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第四十一話

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 コウガくんと一度盛大に喧嘩して爆速で仲直りしてからというもの、コウガくんは積極的に俺の生活面のサポートをしてくれるようになった。

 傍にいても情けなくならないように、自分に出来ることをしたい、と、清々しい顔でテキパキ動いてくれるコウガくんはまさにスパダリだった。

 ついでに俺も、八女川から、事務所の防音室使用禁止令が出され、配信は必ず家で取って睡眠時間を確保するように指示を受けたため、毎日必ずコウガくんの待つ家に帰るようになった。

 そうなってから、俺の荒廃したメンタルもみるみる回復していき、それまでいやに目についていた荒らし連投コメやアンチコメントが気にならなくなった。リスナーと一緒に配信を楽しむという姿勢に全力投球出来るようになったのだ。

 すると、その姿勢がリスナーにも伝わってくれたのか、配信の流れに合わせて、ポジティブなコメントを積極的に流すなど、自ずと一体感のある統制の取れた雰囲気が再構築されていった。

 外様からは「内輪ノリ」と言われて、コメント欄の自由度がなくなるからと、あまり好意的に捉えられない事象ではあるのだが、言ってしまえば、荒らしをのさばらせるよりもずっとマシなのである。

 荒らしとはつまり、配信主がリスナーに向けて提供したいものと、それを受け取りたいリスナーの需給関係を妨害する行為に他ならない。そのコメントの内容が事実か否かに関わらず、リスナーはそもそもその情報を求めていないのだ。求めていない、不愉快感をかき立てられる書き込みが目に触れる時点で、配信から離脱するリスナーは少なくない。

 切り抜きで見る分には好きだけどコメ欄のノリがキツいからリアタイしたくない、という意見よりも、本当はコメントを書き込みながら配信を楽しみたいのに、不要な情報が嫌でも目に入るから、もう配信を見に行けなくなった、なんていう意見の方が、配信主にとっては致命的かつ重要なのである。

 特に、レイネはもう引退を前提に配信をしている。つまり、俺が大事にしたいのは、新規を増やすことではなく(もちろんこの話題性を機にレイネの配信を見に来てもらって、TOFライバーの導線になることが出来れば僥倖以外の何物でもないが)、これまでレイネのことを信じて応援し続けてくれていた、かつてのアクティブリスナーに、せめて少しでも応えるということ。これまでの愛顧に最大限報いることだ。

 統制が取れ始めたことにより、肩身が狭くなったからか離脱していったアンチや荒らしの分、同接数はゆるやかに下がっていっている。おかげでアンチスレでは「引退セールスでスパチャ稼ぎVさん、さっそくオワコンwww」などという見出しが乱立しているが、今まで本配信に溢れていた連中がそっちに引っ込んでいったと思えば、こちらとしては大勝利である。

 さておき、そんなこんなであっという間に過ぎ去っていった毎日配信生活も、残すはあと一週間というところになった。

 これまでは、リスナーとの交流に重きを置き、マシュマロ読みや、視聴者参加型のマルチプレイゲーム、要望の多かったゲームのソロプレイを基本として、コラボをするにしても、TOF箱内のライバーとのコラボに限定し、大規模コラボを主催したり、相談室と称してこれまで殆ど没交渉だった4期生以降の新人さんとの対談コラボを実施したり、同期の誰かしらとのんびりゲームするといった配信を取ってきた。

 まあ、つまり、自分のリスナーと、TOFに最大限寄与した配信を、という方針で、これまでの3週間は活動してきたわけである。

 しかし、そろそろ、我々も、おそらくリスナーも、焦れてきた頃合いだ。実際、ツブックスでエゴサをしてみると、界隈のファンと思わしきアカウントが、「あと一週間でモス子引退しちゃうのに、もうあの3人の配信は見れないのか」と嘆いているツブートを多数観測しているので、間違いなく需要はあるはず。

 しかし、これを実現する上で、浮上してしまった問題がひとつ。そのことで、深夜ながら俺の家に3人で集結し(なおうち2名は現在進行形で同棲関係にあるため、もう一人にわざわざ来てもらったというだけなのだが)、顔をつき合わせて話し合っている最中である。

「カイくん……本気で言ってる……?」

「うん。ケジメだから。これでリスナーが離れていくなら、それはそれで仕方ないと思ってる」

「カノさん……大丈夫だと思いますか……?」

「うーん……正直、リスキーではあると思う。カイは僕らと違って、顔出しでやってるストリーマーだし。でも、だからこそ、僕らと違って、ありのままを見せたいって言うなら、それを咎める謂れも無いんだよね」

 近い将来の雇用主(もしくは契約主)である沙門くんは、難しい顔をしつつも、それがコウガくんの意思ならと、受け入れる態勢であるらしい。対する俺といえば、やはり、なおも、考え直した方がいいのでは、という思いが拭い去れない。

 最初、彼の口から意思を聞かされたときは、冗談だろうと思った。しかし、彼はどこまでも本気の顔をしていて。これを遂げないことには、配信活動を再開できない、なんてことまで言い放った。

 それだけに、その覚悟が、どこか向こう見ずからくるもののような気がして、一度冷静になって、そうなった場合のリスクを考えてほしいと、沙門くんに助けを求めたわけである。

「そりゃまあ、恋人がいる、結婚してるって公表してるストリーマーの方だって大勢いるけどさ……コウガくんのファン界隈、言っちゃ悪いけどなかなか情熱的なガチ恋の子が多いわけじゃん?」

「言ったら、他のストリーマーと比べてもダンチではあるよね。特にお前昔の行いをまだ引きずってて、ワンチャンあるって思ってる子もそれなりにいるわけでしょ」

「すっごい憶測を呼ぶと思うんだよ……せめて活動再開のタイミングくらいは穏当にやり過ごした方がいいんじゃないかな」

「だって、隠すようなことじゃないし。オレはナガトさんっていうかけがえのない恋人を誇りに思ってる。恥ずかしいことなんか何もないし、それを示したい。ガチ恋のファンをこれ以上期待させるなんて、それこそ残酷でしょ」

「それは……そうなんだけどさあ……」

 ガチ恋の行動力ってマジで怖いんだよな……僅かな情報から住所特定して包丁持って突撃とかも普通にあり得るし、それこそ、リアイベなんかは、せっかく開催しても厳戒態勢でいどまなければならなくなるだろう。イケメンで、なおかつ100万人登録者を獲得しているストリーマーというステータスもあり、コウガくんの人気は熱狂的なのだ。

「まさかとは思うけど、恋人の性別まで公表するとか言わないよな」

「わざわざ言わないけど、隠すつもりもない」

「そうなるとまた別の問題になるんだよなぁ……!! そういうセクシャル的なカミングアウトに抵抗感ある層は確実にいるわけじゃんか」

「バイセクなんて今時珍しくとも何ともなくない? 言いたい連中には言わせておけばいいじゃん。リスナーからのイメージに俺が沿わなきゃいけないって、法律で定められてるわけ? そうじゃないでしょ」

「それは僕も同意するかな。たしかに不理解が蔓延してるのは否定しないけど、同じくらい、マイノリティの安息のためにもなってきた世界だと思ってるから」

 パッと反論が浮かばず、鼻で息を吐く。いい加減コウガくんも苛立ちを隠せずにいるし、沙門くんもそんなコウガくんを援護射撃するような体だ。

 コウガくんがそうと決めたなら、それを応援するのが、恋人として相応しい姿勢だと、頭では分かっている。実際、俺が一番怖いのは、コウガくんが顔のない悪意に晒されることではなく、自分の存在が彼の汚点になることなのだ。どこまでも独りよがりである。

 おそらく、偏見に一番囚われているのは、顔のないリスナーなどではなく、他でもない俺なのだ。コウガくんがそれを必要としていないのに、彼のイメージを守らねばならない、なんて、傲慢なことを考えている。いくら恋人だからと、その領分を侵犯するのは、いくら何でも押しつけがましいだろうという話だ。

「ナガトさんは何が怖いの」

「……いつまでも気持ちが続くとは限らないだろ。あらゆる可能性を考えておかなきゃいけない。いつか、きみが、この交際関係を後悔する日が、来ないとは限らないし。何かの間違いだったと思っても、一度刻まれてしまったデジタルタトゥーは、ずっと、きみの活動に付き纏う」

「じゃあなに? ナガトさんは、オレに捨てられる時が来てもいいって思ってるわけ? オレがそんなことするとか思っちゃうんだ」

「きみが実際のところどうするかは問題じゃない。俺がきみにとってどういう恋人かっていう話だよ……そうなっても仕方ないとは思ってる」

「今のオレの気持ちより、来るとも限らない未来のオレの気持ちの方が大事なの? 今ナガトさんの目の前にいるのは今のオレなのにさ」

「どっちもきみなんだから、どっちも大事に決まってる」

 コウガくんは椅子を蹴って立ち上がり、バンと机を叩いて身を乗り出した。俺はあえて彼と目を合わせず、膝の上で拳を握った。

「意味わからんって……! ナガトさんのこと嫌いになるかもしれないオレのことなんか考えないでよ!!」

「待って、待って、カイ。一回落ち着いて。ちょっと頭冷やそうか。そこのコンビニまで付き合ってよ。ナガトさん、カイのこと借りていいですか」

 無言で頷く。いくら未来のことを考えてるからって、今の彼の気持ちを蔑ろにしていいわけではない。俺も一人で考えて、結論を出したかった。

 沙門くんは俯いたコウガくんの肩を叩いて促し、静かに出ていった。ズキズキと胸が痛み、ついため息を吐けば、いやに静かになった部屋に虚しく響いて、余計に心が重くてならなかった。
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