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第四話

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 無事、三人とも五体満足で転移が完了。

 ぐらりとふらついた母親の肩を支えてやり、室内を見回す。

 家というより、少し広く頑丈な造りのテントと言う方が近いだろうか。

 この温暖な土地にあって空調設備があるようには見えず、製氷が出来る環境とも思えない。

 日光がかんかんと照らし、息をするにも困難を感じるほどに蒸し暑い空間だ。

 汗も気化しづらいだろうこんな場所では、治る病気も治らないだろう。

 まさか、ベスティア自治区の住民は、皆このような……。

 私はまだも目を回している様子の母親の代わりに少年を抱きかかえ、空間の端にあった寝台まで運び、寝かせてやる。

「体内魔力の流れがいびつだ……外界から相当の魔素圧に晒されたのか、中毒を起こし、自律神経のバランスが崩れたんだな。外的要因もあっただろうが、汗ひとつ出ずに熱の発散が出来なかったのはそのせいだろう」

「それが……この子と同じ、原因不明の高熱に苦しんでいる同族が、最近妙に多いんです……みんな急に住む場所を追われて、こんなところに押し込められて、薬なんて、あるはずもないのに……っ」

 必ず、どうにかする。私が、どうにかしなくてはならない。

 それが、私に出来る、せめてもの償いだ。

 ここに住まわされ、理不尽にさらされる人々の苦難を、少しでも軽く出来るよう、これからの人生を使うと決めたのだから。

「ひとまず、応急的に魔力の流れを整える。根治には至らないかもしれないが、この熱を下げるのが先決だ。処置の過程で、お子さんは酷く苦しむだろう。どうか辛抱してほしい」

「はい、はい……! お願いします、この子を、息子を救ってください……!」

 母親の縋りつくような声と瞳が、背筋に重くのしかかる。

 目を閉じ、息を大きく吸って、吐くと同時に頷いてみせてから、少年の額に、杖腕である左の人差し指と中指を当てる。

「ウ、ぅうう……っ、フウ、フウ、ううぅウ……!」

 苦悶の声を上げ始めた子息の変化に、背後で母親が息を呑むのが分かった。

 魔力の押し返しが凄まじく、額にすぐさま脂汗が浮かぶ。

 血液と同様、魔力にも適合の可否があり、余程の緊急でない限り、魔力同調はお世辞にも適切な処置とは言えない。

 指先から冷たい金属の液体が流入するような感覚がして、毛細血管の軋むような激痛が迸る。

 しかし、私が泣き言など言ってはいられまい、この子の方がずっと辛いのだから。

 極力この子の魔力と適応するように自身の魔力を操作しながら、慎重に、足りないところには足し、多いところは吸収・発散させ、魔力の流れを馴らしていく。

 次第、少年の呻き声が収まっていき、顔色も穏やかなものに変わっていく。

 それでも、最後まで油断せず、念入りに魔力の流れを整える。

 気付けば、正常な代謝をうまく取り戻してくれたか、額や首のあたりに発汗を確認したので、ゆっくりと同調から離脱した。

「……ッ、ゲホ、カッ」

 少年への負荷を出来るだけ肩代わりしたためか、気を抜いた途端、うっかり血を吐いてしまう。

 落ちる前に硬化させて床を汚すことは回避できたものの、その瞬間を見た母親がヒッと小さく悲鳴を上げる声が聞こえた。

 人間よりも数十倍嗅覚が鋭いらしいから、血の匂いも余程過敏に感じ取ってしまったのだろう。

「だ、大丈夫ですかっ」

「心配ない、私のことはいいから、ご子息に……」

 私は固形化した血液を拾い上げ、場所を譲った。今までずっと精神を張り詰めて、心休まらない状態だっただろうから、少しでも安心してくれるといいのだが。

「ウル、ウル……!」

 どこか縋るように頭や頬を撫でながら、優しく呼びかける母親。ウルと呼ばれた少年は、やや呼吸が浅いものの、そのの声をよすがに、ゆっくり瞼を上げる。

「か……さん、のど、かわい、ケホ」

「————ッ、ウル!! ええ、わかったわ、水ね、ちょっと待ってて……!」

 グシグシと乱暴に涙をぬぐい、立ち上がる母親。私はボロボロと涙を流す彼女に、急いで調合した体力回復ポーションを手渡してやる。これで、一度深く眠る余裕ができたら、危険な状態からは脱することが出来るはずだ。

「ぁあ、ありがとうございます、ありがとうございます……!」

「ゆっくり、少しずつ口に含ませてやってくれ。きっと、嚥下の能力も弱っているから」

「はい、分かりました……!」

 彼女が踵を返して、甲斐甲斐しい様子でポーションを服用させている様子を後ろから眺め、私はひとつ、息をついたのだった。
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