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③八つ当たり−2
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「俺のおやつぅ……」
苺ショートの妄想をしようと思っていた俺は、当てが外れてホロホロと涙を零した。
もうずっと糖分を摂っていない。
砂糖の入った飲み物すら飲んでいない。
生クリーム、スポンジ、カフェラテ……当たり前にあった日常を返してくれ。
ヒックヒックとベッドの中で泣いていたら不憫に思ったのか、ロクが恐る恐る近付いてきてそんなに辛いかと訊いた。
「辛いよッ! 食べ慣れたものが一個も無いんだもん、ちょっと口くらい吸わせてくれたっていいじゃんんん~」
わーんと派手に泣いたら、ロクが右斜め上を見て、左斜め上を見て、それから俺に視線を落として溜め息を吐いた。
「キスだけだぞ」
「当たり前じゃん。俺は食いたいだけだもん」
それ以外の事なんて求めていない。わかったらとっとと提供しろ。
そう脅すように言ったらロクがでかい牙の隙間から、ちょろりと長い舌を伸ばした。
(うわ、人を騙す悪い黒豹みたい)
そんな失礼なことを思いながらロクの舌にチュッと口付けてからツルンと先を飲み込んだ。
俺はヌルヌル、ザラザラとした生々しい感触にちょっとだけ怯んだけど、目を閉じてショートケーキを思い浮かべる。
赤い苺の載ったショートケーキ。出来ればワンホールを丸ごと。真ん中からさっくりとフォークで掬って口いっぱいに頬張る。
(ン……おいし。でも、感触はやっぱり生温かくてぬるりとしたソレだよねぇ……)
俺は美味しいんだけど生々しい感触に頭が混乱してくる。
美味しいんだけど、美味しいんだけど……。
「っ! もういいだろうっ!」
肩をグイッと掴まれて身体を遠ざけられ、俺は口の端から飲み零したものを滴らせつつ目をパチパチと瞬いた。
力尽くで強引に取り上げられたのに吃驚して、それから拒否られたと感じて凄く恥ずかしくなった。
「ごめん。嫌な事をさせて、ごめん……」
(幾ら甘い物に餓えていたからって、なんてことをさせてんだよ。俺は部下にセクハラをするジジイかよ!)
正気に返ったら酷く恥ずかしくなった。
俺は多分、ロクに八つ当たりをしていたんだ。
自分だけが可哀想だと思って、なんでこんな目に遭うんだって腹を立てて、誰かを踏み付けにしたっていいじゃないか、俺のやりたいようにするんだって我が侭を通した。
ロクが俺に負い目を感じているのを知っていたから……。
「ごめん、なさい」
ボロボロと泣いたらロクが慌てた。
「別に怒ってはいない!」
フシューッと口の脇から息を吹き出す様子はどう見ても怒っているようにしか見えない。
「怒られてもしようがないんだけどさ、自分が情けなくて……」
「だから怒ってはいない! ただ俺はっ……お前が、」
言葉を探して四苦八苦するロクはとても困っているように見えた。
困らせている、と思ったら背骨に芯が入ったようにしゃんと伸びて、俺は目を腕で擦って涙を拭った。
「ごめん。もう無茶は言わない。これからはあんたに迷惑を掛けないようにする」
「迷惑、ではない」
「いや、迷惑だろう」
ハハッと笑ったら真面目な顔で迷惑ではないと繰り返された。
(ハァ、本当に良い奴だよな。侯爵なのに偉ぶらないし、甘い匂いが苦手なのに我慢して俺に付き合ってくれるし)
ここは俺がしっかりと反省して、もう二度と迷惑を掛けないようにしなければと思った。
思ったんだけど、夕食にビーフシチューみたいな濃厚でスパイシーな煮込み料理を食べて、デザートはさっぱりとしたシャーベットだと嬉しいよな、桃のグラニテにミントの葉っぱが載ってるとスースーして美味しそうだ……なんて考えていたら俺の身体から甘い水蜜桃の香りが漂い出して、近くに座っていた獣人たちが一斉に俺の方を見たんだ。
「チヤ、引っ込めろ!」
「えっと、ヘイッ!」
俺はキュッと両拳を握り締め、身体に力を入れたらプッとおならが出てしまった。
「ふぁっ!? ごめんなさ――」
「いいから部屋に戻るぞ!」
ロクに脇に抱えられて階段を駆け上り、借りている部屋に飛び込んでバタンと扉を閉めた。
俺は恥ずかしくてカッカと熱い顔を上げられないでいたんだけど、ロクがワッハッハと吠えるように笑い出したので唖然としてしまった。
「ろ、ロク?」
「誰もが食いたくなるような匂いを出しておいて、最後っ屁をかますとは……ククク、お前は面白いな」
「俺は面白くないっ!」
「お前、本当に人間か?」
「人間だよっ!」
ロクみたいに立派な爪も牙も毛皮もない、ただのツルツルした人間ですよ!
「そうだな、お前みたいに面白いのは獣人でも見たことがない」
ちょっとちょっと、俺ってば芸人枠?
「これからもその調子で頼む」
「その調子ってどの調子だよっ!」
俺はそう言い返したけれど、さっきまでの気不味い空気が無くなっていたのでホッとしていた。
恥ずかしかったけど、ロクが笑ってくれたので結果オーライだ。
(でも次からは人前で想像しないように気を付けよう。するなら一人きりで、鍵の掛かる場所でだ)
俺はそう硬く決意し、甘みの全く無いお茶で喉を潤してからベッドに入った。
(そう言えば、周りの人はアルコールを飲んでいたようだけど、アルコールって糖分がないと作れないんじゃなかったっけ? 明日、確認してみよう)
俺は一先ずする事が決まって、安らかな気持ちで眠りに就くことが出来た。
苺ショートの妄想をしようと思っていた俺は、当てが外れてホロホロと涙を零した。
もうずっと糖分を摂っていない。
砂糖の入った飲み物すら飲んでいない。
生クリーム、スポンジ、カフェラテ……当たり前にあった日常を返してくれ。
ヒックヒックとベッドの中で泣いていたら不憫に思ったのか、ロクが恐る恐る近付いてきてそんなに辛いかと訊いた。
「辛いよッ! 食べ慣れたものが一個も無いんだもん、ちょっと口くらい吸わせてくれたっていいじゃんんん~」
わーんと派手に泣いたら、ロクが右斜め上を見て、左斜め上を見て、それから俺に視線を落として溜め息を吐いた。
「キスだけだぞ」
「当たり前じゃん。俺は食いたいだけだもん」
それ以外の事なんて求めていない。わかったらとっとと提供しろ。
そう脅すように言ったらロクがでかい牙の隙間から、ちょろりと長い舌を伸ばした。
(うわ、人を騙す悪い黒豹みたい)
そんな失礼なことを思いながらロクの舌にチュッと口付けてからツルンと先を飲み込んだ。
俺はヌルヌル、ザラザラとした生々しい感触にちょっとだけ怯んだけど、目を閉じてショートケーキを思い浮かべる。
赤い苺の載ったショートケーキ。出来ればワンホールを丸ごと。真ん中からさっくりとフォークで掬って口いっぱいに頬張る。
(ン……おいし。でも、感触はやっぱり生温かくてぬるりとしたソレだよねぇ……)
俺は美味しいんだけど生々しい感触に頭が混乱してくる。
美味しいんだけど、美味しいんだけど……。
「っ! もういいだろうっ!」
肩をグイッと掴まれて身体を遠ざけられ、俺は口の端から飲み零したものを滴らせつつ目をパチパチと瞬いた。
力尽くで強引に取り上げられたのに吃驚して、それから拒否られたと感じて凄く恥ずかしくなった。
「ごめん。嫌な事をさせて、ごめん……」
(幾ら甘い物に餓えていたからって、なんてことをさせてんだよ。俺は部下にセクハラをするジジイかよ!)
正気に返ったら酷く恥ずかしくなった。
俺は多分、ロクに八つ当たりをしていたんだ。
自分だけが可哀想だと思って、なんでこんな目に遭うんだって腹を立てて、誰かを踏み付けにしたっていいじゃないか、俺のやりたいようにするんだって我が侭を通した。
ロクが俺に負い目を感じているのを知っていたから……。
「ごめん、なさい」
ボロボロと泣いたらロクが慌てた。
「別に怒ってはいない!」
フシューッと口の脇から息を吹き出す様子はどう見ても怒っているようにしか見えない。
「怒られてもしようがないんだけどさ、自分が情けなくて……」
「だから怒ってはいない! ただ俺はっ……お前が、」
言葉を探して四苦八苦するロクはとても困っているように見えた。
困らせている、と思ったら背骨に芯が入ったようにしゃんと伸びて、俺は目を腕で擦って涙を拭った。
「ごめん。もう無茶は言わない。これからはあんたに迷惑を掛けないようにする」
「迷惑、ではない」
「いや、迷惑だろう」
ハハッと笑ったら真面目な顔で迷惑ではないと繰り返された。
(ハァ、本当に良い奴だよな。侯爵なのに偉ぶらないし、甘い匂いが苦手なのに我慢して俺に付き合ってくれるし)
ここは俺がしっかりと反省して、もう二度と迷惑を掛けないようにしなければと思った。
思ったんだけど、夕食にビーフシチューみたいな濃厚でスパイシーな煮込み料理を食べて、デザートはさっぱりとしたシャーベットだと嬉しいよな、桃のグラニテにミントの葉っぱが載ってるとスースーして美味しそうだ……なんて考えていたら俺の身体から甘い水蜜桃の香りが漂い出して、近くに座っていた獣人たちが一斉に俺の方を見たんだ。
「チヤ、引っ込めろ!」
「えっと、ヘイッ!」
俺はキュッと両拳を握り締め、身体に力を入れたらプッとおならが出てしまった。
「ふぁっ!? ごめんなさ――」
「いいから部屋に戻るぞ!」
ロクに脇に抱えられて階段を駆け上り、借りている部屋に飛び込んでバタンと扉を閉めた。
俺は恥ずかしくてカッカと熱い顔を上げられないでいたんだけど、ロクがワッハッハと吠えるように笑い出したので唖然としてしまった。
「ろ、ロク?」
「誰もが食いたくなるような匂いを出しておいて、最後っ屁をかますとは……ククク、お前は面白いな」
「俺は面白くないっ!」
「お前、本当に人間か?」
「人間だよっ!」
ロクみたいに立派な爪も牙も毛皮もない、ただのツルツルした人間ですよ!
「そうだな、お前みたいに面白いのは獣人でも見たことがない」
ちょっとちょっと、俺ってば芸人枠?
「これからもその調子で頼む」
「その調子ってどの調子だよっ!」
俺はそう言い返したけれど、さっきまでの気不味い空気が無くなっていたのでホッとしていた。
恥ずかしかったけど、ロクが笑ってくれたので結果オーライだ。
(でも次からは人前で想像しないように気を付けよう。するなら一人きりで、鍵の掛かる場所でだ)
俺はそう硬く決意し、甘みの全く無いお茶で喉を潤してからベッドに入った。
(そう言えば、周りの人はアルコールを飲んでいたようだけど、アルコールって糖分がないと作れないんじゃなかったっけ? 明日、確認してみよう)
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