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⑧身の上話は突然に−2(R-15)
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森の朝は吃驚するほど湿っぽい。
撥水性を備えた毛皮に包まれているロクは良いとして、俺の顔も首筋も膝から下もしっとりと濡れている。
「ミストサウナに入ったみたい」
うんしょ、とロクの腕から抜け出してシャツを脱ぐ。
水滴が肌の上を流れていくのが割りと気持ちいいな、と思いながら髪を絞っていたら背後でガサリと音が鳴った。
「ロクも起きたの? もう水滴が凄くってさぁ」
「済まない、防水シートを敷くのを忘れていた」
「そんなのあるんだぁ?」
聞きながら振り返ったらロクが立ち尽くしていた。
「どうした?」
「いや、直ぐに乾いた服に着替えないと、体が冷えるな」
ロクにふんわりとした布を被せられ、丁寧に水滴を拭われてちょっと笑った。
「なんだ?」
「ううん、あんたが人の世話をするなんて可笑しいなと思って。だって貴族でしょう?」
ロクは人に傅かれる立場であって、こんな風に甲斐甲斐しく誰かの世話を焼くなんて似合わない。
でも随分と旅慣れているし、俺の事だって最初からちゃんと気遣ってくれていた。
本当に可笑しい獣人だ。
「生まれは貴族だが、私は物心が付く頃に拐われて盗賊団に育てられた」
「ブフッ!」
突然のカミングアウトに俺は思い切り噴き出した。
「盗賊団って、拐われたって……マジ?」
「ああ。身代金を請求しようとしたらしい」
「それでっ?」
「失敗した」
ロクを拐った盗賊団はロクサーン侯爵家に身代金を請求しようとして、失敗して殺された。
監禁場所を誰にも伝えられないまま盗賊団が潰れ、一人残されたロクを別の盗賊団が拾った。
(おいおい、盗賊団が多すぎじゃね?)
思わず心の中で突っ込んだけど、ロクは真面目な顔で続けた。
「私を拾ってくれた盗賊団は、そこまで悪い奴らじゃなかった。冒険者崩れで、幼い私に戦い方や森での過ごし方を教えてくれた」
「ふぅん。でもさぁ、家に帰りたいとは思わなかったの? その年なら自分の名前くらいは言えたんじゃない?」
「自分が貴族だという事はわかっていたが、帰る機会を逃していたし、冒険者暮らしが性に合っていた」
「まさか……わざと帰らなかったの!?」
「分家もいるし、私の事は既に亡くなったものとして処理されていると思っていた。犯罪に手を染めてはいなかったが、今さら顔を出しても迷惑だろうと思っていたんだが――」
ロクの父親が亡くなった。そこで初めてロクの死亡届が出されていない事と、自分が跡継ぎから外されていない事を知ったのだと言う。
「父は私が生きていると信じていた。『息子は必ず戻ってくるから』と言って、誰にも口を挟ませなかった」
「どうして亡くなったか、聞いても?」
「遠征中の事故だったと聞いている」
「お母さんは?」
「私を産んだあとずっと具合が悪く、一年ほどで亡くなったそうだ」
「そっか……」
「お前の家族は?」
「多分、元気にやってる。海外にいるから余り会わないけど、仲は悪くないよ」
ずっと離れて暮らしているから、異世界にきても余り違いは感じない。
寧ろ大学の出席日数の方が気に掛かる。
「お前を無事に親元に返さなくてはな」
そう言ってロクは俺に新しい服を着せた。
乾いた服はさらりとしていて気持ちが好かった。
「俺は貴族じゃないし、もう親元を出た人間だけど」
「それでも待っている人はいるだろう?」
待っている人なんていない。
俺の姿が見えなくなっても、みんな気にするのはきっと最初だけだ。
でもそれを言ってはいけない気がした。
「どうせなら、剣技の一つも身に付けてから帰ろうかな。異世界に行ってたって証拠がお菓子代だけだと情けないし、後で思い出せる物があった方が俺も忘れないし――」
「甘い味のする身体は?」
「……それを他の人と確認しろって?」
ロクに他意はないんだろうけど、やっぱり酷い事を言う。
「それなら忘れずに済むだろう?」
妙に切羽詰まった表情で言われて、俺は思わずロクに飛び付いて口を開いた。
直ぐに噛み付かれてガフガフと乱暴に口腔内を掻き回される。
この先誰とキスをしてもきっとこれを思い出す。
本当に酷い事をすると思う。
「今だけ、この場だけだからっ!」
俺はそれ以上何も望まないから、とより激しいキスと抱擁を求める。
耳を噛まれ、柔らかい首に歯を立てられ、噛み跡を残されて服を乱されて胸をべろりと舐められる。
喰われたっていいのに、ロクはそれ以上してくれない。
「……抱かないの?」
泣きそうな気持ちでそう聞いたら、帰るんだろうと言われた。
「お前を、無垢なまま帰すと誓った」
「そんな事、勝手に誓わないでよ……」
「だが何もしないとは言えなかった」
「良かった……」
俺は少しだけ目許を緩め、ロクの口に唇を押し付けた。
「俺は上手にあんたを誘惑する。きっとあんたは誓いを破るよ」
「私の誓いは固い」
「それでも負けるのはあんただ」
俺はにっこりと笑って、ロクの舌を深く吸い込んだ。
精一杯の強がりだったけど見破られないといい。
どれほど切実に、せめて身体だけでもと願っているのかバレないといい。
(俺はあんたの重荷にだけはならない)
胸の中でそう囁いて、ロクの頭をきつく抱き締めた。
撥水性を備えた毛皮に包まれているロクは良いとして、俺の顔も首筋も膝から下もしっとりと濡れている。
「ミストサウナに入ったみたい」
うんしょ、とロクの腕から抜け出してシャツを脱ぐ。
水滴が肌の上を流れていくのが割りと気持ちいいな、と思いながら髪を絞っていたら背後でガサリと音が鳴った。
「ロクも起きたの? もう水滴が凄くってさぁ」
「済まない、防水シートを敷くのを忘れていた」
「そんなのあるんだぁ?」
聞きながら振り返ったらロクが立ち尽くしていた。
「どうした?」
「いや、直ぐに乾いた服に着替えないと、体が冷えるな」
ロクにふんわりとした布を被せられ、丁寧に水滴を拭われてちょっと笑った。
「なんだ?」
「ううん、あんたが人の世話をするなんて可笑しいなと思って。だって貴族でしょう?」
ロクは人に傅かれる立場であって、こんな風に甲斐甲斐しく誰かの世話を焼くなんて似合わない。
でも随分と旅慣れているし、俺の事だって最初からちゃんと気遣ってくれていた。
本当に可笑しい獣人だ。
「生まれは貴族だが、私は物心が付く頃に拐われて盗賊団に育てられた」
「ブフッ!」
突然のカミングアウトに俺は思い切り噴き出した。
「盗賊団って、拐われたって……マジ?」
「ああ。身代金を請求しようとしたらしい」
「それでっ?」
「失敗した」
ロクを拐った盗賊団はロクサーン侯爵家に身代金を請求しようとして、失敗して殺された。
監禁場所を誰にも伝えられないまま盗賊団が潰れ、一人残されたロクを別の盗賊団が拾った。
(おいおい、盗賊団が多すぎじゃね?)
思わず心の中で突っ込んだけど、ロクは真面目な顔で続けた。
「私を拾ってくれた盗賊団は、そこまで悪い奴らじゃなかった。冒険者崩れで、幼い私に戦い方や森での過ごし方を教えてくれた」
「ふぅん。でもさぁ、家に帰りたいとは思わなかったの? その年なら自分の名前くらいは言えたんじゃない?」
「自分が貴族だという事はわかっていたが、帰る機会を逃していたし、冒険者暮らしが性に合っていた」
「まさか……わざと帰らなかったの!?」
「分家もいるし、私の事は既に亡くなったものとして処理されていると思っていた。犯罪に手を染めてはいなかったが、今さら顔を出しても迷惑だろうと思っていたんだが――」
ロクの父親が亡くなった。そこで初めてロクの死亡届が出されていない事と、自分が跡継ぎから外されていない事を知ったのだと言う。
「父は私が生きていると信じていた。『息子は必ず戻ってくるから』と言って、誰にも口を挟ませなかった」
「どうして亡くなったか、聞いても?」
「遠征中の事故だったと聞いている」
「お母さんは?」
「私を産んだあとずっと具合が悪く、一年ほどで亡くなったそうだ」
「そっか……」
「お前の家族は?」
「多分、元気にやってる。海外にいるから余り会わないけど、仲は悪くないよ」
ずっと離れて暮らしているから、異世界にきても余り違いは感じない。
寧ろ大学の出席日数の方が気に掛かる。
「お前を無事に親元に返さなくてはな」
そう言ってロクは俺に新しい服を着せた。
乾いた服はさらりとしていて気持ちが好かった。
「俺は貴族じゃないし、もう親元を出た人間だけど」
「それでも待っている人はいるだろう?」
待っている人なんていない。
俺の姿が見えなくなっても、みんな気にするのはきっと最初だけだ。
でもそれを言ってはいけない気がした。
「どうせなら、剣技の一つも身に付けてから帰ろうかな。異世界に行ってたって証拠がお菓子代だけだと情けないし、後で思い出せる物があった方が俺も忘れないし――」
「甘い味のする身体は?」
「……それを他の人と確認しろって?」
ロクに他意はないんだろうけど、やっぱり酷い事を言う。
「それなら忘れずに済むだろう?」
妙に切羽詰まった表情で言われて、俺は思わずロクに飛び付いて口を開いた。
直ぐに噛み付かれてガフガフと乱暴に口腔内を掻き回される。
この先誰とキスをしてもきっとこれを思い出す。
本当に酷い事をすると思う。
「今だけ、この場だけだからっ!」
俺はそれ以上何も望まないから、とより激しいキスと抱擁を求める。
耳を噛まれ、柔らかい首に歯を立てられ、噛み跡を残されて服を乱されて胸をべろりと舐められる。
喰われたっていいのに、ロクはそれ以上してくれない。
「……抱かないの?」
泣きそうな気持ちでそう聞いたら、帰るんだろうと言われた。
「お前を、無垢なまま帰すと誓った」
「そんな事、勝手に誓わないでよ……」
「だが何もしないとは言えなかった」
「良かった……」
俺は少しだけ目許を緩め、ロクの口に唇を押し付けた。
「俺は上手にあんたを誘惑する。きっとあんたは誓いを破るよ」
「私の誓いは固い」
「それでも負けるのはあんただ」
俺はにっこりと笑って、ロクの舌を深く吸い込んだ。
精一杯の強がりだったけど見破られないといい。
どれほど切実に、せめて身体だけでもと願っているのかバレないといい。
(俺はあんたの重荷にだけはならない)
胸の中でそう囁いて、ロクの頭をきつく抱き締めた。
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