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⑲虎穴に入る−1
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“味方の軍兵、雲霞のごとく候ふ。よも逃れさせ給はじ。”
どういう訳だか俺は事ある毎にこの一節を思い出してしまう。
別にそんなに絶体絶命のピンチなんて迎えてこなかったのに。
でも今は正にそんな感じ。
“味方の軍兵、雲霞のごとく候ふ。よも逃れさせ給はじ。”
そう言いたくなるような光景が広がっていた。
「ロク、あれってもしかして――」
「マキシム卿……。兵を率いて来たか」
こんな小さな街には不釣り合いな数の兵を従え、猛禽類! って顔の鷲型獣人が偉そうに腕を組んでいる。
そこに突っ込んでいったハヌマーンは鬼神の如き働きを見せたけれど、数の優位に押されて中心まではなかなか辿り着く事が出来ないでいる。
「ハヌマーンを捕らえに来た訳じゃないよね?」
「恐らく反乱組織を鎮圧するとでも言って兵を出したのだろうが、実際の目当てはお前だろう」
「俺?」
目を丸くする俺に向かってロクが溜め息を吐く。
「前回はお前が見つからずにおとなしく帰った。しかしその後、なんらかの追加の情報を得たのだろう。今回はなんとしても手に入れるつもりでいる」
「兵で囲んで圧を掛けて?」
「それは私に対する牽制だろう」
「本気かよ」
わざわざ俺一人を手に入れる為に兵を出したって?
幾らなんでもロクの思い違いじゃないの?
「考え過ぎなら良かったんだがな」
苦い顔をしながらロクが何処か遠くを見やった。
その瞳には何か苦い物が滲んでいるように見える。
でも俺にはロクの考えている事なんてわからないので、代わりに背中を叩いた。
「奴の思惑がどうだろうと、まずはハヌマーンをどうにかしようぜ。今はまだ、捕まって貰っちゃ困る」
だって天界の話も聞いていないし、奴はこっちにいれば味方でも、あっちにいたら敵になるかもしれない。
「そうだな。上手く使えば牽制にはなる」
何か思い付いたらしいロクに言われて、こっそりと緊箍児を締め付ける。
途端に膝を付いたハヌマーンに向かって、ロクが手近な兵から槍を奪って投げた。
肩を貫かれたハヌマーンは憎々しげな目でロクを睨む。
「止めを刺してくれる」
ロクがゆっくりと歩み寄って行こうとしたら、ハヌマーンは動かない腕を抱えるようにその場から逃走した。
負傷した身体では分が悪いという判断だろうが、これが驚くほどに早い。
流石は神出鬼没の堕神だ。
「逃げられたか……」
「ロクサーン侯爵! 前回は会えなくて残念だった!」
バサリと羽ばたいて来たマキシム卿にビクつく。
翼のある獣人は飛んでこれるからたちが悪い。
「マキシム卿、ご無沙汰しております。助太刀、感謝いたします」
「なに、そなたには不要だったろうが、向こうから飛び込んできたのでな」
「卿は何故、これだけの兵を率いて来られたのですか?」
「反乱組織がこの辺りに根城を構えたとの情報が入った」
「その情報はどちらから?」
「俺の副官からだ」
「……」
黙ってしまったロクをマキシム卿が甚振るように愉しげに見ている。
(副官てヨカナーンの事だよな)
つまりは裏切られたのだろうか。
「そちらは?」
マキシム卿の興味がロクから逸れたように、黄色い眼が俺の方を向く。
「異世界召喚で来た異世界人です。どうやらハヌマーンに狙われたようです」
「大猿に? 何か理由があるのか?」
その探るような視線にゾクリと背中が震える。
確かに並々ならぬ興味を持たれているようだ。
「異世界から来た人間が珍しいようでした。これまで異世界人は城から出たことが無かったので、その存在を知らなかったのでしょう」
「なるほど。初物という訳だ」
なんか言い方がやだ。こいつとは合わない。
俺が避けたいと思っているのを知らぬげに、マキシム卿が近付いてくる。
「イチヤ殿と言ったか?」
「はい。柚木一哉です」
「大猿に目を付けられるとは、災難だったな」
「吃驚しましたが、ロク――ロクサーン侯爵が守ってくれましたから」
「ふむ、ロクサーン侯爵は強者なれど孤軍だ。我が元に身を寄せる気はないか?」
ストレートに問われて言葉に詰まる。
ハヌマーンに狙われているなら大軍に身を寄せるのが安全安心だろう、という理屈は間違ってない。
(でも絶対にそれだけじゃないんでしょう?)
マキシム卿の懐に入れば、後はどうとでも料理できる。
この人の興味を失わせるような態度を取れれば良いけど、俺に男を手玉に取って転がす才覚なんて無い。
ヤダヤダ言って泣いて怖がって、醜態を晒した挙げ句に不興を買って処分される未来しか見えない。
(否、それは一応まずいのか?)
それなりに発達した文明社会で、大義名分もなしに一般人を虐げたりしたら叩かれるだろ。
王国は異世界人だからどうとでもしていいという態度は取っていない筈だ。
「反乱組織を鎮圧する為に率いてきた兵を、私の為に使わせる訳にはいきません。私はこれまで通り、ロクサーン侯爵と二人で帰る方法を探します」
「しかしハヌマーンに狙われていてはそれも難しいだろう」
「いえ、ハヌマーンの持っている不死薬が役に立つかもしれません」
「不死薬?」
キラーンと猛禽類の眼が光った。
また要らぬ興味を引いてしまったらしい。
どういう訳だか俺は事ある毎にこの一節を思い出してしまう。
別にそんなに絶体絶命のピンチなんて迎えてこなかったのに。
でも今は正にそんな感じ。
“味方の軍兵、雲霞のごとく候ふ。よも逃れさせ給はじ。”
そう言いたくなるような光景が広がっていた。
「ロク、あれってもしかして――」
「マキシム卿……。兵を率いて来たか」
こんな小さな街には不釣り合いな数の兵を従え、猛禽類! って顔の鷲型獣人が偉そうに腕を組んでいる。
そこに突っ込んでいったハヌマーンは鬼神の如き働きを見せたけれど、数の優位に押されて中心まではなかなか辿り着く事が出来ないでいる。
「ハヌマーンを捕らえに来た訳じゃないよね?」
「恐らく反乱組織を鎮圧するとでも言って兵を出したのだろうが、実際の目当てはお前だろう」
「俺?」
目を丸くする俺に向かってロクが溜め息を吐く。
「前回はお前が見つからずにおとなしく帰った。しかしその後、なんらかの追加の情報を得たのだろう。今回はなんとしても手に入れるつもりでいる」
「兵で囲んで圧を掛けて?」
「それは私に対する牽制だろう」
「本気かよ」
わざわざ俺一人を手に入れる為に兵を出したって?
幾らなんでもロクの思い違いじゃないの?
「考え過ぎなら良かったんだがな」
苦い顔をしながらロクが何処か遠くを見やった。
その瞳には何か苦い物が滲んでいるように見える。
でも俺にはロクの考えている事なんてわからないので、代わりに背中を叩いた。
「奴の思惑がどうだろうと、まずはハヌマーンをどうにかしようぜ。今はまだ、捕まって貰っちゃ困る」
だって天界の話も聞いていないし、奴はこっちにいれば味方でも、あっちにいたら敵になるかもしれない。
「そうだな。上手く使えば牽制にはなる」
何か思い付いたらしいロクに言われて、こっそりと緊箍児を締め付ける。
途端に膝を付いたハヌマーンに向かって、ロクが手近な兵から槍を奪って投げた。
肩を貫かれたハヌマーンは憎々しげな目でロクを睨む。
「止めを刺してくれる」
ロクがゆっくりと歩み寄って行こうとしたら、ハヌマーンは動かない腕を抱えるようにその場から逃走した。
負傷した身体では分が悪いという判断だろうが、これが驚くほどに早い。
流石は神出鬼没の堕神だ。
「逃げられたか……」
「ロクサーン侯爵! 前回は会えなくて残念だった!」
バサリと羽ばたいて来たマキシム卿にビクつく。
翼のある獣人は飛んでこれるからたちが悪い。
「マキシム卿、ご無沙汰しております。助太刀、感謝いたします」
「なに、そなたには不要だったろうが、向こうから飛び込んできたのでな」
「卿は何故、これだけの兵を率いて来られたのですか?」
「反乱組織がこの辺りに根城を構えたとの情報が入った」
「その情報はどちらから?」
「俺の副官からだ」
「……」
黙ってしまったロクをマキシム卿が甚振るように愉しげに見ている。
(副官てヨカナーンの事だよな)
つまりは裏切られたのだろうか。
「そちらは?」
マキシム卿の興味がロクから逸れたように、黄色い眼が俺の方を向く。
「異世界召喚で来た異世界人です。どうやらハヌマーンに狙われたようです」
「大猿に? 何か理由があるのか?」
その探るような視線にゾクリと背中が震える。
確かに並々ならぬ興味を持たれているようだ。
「異世界から来た人間が珍しいようでした。これまで異世界人は城から出たことが無かったので、その存在を知らなかったのでしょう」
「なるほど。初物という訳だ」
なんか言い方がやだ。こいつとは合わない。
俺が避けたいと思っているのを知らぬげに、マキシム卿が近付いてくる。
「イチヤ殿と言ったか?」
「はい。柚木一哉です」
「大猿に目を付けられるとは、災難だったな」
「吃驚しましたが、ロク――ロクサーン侯爵が守ってくれましたから」
「ふむ、ロクサーン侯爵は強者なれど孤軍だ。我が元に身を寄せる気はないか?」
ストレートに問われて言葉に詰まる。
ハヌマーンに狙われているなら大軍に身を寄せるのが安全安心だろう、という理屈は間違ってない。
(でも絶対にそれだけじゃないんでしょう?)
マキシム卿の懐に入れば、後はどうとでも料理できる。
この人の興味を失わせるような態度を取れれば良いけど、俺に男を手玉に取って転がす才覚なんて無い。
ヤダヤダ言って泣いて怖がって、醜態を晒した挙げ句に不興を買って処分される未来しか見えない。
(否、それは一応まずいのか?)
それなりに発達した文明社会で、大義名分もなしに一般人を虐げたりしたら叩かれるだろ。
王国は異世界人だからどうとでもしていいという態度は取っていない筈だ。
「反乱組織を鎮圧する為に率いてきた兵を、私の為に使わせる訳にはいきません。私はこれまで通り、ロクサーン侯爵と二人で帰る方法を探します」
「しかしハヌマーンに狙われていてはそれも難しいだろう」
「いえ、ハヌマーンの持っている不死薬が役に立つかもしれません」
「不死薬?」
キラーンと猛禽類の眼が光った。
また要らぬ興味を引いてしまったらしい。
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