20 / 46
第二十話
しおりを挟む
胃薬、よし。水、よし。
心の準備、おそらくヨシ。心の現場猫が指さし確認、つまり駄目そうな気配。
胃袋ごと吐きそうだ。冷や汗が止まらない。今から俺は推しに自分の罪業をすべて白状しなければならないのだ。その上「貴方の大事な弟分を俺にください」なんてふざけたことを宣言しなければならない。順当にいけばブロック通り越してBANされる。終わってる。
猶予なんていくらあっても困らないのだが、コウガくんも沙門くんも既にVCに入っており、忙しい二人の時間を割いてもらっている以上、無闇に待たせるわけにもいかない。
『あ、来た』
『モッさぁん!! お久しぶり~!』
「お久しぶりです~……すみません、ご心配をおかけしまして」
『いやいや! 無理は禁物だから、とにかく元気に活動に戻って来てくれるだけで嬉しいんですよ、僕たちはね』
「お気遣い痛み入ります……」
罪悪感が首の後ろに重くのしかかる。推しに心を砕かせただけでは飽き足らず、これからとんでもない爆弾を投下して混乱させなくてはならないなんて。
一瞬の意味深な沈黙。沙門くんのインテリジェンスをもってすれば、何かしら不穏な空気感を察して余りあるのだろう。動悸が止まらない。
『あの、さ……それで、大事な話があるんだけど』
『はい、はい……なになに? なんか、そんなに重大なやつなの?』
『うん……それがさ、モッさんが活動休止したのって、オレのせいなのね』
「あっ、いや、ちがいます。あくまできっかけに過ぎないって言いましたよね、コウガくん」
『……あー、まあ、とにかく、直接の原因かどうかは置いておいて、コウガが関わってることに間違いはないんだね』
『「ハイ」』
沙門くんは感情を感じさせない声で、なるほどねぇ、と呟いた。人狼ゲームで疑わしい供述を受けて、とことん問い詰めようという時の彼によく似ており、思わず居ずまいを正した。
「私から説明させていただきます。さる大型コラボ配信の後、裏でコウガさんとVCを繋いで取り留めもなく話していたところ、私の方がレイネ・モスコミュールに関わる機密を、不注意で漏洩する事態になりました」
『……機密、ですか。だいぶ嫌な予感が』
「あー……何から申し上げるべきか、あの、例の歌ってみたで、コウガさんのレコーディングとディレクションをするために、兄を紹介させていただきましたよね」
『はいはいはいはい……』
「単刀直入に申し上げますと、実は私に兄なんて存在しなくて」
『はい……!?!? イマジナリーってこと!?』
「RPの辻褄を合わせるためにそういうことにしなければならなくて……」
『え、じゃああのディレクションは誰が……?』
「わ、私、です……」
ああ、絶句ってこういうことを言うんだな、と思った。現実逃避である。きっと沙門くんのずば抜けた思考回路がギュンギュン回っているのだ。
喉がカラッカラだった。しかし、こんな空気感の最中にあって、暢気に水分補給などしていられない。飲みこんだ唾が喉奥にへばりつくように転がっていく。
『コウガが僕に嘘を吐いてたってのは考えられない。どうしたってボロが出てすぐにわかるから。ということは……』
『まあ、その、あれね。俺は、モッさんのお兄さんだと思って、モッさんに会ってたってことになる』
『そう、なりますよね、はい』
スゥ、と息を吸う音の後に、感情が爆発したような悶え声。ビリビリとノイズキャンセリングが入る。そうだよね、きっと今世紀最大に知りたくなかった事実だよ。普通はそういうリアクションになる。もう俺は駄目かもしれない。
『なるほど、その漏洩した機密っていうのも把握しました。でも、それで活動休止っていうのは大袈裟すぎる。事務所挟んで話し合いなり何なりで折り合いをつけるものでしょ』
『あ~~~~……あの、地声バレされた後、オレがリア凸した』
『は!?!?』
『や、なんか……このままだと二度とモッさんと絡めなくなるような気がして……いくらディスコかけ直しても出ないし、居ても立っても居られなくなっちまって』
『コウガぁ……お前なぁ……ああ、もう、めちゃくちゃだよ……』
声の遠ざかり方からして、きっと今沙門くんは頭を抱えているのだろう。デフォが冷静沈着で超然としているだけに、彼をここまで困惑させてしまったことへの申し訳なさがただひたすら募ってやまない。
『でも、実際オレが凸って説得してなかったらモッさん活動辞める勢いだったし……』
「や……凸られてなかったら私も普通に事務所挟んで交渉して、とか考えてましたよ。でも家にいらっしゃった瞬間、ああもう駄目なんだって腹を括ったというか」
『いやだって、絶対交渉で丸く収まったとしても、活動畳む方針で舵切ってたでしょ絶対!』
「それはまあ……その通りというか、それが当たり前の反応なのでは!?」
『まあ僕なら活動続けることを第一に考えるけどね』
推しからの鋭い一声でまんまと沈む。こればっかりはスタンスの違いだ。ここでこの二人と本当に分かり合える事はきっと無いだろう。俺は間違いなくイレギュラーなのだから。
「……まあ、とにかく、コウガさんから直接説得を受けて、ひとまず活動を引退することだけは思いとどまりましたが……それでも、やはり、彼にバレてしまったことで、自分が無自覚に抱えていた、活動スタンスのゆがみと直面することになり、今一度向き合いかたを模索する必要があると考え、活動休止に至ったというのが真相です」
『あ~……よりにもよって、別人として会ったことのあるコウガに身バレしてしまったことで、自認がゴチャったって感じかな』
「そう、ですね……そういうことだと思います。つまりは自業自得なんです」
『いや、まあ、誰しもミスはあるし……まあどうして別人と偽ってコウガと会ったんだって話にはなるけど、あの歌ってみたが出来上がるにはどうしても不可欠な一手だったから、とても僕からそこを責める気にはなれないな。なんてったって、あれは僕の宝物なんだよ』
染みわたるような沈黙が生まれる。ああ、そうだ。俺が沙門くんの信頼を損なうことで、彼の宝物までも貶めることになりかねなかったのだ。ますます、罪悪感が膨らんで、息が詰まる。切り離したようでいて、俺とレイネはどうしても表裏一体なのだ。
『ひとまず、ここまで話を聞かせてもらった時点で、僕のスタンスを明らかにさせてもらいたいんですけど……僕はあくまで、これからも、モッさんにはお兄さんがいるという前提のもと、今後とも変わらず、仲の良い同業者としてお付き合いさせて頂けたらな、と思います。僕も沙門というひとりのVですから、RPを尊重させていただきたいんです。Vってそういうものですから。中身がどうとか、そういうことは関係なく、なりたいものになるのがこの世界の流儀でしょう』
『なるほど、そう来たか……』
コウガくんはまるで身構えるようにそんなことを呟く。対する俺は、咄嗟に言葉が出ないほど打ちひしがれた。俺がウダウダ考えて時間をあれだけ浪費したのに対し、沙門くんは殆どノータイムで、あっさりと、Vとしての最適解を提示してくれたのだ。
崇高だと思った。コウガくんからもらったのが救いだとしたら、沙門くんのこれは報いだと思った。身の引き締まる思いだった。
「すみません、言葉が見つからなくて……そのお言葉が、今は何よりもありがたいです」
『いえいえ、この界隈にいて、この程度の暴露でいちいち精神を乱してたらやってられませんよ。可愛いものです、今まで体験してきた数々の修羅場と比べたらもう……』
『……あの~、いい感じで締めくくろうとしてるところ悪いんだけどさ、実はもう一つ報告したいことあって』
『はい、なんですか?』
どうにか元気を装ったようなカラッとした声で返事をする沙門くん。正直もうこれ以上のステーキは勘弁してくれ、と言ったような声色である。
「あの~、コウガさん。もう、いいんじゃないですか、私の兄のことは、沙門さんに関係ないことですし……」
『でもオレのことでもあるじゃん? ねえ、サモ、オレの大事な話、聞かされてなかったら、絶対モヤるでしょ』
『もうすでに十分モヤってたけどね。どうしてこんなややこしいことになる前にどっかで相談してくれなかったのかな二人とも。モッさんが休止してからはコウガも露骨に僕のこと避けるし。そもそもモッさんだって休止するまで思い詰めるくらいなら僕を頼ってくれたっていいじゃんって思ったし』
「すみません……」
『だってさあ、オレだけの問題でもないじゃん……お前に問い詰められたら自分絶対ゲロると思ったし』
ノイキャンが入るほどのクソデカため息。ごもっともである。しかしまあ、こればっかりはコウガくんも巻き込まれた側であり、俺も俺で、レイネの真実は俺だけの問題ではなく事務所の威信にも関わることなので、おいそれと口にできなかったのだ。
『まあ、いいよ……結局こうして全部話してくれたし……それで、なに? もう一つ報告って』
『あ~、あの……へへッ、実はですね、オレ、モッさんのお兄さんと、真剣に付き合うことになりまして』
『どうしてそうなった!?!? オイ、ちょっと待ってくれ。何も分からない。意味が全く理解できない。はあ!?!? その流れでどうしてそうなる!? ねえモッさん!!』
「はっ、ハイ!! すみません、色々あって、いや、あったみたい、で」
『いろいろあったじゃすまないよこれは!! モッさん、一回あの、お兄さん、お兄さん呼んできて!』
「かっ、畏まりました……」
マイクミュート。エフンエフンと咳払いし、あ、あ、あ、とチューニング。まって、これ公開処刑では? どんな顔して臨めばいいんだ。
「は、初めまして……レイネの兄の、永戸遍と申します」
『初めましてこんばんは! ところで一体どうしてコウガと付き合うなんてことに!?』
「私めの口からはとても……コウガくん、助けてくれ。尊敬する方に自らの醜態を洗いざらい白状するなんて耐えられない」
『えぇ~……どうしたもこうしたもなくない? オレがレイネのセンシティブボイス欲しがったところから始まり、さらなるセンシティブを求めてナガトさんとあれこれしてるうちにオレがナガトさんとちゃんとヤりたくなって、互いにメロメロになって、想いを確かめ合って、めでたくゴールインって感じ?』
「あれこれした? まるで俺までもきみにのせられて一緒にあれこれしてたみたいな言い草じゃないか、やめてくれ。俺はそんな変態じゃない、偏向報道だ。少なくともセンシティブボイスを提供することに関しては脅されて仕方なくやっただけだし、その後のアレも……アレは、あの、勝手にきみが俺の体で遊んでただけだろうが!」
『ハァ!?!? オレはオレなりにナガトさんのこと気持ちよくしてあげようと、奉仕の精神でやってましたけど!? それを遊んでた呼ばわりは流石に心が無いんじゃないですかねぇ!? しかもオレ自分のを挿れてもナガトさんが苦しくないようにと思ってじっくりコトコト頑張ったんだぜ!? むしろ褒めろよオレの忍耐を!!』
「そうならそうと決めた時点で言ってくれ!! 君に遊ばれてると思って拗らせてた俺が馬鹿みたいじゃないか!!」
『だって、ナガトさん絶対無理って言うと思ったし……その前にオレがいないとイけない体に躾けちゃえば断れないかなって……』
「外堀を埋める手段が最悪なんだよきみはァ!!」
『あのさ』
ヒートアップしていた言い争いが、一瞬にして凍り付く。深淵の底から聞こえてくるような、静かで、有無を言わさぬ声だった。配信外のガチだ。つまりこれが沙門くんのマジギレである。
『まあ、なんか、経緯は大体分かりましたよ、はい。ねえ、コウガ、ナガトさん。この後、急にはなるけど、カラオケとかでゆっくりお話しようか』
「き、今日、ですか」
『うん、今日、いまから』
『あっ、スゥーーーーーーーー……あの、ちょっと、いまから用事が』
『ないよね?』
『あの』
『ないでしょ』
『……ハイ』
『ナガトさんは大丈夫ですか』
「はっ、ハイ、勿論です。喜んで馳せ参じます!」
テロン、と、誰かしらが通話から落ちる通知音。沙門くんだ。コウガくんと二人で沈黙を分かち合っていれば、間もなく、チャットに高級焼肉屋のURLが送られてきた。なんということだ、仕事が早すぎる。知ってた。
『これ、多分説教だよね』
「頼むからバックレないでくれよ」
『あっ、オレ、実はサモと位置情報共有しててェ』
「逃げられないかぁ……」
『そっちに迎え行くわ……』
「了解」
VCで顔が見えないはずなのに、哀愁漂う彼の背中が見えたような気がして、ゆっくり息を吸った。もうすぐ28歳、成人男性、永戸遍。これから、推しに叱られるために焼肉屋へ向かいます。
俺の人生、どこまでトンチキになれば気が済むんだろうな、そんなことを思いながら、身支度を始めたのであった。
心の準備、おそらくヨシ。心の現場猫が指さし確認、つまり駄目そうな気配。
胃袋ごと吐きそうだ。冷や汗が止まらない。今から俺は推しに自分の罪業をすべて白状しなければならないのだ。その上「貴方の大事な弟分を俺にください」なんてふざけたことを宣言しなければならない。順当にいけばブロック通り越してBANされる。終わってる。
猶予なんていくらあっても困らないのだが、コウガくんも沙門くんも既にVCに入っており、忙しい二人の時間を割いてもらっている以上、無闇に待たせるわけにもいかない。
『あ、来た』
『モッさぁん!! お久しぶり~!』
「お久しぶりです~……すみません、ご心配をおかけしまして」
『いやいや! 無理は禁物だから、とにかく元気に活動に戻って来てくれるだけで嬉しいんですよ、僕たちはね』
「お気遣い痛み入ります……」
罪悪感が首の後ろに重くのしかかる。推しに心を砕かせただけでは飽き足らず、これからとんでもない爆弾を投下して混乱させなくてはならないなんて。
一瞬の意味深な沈黙。沙門くんのインテリジェンスをもってすれば、何かしら不穏な空気感を察して余りあるのだろう。動悸が止まらない。
『あの、さ……それで、大事な話があるんだけど』
『はい、はい……なになに? なんか、そんなに重大なやつなの?』
『うん……それがさ、モッさんが活動休止したのって、オレのせいなのね』
「あっ、いや、ちがいます。あくまできっかけに過ぎないって言いましたよね、コウガくん」
『……あー、まあ、とにかく、直接の原因かどうかは置いておいて、コウガが関わってることに間違いはないんだね』
『「ハイ」』
沙門くんは感情を感じさせない声で、なるほどねぇ、と呟いた。人狼ゲームで疑わしい供述を受けて、とことん問い詰めようという時の彼によく似ており、思わず居ずまいを正した。
「私から説明させていただきます。さる大型コラボ配信の後、裏でコウガさんとVCを繋いで取り留めもなく話していたところ、私の方がレイネ・モスコミュールに関わる機密を、不注意で漏洩する事態になりました」
『……機密、ですか。だいぶ嫌な予感が』
「あー……何から申し上げるべきか、あの、例の歌ってみたで、コウガさんのレコーディングとディレクションをするために、兄を紹介させていただきましたよね」
『はいはいはいはい……』
「単刀直入に申し上げますと、実は私に兄なんて存在しなくて」
『はい……!?!? イマジナリーってこと!?』
「RPの辻褄を合わせるためにそういうことにしなければならなくて……」
『え、じゃああのディレクションは誰が……?』
「わ、私、です……」
ああ、絶句ってこういうことを言うんだな、と思った。現実逃避である。きっと沙門くんのずば抜けた思考回路がギュンギュン回っているのだ。
喉がカラッカラだった。しかし、こんな空気感の最中にあって、暢気に水分補給などしていられない。飲みこんだ唾が喉奥にへばりつくように転がっていく。
『コウガが僕に嘘を吐いてたってのは考えられない。どうしたってボロが出てすぐにわかるから。ということは……』
『まあ、その、あれね。俺は、モッさんのお兄さんだと思って、モッさんに会ってたってことになる』
『そう、なりますよね、はい』
スゥ、と息を吸う音の後に、感情が爆発したような悶え声。ビリビリとノイズキャンセリングが入る。そうだよね、きっと今世紀最大に知りたくなかった事実だよ。普通はそういうリアクションになる。もう俺は駄目かもしれない。
『なるほど、その漏洩した機密っていうのも把握しました。でも、それで活動休止っていうのは大袈裟すぎる。事務所挟んで話し合いなり何なりで折り合いをつけるものでしょ』
『あ~~~~……あの、地声バレされた後、オレがリア凸した』
『は!?!?』
『や、なんか……このままだと二度とモッさんと絡めなくなるような気がして……いくらディスコかけ直しても出ないし、居ても立っても居られなくなっちまって』
『コウガぁ……お前なぁ……ああ、もう、めちゃくちゃだよ……』
声の遠ざかり方からして、きっと今沙門くんは頭を抱えているのだろう。デフォが冷静沈着で超然としているだけに、彼をここまで困惑させてしまったことへの申し訳なさがただひたすら募ってやまない。
『でも、実際オレが凸って説得してなかったらモッさん活動辞める勢いだったし……』
「や……凸られてなかったら私も普通に事務所挟んで交渉して、とか考えてましたよ。でも家にいらっしゃった瞬間、ああもう駄目なんだって腹を括ったというか」
『いやだって、絶対交渉で丸く収まったとしても、活動畳む方針で舵切ってたでしょ絶対!』
「それはまあ……その通りというか、それが当たり前の反応なのでは!?」
『まあ僕なら活動続けることを第一に考えるけどね』
推しからの鋭い一声でまんまと沈む。こればっかりはスタンスの違いだ。ここでこの二人と本当に分かり合える事はきっと無いだろう。俺は間違いなくイレギュラーなのだから。
「……まあ、とにかく、コウガさんから直接説得を受けて、ひとまず活動を引退することだけは思いとどまりましたが……それでも、やはり、彼にバレてしまったことで、自分が無自覚に抱えていた、活動スタンスのゆがみと直面することになり、今一度向き合いかたを模索する必要があると考え、活動休止に至ったというのが真相です」
『あ~……よりにもよって、別人として会ったことのあるコウガに身バレしてしまったことで、自認がゴチャったって感じかな』
「そう、ですね……そういうことだと思います。つまりは自業自得なんです」
『いや、まあ、誰しもミスはあるし……まあどうして別人と偽ってコウガと会ったんだって話にはなるけど、あの歌ってみたが出来上がるにはどうしても不可欠な一手だったから、とても僕からそこを責める気にはなれないな。なんてったって、あれは僕の宝物なんだよ』
染みわたるような沈黙が生まれる。ああ、そうだ。俺が沙門くんの信頼を損なうことで、彼の宝物までも貶めることになりかねなかったのだ。ますます、罪悪感が膨らんで、息が詰まる。切り離したようでいて、俺とレイネはどうしても表裏一体なのだ。
『ひとまず、ここまで話を聞かせてもらった時点で、僕のスタンスを明らかにさせてもらいたいんですけど……僕はあくまで、これからも、モッさんにはお兄さんがいるという前提のもと、今後とも変わらず、仲の良い同業者としてお付き合いさせて頂けたらな、と思います。僕も沙門というひとりのVですから、RPを尊重させていただきたいんです。Vってそういうものですから。中身がどうとか、そういうことは関係なく、なりたいものになるのがこの世界の流儀でしょう』
『なるほど、そう来たか……』
コウガくんはまるで身構えるようにそんなことを呟く。対する俺は、咄嗟に言葉が出ないほど打ちひしがれた。俺がウダウダ考えて時間をあれだけ浪費したのに対し、沙門くんは殆どノータイムで、あっさりと、Vとしての最適解を提示してくれたのだ。
崇高だと思った。コウガくんからもらったのが救いだとしたら、沙門くんのこれは報いだと思った。身の引き締まる思いだった。
「すみません、言葉が見つからなくて……そのお言葉が、今は何よりもありがたいです」
『いえいえ、この界隈にいて、この程度の暴露でいちいち精神を乱してたらやってられませんよ。可愛いものです、今まで体験してきた数々の修羅場と比べたらもう……』
『……あの~、いい感じで締めくくろうとしてるところ悪いんだけどさ、実はもう一つ報告したいことあって』
『はい、なんですか?』
どうにか元気を装ったようなカラッとした声で返事をする沙門くん。正直もうこれ以上のステーキは勘弁してくれ、と言ったような声色である。
「あの~、コウガさん。もう、いいんじゃないですか、私の兄のことは、沙門さんに関係ないことですし……」
『でもオレのことでもあるじゃん? ねえ、サモ、オレの大事な話、聞かされてなかったら、絶対モヤるでしょ』
『もうすでに十分モヤってたけどね。どうしてこんなややこしいことになる前にどっかで相談してくれなかったのかな二人とも。モッさんが休止してからはコウガも露骨に僕のこと避けるし。そもそもモッさんだって休止するまで思い詰めるくらいなら僕を頼ってくれたっていいじゃんって思ったし』
「すみません……」
『だってさあ、オレだけの問題でもないじゃん……お前に問い詰められたら自分絶対ゲロると思ったし』
ノイキャンが入るほどのクソデカため息。ごもっともである。しかしまあ、こればっかりはコウガくんも巻き込まれた側であり、俺も俺で、レイネの真実は俺だけの問題ではなく事務所の威信にも関わることなので、おいそれと口にできなかったのだ。
『まあ、いいよ……結局こうして全部話してくれたし……それで、なに? もう一つ報告って』
『あ~、あの……へへッ、実はですね、オレ、モッさんのお兄さんと、真剣に付き合うことになりまして』
『どうしてそうなった!?!? オイ、ちょっと待ってくれ。何も分からない。意味が全く理解できない。はあ!?!? その流れでどうしてそうなる!? ねえモッさん!!』
「はっ、ハイ!! すみません、色々あって、いや、あったみたい、で」
『いろいろあったじゃすまないよこれは!! モッさん、一回あの、お兄さん、お兄さん呼んできて!』
「かっ、畏まりました……」
マイクミュート。エフンエフンと咳払いし、あ、あ、あ、とチューニング。まって、これ公開処刑では? どんな顔して臨めばいいんだ。
「は、初めまして……レイネの兄の、永戸遍と申します」
『初めましてこんばんは! ところで一体どうしてコウガと付き合うなんてことに!?』
「私めの口からはとても……コウガくん、助けてくれ。尊敬する方に自らの醜態を洗いざらい白状するなんて耐えられない」
『えぇ~……どうしたもこうしたもなくない? オレがレイネのセンシティブボイス欲しがったところから始まり、さらなるセンシティブを求めてナガトさんとあれこれしてるうちにオレがナガトさんとちゃんとヤりたくなって、互いにメロメロになって、想いを確かめ合って、めでたくゴールインって感じ?』
「あれこれした? まるで俺までもきみにのせられて一緒にあれこれしてたみたいな言い草じゃないか、やめてくれ。俺はそんな変態じゃない、偏向報道だ。少なくともセンシティブボイスを提供することに関しては脅されて仕方なくやっただけだし、その後のアレも……アレは、あの、勝手にきみが俺の体で遊んでただけだろうが!」
『ハァ!?!? オレはオレなりにナガトさんのこと気持ちよくしてあげようと、奉仕の精神でやってましたけど!? それを遊んでた呼ばわりは流石に心が無いんじゃないですかねぇ!? しかもオレ自分のを挿れてもナガトさんが苦しくないようにと思ってじっくりコトコト頑張ったんだぜ!? むしろ褒めろよオレの忍耐を!!』
「そうならそうと決めた時点で言ってくれ!! 君に遊ばれてると思って拗らせてた俺が馬鹿みたいじゃないか!!」
『だって、ナガトさん絶対無理って言うと思ったし……その前にオレがいないとイけない体に躾けちゃえば断れないかなって……』
「外堀を埋める手段が最悪なんだよきみはァ!!」
『あのさ』
ヒートアップしていた言い争いが、一瞬にして凍り付く。深淵の底から聞こえてくるような、静かで、有無を言わさぬ声だった。配信外のガチだ。つまりこれが沙門くんのマジギレである。
『まあ、なんか、経緯は大体分かりましたよ、はい。ねえ、コウガ、ナガトさん。この後、急にはなるけど、カラオケとかでゆっくりお話しようか』
「き、今日、ですか」
『うん、今日、いまから』
『あっ、スゥーーーーーーーー……あの、ちょっと、いまから用事が』
『ないよね?』
『あの』
『ないでしょ』
『……ハイ』
『ナガトさんは大丈夫ですか』
「はっ、ハイ、勿論です。喜んで馳せ参じます!」
テロン、と、誰かしらが通話から落ちる通知音。沙門くんだ。コウガくんと二人で沈黙を分かち合っていれば、間もなく、チャットに高級焼肉屋のURLが送られてきた。なんということだ、仕事が早すぎる。知ってた。
『これ、多分説教だよね』
「頼むからバックレないでくれよ」
『あっ、オレ、実はサモと位置情報共有しててェ』
「逃げられないかぁ……」
『そっちに迎え行くわ……』
「了解」
VCで顔が見えないはずなのに、哀愁漂う彼の背中が見えたような気がして、ゆっくり息を吸った。もうすぐ28歳、成人男性、永戸遍。これから、推しに叱られるために焼肉屋へ向かいます。
俺の人生、どこまでトンチキになれば気が済むんだろうな、そんなことを思いながら、身支度を始めたのであった。
279
お気に入りに追加
441
あなたにおすすめの小説

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール
雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け
《あらすじ》
4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。
そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。
平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる