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第十九話

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「なんか、見つかった気がする」

 ハッスルしすぎた昨晩から、ようやく目が覚めたと思えば、既に時刻は正午を過ぎていた。無駄にスッキリした頭を抱え、なおも俺を抱きしめながらグースカ寝息を立てるコウガくんの拘束からどうにか逃れて、ひとまずウーバーで頼んだ牛丼。

 ダイニングテーブルで向かい合い、何を話すでもなく、つゆのしみたご飯をモソモソとかき込みながら、ふと、俺は呟いた。

「なにが?」

「レイネと俺の境界線」

「そんなんあるの」

「今までは曖昧だったの。でも、ちゃんと線引きしないとなって思って、ずっと、これってものを探してたんだよ」

「ほぉん……正直ね、正直なところ言うよ。Vのファンって、口ではどうこう言うけど、やっぱりさ、ガワの奥にあるナニカを幻想してる節あると思ってて。無粋だけどさ。オレも含めて、そこらへんをちゃんと区別できてるファンってそうそういない気がすんだよね」

「だからこそだよ。宝箱だと思って蓋を開けたらミミックだったら誰しもガッカリするし、悲しんだり、怒ったり、少なくとも、いい気分はしないだろ」

「まあね」

「レイネというVは、あくまで、活動を追ってくれるリスナーにエンタメを提供するための存在なわけ。そこに、俺の欲望だとが自我だとかが介入して、ノイズになったらおしまいだと思うんだよ。せめて、本質はミミックだったとしても、夢を見せる存在として綺麗なままでありたい。それでさ、ミミックだってことを露見させないまま、幕引きを迎えるのが一番だよなって」

 フウン、と低く唸り、黒烏龍茶をゴクゴクと飲むコウガくん。明確な終わりを意識しながら活動する、という考えが、イマイチしっくり来ていないようだ。何せ、彼は、人生の全てを捧げてストリーマーやってる活動者だから。俺なんかとじゃ覚悟が違う。

「ファンとしちゃ、どうあれ活動続けてくれるのが一番嬉しいけどな」

「多分、俺の感覚が、どっちかといえばクリエイター寄りだからってのはあるよ。俺は、レイネに自分を投影してるんじゃなく、レイネというエンタメ存在をリアルタイムで創作してる。だからこそ、終わりっていうか、完成を求めずにはいられないんだ」

 目指す完成形は、レイネという存在が、リスナーの綺麗な思い出になること。それが、ずっとリスナーを騙し続けている俺なりの、彼らへの誠意の形だ。始まりも、ここに至るまでの課程も、俺にとっては殆どが不本意だった。まさかここまで大きくなるとは思っていなかったし、毎日、何かしらのことで悩んで、苦しんだ。

 それでも、楽しかった。夢を見せる側にありながら、身に余るほどの夢を見せてもらった。

 今までは、楽しいと思うことに罪悪感が付き纏っていた。レイネをやっているのは俺だが、俺はレイネではないのだから、喜ぶ資格なんて無いと思っていたのだ。

 どうせ、すべては、レイネだったからこそ起こったことだ、と。リスナーが楽しんでくれるのも、見ているのがレイネだからで、好きだと言われている対象も、俺ではなく、レイネなのだ、勘違いするな、と。俺という存在自体が、レイネの汚点なのだから。

 そう、思うことが、誠意だと信じて。事実、そう思うことで、自分が傷ついていることから、目を逸らし続けた。

「なあ、カイくん。きみは、俺がレイネをやっていたから、好きになったのか?」

「……まあ、きっかけはね。でも、今は……レイネのおかげで、ナガトさんに出会えたと思ってる。ほかのファンがどうかは知らないけど、少なくともオレにとって、レイネはミミックなんかじゃなかったよ」

「うん……俺はさ、そんな物好きなんていないと思ってた。レイネを好いてくれる人は、きっと俺を憎むだろうなって……まあ、なんだ。怖かったんだ。レイネのことを好きって言われれば言われるほど、自分が嫌われていくような気がしてた。だからさ、救われたんだ。きみが、俺自身に手を伸ばしてくれているって分かって……嬉しかった。そういうことばっかりじゃないんだなって思えたんだ」

 たとえ、そんな物好きがコウガくんだけだったとしても、彼が例外であったと言うだけで、自分を強く持てる気がする。いままでは、頑なに自己否定を続けることで、レイネと自らの差分化を図っていたが、その必要がなくなったのだ。

 これからは、もっと前向きに、レイネという存在に魂を吹き込める気がする。リスナーの需要にももっと応えられるかもしれないし、何より、リスナーからの愛に怯えずに済むから。

「あ、もしかして、レイネとナガトさんの間にある境界線って、オレのこと?」

「……そういうことになる、のか」

「モッさんとオレは友達だけど、ナガトさんとオレは恋人だもんな」

「きみ、そう言ったからには、二度とレイネで抜くなよ。浮気判定だからな」

「……ハイ」

 おい、なんだその沈黙は。なんでそんな不服そうなんだ。別に溜まったら俺に言えばいいし、それができないならF○NZAなりD○siteなり駆使すればいいだろ。俺だって男なんだから、恋人とのセックスと性的欲求の解消は必ずしもイコールではないって感覚的に分かる。レイネでさえなければ俺の知らないところでどんなものをネタにシコっても何も言わないから。

「というわけで、まあ、そろそろ活動再開しようかな、と考えてる次第です。どう思われますか」

「~~~~~~~~~~っ!! 最高、マジでありがとう!!」

 コウガくんは何度もガッツポーズしながら満面の笑みで身を乗り出し、俺の手をとってブンブン振った。どこまでも天真爛漫で無邪気な反応だ。なんだか、今までウダウダと悩んでいた今までの時間がすこし馬鹿らしくなるようだった。

「早速ギャングモスでまた何かやりてぇ~~!! うわ待って、良いこと思いついた。3人で幽霊調査やらん? モッさん復帰一発目ならサモもギリいいよって言ってくれる気がするんだわ」

「幽霊調査やってる沙門くんだと……? うわ、見たすぎるそれは」

 ゲームが大好きで、どんな種類のゲームでもすぐにコツを掴んでサクサク軽快にプレイすることに定評のある沙門くんだが、そんな彼の唯一の弱点がホラーだ。リスナーへのサービス精神逞しい彼が、どんなに需要があってもホラゲだけはやらないと頑なに公言しているくらいには、ホラーへの耐性が無いのである。

 彼が配信でホラゲをやっているところは、初期も初期、しかも事務所に所属していた頃のコラボでしか拝めない。それも、事務所のいざこざでアーカイブが消し飛んでいるので、少ない切り抜きでしか回顧することができないのだ。

「よしよしよしよし! やろうぜ、やろうぜ! あ、そうだ。あのさ」

「ん?」

「オレ、サモにはできるだけ隠し事したくないっていうか……隠し事できないんだわ。どんなに気を付けても、アイツにだけはすぐバレる」

「……はい」

「サモにだけは、全部、話しておきたいんだけど、どうッスか、ね」

「なるほどぉ……」

 フウ、と大袈裟に息を吐き、容器の底に溜まった米粒を一気に口に入れて、殆ど嚙まずに飲みこむ。つまりは、推しに今までのことをすべて懺悔しなければならないということで。

 許されるのか? 俺。受け取られようによっては、バ美肉を公言せずに活動し、うら若きストリーマー(それも大事な弟分)に近づいてまんまと篭絡した不届き者として認識されかねないのでは。

 しかし、コウガくんに要らない隠し事を強要するのもそれはそれでギルティだ。極力、彼にはこれからも伸び伸びと活動を楽しんでいてもらいたい。

「サモなら全然普通に理解してくれると思うけど」

「沙門くんがそういう偏見を持ってるとかは全く思ってないよ、勿論。でもねぇ……冴えないアラサー成人男性の分際で、きみみたいな若者と交際するって、事実がどうあれ別のダメな雰囲気がするというか……穏やかじゃないよな~と」

「つまりどういうこと?」

「もし俺が沙門くんの立場なら、大事な弟分が脅されてるか騙されてるかを心配する」

「そんな思う~!? 気にしすぎだろ、杞憂民より杞憂するじゃん」

「一応自分のことだからさ……まあでも、実際、ちゃんと話しておいた方がいいのは事実よな。一応、事務所に確認だけさせて。機密の漏洩にならないかだけ」

「機密……オレの扱いは?」

「こっちの落ち度でバレるのと、自分からバラすのは違うんだよ」

 ほぉん……そんな、気のない返事をして、空になった牛丼の容器と割りばしをいそいそとビニール袋に投げ込むコウガくん。まあ、確かに結果だけ見れば同じだけどな。

 さて、腹ごしらえを済ませ、勝手にうちのスイッチでスプラをプレイし始めたコウガくんを後目に、防音室へ身を滑り込ませる。

 通話履歴をスクロール、目当てのアドレスを探し当てる。忙しいだろうが、もし喫煙休憩にカチ合えば、個人用携帯の方には出てくれるはず。

『ウイ、どした』

「ああ、八女川……ちょっと相談というか、確認したいことがあってな」

『なんだよ、改まって』

「非常に私的なことで、紆余曲折あってコウガ氏と交際することになったんだが」

『……そうはならんやろ』

「なっちまったんだよ、これが。それでな」

『待て待て待て待て……一回タンマ、もう一本いかせてくれ』

 ゴソゴソと胸ポケットを探る音の後、ややあって、カチカチとライターの音がスピーカーの向こうから響く。俺は平然を装いつつ、固唾を飲んで八女川からのレスポンスを待った。

『ハァ~~~~……まあ、事情はまた追々聞くけど。それで?』

「まあ、それに伴って、レイネの活動休止解除の目途が立ちまして」

『ほう! ……ほう?』

「早速、コウガ氏と沙門氏とレイネで何かやらないか、ということになっているのですが」

『大丈夫か、それ』

「勿論、タイミングとか折り合いはちゃんと考える。問題はそこじゃなくてな」

『……はあ、そこじゃない』

 ああ、どうしよう、ずっと胃がキリキリ痛い。よく考えなくても何だこの話。大学からの友人とは言え、勤めてる会社の代表にする話じゃないだろ。

「あの~……コウガ氏が、ですね。沙門氏には、事情を共有しておいた方がいい、と仰っておりまして……外部の方でコウガ氏と並んで一番絡みがある活動者の方ですし、信頼関係を損ねないためにも、一度腹を割った話し合いを裏でしておきたいな、とは、思うのですが」

『どこまで話すおつもりで』

「どこまで話していいものですかね……代表の見解を伺いたいのですが」

『うぉ~ん……まあ普通に、社会人なら公私は混同しないでほしいですけどね』

「ごもっともすぎる」

 フハァ、と、煙を吐いたらしい息遣い。ただでさえ忙しいのに、貴重な束の間の休息時間に余計な気苦労を掛けて申し訳ない。しかし元をただせば俺がレイネをやることになったのはすべて八女川の采配だ。苦労を掛ける筋合い自体はあると思うのだが、いかがか。

『まあ、あのね。俺が出来ることは、何も聞かなかったフリだけです。公への漏洩さえなければ、ペナルティなんかはそもそも必要ないですから。そこらへんの裁量は任せますよ、ハイ』

「もし何かあったら俺がすべての責任を取る」

『TOFの責任者は俺だ。それだけは譲らねえからな、肝に銘じてくれ』

 八女川は俺が何か返事を返す前にあっさりと電話を切った。つまりは、八女川に責任を取らせることを念頭に置いて行動しろ、ということだ。俺へのプレッシャーのかけ方がよく分かっている。これだからアイツは侮れないのだ。酒カスヤニカススロカストリプル役満男のくせに。

 防音室を出て、フウと一息。ひとりでやいのやいの言いながらソファに体を沈めてサモランに興じるコウガくんの隣に座ってみる。すると彼はナチュラルに俺の膝を枕にして寝転がった。猫か。かわいいかよ。グッと来てしまった自分、いよいよ重症だ。

「どうだった?」

「任せるって。知らないところで勝手にやれってとこ。二次創作に対する公式のスタンスみたいな感じだな」

「なるほどねぇん……」

「だからまあ、全部話すよ。きみと沙門くんの間に変な軋轢が生まれでもしたら、それこそ責任の取りようが無いし。こちらのミスで君を巻き込んでしまった以上、君の意思は最大限尊重したい」

 コウガくんはプロコンを両手に持ったまま伸びをして、ウウウ、と高く呻いた。そしてボソリ、息を吐きながら、好き、なんて呟いて、咳払いした俺をクスクスと笑った。

 勝てないなあ、なんて、しみじみ思った。
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