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㉓背負われて泣く−2

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「あ、初めての時はナカが熱を持って腫れて辛いから、薬を塗った人参を挿れるといいですよ」
「……人参?」
「人参で男根を模したものを濡れた紙に包み、火鉢の灰に埋めて温めておくんです。それに薬を塗って挿れると楽になるんですよ」
「……そんなこと、出来ない」
「でも散々突っ込まれた後の痒みは相当ですから」
「……済まなかった」
 三津弥に嫌味を言われているとやっと気付いた蓮治が溜め息を吐きながら謝った。
 信乃が酷い目に遭って初めて自分のした非道振りに気付く辺りが腹立たしい、と思ったが三津弥もいつまでも恨みがましい気持ちを持ち続けるような人柄ではないので矛を収めた。

「人参の事は冗談ですが、お薬は塗ってあげて下さい。そこが疼いたらいつまでも忘れられませんから」
「ありがとう」
 なんてまぁ心の籠もったありがとうだろう、と思いながら三津弥は信乃を運び出すのを手伝った。

 ***

 ゆらりゆらりと身体が揺れる。
 信乃はいつだったか眠ってしまった自分を師匠が運んでくれた事があったなぁとぼんやりと思い出す。

 ゆらゆら、ゆらゆら。
 波のように心地好いリズムと広くて温かい背中。
 信乃は降りたくなくてわざと寝たふりを続け、けれどもしがみつく手に力が入ってしまって師匠には直ぐに気付かれたっけ。

「お師匠さん……」
「気が付いたかい?」
 聞き覚えのあり過ぎる声に信乃の目が一気に覚める。

「蓮治! どうしてお前が……」
「三津弥に呼ばれたんだよ。信乃が寝込んでしまって歩けない、迎えに来てくれってね」
「三津弥の奴……」
 なんでよりにもよってこいつなのだ。善一にでも頼めばいいのに、と恨めしく思いつつ信乃が蓮治の背中から下りようと身動ぎしたらギュッと押さえられた。

「蓮治ッ! 下ろしてくれ、俺は自分で歩ける――」
「無茶を言うなよ。腰なんか立たないだろう?」
「お前、どこまで……」
 信乃はなんとなく蓮治に知られる事が後ろめたいし、自分が男に抱かれたと知られるのもバツが悪い。
 けれど蓮治はそんな事はどうでも良いとばかりにいつもの調子でのんびりと訊ねる。

「満足はしたかい?」
「……ああ」
「慶太郎は優しかったか?」
「あ、あ……」
「恋は……眩しかったか」
「あ、ぁ……っく、ぅ……」
 堪らえきれずに蓮治の背中で信乃が泣き出した。
 初めての恋は甘く切なく、信乃に充実と虚無の両方を教えた。
 無かった方がいいとは言えないが、辛くて辛くて堪らない。

「れ、んじ……」
「いいよ、何も言わなくていい。お前は一人でよく頑張ったよ」
「ぅ……ひっ、ふっく、ぅ……」
 ずっとずっと、信乃は一人で生きてきた。
 誰も頼りになんて出来ないと思っていた。
 でも、本当はずっと、蓮治だけは側にいてくれたのかもしれない。
 信乃は慶太郎の前では流せなかった涙を枯れるまで流し、わざわざ遠回りをして信乃の家の周りを何周もしてくれた蓮治に心の中で感謝した。

 家に入って布団に寝かされ、泣き過ぎて腫れてしまった顔を冷たい手ぬぐいで冷やして貰いながら信乃がポツリと訊ねた。

「蓮治、親戚は片付いたのか?」
「あんな奴らは親戚でもなんでもない。でもまあ丸く収まったよ」
「どうやったか聞かせろ」
「君には余り聞かせたくないんだけど……」
「聞かせろ」
 ムスッと口を結び信乃の大きな目に再び涙が浮かび上がってきたのを見て、蓮治が諦めたように言った。

「余り愉快な話じゃないから、途中で嫌になったら止めろよ」
「早く」
「君は全く堪え性がない」
 やれやれ、と溜め息を吐いてから蓮治は事の顛末を語り始めた。
 それは信乃が思っていたよりもずっと長い話だった。
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