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第十四話
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「俺は、逆境を覆せる力を、魔術に求めている」
「……ふむ」
「リュプス族も人間も、どんなに強い個体であっても、単体では軍勢に敵わない。しかし、魔術師は違う。魔術師は、魔力と技量の許す限り、単身で軍勢を殲滅することもできる。今の俺には、俺一人でも、大きな敵と戦える力が必要だ」
息を呑むほどの気迫。生半ではない覚悟と決意の込められた瞳だった。
私は、彼のその言葉に、若者特有の蛮勇や、思い上がりなど、ひとひらも含まれていないことに、ひどく胸騒ぎがした。
彼の思考の前提にある孤独が、底の見えぬほど深く根差していて、彼自身それに無自覚で、危うい。
自分にはそれが出来る、なんて思っていやしないのだ。
出来るか否かに関わらず、成さねばならぬと、ひたすら気負っている。
だからこそ、このように余裕を欠いているのだろう。
真っ当な師弟関係であるならば、生き急ぐ彼を窘め、お節介を焼くことも許されるのだろうが……口惜しいことに、私はそんな大層な立場にない。
必要以上に踏み込まない。それが、彼と私の間にある不文律だ。
「逆境を覆す力を、魔術に求めると……確かに、その考えは間違いじゃない。摂理という名の強大な支配に抗うため、人間が藻掻き苦しみ、一矢報いるために生み出したのが魔術だ。では、魔術と言う力を得た人間が、果てにたどり着く悪足掻きとは、何だと思う。生物にとって、最も抗いようのなく、最も度し難い理不尽とは、何だろうか」
「それ、は……」
ああ、まさか、という顔だった。まさか、人間とはそんなにも愚かしい生物なのか、そんな声が聞こえてくるような気すらした。
そう、そうだよ。人間なんて括りは大袈裟だが、少なくとも、魔術師に、賢明な者なんて存在しない。
人間という愚かしい生物の中でも、更に愚かしい生き方を選んだ求道者たちのことを、魔術師と呼ぶんだ。
「死、そうだろう。生きとし生けるものすべてに用意された終末……魔術とは、それに抗うための非道だ。そこを前提に、考えてみてくれ。魔術的観点からして、強さとは何か」
「……死なないこと」
「その通り。だから、戦闘魔術では、初めに治癒魔術を修める。魔術師のだれしもがそうだ。私がオライエンの星の数ほどいる魔術師の中にあって、シリウスを名乗っていたのは、魔術の火力が高かったからでも、攻撃魔術の手数に優れていたからでもない。当代の誰よりも治癒魔術に優れていたから、誰にも負けなかった」
私はそもそも荒事が得意ではなかったから、必要に応じて魔術戦闘に取り組む場合、専ら相手の攻撃の的になり、魔力と体力を削りに削って、降参させるというやり方で何とかやり過ごしていた。
私から何か攻撃を仕掛けることは、今までに片手で数えるほどしかない。
「私が君に伝授し得る強さは、もしかすれば、常勝の強さではないかもしれない。でも、私の持つ強さは、魔術師の世界だけでなく、戦場においても通用するのではないかと思う。戦略魔術の使い手でも、死んでしまえば無力の躯。どんなに殺しても死なぬ砲兵ほど、敵にとって恐ろしいものはないはずだ」
「殺しても、死なない……か」
まだも拭い去れぬ焦りゆえの不満を飲み下すように、シグマはゆっくり顔を上げた。どうやら、私の方針に納得してもらえたらしいことを、その面持ちから悟る。
「もとより、私は戦闘向きの魔術師ではない。魔術戦闘の極意について伝授出来ることは少ないだろう。まあ、魔術の修練とはそもそも、自分という原石を、先人たちの築き上げたノウハウという鑢で磨き上げ、後は自分のセンスや創意工夫でいかようにも形を変えていくものだ。ある程度道が見えるようになるまで私が先導するが、そのペースについて私は何も口出ししないし、私の先導が遅いと思うなら、魔導書なり教本なりに頼るのもいい。自らの進む道を見定めることが出来たなら、その先は君の思うように」
「御託はいい。貴方が持っているもの、全てを俺に教えてくれ」
私の言葉を遮り、シグマはきっぱりとそう言った。彼にとって、魔術の求道なんてどうでもいい話だったのだろう。ただ、力を求める。あくまで魔術は目的でなく手段なのだ。
彼は、やはり聡明だ。私とは違う。単純明快に、賢明な判断が出来る。それが、どうにも、この乾ききった目には眩しいものに見えた。
「……ふむ」
「リュプス族も人間も、どんなに強い個体であっても、単体では軍勢に敵わない。しかし、魔術師は違う。魔術師は、魔力と技量の許す限り、単身で軍勢を殲滅することもできる。今の俺には、俺一人でも、大きな敵と戦える力が必要だ」
息を呑むほどの気迫。生半ではない覚悟と決意の込められた瞳だった。
私は、彼のその言葉に、若者特有の蛮勇や、思い上がりなど、ひとひらも含まれていないことに、ひどく胸騒ぎがした。
彼の思考の前提にある孤独が、底の見えぬほど深く根差していて、彼自身それに無自覚で、危うい。
自分にはそれが出来る、なんて思っていやしないのだ。
出来るか否かに関わらず、成さねばならぬと、ひたすら気負っている。
だからこそ、このように余裕を欠いているのだろう。
真っ当な師弟関係であるならば、生き急ぐ彼を窘め、お節介を焼くことも許されるのだろうが……口惜しいことに、私はそんな大層な立場にない。
必要以上に踏み込まない。それが、彼と私の間にある不文律だ。
「逆境を覆す力を、魔術に求めると……確かに、その考えは間違いじゃない。摂理という名の強大な支配に抗うため、人間が藻掻き苦しみ、一矢報いるために生み出したのが魔術だ。では、魔術と言う力を得た人間が、果てにたどり着く悪足掻きとは、何だと思う。生物にとって、最も抗いようのなく、最も度し難い理不尽とは、何だろうか」
「それ、は……」
ああ、まさか、という顔だった。まさか、人間とはそんなにも愚かしい生物なのか、そんな声が聞こえてくるような気すらした。
そう、そうだよ。人間なんて括りは大袈裟だが、少なくとも、魔術師に、賢明な者なんて存在しない。
人間という愚かしい生物の中でも、更に愚かしい生き方を選んだ求道者たちのことを、魔術師と呼ぶんだ。
「死、そうだろう。生きとし生けるものすべてに用意された終末……魔術とは、それに抗うための非道だ。そこを前提に、考えてみてくれ。魔術的観点からして、強さとは何か」
「……死なないこと」
「その通り。だから、戦闘魔術では、初めに治癒魔術を修める。魔術師のだれしもがそうだ。私がオライエンの星の数ほどいる魔術師の中にあって、シリウスを名乗っていたのは、魔術の火力が高かったからでも、攻撃魔術の手数に優れていたからでもない。当代の誰よりも治癒魔術に優れていたから、誰にも負けなかった」
私はそもそも荒事が得意ではなかったから、必要に応じて魔術戦闘に取り組む場合、専ら相手の攻撃の的になり、魔力と体力を削りに削って、降参させるというやり方で何とかやり過ごしていた。
私から何か攻撃を仕掛けることは、今までに片手で数えるほどしかない。
「私が君に伝授し得る強さは、もしかすれば、常勝の強さではないかもしれない。でも、私の持つ強さは、魔術師の世界だけでなく、戦場においても通用するのではないかと思う。戦略魔術の使い手でも、死んでしまえば無力の躯。どんなに殺しても死なぬ砲兵ほど、敵にとって恐ろしいものはないはずだ」
「殺しても、死なない……か」
まだも拭い去れぬ焦りゆえの不満を飲み下すように、シグマはゆっくり顔を上げた。どうやら、私の方針に納得してもらえたらしいことを、その面持ちから悟る。
「もとより、私は戦闘向きの魔術師ではない。魔術戦闘の極意について伝授出来ることは少ないだろう。まあ、魔術の修練とはそもそも、自分という原石を、先人たちの築き上げたノウハウという鑢で磨き上げ、後は自分のセンスや創意工夫でいかようにも形を変えていくものだ。ある程度道が見えるようになるまで私が先導するが、そのペースについて私は何も口出ししないし、私の先導が遅いと思うなら、魔導書なり教本なりに頼るのもいい。自らの進む道を見定めることが出来たなら、その先は君の思うように」
「御託はいい。貴方が持っているもの、全てを俺に教えてくれ」
私の言葉を遮り、シグマはきっぱりとそう言った。彼にとって、魔術の求道なんてどうでもいい話だったのだろう。ただ、力を求める。あくまで魔術は目的でなく手段なのだ。
彼は、やはり聡明だ。私とは違う。単純明快に、賢明な判断が出来る。それが、どうにも、この乾ききった目には眩しいものに見えた。
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