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第二十話(最終話)

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 ガキン、ドゴッ、と、鈍い音がした。

 レドが再起してしばらく、激闘を繰り広げた末。

 ヴィドの心臓が、聖剣に貫かれた音だった。魔王が、勇者に敗北した瞬間である。

 ヴィドはその口から赤い血液を吐き、聖剣が引き抜かれた瞬間、その場に膝をついた。かすれた声で、ああ、と、幼気な呻きが、微かに響いた。

「コウモリ、魔界は貴様にくれてやる。好きに使え」

「……はい!?」

「勇者よ、よくぞ、俺を魔王の座から解放してくれた。これで、俺は、ようやく、愛する者と共に死ぬことができる」

「ええ……まさか感謝されるとは……まあでも、多分、俺も、アンタがいなかったらレギイと出会ってなかったし、こちらこそありがとう」

 ヴィドはフンと鼻で笑い、そのままグラリと体が傾いていった。私は、彼が倒れ伏してしまう前に地面を蹴り、彼の体を正面切って受け止めた。

「私からも謝罪を、レド。私の手前勝手な欲望で、君の人生を利用してすまなかった。君のおかげで、ヴィドの生涯を最後まで見届ける事ができる。本当にありがとう」

「なんだよ~、やっぱりそこデキてたんだ。水臭いなぁ、最初からそう言ってくれればよかったのに。こっちこそありがとな、俺を選んでくれて」

「……どうか、末永く、私の弟子を、レギイを、よろしく頼む」

「喜んで!」

 レドは、傍らで自らを支えるレギイと腕を組みながら、底抜けに明るく、嬉しそうに破願した。レギイは両手で顔を覆った。先のとがった耳が真っ赤になって震えていた。

「レギイ、君を振り回してばかりの不甲斐ない師匠ですまなかった。これからは、何も気にせず、幸せに生きてくれ」

「は、い……っ」

 震えた声で、しかし力強く頷き、レギイは微笑んだ。間違いなく、彼こそが、私にとって、随一の、自慢の弟子だと、心の底からそう思った。

「ヴィド、何か、私が抱えられるほどの姿に擬態できませんか」

 ヴィドはあどけなく頷き、蛇の姿になって私の腕から首元に巻き付いた。このまま絞め殺されるか、と一瞬思ったが、そのつもりはないか、それとも力が残っていないか、巻き付いただけですんなり大人しくなった。

「もう、何者でもなくなった。俺は、お前のものだ。好きにしてくれ。もはや、主従でも何でもない。お前は俺の、たったひとつの救世主なのだから」

「……では、お互い様、ということで」

 戦いの余波ですっかり無残な姿となった玉座の間の、崩壊した壁の隙間から、外へと飛び出す。向かうは人間界、私の翼が保存されている、教団本部へ。

「死ぬときは共に死ぬ、それが貴方の願いだった。私はそれを叶える。代わりに、死して朽ち果てるまでの間は、私と共に生きてくれ、ヴィド」

 ヴィドは何も言わず、しかしクスリと笑った。何もかもから解き放たれたヴィドからは、今までの威圧感や、不機嫌さが抜け落ち、穏やかな自然体の彼に戻ってくれたようだった。

「しかし、心臓をやられたのは致命的だ。いったい、どうするつもりでいるんだ?」

「私の一番大事なものを、貴方に捧げる」

 魔界のポータルに到着、教団本部の場所を思い浮かべる。すると、圧迫感と浮遊感を合わせて数十倍に増幅したような感覚に見舞われ、落ち着いたころに目を開けると、本部の周囲を取り囲む森の中に降り立っていた。

「おかえりなさいませ、教祖様」

「ご苦労、例のアレは」

「こちらへ」

 待ち構えていたように教団の入り口で出迎えてくれたイェリクの先導で、本部の地下施設へと向かう。案内された先にあったのは、ふたつの木箱、私の翼だったものが収められているものだ。

 今は手のひらで辛うじて掴める程度の大きさの、角のような形になっているソレ。このまま、私の背中に接合すれば、時間経過とともに、元の翼の形を取り戻していくだろう。

 しかし、私はその二つをそのまま砕き、口の中に流しいれ、ひと思いに飲みこんだ。堕天使の力の根源、いわば私の根幹とも言えるソレを、跡形もなく。

 飲みこんだ傍から、すさまじい力が、体内に駆け巡る。全身の細胞が軋むようだった。私はその膨大な力を、心臓部分に全て集中させた。ヴィドとつながった、ヴィドに預けた心臓に。

 私はこの旅の道中、この心臓を通じて、ヴィドから沢山の魔力を供給してもらった。そのラインを使えば、私からも、彼に、捧げることができるのだ。

 堕天使としての、力の全てを。

 集中、意識をすべてそこへ。文字通り全霊でもって、傷ついた彼の心臓を、少しずつ、しかし確実に修復する。ドク、ドクと心臓が跳ねた。いたく清々しい気持ちだった。

 全てを終え、目を開ける。すると、目の前には、キョトンと目を見開いて、素朴な顔つきをした、最愛の男の姿があった。

「ああ……ようやく、全てを捧げることができた。貴方のために、堕天使である私の、全てを、貴方のために使えた」

 ヴィドは、すこし困ったように微笑み、ゆっくりと歩み寄る。私はボロボロと涙をあふれさせながら、両手を広げた。ずっと、こうありたかった。本当は、ずっと、貴方の傍にいたかった。

「俺も、ようやく、分かったよ。もっと、お前と生きていたい。死を分かち合うだけでは、足りない。同じ時間を、共に過ごそう、クロウ。こんな、俺でよければ」

「ッ、フフ……どうして今更そんなに弱気になるんだ! 勿論だ、嬉しいよ、ヴィド。もっと、貴方の今までとこれからを沢山教えてくれ。貴方が私をどう愛してるのか、私をどう愛したいのか、余すところなく!」

「望むところだ」

 ヴィドに肩を掴まれ、抱き寄せられる。そのまま、今まででいっとう、優しくて甘いキスを交わした。

 +++

 さて、それからの話をさせてもらおう。私とヴィドは、時折迷宮に潜って金を稼ぎ、賭場で増やすなどしながら、自由気ままに人界をさすらう旅を始めた。

 私の心臓は変わらず彼のものだ。彼の心臓を修復した際、更に深くつながることができたらしく、どうやら片方の心臓が動いている限り、もう片方も決して死なないような状態となったようである。

 ヴィドの去った魔界は、直後、紛争ぼっ発寸前まで荒れた。しかし、唯一の人体の脆弱性すら克服し、名実共に最強となったレドの無双により、火種は瞬く間に鎮圧。7師団長の後援もあって、レギイが正式に魔王として即位することとなった。

 度々人界でいい酒が手に入ったときなどは顔を出すようにしているのだが、その度に、ウェデグから「あのバカップルどうにかしてくれ、傍から見てるだけで砂糖を吐いて死にそうだ」と泣き縋られるので、どうやら経過も順調のようだ。

 ヴィドは憑き物が落ちたように、屈託なく笑ってくれるようになった。私とただ空間を共有しているだけで、これ以上なく満たされたような穏やかな目をするのである。

 ああ、あれだけ、どうして生き返ったのだと苦しんだのに。今では、彼のそんな瞳を見るたび、心の底から良かったと思えるようになった。

 とっぷりと日が沈み、一日の本番が始まろうという夜、適当に取った宿の狭い部屋にて、私は彼の肩に頭を預け、しみじみと息を吐いた。

「しかしまあ、随分な遠回りをしてしまったものだ」

「ああ……だが、お前の考えた通り、一度は魔王にまで上り詰めなければ、俺の生涯に平穏など実現しなかっただろう。今があるのは、間違いなく、お前がいてくれたからだ。お前が一度は死んだことに限り、今も受け入れられないが……魔王になどなるものではなかったとは、もう、思わないよ。魔王になったお陰で、またふたたび、お前と生きられているのだから。それだけで、今までの全てが、報われる。幸せだよ、クロウ」

「ええ……ねえ、ヴィド、もっと、教えて。幸せを、私に、もっと。溺れるくらい」

「全く……お前は満足というものを知らないな」

 壁の薄い安宿。すかさず防音術を使い、ヴィドの妖艶な唇にかぶりつく。互いの息遣いだけが響く狭い空間。嫌でも、淫蕩な欲望がむくむくと湧き上がる。

 すぐそばのベッドに上がる手間すら惜しいと思うほどに狂おしかった。身を任せて、彼の舌使いを享受していれば、彼は私の体を軽く抱き上げ、ベッドに寝かせてくれる。割れ物を扱うような優しい手つきだ。

 嬉しい。それに間違いはない。しかし、あの頃みたいに、激しく、強引に求められる、強烈な快感を、今一度味わいたいと思うのも確かだった。

 ゆったりと、触れるか触れないかのもどかしい手つきで、腕から胴体へ這うように、ヴィドの指が私の体を撫でる。ただ指先が触れるだけで勝手にボタンが外れていくみたいに、トップスの前がはだける。つくづく、慈愛に満ちた手つき。

「ヴィド……今日は、いつもより乱暴がいい……腰の骨が折れるまで、折れてもそのまま、沢山、思う存分、私を虐めてほしい」

 ヴィドはしかし、ピタリと手を止め、みるみる難しい顔をして、やがて目元を手のひらで押さえて深くため息を吐いた。ぎこちなく頭を横に振る。気が進まない様子だ。

「あの時の俺は、ストレスでどうかしてたんだ……もう、あんなことを進んでしようとは思わない……本当に頭がおかしい、どうして俺はあんな」

「何だかんだ愉しかったんだが……不安も、焦燥感も、何もかもどうでもよくなって、ヴィドのことしか見えなくなって、それがたまらなく気持ちよかった。でも……ヴィドが愉しめないなら、もう言わない」

「……なるほど、今までの生温いセックスでは、俺以外のことを考える余地があったと」

「待て待て待て、言葉の綾……」

「いいんだ、分かってるよ。お前には俺だけだろう。だが……分かった。ちゃんと、今のやり方で、お前を満たしてみせるから……」

 どうしてか、あの時よりもずっと、威圧的で底知れないような、迫真の笑顔で、ヴィドはそう言い放った。何か、押してはいけないスイッチを押してしまったのではないか、そんな予感が、胸の奥をキュウと締め付ける。

 その予感は当たっていた。ともすれば、激しく乱暴に揺さぶられるセックスよりもよほど恐ろしい、耽溺の夜が幕を開けた。

 ヴィドは私が泣いて懇願するまでしつこくじれったい愛撫をじっとりと続けた。普段であればとっくに挿入して2回はイッているところを、頭がおかしくなるまで焦らされたのだ。

 しかし、いざ挿れるとなったとき、私の脳を支配したのは、凄まじい恐怖だった。いまこのはちきれんばかりに快楽をため込み続けた下半身に、彼の剛直が沈みこんだら、いったい私はどうなってしまうのだろうと、息もまともに出来ないくらいの未知に直面したからである。

 口元で一人つなぎをした両手がガタガタと震える。とめどなく溢れる涙が肩をしっとりと濡らし、その冷たさが嫌に感覚を過敏にするようだった。

 そんな私の頭を、底抜けに優しげな笑みを浮かべてゆったり撫で、しかしヴィドは、欠片も容赦なく、ゆっくりと私のソコに自身を埋め込んだ。

 ナカの媚肉を、彼のソレが、丹念に摺りつぶすように、押し分けて奥へ進んでいく。

 私の脳裏では、彼が少し動く度に沢山の白い火花が散った。優しいだけの猛毒だった。

「ハッ♡♡♡ ハッ♡♡♡ ヒッ、イ゛ッ……♡♡♡ ヴぃ、ぉ゛……♡♡♡ こ、ぇ、ヤバッ、ぅア♡♡♡ あァ、~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡」

「ようやくイけたな。いままでよく我慢した。えらいぞ、クロウ」

「んぉ゛♡♡♡ ヴィーッ♡♡♡ おねが、まだ、うごいちゃ、ぁ……ッ♡♡♡ ひ、ふぅう……♡♡」

「そうだな、ゆっくりやろう。一度抜くか?」

「ッ、や、それは、だめ……っ♡♡ も、と、へんになる……♡♡♡」

「変になっていいんだぞ。どんなにおかしくなったお前も愛してる。顔をもっと見せて」

「……っ♡♡♡ は、ん……♡♡♡ ぅ、あ、ア……♡♡♡♡」

 彼に優しい言葉をかけられるだけで、ナカがきゅうと締まった。そのたびに奥がたまらなく切なくなり、じゅわりと唾が口の中に溢れる。最早錯乱状態にも等しい、支離滅裂な思考回路が、さらなる刺激を求めて暴走し始めた。

「ヴィー、おねがい、動いて……ッ♡♡♡ もっと、奥、も、つらいぃッ♡♡♡」

「そう、か。わかった」

 ヴィドは私の腰を掴み、抜け切る寸前まで自らを引き抜き始めた。私は思わず息を飲み、きつく目を閉じた。末端から項のあたりにかけて、ざわざわと冷ややかな熱が駆け巡り、喉元を突き上げる。

 ぐちゅん、と、ふたたび、全てが埋め込まれる。一瞬、それが分からなくて、私はキョトンと目を見開いた。しかしそれはただの始まりに過ぎなかった。

「ッッッ♡♡♡ んぉ゛♡♡♡ お゛♡♡♡ あ、あァッ♡♡♡ んふ♡♡♡ ぁ゛♡♡♡ あン♡♡♡ んぅ゛♡♡♡ うう゛ッ♡♡♡♡ んォ゛ッ♡♡♡♡♡」

「あは、ハハハ……♡ きもち、いいな……♡ かわいいよ、クロウ♡」

「ぅお゛……ッ♡♡♡ ごめらひゃッ♡♡♡ こ、なっ♡♡♡ へんな、こえ♡♡♡ も、ずと、へん、きもちい、きもちいぃ♡♡♡ イく、も、イっちゃ、ア゛ッッッ♡♡♡♡♡♡」

 背中が反り返る。四肢がおもちゃのように痙攣し、強烈な絶頂が、全ての感覚を一掃するように全身を暴れまわる。威嚇する猫のように必死で息を吐いたが、何一つとしておさまる気配がない。気の遠くなる思いがした。

 相手本位ではなく、自分の快感を相手に重んじられたセックス……その極地を目の当たりにしているのだと確信した。何が恐ろしいって、ヴィドは未だに一度も出していないのだ。

 私は既に数えきれないほどの甘イキを繰り返し、三度も深い絶頂に至っているというのに。

「ふ、フゥッ、ふうぅ♡♡ も、わたしは、いいっ、ヴィド、好きに、動いて……ッ♡♡ も、動いただけで、たぶ、イく、からっ♡♡♡」

「でも、クロウ……おれはもっと、お前を満たしてやりたいんだ」

 へにょりと眉を下げ、そんな殊勝なことを言ってみせるヴィド。しかし、私は知っている。私がこういう口ぶりにとことん弱いことを、彼は承知で言っているのだと。このように下手にでるヴィドが、最も恐ろしいのだと。

 しかしまあ、分かっていても、私は頷くしかないのだ。

 どうしようもなく、彼の虜なのだから。きっと、死ぬまで、いや、もう一度死んだって。

 可能性は、ただ一つだ。
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感想 7

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みんなの感想(7件)

らいち
2024.10.05 らいち

とても素敵な作品でした。ありがとうございます。

槿 資紀
2024.10.05 槿 資紀

感想いただきありがとうございます! そのようにお褒めの言葉をいただけて本当に嬉しいです!

解除
F.ニコラス
2024.10.04 F.ニコラス

最終話まで拝読しました!
大団円……so happy……very 祝……!!!! 話がどう転がって行くのはハラハラしていましたが、とても綺麗な着地でスタンディングオベーションでした!! 幸あれ……(幸あれおじさん)
物語のハンドリングが凄く良く、意外な展開と「これこれェ!!(歓喜)」が丁度良い塩梅で出現するので、読んでいて楽しかったです! 特に前半でちょこっと出てきた「勇者」の回収(扱い)の仕方が上手すぎてめちゃくちゃお気に入りです。鮮やかな伏線、脳に沁みます。
それから十六話で登場したレドくんですが、どういう感じに活躍していくのだろうと十七話に進んだところなるほど~~~~~!!(感謝) でした。登場人物の関係性とその変化に隙が無くて素晴らしいです。好吃。物語全体の畳み方もさることながら、登場人物単位での収拾も見事に候。
最終話の大団エッチもたいへんようございました……! 遠回りの果てに辿り着きたる溺愛セ、非常に味わい深い出汁が出ております。後方腕組みニッコリソムリエ面を禁じ得ません。
素敵な作品を書いてくださり、本当にありがとうございました!!!!

槿 資紀
2024.10.04 槿 資紀

やったーーーー!!!! まさかこんなにも早く読んでくださるとは……!!!! 不安が止まらなかったので至れり尽くせりなお褒めの言葉をいただけて感激のあまり泣きそうです😭 本当にありがとうございます🙇

解除
yaminion
2024.09.30 yaminion

やばい、レギイが好きすぎてやばいです。
全て私の好みにあてはまっててやばいです(?)
最高ですありがとうございます

槿 資紀
2024.09.30 槿 資紀

感想いただきありがとうございます!! 作者も彼にはひとしおの愛着を持って描写しておりますので、そのように言っていただけてこの上なく嬉しいです!

解除

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