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⑥酩酊する−1(R−15)
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俺の胸は苦しくても旅は順調に進んだ。
甘味は見つからないけど引っ越しネギが引っ越す条件はわかったし、歩き大根の歩く距離を制限する方法も見つけた。
俺ってば農家の開拓者とか呼ばれてるんだぜ~。
開拓者よりも探検家の方が良いんだけどさ。
「それで、今度は何を思い付いたんだ?」
もうお前のする事には驚かない、となんか覚悟を決めたような顔でロクに訊かれてニヤリと笑う。
「酒。あんた達は味をつけたり寝かせたりするって発想が無かったんだろ? 俺の世界では麦とか葡萄を発酵させてアルコールにして、樽に詰めて寝かせて匂いを付けたり味を深くしたりするんだ。こっちのはもうアルコールになっているから、後は何か漬けたりしたらどうかなって」
「何かって、甘くないものを漬けても甘くはならないだろう?」
「うん、だから俺が漬かったらどうかな?」
「……チヤ?」
あっ、物凄くこいつ馬鹿だろうって顔をしてる。
どうやって傷付けずに諦めさせようかって優しさまで発揮してる!
「言っておくけど、俺だって何も全身浸かろうなんて思ってないからな? 手を入れたり、一晩樽を抱いて寝たりしたら何か変わらないかなって思っただけだから!」
「手は……しかし味が薄いんじゃないのか?」
「でも口移しで飲ませる訳にはいかないし」
一人一人にそんな事をするなら、俺自身を食わせてるのと同じだ。何の解決にもならない。
俺は効率を考えたら無理だからって付け足したのに、ロクは何故か不機嫌で、まだそんな事を考えているのかと言った。
(まだってなに? 俺は一度もこっちの人たちに自分を食わせてやると言った事なんて無いんだけど)
「やらないって言ってるだろ? なんでそんな突っかかってくんだよ」
「思い付くという事は、検討しているという事だろう? お前の事だから、一人か二人は確かめるかもしれない」
「だからしないって!」
「甘い酒など……私ならごめんだがな」
(……ひでぇよ)
泣きたくなったけれど俺はグッと堪らえてロクを睨んだ。ここで負けたくない。
「俺もあんたに飲ませる気はない。試すのは……下でやってくる。宿屋から出なければいいんだろ?」
「一歩でも建物から出たら連れ戻す」
「好きにしろよ」
売り言葉に買い言葉、俺は酒なんてろくに飲めないのに一人で下の酒場に行った。
亭主に酒の入ったでっかいジョッキを二つ貰い、一つにはぽちゃんと指先を浸け、もう一つは俺がチビチビと飲む。
甘くない。蒸留酒をお茶で割ったようなそれはちっとも美味しくなかった。
「兄さん、相席をいいかい?」
獣人二人と人間一人のグループが俺に声を掛けてきた。
俺は混んでいるのに四人がけのテーブルを一人で使っているのが申し訳なくて、快く了承した。
「なあ、それは何のマジナイだ?」
この世界で一番多い犬型の獣人が、ジョッキの酒に指を浸けているのを見てそう訊いてきた。
「酒が美味しくなるオマジナイ。連れにお前の酒なんか飲めるかって言われて、美味しくしてんの」
「酷い連れだな。驕ってやるからもっと飲めよ」
励ますようにガチャンとジョッキを当てられたけど、ちっとも気分は上がらない。
酒は手持ち無沙汰で仕方なく飲んでいるだけだし、美味しくないし、ロクとキスをしないと口の中も甘くならないし。
(どうせ甘くしたってロクは喜ばないし、もう実験なんて止めようかな)
スンッと鼻を啜ったら犬の獣人が指を浸けていたジョッキを勝手に取り上げた。
「俺が代わりに飲んでやるよ!」
「あっ――」
なんだかロクの為の酒を横取りされたようで不快だった。
俺は思い切りぶすくれた顔をしたけど三人は意に介さず、酒を飲みながらキャアキャアとはしゃいでいる。
「おっ、本当にちょっと美味しい!? お前らも飲んでみろよ」
「担がれてんだろう? いや、美味しいかも!」
「え~、お前らは酒ならなんでもいいから――うん、美味いな!」
三人は俺の酒を回し飲みして、もう一回オマジナイをしてみてくれと俺の手を取った。
「やめ――」
甘い匂いが漏れてんのかも、と警戒して手を取り返したがその拍子にふらついてしまった。
座ったまま飲んでたんで気付かなかったけど、結構アルコールが回っていたみたいだ。
「大丈夫か? ちょっと休んだ方がいいな。俺らの部屋に行こう」
獣人に肩を抱かれてマズイなと思う。
俺は甘い匂いなんて出していない筈だけど、それでも彼らに関心を持たれている。
他の二人も俺を囲むように動いているし、もしかしたらこいつらは人攫いなのかもしれない。
「やだってぇ!」
グイッと手を突っ張ったんだけど、大して体格が良くも見えない犬型獣人の方が俺よりも力が強い。
なんせ俺は植物に負ける男だし、今は酔ってもいるしな。これは勝ち目がない。
それでもこの建物から連れ出されたら、ロクが察知してくれそうな気がするから大丈夫。呑気にそう思っていたんだけど、こいつらはここに宿を取っているみたいでそのまま部屋に連れ込まれそうになった。
「やだっ、平気っ! 帰るっ!」
「駄目だって、心配だから一緒にいようぜ」
犬型獣人に抱き竦められ、耳元や首筋の匂いをフンフンと嗅がれる。
(クソッ、なんで誰も助けてくれないんだよ!)
そのまま俺の服に手を突っ込もうとしてきた獣人の腕を別の手が伸びてきて掴んだ。
夜の海を思わせる漆黒の毛に包まれ、ムキッと筋肉が膨らんで腕一本で剣呑な気配を漂わせているのは――。
「ロクぅ?」
涙目で見上げたら男が吹っ飛んだ。
甘味は見つからないけど引っ越しネギが引っ越す条件はわかったし、歩き大根の歩く距離を制限する方法も見つけた。
俺ってば農家の開拓者とか呼ばれてるんだぜ~。
開拓者よりも探検家の方が良いんだけどさ。
「それで、今度は何を思い付いたんだ?」
もうお前のする事には驚かない、となんか覚悟を決めたような顔でロクに訊かれてニヤリと笑う。
「酒。あんた達は味をつけたり寝かせたりするって発想が無かったんだろ? 俺の世界では麦とか葡萄を発酵させてアルコールにして、樽に詰めて寝かせて匂いを付けたり味を深くしたりするんだ。こっちのはもうアルコールになっているから、後は何か漬けたりしたらどうかなって」
「何かって、甘くないものを漬けても甘くはならないだろう?」
「うん、だから俺が漬かったらどうかな?」
「……チヤ?」
あっ、物凄くこいつ馬鹿だろうって顔をしてる。
どうやって傷付けずに諦めさせようかって優しさまで発揮してる!
「言っておくけど、俺だって何も全身浸かろうなんて思ってないからな? 手を入れたり、一晩樽を抱いて寝たりしたら何か変わらないかなって思っただけだから!」
「手は……しかし味が薄いんじゃないのか?」
「でも口移しで飲ませる訳にはいかないし」
一人一人にそんな事をするなら、俺自身を食わせてるのと同じだ。何の解決にもならない。
俺は効率を考えたら無理だからって付け足したのに、ロクは何故か不機嫌で、まだそんな事を考えているのかと言った。
(まだってなに? 俺は一度もこっちの人たちに自分を食わせてやると言った事なんて無いんだけど)
「やらないって言ってるだろ? なんでそんな突っかかってくんだよ」
「思い付くという事は、検討しているという事だろう? お前の事だから、一人か二人は確かめるかもしれない」
「だからしないって!」
「甘い酒など……私ならごめんだがな」
(……ひでぇよ)
泣きたくなったけれど俺はグッと堪らえてロクを睨んだ。ここで負けたくない。
「俺もあんたに飲ませる気はない。試すのは……下でやってくる。宿屋から出なければいいんだろ?」
「一歩でも建物から出たら連れ戻す」
「好きにしろよ」
売り言葉に買い言葉、俺は酒なんてろくに飲めないのに一人で下の酒場に行った。
亭主に酒の入ったでっかいジョッキを二つ貰い、一つにはぽちゃんと指先を浸け、もう一つは俺がチビチビと飲む。
甘くない。蒸留酒をお茶で割ったようなそれはちっとも美味しくなかった。
「兄さん、相席をいいかい?」
獣人二人と人間一人のグループが俺に声を掛けてきた。
俺は混んでいるのに四人がけのテーブルを一人で使っているのが申し訳なくて、快く了承した。
「なあ、それは何のマジナイだ?」
この世界で一番多い犬型の獣人が、ジョッキの酒に指を浸けているのを見てそう訊いてきた。
「酒が美味しくなるオマジナイ。連れにお前の酒なんか飲めるかって言われて、美味しくしてんの」
「酷い連れだな。驕ってやるからもっと飲めよ」
励ますようにガチャンとジョッキを当てられたけど、ちっとも気分は上がらない。
酒は手持ち無沙汰で仕方なく飲んでいるだけだし、美味しくないし、ロクとキスをしないと口の中も甘くならないし。
(どうせ甘くしたってロクは喜ばないし、もう実験なんて止めようかな)
スンッと鼻を啜ったら犬の獣人が指を浸けていたジョッキを勝手に取り上げた。
「俺が代わりに飲んでやるよ!」
「あっ――」
なんだかロクの為の酒を横取りされたようで不快だった。
俺は思い切りぶすくれた顔をしたけど三人は意に介さず、酒を飲みながらキャアキャアとはしゃいでいる。
「おっ、本当にちょっと美味しい!? お前らも飲んでみろよ」
「担がれてんだろう? いや、美味しいかも!」
「え~、お前らは酒ならなんでもいいから――うん、美味いな!」
三人は俺の酒を回し飲みして、もう一回オマジナイをしてみてくれと俺の手を取った。
「やめ――」
甘い匂いが漏れてんのかも、と警戒して手を取り返したがその拍子にふらついてしまった。
座ったまま飲んでたんで気付かなかったけど、結構アルコールが回っていたみたいだ。
「大丈夫か? ちょっと休んだ方がいいな。俺らの部屋に行こう」
獣人に肩を抱かれてマズイなと思う。
俺は甘い匂いなんて出していない筈だけど、それでも彼らに関心を持たれている。
他の二人も俺を囲むように動いているし、もしかしたらこいつらは人攫いなのかもしれない。
「やだってぇ!」
グイッと手を突っ張ったんだけど、大して体格が良くも見えない犬型獣人の方が俺よりも力が強い。
なんせ俺は植物に負ける男だし、今は酔ってもいるしな。これは勝ち目がない。
それでもこの建物から連れ出されたら、ロクが察知してくれそうな気がするから大丈夫。呑気にそう思っていたんだけど、こいつらはここに宿を取っているみたいでそのまま部屋に連れ込まれそうになった。
「やだっ、平気っ! 帰るっ!」
「駄目だって、心配だから一緒にいようぜ」
犬型獣人に抱き竦められ、耳元や首筋の匂いをフンフンと嗅がれる。
(クソッ、なんで誰も助けてくれないんだよ!)
そのまま俺の服に手を突っ込もうとしてきた獣人の腕を別の手が伸びてきて掴んだ。
夜の海を思わせる漆黒の毛に包まれ、ムキッと筋肉が膨らんで腕一本で剣呑な気配を漂わせているのは――。
「ロクぅ?」
涙目で見上げたら男が吹っ飛んだ。
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