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⑯大猿は跪く−2
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(ヤバイ! あれはヤバイって!)
伝説の大猿はいかにも悪相だった。
どんぐり眼に覆い被さるような眉、横に広い鼻、牙を剥き出しにした口。
何処からどう見ても人を喰いそうな面をしている。
親切に不死薬なんてくれそうにない。
「キーッ!」
一匹の猩々がハヌマーンに巣の惨状を訴えたが、ハヌマーンは無造作に腕を横薙ぎに払って猩々をぶっ飛ばした。
(あ、これは駄目だ。話し合いなんて無理)
俺は平和的手段を一瞬にして諦めた。
こうなったらもう、見つからずに奴が去るのを待つしか無い。
そう思っていたのに、ロクの馬鹿が何の躊躇いもなくあっさりと飛び出して行った。
(ムリムリ、あんなの無理だよぉ!)
心臓の上でギュウと拳を握り締める俺の前で、けれどロクは中々良い勝負をした。
大猿と黒豹の喧嘩……早すぎて見えねえよ!
戦いは随分と長引き、ふっ飛ばされたロクの元に駆け寄ろうとして足が竦んだ。
ハヌマーンがこちらを見ていた。
バッチリと目が合ってしまった。
(ヒィイイイッ! 食べないでぇええ!)
心の中で叫びつつ、こちらに突進してくる大猿から目が離せない。
ああもう終わりだ、と思ってふとハヌマーンの額に嵌っている輪っかに気付いた。
(あれ? なんか見覚えのある輪っかじゃない? ほら、よく物語で語られた――)
「緊箍児。なんか締まれって言うと締まるんだっけ?」
そう呟いたらきゅうぅぅっと輪が目に見えて小さくなってハヌマーンがその場で引っ繰り返った。
(ワオ、効いちゃったよ)
俺は頭を抱えてのたうち回る大猿に恐る恐る近付いていった。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないっ! 今すぐに呪文を止めろっ!」
「あ、喋った」
吃驚して大口を開けていたらロクがやってきて俺の肩を抱いた。
「チヤ、危ないから下がっていろ」
「ロクこそ大丈夫? 怪我はしていない?」
「このくらいなら問題ない。直ぐに治る」
直ぐに治るって、もしかして俺とエッチして?
うんまあ、役に立つなら嬉しいけど、どのくらい執拗に啜られるのかなぁと思ったら頬が熱くなってきた。
「そこの毛のない人間っ! 止めろぉぉぉ!」
歯を剥き出して涎をダラダラと零して指を差され、俺はロクの背中に隠れつつハヌマーンに声を掛けた。
「呪文なんて唱えてないよ? 締まれとは言ったけどさ」
「緩めと言え! 早く!」
なんか必死で怖い、と思いつつ顔が真っ赤で本当に痛そうだったので言う通りにしてやった。
すると緊箍児はあっさりと元の大きさまで緩み、ハヌマーンが肩で息をしながらぐったりとした。
「チヤ、あれを知っているのか?」
ハヌマーンから目を逸らさないままロクがそう聞き、俺は戸惑いつつも頷いた。
「俺の世界の物語に、悪さをした猿を戒める為に緊箍児という金の輪っかを嵌める話がある。仏に仕える坊さんが呪文を唱えると輪っかが締まって苦しむんだ」
「どうやらその緊箍児のようだな。あれは誰にでも使えるのか?」
そう言ってロクが試してみたけれど、締まれと言っても輪は締まらなかった。
でも俺が言うとちゃんと締まった。
「試すなっ!」
ハヌマーンが涙目でそう言ったので、可哀想になって直ぐに緩めてやった。
どうやら争いはこれで避けられそうだ。
俺たちはハヌマーンに此処に来た訳を話した。
「そういう事なら力になれそうもない。不死薬はとうに無くなっている」
「無くなっている?」
「獣に奪われたのだ」
あんたが獣じゃ~んという俺のツッコミは、無念そうな大猿を目の前に残念ながら口に出す事が出来ないのだった。
伝説の大猿はいかにも悪相だった。
どんぐり眼に覆い被さるような眉、横に広い鼻、牙を剥き出しにした口。
何処からどう見ても人を喰いそうな面をしている。
親切に不死薬なんてくれそうにない。
「キーッ!」
一匹の猩々がハヌマーンに巣の惨状を訴えたが、ハヌマーンは無造作に腕を横薙ぎに払って猩々をぶっ飛ばした。
(あ、これは駄目だ。話し合いなんて無理)
俺は平和的手段を一瞬にして諦めた。
こうなったらもう、見つからずに奴が去るのを待つしか無い。
そう思っていたのに、ロクの馬鹿が何の躊躇いもなくあっさりと飛び出して行った。
(ムリムリ、あんなの無理だよぉ!)
心臓の上でギュウと拳を握り締める俺の前で、けれどロクは中々良い勝負をした。
大猿と黒豹の喧嘩……早すぎて見えねえよ!
戦いは随分と長引き、ふっ飛ばされたロクの元に駆け寄ろうとして足が竦んだ。
ハヌマーンがこちらを見ていた。
バッチリと目が合ってしまった。
(ヒィイイイッ! 食べないでぇええ!)
心の中で叫びつつ、こちらに突進してくる大猿から目が離せない。
ああもう終わりだ、と思ってふとハヌマーンの額に嵌っている輪っかに気付いた。
(あれ? なんか見覚えのある輪っかじゃない? ほら、よく物語で語られた――)
「緊箍児。なんか締まれって言うと締まるんだっけ?」
そう呟いたらきゅうぅぅっと輪が目に見えて小さくなってハヌマーンがその場で引っ繰り返った。
(ワオ、効いちゃったよ)
俺は頭を抱えてのたうち回る大猿に恐る恐る近付いていった。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないっ! 今すぐに呪文を止めろっ!」
「あ、喋った」
吃驚して大口を開けていたらロクがやってきて俺の肩を抱いた。
「チヤ、危ないから下がっていろ」
「ロクこそ大丈夫? 怪我はしていない?」
「このくらいなら問題ない。直ぐに治る」
直ぐに治るって、もしかして俺とエッチして?
うんまあ、役に立つなら嬉しいけど、どのくらい執拗に啜られるのかなぁと思ったら頬が熱くなってきた。
「そこの毛のない人間っ! 止めろぉぉぉ!」
歯を剥き出して涎をダラダラと零して指を差され、俺はロクの背中に隠れつつハヌマーンに声を掛けた。
「呪文なんて唱えてないよ? 締まれとは言ったけどさ」
「緩めと言え! 早く!」
なんか必死で怖い、と思いつつ顔が真っ赤で本当に痛そうだったので言う通りにしてやった。
すると緊箍児はあっさりと元の大きさまで緩み、ハヌマーンが肩で息をしながらぐったりとした。
「チヤ、あれを知っているのか?」
ハヌマーンから目を逸らさないままロクがそう聞き、俺は戸惑いつつも頷いた。
「俺の世界の物語に、悪さをした猿を戒める為に緊箍児という金の輪っかを嵌める話がある。仏に仕える坊さんが呪文を唱えると輪っかが締まって苦しむんだ」
「どうやらその緊箍児のようだな。あれは誰にでも使えるのか?」
そう言ってロクが試してみたけれど、締まれと言っても輪は締まらなかった。
でも俺が言うとちゃんと締まった。
「試すなっ!」
ハヌマーンが涙目でそう言ったので、可哀想になって直ぐに緩めてやった。
どうやら争いはこれで避けられそうだ。
俺たちはハヌマーンに此処に来た訳を話した。
「そういう事なら力になれそうもない。不死薬はとうに無くなっている」
「無くなっている?」
「獣に奪われたのだ」
あんたが獣じゃ~んという俺のツッコミは、無念そうな大猿を目の前に残念ながら口に出す事が出来ないのだった。
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