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第一部

①小さな魚

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 薄暗い照明は化粧のどぎつさを隠す為か表情に陰影を与える為か。
 ゴツゴツとした身体を包むドレスは赤や紫といった派手な色が多く、滑らかなシルクやシフォンが脚に纏わりついて金魚の様にひらひらと揺れた。
 肉体を改造している者は少なく、凹凸の無い男の身にドレスを纏っているが不思議とその不自然さは浮き立たない。
 男でも女でもない奇妙に魅力的な生き物。一言で言うなら “オカマ” と呼ばれてしまう彼らが夜の街の片隅でひっそりと生きている。
 優美に、艶やかに、誘い惑わせるように。
 そんな深海魚の一員になったばかりの、まだ若いオカマが溜め息を吐いた。

「ほぅっ……」
「あら、色っぽい溜め息。ケンちゃんったらどうしたの?」

 睫をごってりと盛ったアンコ姐さんに訊かれ、ケンヂは畏まって肩を竦めた。

「辛気臭くてごめんなさい。今日もオーナーが来るのかな、と思ったらちょっと……憂鬱になって」
「ふふ、ケンちゃんは目を掛けられているものね」
「そんなんじゃないです」

 ここ東京と大阪にオカマバー二店舗を経営するオーナーは速水虹志郎といい、他にも幅広く飲食店を経営している。やり手の彼にとって、オカマバーは個人的な趣味なのだと姐さん達から聞いた事があった。

「アタシ以外にもノンケはいるのに、アタシだけ色気が足りないから、だから――」
「それだけじゃないと思うけどね」
「アンコさん……」

 ケンヂが困ったように眉尻を下げると同時にドアベルが鳴った。

「あ、噂をすればほら。今日もお早いご出勤で」

 180センチを超える長身に銀ストライプのダークスーツを身に纏った速水が入ってくると、店内は途端に華やぐ。その姿を見て、ノンケのケンヂといえども胸が騒がないでもないが。 
 ケンヂは格の違う相手に関わるのが億劫で、身を隠すようにカウンター客の前に立った。
 それを見て姐さんがケンヂの迂闊さに舌打ちをしたがもう遅い。
 オーナーが後を追う様にカウンターに入り、ケンヂの横に立って客に挨拶をした。

「お久し振りです。ガールズバーそちらの方はどうですか?」
「いや全くですよ。全体的に可愛いコは増えたんですけどね」
「素人とプロの差がどんどんなくなっていますからね。この世界の水に磨かれるコも少なくなりました」

 そんな会話をしながら速水は平然とカウンターの下でケンヂの尻に手を伸ばした。
 薄いシルク地を撫で回し、双丘の丸みに沿って長い指を這わせ、谷間に指先をめり込ませた。

「あの、アタシは――」

 会話の邪魔になるから他所へ行く、と言おうとしたケンヂを客が引き止めた。

「もう少しここにいてくれよ。オーナーが相手だと仕事の話になっちまう」
「済みませんね、色気の無い男で」

 ふっ、と笑みを漏らした速水は実に男臭く、ケンヂの危機感を煽った。

(ヤダ、男なのに尻なんて揉まれて、谷間を探られて……なんだか怖い)

 ケンヂの戸惑いを他所に速水の指はますます食い込んできて、慎ましく閉じた窄まりの表面を指の腹でスリスリと撫でている。

「……んふっ…………」

(なんか、ゾワゾワする……)

 思わず声を漏らしたケンヂが、もどかしげに眉を顰めてモジモジと太股を擦り合わせた。

「ケンちゃん、どうしたんだい? 色っぽい顔をしちゃって」

 客に揶揄されて速水に弄られているのがバレたのかとケンヂは焦った。

「なっ、何でもないですっ! ちょっと暑くて……」
「そういえば汗を掻いているね」
「アタシ、汗っかきだから」

 ケンヂは苦笑して見せながらそっと速水から汗ばんだ身体を離した。しかし速水に逃がすつもりは無いらしく、開けた距離だけ近付かれて足の間に爪先を割り込まされた。

「若い子は新陳代謝がいいんでしょうね」

 そんな事をしゃあしゃあと言いながら、速水はケンヂの蕾を弄る手を止めない。
 布地の上から窪みの皺を伸ばすようにしつこく撫でられてケンヂがいっぱいいっぱいになる。

(なんか、熱い……熱くて蕩けそう……)

 余りにも撫で続けられて後孔が熱を持ち、布地越しに感じる指を食むように吸い付いた。

「綻んできた……」

 ぼそりと独り言のように呟かれ、ケンヂの顔が羞恥で赤く染まった。男の指に溶かされるなんて。

「あっ、あの……アタシ、化粧を直してきますっ!」

 ケンヂはこれ以上は耐えられないと、逃げるようにその場を辞した。

「……オーナー、からかい過ぎじゃないの?」

 客に冷やかされ、速水が照れたように笑う。。

「いや、余りにも擦れてないからついからかいたくなって」

 人の悪い返事に客が苦笑する。

「悪趣味なのも大概にしておきなよ。あんたみたいな悪い男が手折っちゃ、可哀想じゃないか」
「そうですね」

 そんな事はちっとも思っていない、と分かる口調で返されて客もとうとう匙を投げた。

「あんたに目を付けられた不運を嘆くしかないね」

 そう言われて速水は妖しく微笑んだ。


 一方、バックヤードに引っ込んだケンヂは自分を持て余してドレスのまましゃがみ込んで動けない。

「……どうかしたの?」
「三崎さん……」

 ケンヂが顔を上げたら黒服の三崎が心配そうに見下ろしていた。
 ケンヂはちょっと迷い、唇を噛んでから思い切ったように口を開いた。

「あの、さぁ……お尻のナカって、触られた事……ある?」
「えぇぇ?」

 三崎は目をパチパチと瞬いて驚き、それから客の誰かに触られたのかと気色ばんだ。

「違う違う。そんな性質の悪いお客さんはいないってば。そうじゃなくて……オーナーにちょっと後ろを撫でられて……なんか、なんか気持ち良くなっちゃって……」

 自分でも信じられない。でももう少し知りたい。あの行為のもっと先、奥の方に触られてみたい。指を入れられたら……どうなっちゃう?
 キラキラとした瞳でそんな事を聞くケンヂを三崎は暫し見つめ、それからケンヂの腕を掴んで引っ張り上げた。そして自分の首にその腕を巻き付かせ、腰を抱いて指を口に含んだ。

「息を吐いて、楽にするんだよ」

 そう言うと三崎はケンヂのドレスをスルスルと持ち上げ、小さなショーツの間から指を挿し込んだ。ふっくらとした蕾は濡れた指を押し当てられるとくぷり、と小さく濡れた音を立てて指先を飲み込んだ。

「んんっ! 入っちゃった……」
「どう? ナカを触られて、気持ちが悪い?」

 浅い場所を掻き回されてケンヂの身体が暴れ左右に揺れる。

「やっ! 指、暴れてるぅぅぅ!」

 ケンヂは尻のナカを掻き回される事に驚き、縋るように三崎にギュッと抱きついた。その体をきつく抱き締めながら三崎が指を奥に進めた。

「こんなに入れて、痛くない?」
「へぃ……き。だけど太いぃぃ」

 ピアノを引く三崎の指はしっかりとしている。その指を前後に動かされるとナカが擦れて排泄感に苛まれる。

「ね、もぅ……抜いて。トイレ、行きたくなっちゃった……」
「いいよ。行っておいで」

 三崎はあっさりと指を抜き取り、片腕で抱いていたケンヂを解放した。

「オカマバーで働いてるからってココを使えるようになる必要は無いと思うけど、困った事があったら俺のところにおいで」
「……うん。ありがとう」

 ケンヂは二つ年上の青年にはにかんだ笑みを見せて化粧室へと消えた。
 その後ろ姿を見送ってから、三崎は自分の指をぺろりと舐めた。

「あの様子じゃ、早く手に入れた方がいいかもしれないな……」
 その低い呟きは誰にも聞かれる事は無かった。
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