ノンケだけどオカマバーで働いてビッチになりましたが彼氏が出来て幸せです

うずみどり

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第二部

⑩同じ温度になる日

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「睦月、君に嫌な思いをさせて悪かった。もうあんな態度は取らないと誓うから一緒に帰ろう」
「お前、ボクが好きなのか?」

 何の前置きも無く投げられた爆弾に速水の動きが止まる。

「ど……して……?」
「いや、そんな筈は無いと思ったんだけどね、三崎が速水はボクに文句があるか好意があるかどっちかだって言うからさ。文句ならまぁ慣れてるんだけど、好意なんて持たれた事がないから確認しておこうと思って」
「好意を持たれた事が無い……訳が無いと思うけど、えっと、それを確認して君はどうするんだろう?」
「ん? どうするって?」
「だからぁ、俺が君を好きだとしたら……確認出来たら、君はどうするんだい?」
「え? 何かしないといけないのか?」

 吃驚したように訊き返されて速水の方が吃驚だ。

「それは断るとか、同意するとか、何らかの意思表示を示して欲しいんだけど……」
「ボクの意思かい? うーん、好かれてたらそれは嬉しいけど、それ以上の事は何も考えてないよ」
「何も、考えてない……」

 思い掛けず嬉しいと言って貰えた事に浮かれつつも、速水は予想外の答えに戸惑った。

「うん。好かれていて嬉しい。でも同じものを求められているなら無理だ。応えられない。ボクはお前に何を求められているんだ?」

 葵の言葉に速水が考え込む。
 それは勿論、葵からも愛されたら嬉しいがそれには長い時間と根気と努力が必要だろう。今すぐにどうこうなど無理な事は分かり切っている。拒絶されなかっただけ、嬉しいと言って貰えるだけありがたいのだ。そんな状況で速水が葵に求められるものと言ったら――

「手を、繋いでもいいかい?」
「手? いいぜ」

 葵は拘りなく頷き、それを受けた速水が酷く緊張しながら汗ばんだ手で葵の手を握り締めた。

「ちょっと痛い。もう少しそっとしてくれ」
「ご、ごめん」

 速水は慌てて手の力を弛めた。そうしたら葵が子供のようにキュッと握り返してくれた。

「凄く、気持ち好い」

 速水の言葉に葵が頷く。

「そうだな、他人の体温って気持ちが好いんだな」
「睦月……」

 速水は彼の台詞にジンと目頭が痺れた。
 葵が自分の体温を、温もりを気持ちが好いと感じてくれている。もしも彼が嫌でないなら、こうして少しずつ近付いていけるだろうか。

「睦月。俺は君と――君だけと熱を分かち合っていきたい。君が嫌がる事はしないと誓うから、こうして少しずつ熱を交換し合って行ってもいいだろうか?」

 葵は直ぐに頷く事が出来なかった。
 相手の真剣さに、簡単に頷いて良い事ではないのだと直感した。

「俺と手を繋いで、お前は最終的に何処を目指すんだ?」
「わからない。でも今直ぐに、性急に奪いたくはないんだ。君をそんな風に変質させたい訳じゃない」
「…………」

 葵はそっと、かなりの勇気を持って頷いた。

「少しずつな」
「約束する」

 二人はそっと寄り添って、俯きながら繋がれた手を見つめた。

 この夜から、速水と葵の長い付き合いが始まった。

 ***

 「オーナーってインポなの?」

 ノリの言葉に顎を支えていた速水の手ががくりと外れた。

「それはとてもデリケートな問題だね」
「勃たないから葵さんに手を出さないでいられるの?」

 更に踏み込んだ質問に速水が慌てる。

「こらこらこら、まだ深夜タイムじゃないデショ」

 相変わらず爛れた生活を送るオカマバーのキャストも客も、深夜になると会話が明け透けになる。
 魔の時間帯にはオカマ盛りなんて遊びまでしているらしい。

「深夜タイムにオーナーが来てくれたら、ワタシもここで聞いたりしないんだけど」

 ノリの浮かない表情を見て、速水が片眉をひょいと上げた。

「僕が我慢できるのは、睦月を戸惑わせたくないからだね。睦月が最も自然なカタチで、彼が望むカタチで繋がれたらそれが一番幸せだろう?」
「オーナーの幸せは?」
「睦月の幸せだよ」

 満足気な笑みを浮かべた速水を見て、ノリがヤレヤレと首を振る。

「ワタシはそこまで達観出来ないの。抱いて欲しいのに、相手が望まないなら諦めれば良いのに、それでもどうしても抱かれて幸せになりたいって思っちゃうの。それっておかしい?」

 おかしくはないと速水が言う前に、ノリの小さな身体に蜘蛛のように長い腕が絡み付いて毒々しいオカマが口を開いた。

「お前は男に抱かれるのが嫌いだと思ったんだよ」
「アンコちゃん! ちょ、触らないで!」
「バ~カ、触るに決まってんだろぉ」

 ベタベタと触れてくるアンコにノリが慌てたがお構い無しだ。

「突っ込まれても気持ち良くないって言ってる奴に突っ込むわけないじゃん! お前はオンナじゃないから――」
「オンナじゃないけどアンコちゃんに抱かれたいの! 姐さんなら……ワタシのお尻を褒めてくれるデショ?」

 アンコならきっとつまらない身体だなんて言わない。
 お前のナカは気持ちがいいと、素敵だと褒めてくれる筈だ。そう信じて疑わないノリにアンコが笑った。

「昔の男なんて忘れさせてやる。お前は俺のものだよ」

 低い声で囁かれてノリの顔が真っ赤になった。
 それを見て速水はああいうのなら自分だって得意だったと思う。

(信じたいものを信じさせてやるのなんて朝飯前だった。けれど今は簡単じゃないあの男に夢中だ)

 葵は色恋よりも夢中になれるものを持っている。だから速水の出番は少ないし、眼差し一つ貰えない事も多い。
 それでも同じものを食べ、紅葉を眺め、音楽を聴き、寄り添い合って生きるうちにかけがえの無い日常になっていった。

 そうして時が過ぎ、どちらからともなく微笑んで葵は速水が伸ばした手を掴んだ。
 そのままするりと引き寄せられ、ベッドに誘導される。
 腰に回された手も、肌を辿る指も自分が望んだものだった。


 乾いた空気の冷たい朝、葵は速水の腕の中で微睡みながら訊いた。

「ここまで随分と長かったな?」
「いーや、ちっとも。ちっとも長くなかったよ」 

 あっという間だった、と答えた速水に葵が笑いながら言った。

「実はボクもそう思っていた」

 初めて手を繋いだ夜から幾つもの夜を越えて、二人は同じ温度で朝を迎えた。葵の体内にはまだ速水の熱が残されている。

「虹志郎、これからも一緒な」
「勿論」

 速水は葵の唇に軽く口付けて目を閉じた。
 充足がさざ波のように胸の中を満たしていった。

 END
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