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第十六話

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「ただいま、レギイ!! 早速で悪いが、私はこれから勇者を育てて、ゆくゆく魔王を倒す活動を始めることにした!! 協力してくれ!!」

「…………は?」

 三日三晩ほどみっちりを受けた後、ようやく魔王城から出ることがかなった私は、まず教団本部に戻りイェリクから情報を得て、レギイの潜ったという迷宮に突撃した。

 幽鬼のような顔で雑多な低級魔獣をひたすら狩りまくっていたレギイを発見した私は、おなじみ幻光蛾の擬態から彼の目の前でニューモデルをお披露目し、単刀直入に要件を伝えたのだが。

 心の底から出る「は?」を頂戴した次第、どうやら掴みをしくじってしまったらしいことを把握する。いっそあっけらかんと、何事もなかったように接した方が気まずくならずに済むのではないかと思ったのだが、見当違いだったようだ。

「どの面下げてって思ったか?」

「はい」

「気分は?」

「最悪ですが」

「そうだよな……」

 よし、出直そう。たちまち気まずさがこみあげていたたまれなくなった私は回れ右して足を踏み込んだ。しかし、そのまま上層へと飛び立とうと地面を蹴る寸前、レギイが私の腕を掴んで引き戻し、私は勢い余って彼の方に倒れ込んだ。

 難なく受け止められる体。咄嗟に振り返れば、レギイは虚ろな表情のまま滂沱の涙を流していた。

「あの……本当に、すまなかった」

「ああ……また、すてられたな、って」

「本当に、ウン……悪いことをした……」

「わかってましたよ、どうせあなたはまおうさまをえらぶんです……どんなにあがいても、わたしのゆびはあなたのこころにかすりもしない」

「心に君の爪痕が残っているから私は今ここにいるんだが……」

「じゃあどこからかえってきたかいいやがれくださいよ!!!!」

「魔王城……」

「ほらぁ!!!!」

 レギイはその場にしゃがみこんで顔を覆い、ブンブンと首を横に振った。もしやこれが俗にいう幼児退行というやつか。それだけのショックを与えてしまったということだろう。本当にすまないことをしたと思っている。

 だがまあ、レギイの方にも少なからず、「捨てられた」と確信する程度の心当たりはあったはずだ。背景が背景なだけに、責める気には全くなれないが。

「それで!? 魔王城から戻ってきた末の結論がどうしてそうなったのか、経緯を説明いただいてよろしいですかね!?」

「あ、ああ……聞いてはくれるんだな……」

「いいですよもう!! 何でもやります!! やればいいんでしょう!? じゃんじゃん好きに使ってくださいよ、都合の良い男のことなんか!!」

「愛弟子がやさぐれてしまった。やさぐレギイ、なんつって」

「馬鹿にしに来ただけなら帰っていただけませんか!?」

「ごめんなさい」

 苛立ちがにじみ出た咳払い。さっさと話せと言うことだろう。生きる目的が見つかるとスグ調子に乗ってしまうからいけない。気を引き締めなければ。

「ヴィドが魔王の座に就いたまま私が復活すると、実にまずいことになることが分かってな。ともすれば、彼がこの世界に存在した事実ごと抹消されるかもしれないんだ。ヴィドと腹を割って話したんだが、彼自身、魔王の座に微塵も執着していないらしい。ならばいっそ、彼を魔王の座から引きずり降ろしてしまえばいいのでは、という結論に至ったんだよ」

「それで、我々が、勇者を育てて、魔王様を討伐しようと?」

「ああ。太古の昔より、魔王を唯一倒し得る存在といえば、勇者だと相場が決まっているだろう。ヴィドによる摂理の超越が成立する前に、神に至る資格を剥奪してしまうんだ。そうすれば、私も心置きなく復活することができる」

 レギイはしばらく黙ったかと思えば、スックと立ち上がり、顔を顰めて腕組みした。今日の彼はいつにも増して難攻不落である。さもありなんだが。

「……余計、分からなくなりました。どうして貴方は私のところに戻ってきたのですか。私なんか巻き込まず、勝手にすればいいじゃないですか。先程はああ言いましたけど、魔王様がどうなろうが、私には関係ありませんよ」

「あえて慎まずに言う。私では、君の想いに応える事はできない。だが、向き合うことを諦めたくはないんだ。今までの君から貰った助力にも、最大限報いたい。どうするべきかはまだ見つかっていないが、その意思を示すためにも、戻って来た」

「どうすればこの心が報われるかなんて、私にも分からない! 貴方が魔王様を愛し続ける限り、私の思いの行く先などあるものですか。私なら、貴方をあんな目に遭わせることは無い……! 私を選んでくださるなら、決して貴方を不安になどさせないし、何よりも貴方を大事にいたします!」

「レギイ……そう思ってくれる君には申し訳ないと思うが、私は、大事にしてもらうことを期待してヴィドを愛しているわけではないんだ。もしそうであったなら、私はあの時、死んでなどいなかっただろう」

 この期に及んで、私は、根本的に何も変わっていない。どうしたって、ヴィドの役に立つことに喜びを覚えるし、そうあってようやく、生きることに意味を見出せる。

 200年という歳月は、途方もなく長かったことだろう。その間、レギイは、どんなにやるせない思いを味わっただろうか。その間暢気に死んでいた私が思いを馳せる事すら烏滸がましい苦しみがあっただろう。

 もし、彼の、開放されたいという念が、私への執着に繋がっていたとしたら。やはりそれもまた、巻き込み事故としか言いようがない。私はそれを見極めるためにも、彼としばらく行動を共にすることを選んだのだ。

「だが、こうして生き返って、ようやく学んだよ。私がこんなザマでは、私を尊んでくれた者たちが報われないと。レギイ、もう、大丈夫なんだ。例え相手がヴィドであろうと、これ以上好き勝手させないよ。君を悲しませるようなことは、もう、二度と起こさない」

「……っ、口では、どうとでも言えます」

「では、これから君に示していくこととしよう。今度こそ、地の果てまで着いてきてくれるんだろう? 見届けてくれ」

「それを今持ち出すのは卑怯です……」

 終始不満げではあったが、最終的にレギイは私の手を取ってくれた。

 さて、それからのことをかいつまんで話そう。そもそもの話になるが、ヴィドが即位してからというもの、魔界が人界に齎す影響が天界のそれよりも大きくなっており、それを問題視した天界によって、人間に加護を与えようという動きが活発化している。

 今まではその動きを察知し次第、魔王軍の部隊を派遣し、集落ごと殲滅するという対策を取っていたらしいのだが、ヴィドと示し合わせ、その情報を共有してもらい、めぼしい対象者の少年を、魔族の襲撃から救ったという体で教団に拉致、全幅の信頼を得ることに成功した。

 その少年はレドといって、もともと親兄弟のない天涯孤独の身の上だった。そんな境遇にありながら、妙にスレたところのない天真爛漫かつ純真無垢な性格で、いかにも天界の連中が好みそうな、素直な人間だった。まあ私も元をただせば天界の手合いではあったのだが。

 レドを拾ってから3年ほどは、彼の能力育成を兼ねて迷宮探索に連れまわし、容赦なく鍛え上げた。私の見た目年齢はレドとそう大差がないため、レギイに師匠としてのポジションを任せ、私は兄弟子のような立ち回りをした。

 3年も各地の迷宮を回れば、7つに分かたれた私の死体も順調に見つかっていった。翼の一対のみ教団に預け、四肢と胴体は吸収した。

 すると、みるみる、レギイから施された契りの力は弱まっていき、胴体を取り込んだあたりでその影響から完全に脱することに成功した。

「ああ……やはり、私では、貴方を縛ることなどできないのですね」

 レギイは寂しげに言った。しかし、そこにはもう、未練らしきものは宿っていなかった。
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