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③八つ当たり−1
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俺たちは支度を調えるとひっそりと城を出た。
ロクサーン侯爵は一人で動くのにも慣れた様子で、行動に躊躇いはなく動きは迅速だった。
「まずは私の領地に向かうのでも構わないか?」
「いいよ。俺には土地勘もアテもないし、ロクサーン侯爵に任せる」
「ロクでいい。外でロクサーン侯爵などと呼ばれては困る」
「じゃあ俺の事もチヤでいいよ。身内にはそう呼ばれてるから」
「チヤ……女みたいだな」
「放っといてよ」
どうせこちら風の名前じゃないんだから、何を言われても気にする事はない。
でもちょっと引っ掛かってしまうのは、こっちの獣人たちに比べて自分が余りにも貧弱だと自覚しているからだ。
人種が違うんだから仕方がないって言い聞かせても、服の上からも筋肉の躍動がわかるはち切れそうな体躯は圧倒される。素直に凄いなって感心してしまう。
「……済まない。私の名前も女のようだとからかわれてきたから、つい重ねてしまった」
「ロクサーン?」
「ベルモント。渾名はベルだった」
「ベル……確かに可愛いね」
夜を代表するような黒い豹型獣人が呼ばれるには可愛過ぎる呼び名だ。
でも子供の頃は似合っていたのかもしれない。
「馬鹿にして呼ぶのは駄目だけどさ、子供を可愛がって愛称で呼ぶのは良いんじゃない? 俺はね、もっと小さい頃は『ちぃちゃん』って呼ばれてたよ」
小さいからちぃちゃん。一哉だからちぃちゃん。単純だけれど、幼児に向かって幼児語で話しかけるようなものだろう。
「フッ。そちらの方が似合うのではないか?」
「勘弁してよ」
ロクは意外とお茶目さんだな。それとも城を出て少し開放的になっているのかな?
「ロクは侯爵なのに、庶民に混じって働いていたの?」
「ああ。ちょっと訳アリで、二十代前半まで冒険者をしていた」
「冒険者!」
確かこの世界に魔物はいない筈だけれど、動物が魔物並みに獰猛で退治する仕事があるのだと言っていた。
それからジャングルとか荒野とか、人の住まないような奥地に出掛けて行って鉱物や珍しい薬草を採取して来るのも冒険者の仕事だった。
「じゃあ、お城に勤めてまだ数年って事?」
「そろそろ七年になる」
それが長いのか短いのか、ロクじゃない俺にはわからなかった。
「あ、だったら前の召喚者を知ってる? どんな人が来て、何を置いていった?」
ふと思いついてそう訊ねたら、アッサリと首を横に振られた。
「前の時はまだ城内の仕事を覚えるのに精一杯で、召喚に関わるような余裕はなかった」
「今は余裕なんだ?」
「まあな」
ロクの短い答えっぷりから自信が感じられ、彼は城でもそれなりの地位に就いているのかもしれないと思った。
そう言えば俺はつい気安く口を利くようになっていたけど、最初は余りの迫力にビビりまくりだったっけ。
見たことの無い人は、黒豹を大きな猫のようなものだと思うかもしれない。でも実物は全然違う。ぬいぐるみと人喰いの獣くらい違う。
(武官とか、軍部の偉い人だったりするのかなぁ)
でも知ってしまったらこれまで通りに接するのが難しそうだから、訊ねるのは止めておこう。
「えーと、領地には真っ直ぐに行くの? どれくらいで着く?」
俺はわかりやすく話題を変えた。
それでもロクは真面目なのでちゃんと答えてくれる。
「真っ直ぐに行けば馬車で一週間ほどだが、視察や探しものを兼ねて行くなら三、四週間はかかるか」
「馬車……」
「天馬で行くならグッと縮められるが、それでは意味がないだろう?」
「天馬……」
「何か不安か?」
それは勿論、俺が揺れる乗り物に乗り慣れないのと、空を飛ぶ馬に乗ったことがないのが不安ですよ。
「えーと……慣れるまで、歩いて行っちゃ駄目?」
「構わないが、途中で動けなくなったら勝手に運ぶぞ?」
「そこまで軟弱じゃないよ」
幾ら俺だって、十キロや二十キロは歩けるのだから……と言ったが直ぐに後悔する事になった。
まあ脚の長さと体力が違うよね。うん。
「糖分が無いから頑張れないんだ……」
「こら、私が抱えている時に匂いを出すなよ?」
「ケチ。ちょっとくらい良いじゃん」
「駄目だ。我慢しろ」
喉の奥でグルグルと唸られ、俺は仕方なく想像するのを止めた。
子供のように片腕に抱かれて運ばれている最中では、言うことを聞くしか無い。
(その代わり、宿に着いたらちょっとだけ食べさせて貰おうかな)
きっと激しく抵抗されるだろうけど、下手したら罵られて嫌な目で見られるだろうけど、でも我慢できないんだもん。
物凄く甘いと知ってるのに、しかもロクなら安全だとわかってるのに、やっちゃいけない?
どうして?
(あれはキスじゃなくておやつだから。甘い物だから。食べ物だから)
俺は自分にそう言い聞かせる。
男にキスを強請るのは恥ずかしいけれど、背に腹は代えられない。
俺は甘い物を食べたい。
でも俺が甘味~、甘味~って目を血走らせていたら、鼻の良い獣人は甘い匂いを嗅ぎ取って素早く俺から離れてしまった。
「外までは匂いが洩れないと思うが、念の為に窓は閉めておいてくれ」
そう言ってさっさと部屋を出て行くロクを引き止める事も出来なかった。
ロクサーン侯爵は一人で動くのにも慣れた様子で、行動に躊躇いはなく動きは迅速だった。
「まずは私の領地に向かうのでも構わないか?」
「いいよ。俺には土地勘もアテもないし、ロクサーン侯爵に任せる」
「ロクでいい。外でロクサーン侯爵などと呼ばれては困る」
「じゃあ俺の事もチヤでいいよ。身内にはそう呼ばれてるから」
「チヤ……女みたいだな」
「放っといてよ」
どうせこちら風の名前じゃないんだから、何を言われても気にする事はない。
でもちょっと引っ掛かってしまうのは、こっちの獣人たちに比べて自分が余りにも貧弱だと自覚しているからだ。
人種が違うんだから仕方がないって言い聞かせても、服の上からも筋肉の躍動がわかるはち切れそうな体躯は圧倒される。素直に凄いなって感心してしまう。
「……済まない。私の名前も女のようだとからかわれてきたから、つい重ねてしまった」
「ロクサーン?」
「ベルモント。渾名はベルだった」
「ベル……確かに可愛いね」
夜を代表するような黒い豹型獣人が呼ばれるには可愛過ぎる呼び名だ。
でも子供の頃は似合っていたのかもしれない。
「馬鹿にして呼ぶのは駄目だけどさ、子供を可愛がって愛称で呼ぶのは良いんじゃない? 俺はね、もっと小さい頃は『ちぃちゃん』って呼ばれてたよ」
小さいからちぃちゃん。一哉だからちぃちゃん。単純だけれど、幼児に向かって幼児語で話しかけるようなものだろう。
「フッ。そちらの方が似合うのではないか?」
「勘弁してよ」
ロクは意外とお茶目さんだな。それとも城を出て少し開放的になっているのかな?
「ロクは侯爵なのに、庶民に混じって働いていたの?」
「ああ。ちょっと訳アリで、二十代前半まで冒険者をしていた」
「冒険者!」
確かこの世界に魔物はいない筈だけれど、動物が魔物並みに獰猛で退治する仕事があるのだと言っていた。
それからジャングルとか荒野とか、人の住まないような奥地に出掛けて行って鉱物や珍しい薬草を採取して来るのも冒険者の仕事だった。
「じゃあ、お城に勤めてまだ数年って事?」
「そろそろ七年になる」
それが長いのか短いのか、ロクじゃない俺にはわからなかった。
「あ、だったら前の召喚者を知ってる? どんな人が来て、何を置いていった?」
ふと思いついてそう訊ねたら、アッサリと首を横に振られた。
「前の時はまだ城内の仕事を覚えるのに精一杯で、召喚に関わるような余裕はなかった」
「今は余裕なんだ?」
「まあな」
ロクの短い答えっぷりから自信が感じられ、彼は城でもそれなりの地位に就いているのかもしれないと思った。
そう言えば俺はつい気安く口を利くようになっていたけど、最初は余りの迫力にビビりまくりだったっけ。
見たことの無い人は、黒豹を大きな猫のようなものだと思うかもしれない。でも実物は全然違う。ぬいぐるみと人喰いの獣くらい違う。
(武官とか、軍部の偉い人だったりするのかなぁ)
でも知ってしまったらこれまで通りに接するのが難しそうだから、訊ねるのは止めておこう。
「えーと、領地には真っ直ぐに行くの? どれくらいで着く?」
俺はわかりやすく話題を変えた。
それでもロクは真面目なのでちゃんと答えてくれる。
「真っ直ぐに行けば馬車で一週間ほどだが、視察や探しものを兼ねて行くなら三、四週間はかかるか」
「馬車……」
「天馬で行くならグッと縮められるが、それでは意味がないだろう?」
「天馬……」
「何か不安か?」
それは勿論、俺が揺れる乗り物に乗り慣れないのと、空を飛ぶ馬に乗ったことがないのが不安ですよ。
「えーと……慣れるまで、歩いて行っちゃ駄目?」
「構わないが、途中で動けなくなったら勝手に運ぶぞ?」
「そこまで軟弱じゃないよ」
幾ら俺だって、十キロや二十キロは歩けるのだから……と言ったが直ぐに後悔する事になった。
まあ脚の長さと体力が違うよね。うん。
「糖分が無いから頑張れないんだ……」
「こら、私が抱えている時に匂いを出すなよ?」
「ケチ。ちょっとくらい良いじゃん」
「駄目だ。我慢しろ」
喉の奥でグルグルと唸られ、俺は仕方なく想像するのを止めた。
子供のように片腕に抱かれて運ばれている最中では、言うことを聞くしか無い。
(その代わり、宿に着いたらちょっとだけ食べさせて貰おうかな)
きっと激しく抵抗されるだろうけど、下手したら罵られて嫌な目で見られるだろうけど、でも我慢できないんだもん。
物凄く甘いと知ってるのに、しかもロクなら安全だとわかってるのに、やっちゃいけない?
どうして?
(あれはキスじゃなくておやつだから。甘い物だから。食べ物だから)
俺は自分にそう言い聞かせる。
男にキスを強請るのは恥ずかしいけれど、背に腹は代えられない。
俺は甘い物を食べたい。
でも俺が甘味~、甘味~って目を血走らせていたら、鼻の良い獣人は甘い匂いを嗅ぎ取って素早く俺から離れてしまった。
「外までは匂いが洩れないと思うが、念の為に窓は閉めておいてくれ」
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