Gameの行方

うずみどり

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⑤生馬の願い

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 生馬はカーテンの陰から客席を見回し、握り締めた拳を震わせた。

(どうしよう、あんなに人がいる……)
 色んな人が立ち働いているリハの時は大丈夫だったのだ。
 大きなステージで気持良く歌えたし、ダンスものびのびと踊れた。
 だから大丈夫だと思っていた。やっと夢が叶うのだと高揚していたのに……。

「ど……しよ……」
 怖い。ただもうひたすらに怖い。

「生馬、どうした――」
 声を掛けてきた伯爵の言葉が途中で止まった。生馬が見た事も無いような蒼い顔で震えていた。

「俺、駄目だ……足が、動かな……」
「生馬……」
 伯爵は何も言えずに戸惑った。
 生馬は控え目で大人しいが決して気が小さい訳ではなく、寧ろメンバーの中では一番舞台度胸があると思っていた。
 リハでも本番でも同じようにやれるマイペースさを持っているから、藤堂やあゆむのように興奮して訳が分からなくなったりはしないだろう、落ち着いて堂々とステージをこなすのだろうと思っていた。
 それがこんなにめためたに崩れるなんて、何がどうしたというのだろう?
 取り敢えず素敵な俺様が抱き締めてやろうとして、伯爵は横から突き飛ばされた。

「ぅおいっ!」
 秀麗な額に青筋を立てて怒る伯爵を無視して藤堂が生馬に向き合っていた。

「怖いのは疚しいから?」
「…………」
「観客の視線が自分を責めているように見えるんだろう?」
「ぅぅぅ……」
「自分が何をしたか、まだ忘れて無かったんだ?」
 藤堂に責めるようにそう言われ、生馬は再会してから初めて切れた。

「忘れた事なんて無いよっ! 俺は藤堂を傷付けて、大会や他の真剣にやっているプレーヤーを冒涜した。大好きなテニスを賭け事の道具にしたりして……忘れる訳が無いじゃないか。何年経っても、そんなの苦しいに決まってる――」
 掌で顔を覆ってしまった生馬の手首を藤堂が掴み、ゆっくりと引き剥がした。

「間違いは誰にでもある。もう、いいよ」
「藤堂……」
「少なくとも俺はもう生馬に怒ってない。そろそろ過去は過去として、新しい場所に踏み出していい頃だろう?」
「でも俺は――」
 許されちゃいけないんじゃないか。
 無言で訴える生馬に藤堂が痛ましげな顔をする。
 彼をここまで追い詰めたのは自分だ。ずっと罰を与え続けて、決して立ち直るなとメッセージを送り続けた。
 確かに傷付けられはしたが、果たして自分にそんな資格はあったのだろうか?
 今の生馬を見ていたら、人の未来まで奪う資格が誰かにあるのだろうかと思う。

「生馬が過去を振り切ってくれないと、俺もいつまでもそこに囚われてないといけないだろ。もう忘れて、もっと生馬に優しくしたいのに」
 藤堂の言葉に生馬が目を大きく見開いてまじまじと藤堂の顔を見詰めた。
 藤堂は本気で言っているのだろうか? これは夢ではないか?
 信じられない思いでじっと見詰めていたら、チュッと啄むように口付けられた。

「優しくさせてよ」
 悪戯っぽく笑ってそう言われ、生馬は真っ赤になって唇を擦った。

「じょ、冗談でキスするとか止めてよ! あゆむさんにもされた事ないのに――」
 キス魔のあゆむや真顔で酔っ払う伯爵の冗談からも全力で逃げて来たのに、こんなところで簡単に奪われてしまった。
 擦り過ぎて唇を真っ赤に色付かせた生馬に藤堂はニッと笑った。

「これからも全力で守れよ」
「もうっ!」
(ああ、もう馬鹿じゃないか。こんなところでキスなんてして)
 生馬は胸がドキドキと高鳴って、嬉しくて落ち着かなくて息が苦しくて――早くステージに上がりたいと思った。

(この気持ちを何処かにぶつけなくては爆発してしまう)
 クールでスタイリッシュさが売り物だった生馬はその日興奮し過ぎて舞台から転げ落ち、マイクを客席にすっ飛ばし、衣装をセットに引っ掛けて破いて腹チラを披露してしまった。
 初舞台は大成功だったけれど、生馬に対するファンの印象は大きく塗り替えられてしまったのだった。


「よっ! やるね!」
 あそこまでの天然ボケは自分には出来ない、と伯爵やあゆむに口々に言われて生馬は鏡台の下に潜り込んだ。

「もう言わないでよぅ……」
「すっごい良かったよ! ワタシも見習うね」
 あざとさを狙うコドモが妙な感心の仕方をしたが、生馬はそれどころではない。
 折角励ましてくれた、ステージに上げてくれた藤堂の顔が不甲斐なくて見られない。

(藤堂のソロパートもフォローしようと思っていたのに、俺がフォローしようのないくらいやらかしちゃってどうするんだよ)
 恥ずかしい、きっと呆れられた。そう思って殻に閉じ籠ろうとする生馬を藤堂がズルズルと引っ張り出した。

「わっ、やだ、止めろっ!」
 汗だくなのに脇の下なんて触らないで、と酷く慌てた生馬を藤堂は構わずにハグした。

「ほんっと、生馬って最高。舞台から落ちるとかありえねーから!」
 笑いながら言われて生馬はふっと肩の力が抜けた。

(もしかしてこれで良かったのかな。完璧でいようなんて、藤堂の役に立とうなんて一人で思い詰めているよりも、これで――)
「……藤堂、汗が凄い……」
「ごめんっ! 臭かった? シャワーを浴びてくるっ!」
 慌てて控え室を出て行った藤堂を、生馬は優しい表情で見送った。
 それをあゆむが翳った瞳で見ていた。

 ***

 初ライブを終えてから藤堂の意地悪はすっかり形を潜め、生馬は奇妙な居心地の悪さを感じていた。

(釣りに誘われたり、食事に誘われたり……嬉しいんだけど、ちょっと戸惑う。だってこの間まで凄く憎まれていたんだから、そんなに簡単に信じたり仲良くしたりして良いのかなって思うし……それにやっぱり、俺がした事が無かった事にはならないと思うんだ)

 あの時は解放されたような気がしたけれど、罪を乗り越える事と忘れる事はやはり違う。
 被害者である藤堂がすっかり自由になるのはいいけれど、生馬は自分は戒めの為にも覚えておいた方が良いのだと思う。その為にも藤堂には一歩引いて接した方が良い。

 生馬は憎まれていた相手に急に近付き過ぎるのが怖くて、そんな風に言い訳を拵えた。
 でも好きな人に優しくされていつまでもそれを拒絶するなど不可能で、生馬は少しずつ信じ始めてはいたのだ。
 まるで熱い風呂に入る時の様にちょっとずつ、そっと爪先から身を浸して。

『生馬、お前は新しい振り付けをもう覚えたんだろ? 一緒に練習しようよ』
 藤堂に電話でそう誘われて嬉しかったけれど、昨日も一緒に過ごしたばかりで生馬はキャパオーバーになっていた。
 少し間を開けて気持ちを落ち着けないと、熱を出してしまいそうだ。

「うん……でも、今日は飼ってる猫に付いてないといけないから」
『病気?』
「ちょっとした体調不良。大丈夫だよ、きっと淋しがってるだけだから」
『ならいいけど……俺も淋しいな』
「藤堂……」
 生馬が困った声を出すと藤堂は直ぐに明るい声で引いてくれる。怖がりな生馬のペースに合わせてくれる。

『冗談だって。あゆむでも誘ってみるから気にしないで』
「うん……ごめん」
 ぷつり、と電話を切ってから生馬はシャツをギュウと握り締めた。

『あゆむでも誘ってみるから気にしないで』
 藤堂の言葉が頭の中でぐるぐると回る。
 藤堂は他の二人よりもあゆむと親しい。あゆむも未だに伯爵やコドモには何処か緊張した様子なのに、藤堂に対してだけは気を許している風に見える。
 あの二人は身長も同じくらいだし、容姿も華やかでとても似合いだ。並んで立つと対で作られた人形の様にしっくりとくる。

「仲間なのに、二人きりになって欲しくないなんて思っちゃ駄目だって」
 生馬は幾ら自分を戒めても胸が苦しくて堪らない。
 だって生馬は藤堂に特別な想いを抱いているのだ。怖くなって藤堂の誘いを断ってしまったけれど、本当は仲良くしたいし特別扱いだってして欲しい。

「やっぱり嫌だ! 俺も藤堂に逢いたい!」
 生馬は我慢出来ずに藤堂にこれから行っても良いかとメールを打った。返信は無かったけれど、練習場所なら知っている。きっといつもの橋の下だ。人に見付からず、こっそりと練習をするのに向いているからと一人でもよく行く場所。

(俺に教えてくれた場所に、他の人を連れて行かないでよ)
 そんな我が儘を面と向かっては言えないが、まるきりの本音で思い浮かべた生馬は急いで橋の下に駆け付けた。
 そして見たくないものを見せられる羽目になった。


(藤堂が押し倒されて、二人が口付けているのはいつものあゆむの悪ふざけなんだ)
 生馬の理性はそう判断したけれど、オレンジ色の残照の中であゆむの目を閉じた白い横顔がとても綺麗で、藤堂の立てた膝に置かれた手が艶めかしくて、まるで絵のような二人の姿に打ちのめされて生馬はそこから駆け去った。
 同じ陽光を浴びてキラキラしている二人。優しくて可愛らしくて綺麗で、そして本物の恋人同士の様に艶やかな光景。

(あんなの、絶対に勝ち目がない。俺に入る隙間なんてない!)
 生馬は苦しくて哀しくて切なくて――憎まれている時よりも痛いと思った。

(俺を憎んでくれている時は彼の心を独占していられた。でも憎しみから自由になった藤堂は、他の人に視線を向ける)

「そんなの、やだ……」
 憎まれてもいいから自分だけを見詰めて欲しいと思う。
 あのキラキラと輝く瞳で、熱の籠もった視線で自分を真っ直ぐに射抜いて欲しい。

(幾ら優しくしてくれてもそれを他の人にも与えてしまうなら、最初から受け取れない。だって代わりが利く想いなんでしょ? そんなの俺はいらない)

「藤堂……お願いだから、もう一度、俺を憎んで……」
 生馬は泣きながら悲しい願いを口にした。
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