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終章
最終話
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「僕は、自分のこの欲求を、許されざるものとして抑え込んできたんです。これでも、必死で、我慢しています。禁忌とでも思わなければ、押さえつけられないほどに、貴方への欲望は凶暴だから。5年の昏睡から目覚めて、初めて顔を合わせた時も、申し上げたはずです。僕は飢えに飢えた狼だと」
眉間にしわを寄せて、ぎらついた瞳で、ジルラッドは唸るように捲し立てる。凄絶な美貌に、むせ返るような色香を纏ったその表情を、前に一度だけ見たことがあった。
ああ、間違いなく、その表情は、俺自身に向けられたものだ。じわじわと湧出するような実感と、確かな歓喜が、全身を駆け巡る。
嬉しいな。君の愛を、俺、ようやく受け取れるんだ。
「……覚えてるよ。でも、あの時の俺も、確かに言った。君になら、何をされてもいいって」
「それは……!」
「ああ、そうだ。記憶が無かった。でも、俺は俺だ。ジルも分かってくれてただろ」
「ええ、勿論です。しかし……」
この意地悪さんめ、君のその欲望も、愛情も、俺に向けられたものなんだろ。それなのに、俺にくれないっていうのか? 独り占めなんて狡いぞ!!
「じゃあ、この際、訂正させてもらうけど。何されてもいい、じゃない。俺は、ジルラッドをもっと愛したい。ジルラッドにもっと愛されたい。兄弟……家族愛だけじゃあ、もう、足りないんだ。俺を欲張りにしたのは君だろ、責任とって、君が俺に向けてるもの、全部くれよ」
おお、鳩が豆鉄砲を食ったような顔しちゃってよお、可愛い奴め! どんなに威嚇しても、そんな顔真っ赤にしてちゃあ、どんな修羅もかたなしってやつなんだよな。
「そんなこと、簡単に言いますけど! 後悔しますよ、あとからもう無理って言われても僕絶対止まれませんから!」
「おぉん? 俺のこと舐めてやがるなこいつぅ。バケモノの腹の中から生還した俺が、可愛い狼コロの愛くらいで死ぬとでも思うか!? 望むところだこんにゃろめ!」
「あー! 言いましたね、知りませんよ、僕もう我慢しませんからね! 言っておきますけど、あんなウスノロのデカブツよりも僕の方がずっと強いし、負けないんですから!」
「アハハ! わかった、期待しとく!」
愛おしさが迸るあまり、俺は勢いのまま上体を起こしてジルラッドの首元にぎゅうと抱きついた。薫風のように爽やかな匂いに包まれて、喉の奥が痺れるほどに幸せだった。
「お慕いしております、兄上」
「ああ、俺も。愛してるよ、ジルラッド」
きっと、これから、沢山の至難が待ち受けている。余人には決して祝福されることのない愛かもしれない。それでも、夜空一面の星たちの輝きが、俺たちを祝福するようにきらめいて見えて、奇跡のように美しかった。
今は、それで十分だ。
+++
さて、その後の話をしよう。
ディザリオレラの寛解に貢献した功績、そして、俺が臣籍降下することを鑑みて、ミュル叔父が現当主であるミュルダール伯爵家は侯爵位に陞爵されることとなった。
前代未聞の不祥事を起こした元王妃の生家ということもあってか、ミュル叔父は碌な縁談に恵まれなかった。
スペと立場だけ見れば国内有数の優良物件のはずだが、当人の難のある性格と、致命的なまでの女性不信が、余計男やもめを加速させていたのである。
このままいけば当代でミュルダール家は末代だ何だと何かにつけ言われてウザかったし、君が次期当主として養子に来てくれてもう煩わしいことは何も無いね! とはミュル叔父の言である。
ミュル叔父改め、ニレス養父との関係も、おかげさまでまずまず良好だ。
俺も何だかんだ、ジルラッドには、後世に語り継がれるくらいの名君に、国民に慕われるような王様になってほしいので、分かりあう余地は存分にあったってことだな。
俺がミュルダール家の人間になってからも、ジルラッドとは毎晩一緒に過ごしている。
ジルラッドとしては、日中の執務中もお得意の分身術を使って、本体はずっと俺の傍にいたいってのが本音らしい。
ただ、そうするとニレス養父の機嫌がめちゃめちゃ悪くなって面倒だし、俺も魔力のリソースは大事にしてほしかったので、一日の執務が終わったら、王宮に分身を置いて、こっちに帰ってきて欲しいとお願いしたのだ。
出来るだけ早く、王宮で一緒に仕事が出来るように頑張るから、それまでは我慢して待っててくれって。ジルラッドは涙目ながらに聞き入れてくれて、以降も言いつけは守ってくれている。
毎晩のご褒美を条件に。
その……なんだ。ジルラッドの体力はほぼ無限とだけ、付け加えておく。自分が光魔法の使い手であったことに感謝し続ける毎日だぜ。
閑話休題。
俺は今、ニレス養父のツテや陛下のお力添えを頂き、王立学園で改めて教養や魔法を一から学んでいる。王立学園を良い成績で卒業するのが、王宮勤めの最短ルートなのだ。
目標は、王宮騎士団所属の魔法士か、専属治癒術師のどちらか。
学園内ではなかなかに肩身が狭いことも多いが、ジルラッドとの約束の為だから、なんてことはない。何より、ありふれているようで、何よりも得難い、この日々が、楽しくて仕方ないのだ。
正々堂々、ジルラッドの隣に並び立つ日はまだ遠いけど、ジルラッドが傍で待っていてくれている。
だからもう、俺が幸せを諦めることは、二度と無いだろう。
眉間にしわを寄せて、ぎらついた瞳で、ジルラッドは唸るように捲し立てる。凄絶な美貌に、むせ返るような色香を纏ったその表情を、前に一度だけ見たことがあった。
ああ、間違いなく、その表情は、俺自身に向けられたものだ。じわじわと湧出するような実感と、確かな歓喜が、全身を駆け巡る。
嬉しいな。君の愛を、俺、ようやく受け取れるんだ。
「……覚えてるよ。でも、あの時の俺も、確かに言った。君になら、何をされてもいいって」
「それは……!」
「ああ、そうだ。記憶が無かった。でも、俺は俺だ。ジルも分かってくれてただろ」
「ええ、勿論です。しかし……」
この意地悪さんめ、君のその欲望も、愛情も、俺に向けられたものなんだろ。それなのに、俺にくれないっていうのか? 独り占めなんて狡いぞ!!
「じゃあ、この際、訂正させてもらうけど。何されてもいい、じゃない。俺は、ジルラッドをもっと愛したい。ジルラッドにもっと愛されたい。兄弟……家族愛だけじゃあ、もう、足りないんだ。俺を欲張りにしたのは君だろ、責任とって、君が俺に向けてるもの、全部くれよ」
おお、鳩が豆鉄砲を食ったような顔しちゃってよお、可愛い奴め! どんなに威嚇しても、そんな顔真っ赤にしてちゃあ、どんな修羅もかたなしってやつなんだよな。
「そんなこと、簡単に言いますけど! 後悔しますよ、あとからもう無理って言われても僕絶対止まれませんから!」
「おぉん? 俺のこと舐めてやがるなこいつぅ。バケモノの腹の中から生還した俺が、可愛い狼コロの愛くらいで死ぬとでも思うか!? 望むところだこんにゃろめ!」
「あー! 言いましたね、知りませんよ、僕もう我慢しませんからね! 言っておきますけど、あんなウスノロのデカブツよりも僕の方がずっと強いし、負けないんですから!」
「アハハ! わかった、期待しとく!」
愛おしさが迸るあまり、俺は勢いのまま上体を起こしてジルラッドの首元にぎゅうと抱きついた。薫風のように爽やかな匂いに包まれて、喉の奥が痺れるほどに幸せだった。
「お慕いしております、兄上」
「ああ、俺も。愛してるよ、ジルラッド」
きっと、これから、沢山の至難が待ち受けている。余人には決して祝福されることのない愛かもしれない。それでも、夜空一面の星たちの輝きが、俺たちを祝福するようにきらめいて見えて、奇跡のように美しかった。
今は、それで十分だ。
+++
さて、その後の話をしよう。
ディザリオレラの寛解に貢献した功績、そして、俺が臣籍降下することを鑑みて、ミュル叔父が現当主であるミュルダール伯爵家は侯爵位に陞爵されることとなった。
前代未聞の不祥事を起こした元王妃の生家ということもあってか、ミュル叔父は碌な縁談に恵まれなかった。
スペと立場だけ見れば国内有数の優良物件のはずだが、当人の難のある性格と、致命的なまでの女性不信が、余計男やもめを加速させていたのである。
このままいけば当代でミュルダール家は末代だ何だと何かにつけ言われてウザかったし、君が次期当主として養子に来てくれてもう煩わしいことは何も無いね! とはミュル叔父の言である。
ミュル叔父改め、ニレス養父との関係も、おかげさまでまずまず良好だ。
俺も何だかんだ、ジルラッドには、後世に語り継がれるくらいの名君に、国民に慕われるような王様になってほしいので、分かりあう余地は存分にあったってことだな。
俺がミュルダール家の人間になってからも、ジルラッドとは毎晩一緒に過ごしている。
ジルラッドとしては、日中の執務中もお得意の分身術を使って、本体はずっと俺の傍にいたいってのが本音らしい。
ただ、そうするとニレス養父の機嫌がめちゃめちゃ悪くなって面倒だし、俺も魔力のリソースは大事にしてほしかったので、一日の執務が終わったら、王宮に分身を置いて、こっちに帰ってきて欲しいとお願いしたのだ。
出来るだけ早く、王宮で一緒に仕事が出来るように頑張るから、それまでは我慢して待っててくれって。ジルラッドは涙目ながらに聞き入れてくれて、以降も言いつけは守ってくれている。
毎晩のご褒美を条件に。
その……なんだ。ジルラッドの体力はほぼ無限とだけ、付け加えておく。自分が光魔法の使い手であったことに感謝し続ける毎日だぜ。
閑話休題。
俺は今、ニレス養父のツテや陛下のお力添えを頂き、王立学園で改めて教養や魔法を一から学んでいる。王立学園を良い成績で卒業するのが、王宮勤めの最短ルートなのだ。
目標は、王宮騎士団所属の魔法士か、専属治癒術師のどちらか。
学園内ではなかなかに肩身が狭いことも多いが、ジルラッドとの約束の為だから、なんてことはない。何より、ありふれているようで、何よりも得難い、この日々が、楽しくて仕方ないのだ。
正々堂々、ジルラッドの隣に並び立つ日はまだ遠いけど、ジルラッドが傍で待っていてくれている。
だからもう、俺が幸せを諦めることは、二度と無いだろう。
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