1 / 194
①甘味が無い!−1
しおりを挟む
甘いものが病的に好きなのは多分、遺伝だ。
お祖父ちゃんがおはぎを食べながら日本酒を呑むような人だったと聞いている。
俺は酒はそんなに飲めないけど甘いものなら幾らでも食べられる大の甘党で、食事は我慢できても毎食のデザートは欠かせない。
だから異世界に召喚されたと告げられた時よりも、獣の顔をした獣人に囲まれた時よりも、この世界には甘味が存在しないと聞かされた時の方がショックだった。
殆ど打ちのめされたと言ってもいい。
「嘘だろっ!? ケーキもあんこもゼリーもプリンも無いのか!?」
「けーき? それは異界の食べ物か?」
朴訥そうな牧羊犬の獣人に聞かれて俺はコクコクと頷いた。
「ふわふわしたクリームが乗っていて、洋酒を含んでしっとりとしたスポンジ生地と一緒に食べると蕩けるようで、酸味のあるフルーツや香りの良いナッツがアクセントになっていると幾らでも食べられちゃいます」
「それは美味そうだな」
ごくりと喉を鳴らした獣人に、俺はそうです美味しいんですと答えた。
「だがそのような食べ物は存在しない。そもそも甘味が殆ど無いのだ」
「えっ? えっ? どういう事? 意味がわかりません」
俺は途方に暮れて縋るように訊ねた。
そんな俺を見て獣人が同情するように言った。
「この世界で採れる食物には、ほぼ甘味成分が含まれていない。従って “砂糖” という甘味だけを抜き集めた食物は存在しないのだよ」
「っ!」
俺は倒れそうになった。
砂糖が存在しない? 甘味がほぼ含まれていないって、果物とか糖度の高い野菜も無いってこと?
そんなの、そんなの……。
「死んでいるのも同然じゃ無いかよ~っ!」
俺は思い切り叫んで髪を掻き毟った。
***
そもそも一介の大学生である俺・柚木一哉がどうして異世界になんて転移したのかと言うと、こっちの人達に召喚されたからだ。
こちらの世界では甘味が手に入らない。ならば他の世界からお取り寄せをしよう、という事で数年に一度だけ異世界から召喚して甘味を手に入れてきた。
人物の召喚しか出来ないので、“甘味を持っている人” を呼び出して対価と交換にその甘味を譲って貰う。
召喚は一種の契約なので、甘味と対価の交換さえ成ればちゃんと元の世界に帰ることが出来る。それで俺も呑気に構えていたんだけど……俺は持っていたコンビニの袋ごとお菓子を渡しても帰ることが出来なかった。
「対価が不足だったのでは?」
そう言われて眩い金貨を積み足されたけれど、そもそも板チョコやら駄菓子に金貨なんて貰えないよ。
俺は慌てて辞退した。
「では他に甘味を隠し持っているのでは……」
「今はそれで全部ですっ!」
そう言って証拠を見せようと上着やズボンのポケットを引っ繰り返したら、キャラメルの包みがポロポロと出てきて俺の顔が赤くなった。
否、隠してた訳じゃなくって、口寂しい時に摘むように持ってただけだし。
「えっと、それで本当に全部です」
俺はキャラメルも残さず渡したけれど、それでも帰ることは出来なかった。
「こんな事は前代未聞だ! 一哉殿、なんとしても原因を究明するので、暫く時間を貰えないだろうか?」
「はい、それは――宜しくお願いします」
一方的に呼び出された俺は思うところもないではなかったけど、そう言うしかなかった。
だって完全にアウェイだし、獣の顔をした獣人たちは二足歩行だけれど筋肉モリモリでめっちゃ強そうだし。
人間に見える人たちも、よく見たら瞳孔が縦長だったり爪が長かったりする。
恐る恐る聞いたら獣人と人間の混血化が進んでいて、もうどちらも純血種は殆どいないんだって。
つまり人間なら俺の味方だろうなんて単純な思い込みは危険だって事だ。
「城内には召喚者を傷付ける者はいないし、自由に過ごして貰って構わない。不足するものがあれば侍女に言ってくれ」
そう言って牧羊犬――モリスさんは賓客扱いをしてくれたけど、原因を突き止める為に色々な実験にも付き合わされた。
身体を見られた時は恥ずかしかったし、女性の研究者がこっそりと『ツルツルなのはちょっと引くわね。男はやっぱりモサモサしてないと』と笑っているのを聞いて傷付きもした。
畜生、俺の国では男も脱毛をするってのに。
俺は余り生えないけれど、髭だって毎日わざわざ剃っているのに。
“ツルツルはダメ”
その価値観は割りと根強く俺の中に刷り込まれた。
お祖父ちゃんがおはぎを食べながら日本酒を呑むような人だったと聞いている。
俺は酒はそんなに飲めないけど甘いものなら幾らでも食べられる大の甘党で、食事は我慢できても毎食のデザートは欠かせない。
だから異世界に召喚されたと告げられた時よりも、獣の顔をした獣人に囲まれた時よりも、この世界には甘味が存在しないと聞かされた時の方がショックだった。
殆ど打ちのめされたと言ってもいい。
「嘘だろっ!? ケーキもあんこもゼリーもプリンも無いのか!?」
「けーき? それは異界の食べ物か?」
朴訥そうな牧羊犬の獣人に聞かれて俺はコクコクと頷いた。
「ふわふわしたクリームが乗っていて、洋酒を含んでしっとりとしたスポンジ生地と一緒に食べると蕩けるようで、酸味のあるフルーツや香りの良いナッツがアクセントになっていると幾らでも食べられちゃいます」
「それは美味そうだな」
ごくりと喉を鳴らした獣人に、俺はそうです美味しいんですと答えた。
「だがそのような食べ物は存在しない。そもそも甘味が殆ど無いのだ」
「えっ? えっ? どういう事? 意味がわかりません」
俺は途方に暮れて縋るように訊ねた。
そんな俺を見て獣人が同情するように言った。
「この世界で採れる食物には、ほぼ甘味成分が含まれていない。従って “砂糖” という甘味だけを抜き集めた食物は存在しないのだよ」
「っ!」
俺は倒れそうになった。
砂糖が存在しない? 甘味がほぼ含まれていないって、果物とか糖度の高い野菜も無いってこと?
そんなの、そんなの……。
「死んでいるのも同然じゃ無いかよ~っ!」
俺は思い切り叫んで髪を掻き毟った。
***
そもそも一介の大学生である俺・柚木一哉がどうして異世界になんて転移したのかと言うと、こっちの人達に召喚されたからだ。
こちらの世界では甘味が手に入らない。ならば他の世界からお取り寄せをしよう、という事で数年に一度だけ異世界から召喚して甘味を手に入れてきた。
人物の召喚しか出来ないので、“甘味を持っている人” を呼び出して対価と交換にその甘味を譲って貰う。
召喚は一種の契約なので、甘味と対価の交換さえ成ればちゃんと元の世界に帰ることが出来る。それで俺も呑気に構えていたんだけど……俺は持っていたコンビニの袋ごとお菓子を渡しても帰ることが出来なかった。
「対価が不足だったのでは?」
そう言われて眩い金貨を積み足されたけれど、そもそも板チョコやら駄菓子に金貨なんて貰えないよ。
俺は慌てて辞退した。
「では他に甘味を隠し持っているのでは……」
「今はそれで全部ですっ!」
そう言って証拠を見せようと上着やズボンのポケットを引っ繰り返したら、キャラメルの包みがポロポロと出てきて俺の顔が赤くなった。
否、隠してた訳じゃなくって、口寂しい時に摘むように持ってただけだし。
「えっと、それで本当に全部です」
俺はキャラメルも残さず渡したけれど、それでも帰ることは出来なかった。
「こんな事は前代未聞だ! 一哉殿、なんとしても原因を究明するので、暫く時間を貰えないだろうか?」
「はい、それは――宜しくお願いします」
一方的に呼び出された俺は思うところもないではなかったけど、そう言うしかなかった。
だって完全にアウェイだし、獣の顔をした獣人たちは二足歩行だけれど筋肉モリモリでめっちゃ強そうだし。
人間に見える人たちも、よく見たら瞳孔が縦長だったり爪が長かったりする。
恐る恐る聞いたら獣人と人間の混血化が進んでいて、もうどちらも純血種は殆どいないんだって。
つまり人間なら俺の味方だろうなんて単純な思い込みは危険だって事だ。
「城内には召喚者を傷付ける者はいないし、自由に過ごして貰って構わない。不足するものがあれば侍女に言ってくれ」
そう言って牧羊犬――モリスさんは賓客扱いをしてくれたけど、原因を突き止める為に色々な実験にも付き合わされた。
身体を見られた時は恥ずかしかったし、女性の研究者がこっそりと『ツルツルなのはちょっと引くわね。男はやっぱりモサモサしてないと』と笑っているのを聞いて傷付きもした。
畜生、俺の国では男も脱毛をするってのに。
俺は余り生えないけれど、髭だって毎日わざわざ剃っているのに。
“ツルツルはダメ”
その価値観は割りと根強く俺の中に刷り込まれた。
0
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-
ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。
断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。
彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。
通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。
お惣菜お安いですよ?いかがです?
物語はまったり、のんびりと進みます。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい
空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる