上 下
13 / 18
第二部

⑤宣戦布告

しおりを挟む
 その日ケンヂは店に訪ねて来た葵とオーナーのテーブルに付かされた。
 葵に女装した姿を見られる事は何とも思わなかったが、仲間と一緒にいるところを見られるのは何となくきまりが悪かった。しかも自分はその内の複数人と寝ている。

「葵さん、アタシとは外で逢えばいいのに……」
「だって速水が髪を切ってくれたから、お前に見せようと思ったんだ」
「……オーナーが? もちろん、とっても、可愛いけど……」

 速水に対する口調の変わった葵にヒヤリとするものを感じながらケンヂはオーナーを窺った。
 相変わらず男前のオーナーは実に意地悪そうな表情でケンヂを見ていた。

(ああ、いやだいやだ。あの顔はきっとろくでもない事を考えているわ。アタシだって少しは学習したんですからね)

 気を張った様子で睨んできたケンヂに速水がにこやかに告げた。

「今日は君達も少し息抜きをしたらいい。ほら、アンコとノリ、ついでに三崎もテーブルに呼びなさいよ」
「じょっ――」

 冗談じゃない、と断ろうとしたのだがその前に本人達が押しかけて来た。

「キャーッ、オーナーったら太っ腹ぁ」
「ねぇねぇ、この綺麗なお兄さんを紹介してぇ~」

 アンコとノリが葵にべったりと引っ付いてきた。それを見て速水が呆れる。

「何を言ってるんだい? 睦月には皆も既に会っているじゃないか」
「「…………は?」」

 唖然とするアンコとノリに速水が苦笑した。

「少し髪型が変わったくらいで人の顔が分からなくなるようじゃ、プロのホステスとは言えないね」
「「ちょっとじゃねえ!」」

 二人の息の揃った突っ込みが入ったがそれも当然だった。
 髪をさっぱりと切られ、髭も綺麗に当たり、速水に用意されたシンプル且つ上等な服を着せられた葵は見違えるように美しく変身していたのだ。
 目を瞠る二人に速水がにこやかな笑みを浮かべたまま釘を刺した。

「ああ、君達は俺の大事な友達に近付いちゃ駄目だよ?」
「「友達?」」

 およそ速水には不似合いな単語に二人が新種のカエルでも見たような顔をした。

「俺はこれから睦月と二人で長い友情を育んでいくんだからね。邪魔をしたら怒ってしまうよ?」

 脅しを正確に汲み取って二人が震え上がる。
 葵には手出し無用。ちょっかいを掛けても味見してもダメ。誘惑したらきっと死ぬより酷い目に遭わされる。
 そんな風に賢くも身の処し方を決意したアンコ達と違い、ケンヂは真っ向から立ち塞がらなくてはいけない。だって邪魔をすると決めたのだ。

「オーナー。アタシが葵先輩の古い友達だって忘れないでね」
「勿論忘れていないよ。ただ君は友達が多いだろう? 僕達に構っている暇はないんじゃないの?」
「このっ……!」

 二人の間でカーン…と闘いのゴングが鳴った気がした。
 葵は暢気にも仲が好いのだな、と二人のやり取りを鷹揚な態度で眺めているが周りは気が気ではない。
 そこに三崎が酒を持って現れた。何も言わずにテーブルに置かれたコルドンブルーに葵の目が釘付けになる。

「ロックで飲んでも美味しいんですよ」

 三崎の言葉に葵が嬉しそうににこりと笑い、それを見た三崎がポッと頬を染めた。
 その様子を速水と牽制し合いつつも横目でしっかりと捉えていたケンヂが密かに拗ねた。

(それは先輩は綺麗だけど、可愛いけどねっ! でも面白くないっ!)

 そんなケンヂの思いに気付かずに、葵が珍しく自分から話し掛けた。

「コルドンブルーは菫の花の香りだと聞いた事がある。いつか飲んでみたいと思っていたんだ」

 そう言って瞳をキラキラと輝かせる葵の姿に見惚れる速水に、三崎は良いですよねと笑みを見せた。

「え、何が?」
「封を切っても良いですよね?」

 コルドンブルーは品薄ということもあり、店で飲むとそれなりに高価だった。しかし速水に躊躇いはない。

「勿論、睦月には一番良いものを出してあげて」
「畏まりました」

 三崎はここぞとばかりに高い酒を次々と出し、この日だけで先月の売り上げの半分を超えたのだった。

 ***

「睦月、そんなに飲んで大丈夫かい?」

 心配する速水に葵はケロリとした顔で何がと聞き返した。

「何がって、他の三人は酔い潰れたのにまだ飲み続けるから」
「お前だって飲んでるじゃないか」
「僕は笊って奴で、幾ら飲んでも酔わない」
「ボクもだよ」

  葵の言葉に速水が意外そうに眉を上げる。

「君はうちに来てから全く飲まないから、てっきり飲めないのかと思っていた」

  速水の言葉に葵は肩を竦めて応える。

「酒を飲む暇があるなら研究をしたい。でもそれ自体は嫌いじゃない」
「ならばこれからも時々――」
「駄目だ。お前と飲むのは楽し過ぎる」
「っ!」

 速水は心臓が止まるかと思った。
 だが、続く言葉でなんとも言えない気持ちになった。

「まるで自分が “普通” になれたと錯覚してしまう」

 葵の切ない表情は美しく、けれども周りを頑なに拒んでいるようにも見えるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指すい桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

処理中です...