいの!?」
ハヌマーンとの激闘後でさえ傷付いた様子を見せなかったのに、隠しようがなく荒い息を吐いている。
「ロクサーン侯爵、それはなかなか効くだろう? 獣人の血が濃ければ濃い程に血が滾る」
血が滾る? マキシム卿の言葉にアッと思った。
まさか媚薬とか、精力増強剤とかそういう物か?
確認するようにヨカナーンの顔を見たら、ロクに心酔している筈の彼が怯えの色を見せたので嫌な予感がした。
まさか、一服盛られて正体を無くした獣人に襲われたとかじゃないよな?
「チヤ、離れろ……」
絞り出すようなロクの声に迷う。
ロクの言い付けに従うべきか。しかし敵地で一人になるのも怖い。
迷っていたらマキシム卿が嘯くように言った。
「それとも一人くらいならば平気か」
(……ちょっと待ってよ。一人くらいならば?)
嫌な予感にヨカナーンを見たら、もう真っ青で倒れそう。
それを見て俺は神の啓示のように閃く。
(彼の心を折る為に、複数の獣人に襲わせたのか!)
俺は怒りと恐怖に身体が震えた。
それでも今出来る事は何もない。
俺一人に出来る事は何もないのだ。
「マキシム卿、今日はこれで失礼させて頂きます」
俺は逃げようとするロクを連れて天幕を出た。
「この地上で永く生きている事、怪我が直ぐに治る事からそういう物を持っていると思いました」
「ふむ……」
考え込んだマキシム卿を見て、彼は知っているのだと思った。
曾てハヌマーンから奪ったそれを知っているのだ。
(ここで勝負に出るべき? ええい、いいや、言っちゃえ)
「そう言えばハヌマーンは『不死薬を返せ』と言っていましたね。なんの事だかご存知ですか?」
「……王家に伝わる、秘薬の事かもしれないな」
「秘薬?」
「このような場所で話す事ではない。興味があるなら晩餐に招こう」
俺は思わずロクの顔を見上げた。
興味はある。でも彼のテリトリーに赴くのは怖い。
「イチヤはまだこの国の事をよく知りません。目付けとして私が一緒にいっても宜しいでしょうか?」
「保護者という訳か。まあ良いだろう。ロクサーン侯爵に聞きたい事もある」
鷹揚なフリで意地の悪い笑みを浮かべるマキシム卿に悪い予感はしたけれど、ロクと一緒なので招待に応じた。
駐屯地の天幕の内部は街一番の施設よりも豪華で、マキシム卿の持つ権力と財力に開いた口が塞がらなかった。
「武闘派? あのさぁ、これが武人だと思っていい訳?」
質実剛健であれなんて言う気はないけどさ、ちょっと違うんじゃねぇのって言いたくなる。
「以前はここまで贅好みの方では無かったのだが」
「人は変わるって事だね」
隠していただけでこれが本性だった、という可能性だってあるけどね。
兎に角、贅沢な天幕で並べられた料理と酒に圧倒されていたら薄物を纏ったヨカナーンが現れたので、俺は飲んでいた物を噴き出しそうになった。
「マキシム卿、これはどういう戯れか!」
流石に黙っていられなかったロクがマキシム卿に激しく問い質したが、敵は恥じ入って俯くヨカナーンの髪を指に巻き付けて薄く笑った。
「彼から志願したのだ。俺の侍従をしたいと、傍に置いてくれと頼まれてそうしているだけだ」
「ヨカナーン、本当かっ!」
ロクの鋭い叱責にヨカナーンは益々深く俯いた。
嘘ではないらしい。
でも話せない、話したくない理由があるのかもしれない。
俺はそっとロクの腕を押さえて首を横に振った。
「ああ、イチヤ殿は秘薬の話が聞きたいのだったな。その杯を飲み干したら話してやろう」
ニヤニヤと笑いながら指し示された杯には並々と赤い液体が入っていて、良からぬ物である事は間違いない。
躊躇していたら代わりにロクが飲み干した。
それを見てマキシム卿が愉快そうな顔になった。
「おやおや、それは獣人の方が効くのに……。イチヤ殿、今宵は閨を分けた方が良いぞ」
「閣下のご心配には及びません。それよりも秘薬の話を」
「おう、約束は守るとも。王家に伝わる秘薬とは、三代目の叡智王が外遊から持ち帰ったもので、子を成す物であったらしい」
(え、子を成す? 不死になったのじゃなくて?)
「何を不思議そうな顔をしている?」
「えっと、ハヌマーンは『不死薬』と言っていたので――」
「聞こえていたか。うむ、叡智王の寿命は随分と長かったと聞く。恐らく不死薬は全て叡智王が飲み干し、残った器に聖水でも注いだのだろう。俺も今、わかったわ」
なるほど。それならば頷ける話だ。
俺は更に突っ込んで聞こうとしたんだけど、隣でロクの身体が傾いだのでそれどころじゃ無くなった。
「ロクッ! 苦しいの!?」
ハヌマーンとの激闘後でさえ傷付いた様子を見せなかったのに、隠しようがなく荒い息を吐いている。
「ロクサーン侯爵、それはなかなか効くだろう? 獣人の血が濃ければ濃い程に血が滾る」
血が滾る? マキシム卿の言葉にアッと思った。
まさか媚薬とか、精力増強剤とかそういう物か?
確認するようにヨカナーンの顔を見たら、ロクに心酔している筈の彼が怯えの色を見せたので嫌な予感がした。
まさか、一服盛られて正体を無くした獣人に襲われたとかじゃないよな?
「チヤ、離れろ……」
絞り出すようなロクの声に迷う。
ロクの言い付けに従うべきか。しかし敵地で一人になるのも怖い。
迷っていたらマキシム卿が嘯くように言った。
「それとも一人くらいならば平気か」
(……ちょっと待ってよ。一人くらいならば?)
嫌な予感にヨカナーンを見たら、もう真っ青で倒れそう。
それを見て俺は神の啓示のように閃く。
(彼の心を折る為に、複数の獣人に襲わせたのか!)
俺は怒りと恐怖に身体が震えた。
それでも今出来る事は何もない。
俺一人に出来る事は何もないのだ。
「マキシム卿、今日はこれで失礼させて頂きます」
俺は逃げようとするロクを連れて天幕を出た。
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