Gameの行方

うずみどり

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⑩仕組まれた記者会見

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 アニメの放送が始まっても生馬が危惧したような事は起こらず、仕事は益々忙しくなっていった。
 ライブを幾つかこなし、自分達の番組を公式に持たせて貰い、メンバーそれぞれにソロの仕事も舞い込むようになった。
 五人は殺人的なスケジュールをこなしながら、ツイッターなどで互いの事を気に掛けた。

 “あゆむの新曲のPV変!”
 “変って何だよ! 恰好良いだろ”
 “あゆむは恰好良いけど、アレはお笑い路線だった”
 “生馬まで!!!”

 仲良く絡みあって和気あいあいとしている……ように見えて、裏では割と殺伐としていた。

 “あゆむ、飯奢るって話はどうなってんだよ!”
 “年上の癖に俺にたからないで下さいよ!”
 “藤堂との飲み勝負がまだ決着ついてないけど?”
 “やるなんて言ってないだろ!? 最初から結果は分かってるじゃん!”
 “お腹痛い……”
 “ゴメン”
 “おい、ゴメンって何だよ!?”

 そんな風に仲が良いのだか牽制し合っているのだか、戯れるような日々が続いた。
 そして或る日、一番忙しい筈のあゆむがわざわざ生馬を訪ねてきた。

「あゆむさん、顔色が悪いよ。ちゃんと寝てる?」
「生馬こそ」
「俺は意外と丈夫だから平気。カレーあるけど食べる?」
「生馬が作ったの?」
 驚いたあゆむに生馬がばつの悪そうな顔をする。

「えっと、昨日、藤堂が作ってくれて……」
「ああ、そうか。うん、そうだよな」
 寂しげなあゆむの笑顔に生馬の胸が痛んだ。
 でも生馬が何か言う前に、あゆむが真面目な顔で謝罪をしてきた。

「生馬、ゴメン。生馬の事を色々と調べたのは俺なんだ」
「あゆむさんが……」
「うん。それで、俺は藤堂に言ってない事が一つだけある」
 あゆむの説明を聞いて生馬は淡く微笑んだ。

「言わなくて良かったよ。何の証拠もない事だし」
「駄目だ、言った方がいい!」
 大きな声を出したあゆむに生馬が吃驚する。
 確かにあゆむは興奮すると声が大きくなるし、熱弁するのが好きだがそれとはちょっと違う感じだった。

「それを聞いたら――生馬自身の口から聞いたら、きっと藤堂はもっと楽になれる。だから――」
(あぁ、そうか。藤堂の為に……)
 生馬はそっと目を閉じ、藤堂と他のメンバーの顔を思い浮かべた。

「分かった。今直ぐには無理だけど、いつか必ず伝えると約束するよ。それでもいい?」
「ああ。それでいい」
 本当は今直ぐにでも伝えて欲しそうだった。けれど自分の想いを押し付け過ぎないだけの弁えがあゆむにはあった。
 大人なんだなぁと生馬は改めて感心する。

「あゆむさん、あのね」
 生馬は何を言うべきか分からないが、何かは言わなければいけない気がして口を開いた。それをあゆむが手を挙げて止めた。

「俺の事はいいから」
「いいってでも――」
「いいんだ」
「…………」
 淋しいけれど、生馬に出来る事は何もない。その分藤堂に優しくしてやれ。
 あゆむの想いが伝わってきて、生馬は唇をきつく噛んだ。
 けれど耐え切れずに切れ長の目からポロリと涙が一粒転がった。

「生馬は泣き虫だよね」
「……違うよ」
 生馬は泣く事なんて余り無かった。けれど藤堂と再会してから、グループを組んでからは本当によく泣く。
 それもこれも皆が優しいからだと思う。

「もう泣かない」
 生馬はそう言って涙を袖口で拭った。
 あゆむはほろ苦く笑って生馬の頭をポンと叩いた。

「やっぱりカレー、ご馳走になってもいい?」
 あゆむはこのくらいは良いだろう、と思いながら世界で一番美味しいカレーを腹一杯に食べた。

 ***

 生馬は冷たい床に少し伸び過ぎた髪を拡げ、熱を湛えてぼーっと潤んだ瞳で藤堂を見上げていた。

「キス……上手くなったね」
 藤堂の囁き声が胸を掻き乱す。

「藤堂が、しつこいから……」
「だって生馬が感じるのがいけない。ほら――」
 合わせ過ぎて真っ赤になった唇を藤堂が再び塞いだ。
 もうすっかり馴染んだ感触を生馬は口を開いて迎え入れる。
 慣れたからと言って飽きる事の無いそれは、生馬を夢中にさせた。

「んっ、んんっ……」
 抑え切れずに漏れてしまう生馬の鼻声が可愛い。
 藤堂はさり気なく細い腰に手を這わせながら、今日こそはいいだろうかと思う。

(そろそろ生馬を俺のモノにしてもいいだろうか。逃げられないように腕の中に閉じ込めて、貫いてしまってもいいだろうか)
 幾ら待つと言っても、我慢もいい加減に限界にきている。
 伯爵やコドモに自業自得なんだから生馬から許しが出るまでは手を出すなと言われているがもういいだろう。今日こそは息の根を止めて愛していると告げるのだ。

「生馬……」
 藤堂がするりとシャツの裾から手を入れたら電話が鳴った。
「…………」
 無視してやろうとそのまま生馬を押さえる手に力を入れたら、電話が勝手に応答しだした。

『馬鹿野郎、さっさと出やがれ!』
 伯爵は勝手に他人の電話も操作出来るのか、と考えて自動応対にしていた事を思い出した。
 藤堂は仕方が無く電話に出て、途端に蒼褪めた。

『生馬の過去がバレた。直ぐに事務所に来い!』
 藤堂は生馬を伴い直ぐに事務所に駆け付けた。

「伯爵、状況は――」
「悪い。記者会見が必要だ」
 短く答えた伯爵の言葉に生馬が蒼い顔で申し出た。

「俺が、抜ければ――」
「それじゃ駄目だよ。解決にならない」
 苦しそうに言った生馬にコドモが冷静に告げる。

「今の状態で生馬を切り捨てたらワタシ達が悪者になる。ここは全員で乗り越えた方が良い」
 優しいのか計算高いのか分からないコドモの台詞は、しかし生馬を引き止める役には立った。

「ごめんなさい。迷惑を掛けて――」
「迷惑を掛けられるくらいじゃなきゃ仲間じゃねぇだろ」
「うわ、おじさんが良い事を言った」
「ふふん、ガキには言えねぇだろ?」
 偉そうな伯爵に皆が少し笑った。
 本当にいい仲間だ、と生馬は胸が熱くなった。
 それから事務所の人間を交えて対策を協議し、素早く緊急記者会見を開いた。
 ネット発のアイドルの会見にしては異例に多くの記者が集まった。

「本日はお忙しい中、私達の為にお集まり戴きありがとうございます。これより緊急記者会見を始めさせて戴きます」
 そんな定型の口上が述べられた後で直ぐに事実が淡々と知らされ、記者からの質疑応答に移った。

「それでお相手は今はどうされているんですか?」
 その質問に生馬が息を呑み、分かりませんと嘘を吐こうとしたところで横から藤堂が口を出した。

「生馬の準決勝の相手は僕でした」
 その言葉に会場がどよめく。

「藤堂……」
 小さく呟いた生馬に一つ頷きかけてから藤堂が続ける。

「僕はそれまで大きな大会などで突き当たる生馬にどうしても勝つ事が出来ませんでした。けれどあの日は調子が良くて、いいプレイが出来ました。多分、生馬は逆に調子が悪かったのでしょう。わざと負けなければ、と思いながら試合をしたら誰でもそうなると思います」
「でもそれまでは一度も勝てなかったんですよね? おかしいと思いませんでしたか?」
「正直に言って……幾つかの拾える筈のボールを、わざと追わなかったように見えました」
 生々しい発言に記者の間から声とも付かぬどよめきが上がる。
 生馬は藤堂の言葉に俯くのを必死に堪えて顔を上げ続けた。そこに藤堂の真っ直ぐで強い声が響いた。

「でも最後の一球。ウイニングショットは絶対に誰にも取れないタイミングで打てた。あの一球が僕の誇りです」
 その言葉にあゆむと生馬が弾かれたように顔を藤堂に向けた。

「藤堂、気付いて――」
「俺! 俺、あれだけは本気で動けなかった。藤堂に負けたなって、わざとじゃないって、俺だけはそう思ってて――」
 ボロボロと泣き出した生馬を藤堂が思い切り抱き締めた。

「だから八百長だって言われて余計にムカついたんだよ! 俺だって勝ったと思ったんだから」
「うんっ、うん……」
 わんわんと泣く生馬を女性記者や会場のスタッフまでが貰い泣きして見ていた。そこに捻くれた言葉が投げ付けられる。

「もしも八百長で無かったなら、今度は生馬さんが不当に報酬をせしめた事に――」
「うるせえ! 仕事じゃないんだから報酬じゃねえ! ボランティアだボランティア!」
「うん、善意の第三者って奴だね」
 伯爵とコドモの二重奏に発言した記者が口を尖らせたが、周りの記者から睨まれて渋々と黙り込んだ。
 そこにあゆむが絶妙なタイミングでまだ知られていなかった事実を明かす。

「当時、生馬の妹さんが大変に難しい病気を患っていました。治療費は高額でしたがその甲斐あって完治し、お金も後から返還されたそうです。だからスキャンダルではありますが、これはもう決着が着いています。何処にも被害者はいません」

『何処にも被害者はいない』
 その言葉に皆が何となく納得してしまった。
 藤堂、藤堂と泣く生馬の姿の愛らしさも興奮を鎮めた一因だったかもしれない。
 緊急記者会見は済し崩しに終わり、今回の一件は改めて書面にしてホームページに記載する事になった。
 終わってみればドラマチックな再会として、ファンの間には肯定ムードが拡がったのだった。


「それにしても伯爵は悪どいよねぇ~」
 笑いながら言ったコドモに伯爵が大人の知恵と言え、と嘯いた。

「俺にまで内緒にして……」
 恨みがましくぼやいたあゆむにコドモが明るく言う。

「あゆあゆのナイスフォローが効いたよね。『何処にも被害者はいない』なんて、言い切れる神経の太さはワタシ達には無かったよ~」
「褒めてない!」
 プンスカとあゆむが怒っているのも当然で、マスコミ関係に話をリークしたのは伯爵なのだった。

「バレちまった方がいいタイミングだと思ったんだよ。実際に良かっただろ?」
「そうですけど……」
 大体どうして『本当に八百長とは言い切れないようなものだ』と知っていたのだ。本人達ですらあやふやな認識だったと言うのに。
 訊ねたあゆむに伯爵はあっけらかんと言った。

「だって生馬はそんなに器用じゃねぇだろ? わざと負けるなんて、出来る訳が無いって」
「……それだけ?」
「それだけ」
 その根拠の薄弱さにあゆむがバタリと倒れ込んだ。
 どうやらこのメンバーで常識人なのは自分だけらしい。

「あー……禿そう」
「え? あゆあゆ、禿てるの? どこどこ?」
 何故か異様に喰い付いてきたコドモに髪を掻き分けられ、あゆむは悲鳴を上げながら逃げ回った。
 この場にいない二人にいつか借りを返して貰おう、と思いながらあゆむはボロボロになるまでコドモに弄られたのだった。
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