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第六話
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包み隠さず白状しよう。この一週間、俺は舞い上がりっぱなしだった。それまでの不安をすべて忘れて、Vになって良かった、なんて都合の良いことを思ったくらいだった。
だって、推しに認知されて、更には言葉を交わして、あろうことか一緒にゲームすることまで叶うんだぞ。しかも沙門くん、表で出しているよりもずっとマメな人で、配信上のNGワードや避けたい話題などを相互に共有しようとしてくれたり何だりで、何だかんだ毎日DMでのやり取りが続いているのだ。
こんなに都合の良い展開があっていいのかと、何度も夢を疑った。抓りすぎた左手の甲の内出血がドス黒くなるくらいだった。
これほど瞬きの間に過ぎたと感じた一週間は無かった。ふとした瞬間にディスコのDMを開いては、沙門くんからのDMに即レスできるようにしていたし、毎日3時間は訓練場でエイム練習した。狂気と正気を反復横跳びして脳がフリーズドライになりそうだった。
さて、そんなこんなで、コラボを翌日に控えた水曜の夜。最終打ち合わせをしつつ会話に慣れようということになっていたため、俺は息を整えて招待されたサーバーのボイスチャンネルに入った。すると、時間前にも関わらず既に沙門くんの話す声が聞こえて、俺はしっかりフリーズした。
さっきはよく見ていなかった参加者欄をあらためて注視する。沙門くんのアイコンと名前の下に、これまた見覚えしかないアイコンと名前が並んでいた。
「あっ、お疲れ様、です~~……、あの、私、時間間違えましたかね……?」
『あっ、レイネさん! お疲れ様です、間違えてませんよ! すみません、びっくりしましたよね。ちょっと急なんですけど色々あって……コウ、ほら』
『あ……初めまして。コウガです。EMPのストリーマーです。よろしくお願いします』
「初めまして~……TOF所属のレイネ・モスコミュールです~……えっ、Gangesじゃないですか、ドッキリですか?」
『いや違っ……いまして』
えっ、何。どういう状況? 沙門くんとサシだと思っていたサーバーに先客がいたんですが。しかもその先客、沙門くんとコンビ組んで色々なFPSの大会で伝説残しまくってる超有名イケメンストリーマーのコウガくんなんですが。
コウガくんといえば、確かミドルティーンの頃からFPSのプロシーンで活躍してきた、世界大会にも出場経験ありの元プロゲーマーで、プロを退きストリーマーとなった今も、さまざまなゲームで最高ランクを獲得しているカリスマストリーマーだ。現在もEMPというチームのストリーマー部門に所属し、プロアマ混合の大会で引っ張りだこの存在である。
FPSゲーム配信を主な活動としている沙門くんと極めて仲が良いことでも有名で、一時期はほぼ毎日のようにこの二人でランクを回す配信を取りまくり、コウガくんのチャンネルでアップされる公式の配信まとめ動画は軒並みミリオン再生されていた。
この二人が組んだ時のアンストッパブルな暴走や、爆発力、そして発言の治安の悪さから、『Ganges』という通称で親しまれており、界隈ではアイドルじみた熱狂的な人気を得ていたりもする。
沙門くん推しならコウガくんを知らないものは無いし、はたまたその逆も然り。二人を語るうえでは互いが互いに欠かせない、そんな人気タッグなのである。
勿論俺もその例に漏れず、沙門くんの爆笑切り抜きには大抵と言っていいほどコウガくんの存在があるし、沙門くんの他では引き出せないガラの悪い一面を引き出してくれる人とう認識で、ファンとはいかないまでも親しみ深く思っているし、Vとなった今では、何より尊敬の念にたえない存在だ。
しかし、そんな、俺にとっては沙門くん同様雲の上の存在のようなコウガくんが、どうしてレイネと沙門くんの打ち合わせに現れたのだろうか。
『レイネさん、本当に申し訳ない。急な申し出にはなるんですが、明日のコラボ、コウガも一緒に出来ないかな、と思って、ちょっと呼ばせていただいたんです』
「なーる、ほど……すみません、本当にびっくりしちゃって、あの、もちろん、一方的ではあると思いますが、コウガさんのこともよくよく存じておりまして……大人気なお二人ですから、ちょっと物怖じしちゃってるところは否めないというか」
『一方的じゃない、です。あの、オレも、モッ……レイネ、さんの配信、見てます。めっちゃ。サモはこんな言い方しましたけど、急にお願いしたのはオレの方で……』
「アッ、そ、そうなんですね……! 恐縮です……」
うわあ、サモ呼びだぁ……ガチなんだ……なんかちょっと牽制されてるみたいでファンの自我がソワソワするぜ……これがGangesてえてえか……ちゃんと裏でもこんな感じなんだな。ちょっと感動。
あとコウガくんさんレイネのこと一瞬モス子って言いかけたか? 配信見てるってマ? ヤバ、マジで恥ずかしすぎるんだが。俺にとってコウガくんは沙門くんの相方さんっていうイメージだから、推しの身近な人に俺の演じた醜態が観測されていると思うとだいぶしんどいんだが。
『僕がレイネさんのことを知ったのも、コウガに共有してもらったのがきっかけなんですよ。先週凸待ちにお邪魔した後、LINEブロックされるくらい拗ねられて』
『ちょい、待て待て、何もかも全部バラすなって』
「アハハ……」
なるほどな、真相が分かったぞ。沙門くんのコウガくんへの愛は界隈でも有名だ。基本誰に対しても柔和で優しい沙門くんだが、凡その人に対する優しさがちゃんと水で調整したカルピスだとしたら、コウガくんへのそれは原液そのまま、みたいな感じなのである。
つまり加減が無い。タガが外れている。生き別れの兄弟説が出るレベルだ。
まあ、つまり、レイネは兄弟喧嘩の仲直りのダシに使われているということだろう。まあ、そうでなくては、誠実で良識的な沙門くんが事前の了承もなく急に誰かをVCに連れてきて、更にはこんな要請をすることなど有り得ない。
そうかあ、Gangesのこういうノリってある種のファンサだと思ってたけど、ガチなんだな……何と言うか、当事者として立ち合ってみると、ちょっと胸焼けがするというか。
うん、正直に言おう。推しのちょっとルーズなところすら引き出せるコウガくんにジェラってしまう。マジで羨ましい。コウガくんにしか見せていない沙門くんの一面とかもあるのだろうし、それだけ沙門くんにとってコウガくんは特別なのだ。
親しみ深いし、配信者として尊敬している。憧れてもいる。でも、そんなコウガくんのことを心底から好きになりきれないのは、そういうヘドロみたいな感情があるからなんだよな。本当に面倒くさい公序良俗に反するような厄介ファンの自我だと思うので、おくびにも出すつもりはないが。
「あ~……大丈夫、ですかね……私、お二人の間に挟まって、不敬では……? だってGangesですよ? この間○―ソンで出てたコラボ商品買いましたもん。私みたいな活動歴半年の新参者が容易く立ち入っていい世界だとはとても……あと300年は修行が必要のような」
『なんか……リスナーが気にするようなこと気にするんスね』
「ウッ……当事者意識が足りないですよね……ごもっともです……」
だって事実俺はリスナーだし。仕方ないじゃん。そもそも自信をもってこの業界に足を踏み入れたわけじゃないし。正直、今回の沙門くんとのコラボも一回限りの思い出づくりだと思ってる節がある。まあこのコラボを足掛かりに他のTOFの子は果敢に紹介していきたいと思ってるのも確かだけど。
『コウガはこんなこと言いますけど、リスナーの感情にナチュラルに寄り添える意識って本当に大事ですよ。活動を続ければ続けるほど薄れていきがちなものでもありますし。気にしすぎて活動の幅が狭まるのはちょっと頂けませんけどね』
あっ、最後にしっかりグサッと刺された。歴の長さが身に染みる。活動歴7年と6年の言うことはやっぱり違う。くぐってきた修羅場の数が違うんだよな、きっと。
『オレは、配信であることは勿論ですけど、一番はやっぱりゲームを楽しみたいっていうか。心の底から楽しんでいれば、それを楽しんでくれる人が必ずいると思うんで。レイネさん、オレ、サモがいるから来たとかじゃなくて、サモとレイネさんと純粋にゲームやりたくて、無理言ってここに入れてもらったんです』
『そうなんですよ。コウガって基本受け身なので、自分からこんな風に言ってくること滅多に無いんです。無理言ってることは承知の上なんですが、僕からもお願いします』
うわ~~~~~~~~!!!! そんなこと推しに言われて断れるはずなくない!? それこそ畏れ多いだろ!! 無理無理無理!!
それに、コウガくんが筋金入りの人見知りで、基本受け身なのは、彼の活動を見ていればいやでも分かる。彼が積極的に誰かに何かを働きかけたところなど、それこそ一度くらいしか見たことがない。沙門くんとコウガくんの出会いが、まさしくそれだった。
マジで何故。どうして栄えある2回目がレイネに発揮されてしまったのか。その熱意はいったいどこから来る? もしかしなくても、沙門くん絡みだからか? いや、そうか。そうに違いない。
きっと、沙門くんとレイネが絡むにあたって、何かしら不審なものを感じたから、居ても立っても居られず口を出してきたのだ。恐らくこれはコウガくんによる監査。ならば、俺はどこまでも弁えたオタクであるということを示すまでのこと。
「……すみません、お二人にそこまで言わせてしまって。歴は浅いですが、社会人として、これ以上お二人に失礼を働くわけにはいきません。僭越ながら、コラボの件、謹んで了承させていただきます。よろしくお願いいたします」
『ああ、よかった……! ありがとうございます、レイネさん! こちらこそ、よろしくお願いします!』
『……ッ、マジっすか!? うわ、本当すみません、ありがとうごさいます!! マジ途中テンパりすぎて泣くかと思った……一生のトラウマになるところだった……』
「どういうことですか……?」
『や……自分から無理言ってお願いすることとかマジで無くて……個人的にデッドオアアライブの大博打だったって言うか……オイそこ笑うな、人の一世一代を笑うなサモ野郎お前』
アッ、さっきから入ってたノイキャンの声って沙門くんの爆笑する声だったのか。なるほどな。いやずっと笑ってるじゃんこの人。配信でもなかなか見ないレベルじゃん。あらためてコウガくんパワーすごい。流石、存在自体が沙門くんのツボと謳われるだけある。
『ンハハッ゛wwwwww ゲホ、ゴホッ、ブッ、フフフ……ッ、ごめ、マジで、よかったなコウ……w 声震えすぎお前……www ハーーーーーーーっ、ヤバ……w 面白すぎッ……w』
『人間誰もがお前みたいなコミュ力プレデターだと思うなよ……』
『でもコウだってネット弁慶でしょ。いつものイキり千枚舌どこやったのw』
『ネット弁慶言うな、事実陳列罪やめろ、訴えるぞ』
「あぁ、事実ではあるんですね……w」
ブッ、と吹き出す音が聞こえた。先程からずっと沙門くんのアイコンがチカチカしている。我が推しながら、こんな調子で明日の配信は大丈夫なのだろうか。コウガくんもなんだか普段の配信で見せるクールさがどこかへ吹っ飛んでいるような気がするし。
『やっ、あの、違うます。詐欺です。オレの言うこと信じないでください』
「……ッw、あ、そう、ですか。サイトを見てたら急に登録料請求されて裁判になるって脅されても、りんごのカードは買っちゃダメ、と……」
『あっ、ハイ。そうスね。わざわざコンビニ行くのダルいし。課金はクレカがいいと思うっス、ハイ』
「……コウガさんいったいどうしちゃったんですか?」
『へっ?』
ふたたび沙門くんがノイキャンの海に沈んでいった。かすかに台パンの音まで聞こえてくる。これ配信外マジか。さてはこの二人、これが通常運転だな。すげえや。まさしく天性のバディだ。こればっかりは厄介ファンの自我も認めざるを得ないぜ。
『ゲホッ、ゲホ……ッあ゛――――――――、頭痛い。どうしよう、今から密林で酸素缶注文しても明日までに届きますかね?』
「そんなにですか」
『もう明日の配信が怖いです。僕壊れちゃうかも』
『人のこと笑いものにして楽しいかよ』
『ごめん、マジで楽しい。マジで』
『お前はそういうやつだよな……』
今度はこちらが思いっきり吹き出す番だった。ガチトーンで認める沙門くんも、しみじみ諦めるコウガくんも面白すぎる。味わい深いとはこのことか。
『そうだ。事前にひとつ謝っておきたくて。オレ結構ノリで人のこと変なあだ名で呼ぶことあるので、不快に思われたらスミマセン』
「あ、全然大丈夫です! モス○-ガ―以外の呼び方であれば、何とでも呼んでください」
『レイネさん、コウガにそんなこと言ったら、僕みたいにサモとかサモさんとかサモンヌとかサーモンとか鮭野郎とかキリミとか散々な呼び方されますよ』
「フフ……ッ、呼び方をまとめた切り抜きとかありますよね。あれ何度も見ました」
『そんなんあるんですか!? 何度も見ないでくださいよ、ヤバ……恥ず……』
『理解ある推しでよかったね、コウ』
『覚えとけよアトランティック』
「ッwww、サモン・アトランティック……w」
『ダハハ!! アハハハハッ、グフッ、それヤバいw モッさん最高www サモン・アトランティックさんwwwwwwwww』
『あのさぁ……勝手にラストネーム錬成しないでよ……と言うかそれ配信でやってよぉ』
とまあ、こんな調子で、打ち合わせは気付けば日付を超すまで続き、とは言っても3人でひたすら取り留めのない雑談がひたすら盛り上がっただけだったが、おかげで何となく3人での配信のテンション感を掴むことができたのだった。
だって、推しに認知されて、更には言葉を交わして、あろうことか一緒にゲームすることまで叶うんだぞ。しかも沙門くん、表で出しているよりもずっとマメな人で、配信上のNGワードや避けたい話題などを相互に共有しようとしてくれたり何だりで、何だかんだ毎日DMでのやり取りが続いているのだ。
こんなに都合の良い展開があっていいのかと、何度も夢を疑った。抓りすぎた左手の甲の内出血がドス黒くなるくらいだった。
これほど瞬きの間に過ぎたと感じた一週間は無かった。ふとした瞬間にディスコのDMを開いては、沙門くんからのDMに即レスできるようにしていたし、毎日3時間は訓練場でエイム練習した。狂気と正気を反復横跳びして脳がフリーズドライになりそうだった。
さて、そんなこんなで、コラボを翌日に控えた水曜の夜。最終打ち合わせをしつつ会話に慣れようということになっていたため、俺は息を整えて招待されたサーバーのボイスチャンネルに入った。すると、時間前にも関わらず既に沙門くんの話す声が聞こえて、俺はしっかりフリーズした。
さっきはよく見ていなかった参加者欄をあらためて注視する。沙門くんのアイコンと名前の下に、これまた見覚えしかないアイコンと名前が並んでいた。
「あっ、お疲れ様、です~~……、あの、私、時間間違えましたかね……?」
『あっ、レイネさん! お疲れ様です、間違えてませんよ! すみません、びっくりしましたよね。ちょっと急なんですけど色々あって……コウ、ほら』
『あ……初めまして。コウガです。EMPのストリーマーです。よろしくお願いします』
「初めまして~……TOF所属のレイネ・モスコミュールです~……えっ、Gangesじゃないですか、ドッキリですか?」
『いや違っ……いまして』
えっ、何。どういう状況? 沙門くんとサシだと思っていたサーバーに先客がいたんですが。しかもその先客、沙門くんとコンビ組んで色々なFPSの大会で伝説残しまくってる超有名イケメンストリーマーのコウガくんなんですが。
コウガくんといえば、確かミドルティーンの頃からFPSのプロシーンで活躍してきた、世界大会にも出場経験ありの元プロゲーマーで、プロを退きストリーマーとなった今も、さまざまなゲームで最高ランクを獲得しているカリスマストリーマーだ。現在もEMPというチームのストリーマー部門に所属し、プロアマ混合の大会で引っ張りだこの存在である。
FPSゲーム配信を主な活動としている沙門くんと極めて仲が良いことでも有名で、一時期はほぼ毎日のようにこの二人でランクを回す配信を取りまくり、コウガくんのチャンネルでアップされる公式の配信まとめ動画は軒並みミリオン再生されていた。
この二人が組んだ時のアンストッパブルな暴走や、爆発力、そして発言の治安の悪さから、『Ganges』という通称で親しまれており、界隈ではアイドルじみた熱狂的な人気を得ていたりもする。
沙門くん推しならコウガくんを知らないものは無いし、はたまたその逆も然り。二人を語るうえでは互いが互いに欠かせない、そんな人気タッグなのである。
勿論俺もその例に漏れず、沙門くんの爆笑切り抜きには大抵と言っていいほどコウガくんの存在があるし、沙門くんの他では引き出せないガラの悪い一面を引き出してくれる人とう認識で、ファンとはいかないまでも親しみ深く思っているし、Vとなった今では、何より尊敬の念にたえない存在だ。
しかし、そんな、俺にとっては沙門くん同様雲の上の存在のようなコウガくんが、どうしてレイネと沙門くんの打ち合わせに現れたのだろうか。
『レイネさん、本当に申し訳ない。急な申し出にはなるんですが、明日のコラボ、コウガも一緒に出来ないかな、と思って、ちょっと呼ばせていただいたんです』
「なーる、ほど……すみません、本当にびっくりしちゃって、あの、もちろん、一方的ではあると思いますが、コウガさんのこともよくよく存じておりまして……大人気なお二人ですから、ちょっと物怖じしちゃってるところは否めないというか」
『一方的じゃない、です。あの、オレも、モッ……レイネ、さんの配信、見てます。めっちゃ。サモはこんな言い方しましたけど、急にお願いしたのはオレの方で……』
「アッ、そ、そうなんですね……! 恐縮です……」
うわあ、サモ呼びだぁ……ガチなんだ……なんかちょっと牽制されてるみたいでファンの自我がソワソワするぜ……これがGangesてえてえか……ちゃんと裏でもこんな感じなんだな。ちょっと感動。
あとコウガくんさんレイネのこと一瞬モス子って言いかけたか? 配信見てるってマ? ヤバ、マジで恥ずかしすぎるんだが。俺にとってコウガくんは沙門くんの相方さんっていうイメージだから、推しの身近な人に俺の演じた醜態が観測されていると思うとだいぶしんどいんだが。
『僕がレイネさんのことを知ったのも、コウガに共有してもらったのがきっかけなんですよ。先週凸待ちにお邪魔した後、LINEブロックされるくらい拗ねられて』
『ちょい、待て待て、何もかも全部バラすなって』
「アハハ……」
なるほどな、真相が分かったぞ。沙門くんのコウガくんへの愛は界隈でも有名だ。基本誰に対しても柔和で優しい沙門くんだが、凡その人に対する優しさがちゃんと水で調整したカルピスだとしたら、コウガくんへのそれは原液そのまま、みたいな感じなのである。
つまり加減が無い。タガが外れている。生き別れの兄弟説が出るレベルだ。
まあ、つまり、レイネは兄弟喧嘩の仲直りのダシに使われているということだろう。まあ、そうでなくては、誠実で良識的な沙門くんが事前の了承もなく急に誰かをVCに連れてきて、更にはこんな要請をすることなど有り得ない。
そうかあ、Gangesのこういうノリってある種のファンサだと思ってたけど、ガチなんだな……何と言うか、当事者として立ち合ってみると、ちょっと胸焼けがするというか。
うん、正直に言おう。推しのちょっとルーズなところすら引き出せるコウガくんにジェラってしまう。マジで羨ましい。コウガくんにしか見せていない沙門くんの一面とかもあるのだろうし、それだけ沙門くんにとってコウガくんは特別なのだ。
親しみ深いし、配信者として尊敬している。憧れてもいる。でも、そんなコウガくんのことを心底から好きになりきれないのは、そういうヘドロみたいな感情があるからなんだよな。本当に面倒くさい公序良俗に反するような厄介ファンの自我だと思うので、おくびにも出すつもりはないが。
「あ~……大丈夫、ですかね……私、お二人の間に挟まって、不敬では……? だってGangesですよ? この間○―ソンで出てたコラボ商品買いましたもん。私みたいな活動歴半年の新参者が容易く立ち入っていい世界だとはとても……あと300年は修行が必要のような」
『なんか……リスナーが気にするようなこと気にするんスね』
「ウッ……当事者意識が足りないですよね……ごもっともです……」
だって事実俺はリスナーだし。仕方ないじゃん。そもそも自信をもってこの業界に足を踏み入れたわけじゃないし。正直、今回の沙門くんとのコラボも一回限りの思い出づくりだと思ってる節がある。まあこのコラボを足掛かりに他のTOFの子は果敢に紹介していきたいと思ってるのも確かだけど。
『コウガはこんなこと言いますけど、リスナーの感情にナチュラルに寄り添える意識って本当に大事ですよ。活動を続ければ続けるほど薄れていきがちなものでもありますし。気にしすぎて活動の幅が狭まるのはちょっと頂けませんけどね』
あっ、最後にしっかりグサッと刺された。歴の長さが身に染みる。活動歴7年と6年の言うことはやっぱり違う。くぐってきた修羅場の数が違うんだよな、きっと。
『オレは、配信であることは勿論ですけど、一番はやっぱりゲームを楽しみたいっていうか。心の底から楽しんでいれば、それを楽しんでくれる人が必ずいると思うんで。レイネさん、オレ、サモがいるから来たとかじゃなくて、サモとレイネさんと純粋にゲームやりたくて、無理言ってここに入れてもらったんです』
『そうなんですよ。コウガって基本受け身なので、自分からこんな風に言ってくること滅多に無いんです。無理言ってることは承知の上なんですが、僕からもお願いします』
うわ~~~~~~~~!!!! そんなこと推しに言われて断れるはずなくない!? それこそ畏れ多いだろ!! 無理無理無理!!
それに、コウガくんが筋金入りの人見知りで、基本受け身なのは、彼の活動を見ていればいやでも分かる。彼が積極的に誰かに何かを働きかけたところなど、それこそ一度くらいしか見たことがない。沙門くんとコウガくんの出会いが、まさしくそれだった。
マジで何故。どうして栄えある2回目がレイネに発揮されてしまったのか。その熱意はいったいどこから来る? もしかしなくても、沙門くん絡みだからか? いや、そうか。そうに違いない。
きっと、沙門くんとレイネが絡むにあたって、何かしら不審なものを感じたから、居ても立っても居られず口を出してきたのだ。恐らくこれはコウガくんによる監査。ならば、俺はどこまでも弁えたオタクであるということを示すまでのこと。
「……すみません、お二人にそこまで言わせてしまって。歴は浅いですが、社会人として、これ以上お二人に失礼を働くわけにはいきません。僭越ながら、コラボの件、謹んで了承させていただきます。よろしくお願いいたします」
『ああ、よかった……! ありがとうございます、レイネさん! こちらこそ、よろしくお願いします!』
『……ッ、マジっすか!? うわ、本当すみません、ありがとうごさいます!! マジ途中テンパりすぎて泣くかと思った……一生のトラウマになるところだった……』
「どういうことですか……?」
『や……自分から無理言ってお願いすることとかマジで無くて……個人的にデッドオアアライブの大博打だったって言うか……オイそこ笑うな、人の一世一代を笑うなサモ野郎お前』
アッ、さっきから入ってたノイキャンの声って沙門くんの爆笑する声だったのか。なるほどな。いやずっと笑ってるじゃんこの人。配信でもなかなか見ないレベルじゃん。あらためてコウガくんパワーすごい。流石、存在自体が沙門くんのツボと謳われるだけある。
『ンハハッ゛wwwwww ゲホ、ゴホッ、ブッ、フフフ……ッ、ごめ、マジで、よかったなコウ……w 声震えすぎお前……www ハーーーーーーーっ、ヤバ……w 面白すぎッ……w』
『人間誰もがお前みたいなコミュ力プレデターだと思うなよ……』
『でもコウだってネット弁慶でしょ。いつものイキり千枚舌どこやったのw』
『ネット弁慶言うな、事実陳列罪やめろ、訴えるぞ』
「あぁ、事実ではあるんですね……w」
ブッ、と吹き出す音が聞こえた。先程からずっと沙門くんのアイコンがチカチカしている。我が推しながら、こんな調子で明日の配信は大丈夫なのだろうか。コウガくんもなんだか普段の配信で見せるクールさがどこかへ吹っ飛んでいるような気がするし。
『やっ、あの、違うます。詐欺です。オレの言うこと信じないでください』
「……ッw、あ、そう、ですか。サイトを見てたら急に登録料請求されて裁判になるって脅されても、りんごのカードは買っちゃダメ、と……」
『あっ、ハイ。そうスね。わざわざコンビニ行くのダルいし。課金はクレカがいいと思うっス、ハイ』
「……コウガさんいったいどうしちゃったんですか?」
『へっ?』
ふたたび沙門くんがノイキャンの海に沈んでいった。かすかに台パンの音まで聞こえてくる。これ配信外マジか。さてはこの二人、これが通常運転だな。すげえや。まさしく天性のバディだ。こればっかりは厄介ファンの自我も認めざるを得ないぜ。
『ゲホッ、ゲホ……ッあ゛――――――――、頭痛い。どうしよう、今から密林で酸素缶注文しても明日までに届きますかね?』
「そんなにですか」
『もう明日の配信が怖いです。僕壊れちゃうかも』
『人のこと笑いものにして楽しいかよ』
『ごめん、マジで楽しい。マジで』
『お前はそういうやつだよな……』
今度はこちらが思いっきり吹き出す番だった。ガチトーンで認める沙門くんも、しみじみ諦めるコウガくんも面白すぎる。味わい深いとはこのことか。
『そうだ。事前にひとつ謝っておきたくて。オレ結構ノリで人のこと変なあだ名で呼ぶことあるので、不快に思われたらスミマセン』
「あ、全然大丈夫です! モス○-ガ―以外の呼び方であれば、何とでも呼んでください」
『レイネさん、コウガにそんなこと言ったら、僕みたいにサモとかサモさんとかサモンヌとかサーモンとか鮭野郎とかキリミとか散々な呼び方されますよ』
「フフ……ッ、呼び方をまとめた切り抜きとかありますよね。あれ何度も見ました」
『そんなんあるんですか!? 何度も見ないでくださいよ、ヤバ……恥ず……』
『理解ある推しでよかったね、コウ』
『覚えとけよアトランティック』
「ッwww、サモン・アトランティック……w」
『ダハハ!! アハハハハッ、グフッ、それヤバいw モッさん最高www サモン・アトランティックさんwwwwwwwww』
『あのさぁ……勝手にラストネーム錬成しないでよ……と言うかそれ配信でやってよぉ』
とまあ、こんな調子で、打ち合わせは気付けば日付を超すまで続き、とは言っても3人でひたすら取り留めのない雑談がひたすら盛り上がっただけだったが、おかげで何となく3人での配信のテンション感を掴むことができたのだった。
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