ノンケだけどオカマバーで働いてビッチになりましたが彼氏が出来て幸せです

うずみどり

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第二部

⑨痴話喧嘩が通り過ぎて

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『睦月はそこにいるかっ!?』

 速水の第一声にケンヂが威勢良く噛み付く。

「先輩は三崎さんと一緒ですっ! 外で……俺のいないところで、二人きりで……ひっく……」

 知りもしないで二人きりだと言い切り、しゃくり上げたケンヂに速水が不機嫌そうな声を掛けた。

『どうして三崎が睦月の連絡先を知っているんだ』
「多分、アタシのiPhoneから掛けたんだと思います」
『お行儀の悪い子だ』
「三崎さんて意外と手が早いから」

 ケンヂが仕方なさそうに笑って、笑ったら少し気が晴れたのか背筋がシャンとした。

「葵先輩の携帯には掛けてみましたか?」
『掛けたけど出ない。電源を切っているらしい』
「最初、葵さんはアタシに電話をしてきたんです。何か話があったんだと思う。オーナー、心当たりはありませんか?」
『…………ある』
「どういう事かお聞きしても?」
『俺が酷い態度を取った。葵に手落ちは無かった。ただ、俺が平静でいられなかっただけだ』
「それって……先輩が好きだから?」
『……ああ。この歳になって、真剣な恋に落ちてしまったらしい』

 素直な速水の返答を聞いてケンヂは溜め息を吐いた。

「アタシ、邪魔しようと思ったんです。あなたには葵さんを任せられないから、絶対に邪魔しようと心に決めてたんです」
『……三崎を捨てても?』

 速水の切り返しにケンヂが苦く笑う。そして流石だと思う。流石に痛いところを衝いてくる。

「そんな覚悟はありませんでした。三崎さんを捨てなくちゃいけないなら……俺が諦めるしかないですね。邪魔するのを諦めます。尤も、既に三崎の気持ちがアタシから離れているかも知れないですけど」

 そう言うとケンヂの瞳に再び涙が盛り上がる。

「なんでアタシが何をしても三崎は捨てないなんて思ったのかな」
『それだけ甘やかされてたからだろう。三崎はケンヂの事となると甘いから』
「でも、葵さんは美人だから」
『そうだな、美人を見慣れている筈の三崎が惑っても可笑しくないくらい、睦月はずば抜けて綺麗だな』
「それは言い過ぎでしょう?」
『いや、初めて逢った時に俺が目を瞠ったくらいだからね。彼はちょっと見掛けないくらい綺麗で、おまけにとっても可愛い』
「…………はぁ」

 ケンヂは返事に困ってあやふやな相槌を打った。
 葵はとても面白いし可愛げだってあると思うが、それでも可愛いと言い切るのは首を傾げてしまう。
 ノリのような女装青年なら兎も角、あの葵を可愛いと言えるだけの器はケンヂにはない。それにケンヂは速水が知らない事を知っている。葵は本物の天才だ。

「速水さん、葵さんは本物の天才だよ」
『それが?』
「天才と言うのは才能に使われるんだ。どうしたって他の事は二の次で、その為に生きる事になる。普通の人はそれに付き合い切れなくて、いずれ立ち去る」

 ケンヂは胸の痛みと共にそう告げた。しかし速水は歯牙にも掛けない。

『睦月が特別な事くらい最初から知ってる。彼が研究だけをしていたいなら、その他の事を俺がカバーすればいい。少しでも彼の役に立てるなら、それが俺の存在意義だよ』

 それを聞いて「ああ、なるほど。運命とはこういう事だったか」とやっとケンヂは腑に落ちた。
 天才には確かに深い孤独が付き物だが、それを補う運命の人が必ず用意されている。
 葵には彼が必要だったのだ。それが恋愛的な意味にまで発展するのかは分からないけれど。

「葵さん、もう何度も人に裏切られているんです。あの人はあの人らしくしているだけで、ちっとも悪くないんですけど」
『可哀想に』
「だから少し臆病なところもあるんです。ああ見えて」
『分かってる。自分のモノみたいに語るな』
「俺のモノだったんですけどね。あなたに持って行かれるまでは」

 速水を怒らせるかも知れないと分かっていてケンヂはついそう言った。だってやっぱり悔しさは残っている。
 それは三崎の事とは問題が全然別だ。

『ケンヂ、俺は実はとっても嫉妬深いんだよ』

 “知ってます” という台詞をケンヂは何とか飲み込んだ。

『けれど葵の信頼と友情を勝ち得ている君に敬意を表し、一度は許そう。ただし二度目は無い。あれは俺のモノだ』
「…………」

 速水の独占欲丸出しの台詞にケンヂは口を噤んだ。
 なんて大人気ないのだろう。自分よりもずっと年上の癖に。
 ケンヂは反論する気力も無くぐったりと言った。

「なら取り返しに行かないといけませんね。それに三崎は俺のものですから」
『勿論だよ。彼の行きそうな場所なら分かっている。片っ端から当たらせよう』

 普段なら恐ろしい筈のその台詞が、今だけは頼もしく聞こえるケンヂだった。

 ***

 三崎に柔らかなトーンの声でアルコールを次々と勧められ、葵はすっかり気を緩めていた。

「それでね、あいつもロックを聴くんだって。Oasisとかニルヴァーナ、レイディオヘッド、レッド・ホット・チリペッパーズ、プライム・スクリーム。少し軟になったとか、ガチャガチャ煩い音だとか色々と言われてるけど90年代のロックがボクは好きなんだ。明るくて、何も考えずに身を任せるとポッとアイディアが浮かぶ」
「素敵ですね」
「うん、ロックは素敵だ」

 にこにこと上機嫌で笑う葵は本当に可愛らしい。とても物理学の天才には見えない。

「あなたが愛しているのはロックンロールと物理の実験」
「悪魔の真似事をするんだ」
「それでケンヂの箱庭に棲み付く」
「……うん」

 これまで淀みなく話していた葵の返事が若干遅れた事に三崎は気付いている。

「ケンヂを信頼しているんですね」
「うん、友達だからね」
「速水オーナーも友達ですよね?」
「速水は……友達、だけど、ケンヂとは違う」
「信頼出来ない?」
「……分からない。あいつは誰とも違う。そこにいて当たり前って気がするし、でもそれじゃ不満なのか何か言いたそうにもしてる。言いたい事があれば言えばいいんだ」

 口を尖らせた葵に三崎が取り成すように訊ねる。

「でも、それが葵さんにとって不都合な事だったらどうしますか? それで言い出しにくいのかもしれない」
「別に不都合な事なんてねぇけど」
「例えばクレームだったり、逆にあなたを好きになったとしても?」
「問題ねぇな。文句なんて言われ慣れてるし、俺が人に好かれるとかあり得ないし」
「あり得ないって、あなたはそんなに綺麗なのに? 俺の目から見てもかなり魅力的なのに」

 するん、と顎を撫でられて葵がクスクスと笑った。

「嘘を吐くなよ。お前はケンヂしか見えてないって目をしてるぞ」
「……分かるんですか?」
「分かるよ。ケンヂの事だからな、見てれば分かる。それに――」

 へらり、と葵がとても嬉しそうに笑った。

「ケンヂが誰かに甘えるのなんて、珍しいんだぜ? ボクは何もしてやれないし……良かったよ」
「葵さん……」

 三崎が少し困ったような顔をした。それから一生懸命に葵を口説きだした。

「俺がケンちゃんに夢中なのは本当だけど、あなたを魅力的だと言ったのも本当だよ。凄く綺麗で、笑った顔が可愛くて、白い肌も細い指もふっくらとした手も触れてみたいと思わせるし――」

 葵がもうやめてくれ、と言う前に他からストップが掛かる。

「そこまでだ」
「速水オーナー!」

 吃驚する三崎と軽く目を瞠った葵の前で、背の高い男は前を塞ぐようにカウンターに手を付いた。

「早かったですね」
「キミがわざわざ伝言を残しておいてくれたからね」

 速水が最初に探すだろう店に三崎はわざわざ伝言を残しておいた。最初からケンヂに教えておかなかったのはちょっとした意趣返しってやつだ。セックスの最中に彼は又ろくでもない妄想をしているようだったから、少しお仕置きをさせて貰った。

「三崎さん、酷いよ……」

 べそをかいて現れたケンヂの頬を三崎が優しく掌で包み込んだ。

「家で大人しく待っていれば良かったのに」
「待てる訳無いでしょう!?」
「俺を信用してないの?」
「そうじゃないけど……俺、酷い事をしてたし……」
「うん。他の男のおちんちんも味わいたいなんて、本当に酷い」
「それはっ!……だって、お尻のナカを擦られると気持ち好くて……」
「俺だけじゃ足りないの? 我慢出来ない?」
「出来るよ! 三崎の気持ちが分かったから、もうふらついたりしない。ただの遊びだなんて言い訳もしない。俺は三崎専用の穴で良い」
「うん。他のを挿れられないようにいつも蓋をしていようね」
「嬉しい」

 すっかり葵の存在を忘れ、二人は随分な会話を開けっ広げに繰り広げた挙句にキャッキャウフフとじゃれ合いながら帰って行った。葵はケンヂが三崎と恋人同士である事は了解していたが、まさかあそこまで豹変するとは思わずに呆気に取られていた。そこに落ち着いた速水の声がした。
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