61 / 62
終章
最終話
しおりを挟む
「僕は、自分のこの欲求を、許されざるものとして抑え込んできたんです。これでも、必死で、我慢しています。禁忌とでも思わなければ、押さえつけられないほどに、貴方への欲望は凶暴だから。5年の昏睡から目覚めて、初めて顔を合わせた時も、申し上げたはずです。僕は飢えに飢えた狼だと」
眉間にしわを寄せて、ぎらついた瞳で、ジルラッドは唸るように捲し立てる。凄絶な美貌に、むせ返るような色香を纏ったその表情を、前に一度だけ見たことがあった。
ああ、間違いなく、その表情は、俺自身に向けられたものだ。じわじわと湧出するような実感と、確かな歓喜が、全身を駆け巡る。
嬉しいな。君の愛を、俺、ようやく受け取れるんだ。
「……覚えてるよ。でも、あの時の俺も、確かに言った。君になら、何をされてもいいって」
「それは……!」
「ああ、そうだ。記憶が無かった。でも、俺は俺だ。ジルも分かってくれてただろ」
「ええ、勿論です。しかし……」
この意地悪さんめ、君のその欲望も、愛情も、俺に向けられたものなんだろ。それなのに、俺にくれないっていうのか? 独り占めなんて狡いぞ!!
「じゃあ、この際、訂正させてもらうけど。何されてもいい、じゃない。俺は、ジルラッドをもっと愛したい。ジルラッドにもっと愛されたい。兄弟……家族愛だけじゃあ、もう、足りないんだ。俺を欲張りにしたのは君だろ、責任とって、君が俺に向けてるもの、全部くれよ」
おお、鳩が豆鉄砲を食ったような顔しちゃってよお、可愛い奴め! どんなに威嚇しても、そんな顔真っ赤にしてちゃあ、どんな修羅もかたなしってやつなんだよな。
「そんなこと、簡単に言いますけど! 後悔しますよ、あとからもう無理って言われても僕絶対止まれませんから!」
「おぉん? 俺のこと舐めてやがるなこいつぅ。バケモノの腹の中から生還した俺が、可愛い狼コロの愛くらいで死ぬとでも思うか!? 望むところだこんにゃろめ!」
「あー! 言いましたね、知りませんよ、僕もう我慢しませんからね! 言っておきますけど、あんなウスノロのデカブツよりも僕の方がずっと強いし、負けないんですから!」
「アハハ! わかった、期待しとく!」
愛おしさが迸るあまり、俺は勢いのまま上体を起こしてジルラッドの首元にぎゅうと抱きついた。薫風のように爽やかな匂いに包まれて、喉の奥が痺れるほどに幸せだった。
「お慕いしております、兄上」
「ああ、俺も。愛してるよ、ジルラッド」
きっと、これから、沢山の至難が待ち受けている。余人には決して祝福されることのない愛かもしれない。それでも、夜空一面の星たちの輝きが、俺たちを祝福するようにきらめいて見えて、奇跡のように美しかった。
今は、それで十分だ。
+++
さて、その後の話をしよう。
ディザリオレラの寛解に貢献した功績、そして、俺が臣籍降下することを鑑みて、ミュル叔父が現当主であるミュルダール伯爵家は侯爵位に陞爵されることとなった。
前代未聞の不祥事を起こした元王妃の生家ということもあってか、ミュル叔父は碌な縁談に恵まれなかった。
スペと立場だけ見れば国内有数の優良物件のはずだが、当人の難のある性格と、致命的なまでの女性不信が、余計男やもめを加速させていたのである。
このままいけば当代でミュルダール家は末代だ何だと何かにつけ言われてウザかったし、君が次期当主として養子に来てくれてもう煩わしいことは何も無いね! とはミュル叔父の言である。
ミュル叔父改め、ニレス養父との関係も、おかげさまでまずまず良好だ。
俺も何だかんだ、ジルラッドには、後世に語り継がれるくらいの名君に、国民に慕われるような王様になってほしいので、分かりあう余地は存分にあったってことだな。
俺がミュルダール家の人間になってからも、ジルラッドとは毎晩一緒に過ごしている。
ジルラッドとしては、日中の執務中もお得意の分身術を使って、本体はずっと俺の傍にいたいってのが本音らしい。
ただ、そうするとニレス養父の機嫌がめちゃめちゃ悪くなって面倒だし、俺も魔力のリソースは大事にしてほしかったので、一日の執務が終わったら、王宮に分身を置いて、こっちに帰ってきて欲しいとお願いしたのだ。
出来るだけ早く、王宮で一緒に仕事が出来るように頑張るから、それまでは我慢して待っててくれって。ジルラッドは涙目ながらに聞き入れてくれて、以降も言いつけは守ってくれている。
毎晩のご褒美を条件に。
その……なんだ。ジルラッドの体力はほぼ無限とだけ、付け加えておく。自分が光魔法の使い手であったことに感謝し続ける毎日だぜ。
閑話休題。
俺は今、ニレス養父のツテや陛下のお力添えを頂き、王立学園で改めて教養や魔法を一から学んでいる。王立学園を良い成績で卒業するのが、王宮勤めの最短ルートなのだ。
目標は、王宮騎士団所属の魔法士か、専属治癒術師のどちらか。
学園内ではなかなかに肩身が狭いことも多いが、ジルラッドとの約束の為だから、なんてことはない。何より、ありふれているようで、何よりも得難い、この日々が、楽しくて仕方ないのだ。
正々堂々、ジルラッドの隣に並び立つ日はまだ遠いけど、ジルラッドが傍で待っていてくれている。
だからもう、俺が幸せを諦めることは、二度と無いだろう。
眉間にしわを寄せて、ぎらついた瞳で、ジルラッドは唸るように捲し立てる。凄絶な美貌に、むせ返るような色香を纏ったその表情を、前に一度だけ見たことがあった。
ああ、間違いなく、その表情は、俺自身に向けられたものだ。じわじわと湧出するような実感と、確かな歓喜が、全身を駆け巡る。
嬉しいな。君の愛を、俺、ようやく受け取れるんだ。
「……覚えてるよ。でも、あの時の俺も、確かに言った。君になら、何をされてもいいって」
「それは……!」
「ああ、そうだ。記憶が無かった。でも、俺は俺だ。ジルも分かってくれてただろ」
「ええ、勿論です。しかし……」
この意地悪さんめ、君のその欲望も、愛情も、俺に向けられたものなんだろ。それなのに、俺にくれないっていうのか? 独り占めなんて狡いぞ!!
「じゃあ、この際、訂正させてもらうけど。何されてもいい、じゃない。俺は、ジルラッドをもっと愛したい。ジルラッドにもっと愛されたい。兄弟……家族愛だけじゃあ、もう、足りないんだ。俺を欲張りにしたのは君だろ、責任とって、君が俺に向けてるもの、全部くれよ」
おお、鳩が豆鉄砲を食ったような顔しちゃってよお、可愛い奴め! どんなに威嚇しても、そんな顔真っ赤にしてちゃあ、どんな修羅もかたなしってやつなんだよな。
「そんなこと、簡単に言いますけど! 後悔しますよ、あとからもう無理って言われても僕絶対止まれませんから!」
「おぉん? 俺のこと舐めてやがるなこいつぅ。バケモノの腹の中から生還した俺が、可愛い狼コロの愛くらいで死ぬとでも思うか!? 望むところだこんにゃろめ!」
「あー! 言いましたね、知りませんよ、僕もう我慢しませんからね! 言っておきますけど、あんなウスノロのデカブツよりも僕の方がずっと強いし、負けないんですから!」
「アハハ! わかった、期待しとく!」
愛おしさが迸るあまり、俺は勢いのまま上体を起こしてジルラッドの首元にぎゅうと抱きついた。薫風のように爽やかな匂いに包まれて、喉の奥が痺れるほどに幸せだった。
「お慕いしております、兄上」
「ああ、俺も。愛してるよ、ジルラッド」
きっと、これから、沢山の至難が待ち受けている。余人には決して祝福されることのない愛かもしれない。それでも、夜空一面の星たちの輝きが、俺たちを祝福するようにきらめいて見えて、奇跡のように美しかった。
今は、それで十分だ。
+++
さて、その後の話をしよう。
ディザリオレラの寛解に貢献した功績、そして、俺が臣籍降下することを鑑みて、ミュル叔父が現当主であるミュルダール伯爵家は侯爵位に陞爵されることとなった。
前代未聞の不祥事を起こした元王妃の生家ということもあってか、ミュル叔父は碌な縁談に恵まれなかった。
スペと立場だけ見れば国内有数の優良物件のはずだが、当人の難のある性格と、致命的なまでの女性不信が、余計男やもめを加速させていたのである。
このままいけば当代でミュルダール家は末代だ何だと何かにつけ言われてウザかったし、君が次期当主として養子に来てくれてもう煩わしいことは何も無いね! とはミュル叔父の言である。
ミュル叔父改め、ニレス養父との関係も、おかげさまでまずまず良好だ。
俺も何だかんだ、ジルラッドには、後世に語り継がれるくらいの名君に、国民に慕われるような王様になってほしいので、分かりあう余地は存分にあったってことだな。
俺がミュルダール家の人間になってからも、ジルラッドとは毎晩一緒に過ごしている。
ジルラッドとしては、日中の執務中もお得意の分身術を使って、本体はずっと俺の傍にいたいってのが本音らしい。
ただ、そうするとニレス養父の機嫌がめちゃめちゃ悪くなって面倒だし、俺も魔力のリソースは大事にしてほしかったので、一日の執務が終わったら、王宮に分身を置いて、こっちに帰ってきて欲しいとお願いしたのだ。
出来るだけ早く、王宮で一緒に仕事が出来るように頑張るから、それまでは我慢して待っててくれって。ジルラッドは涙目ながらに聞き入れてくれて、以降も言いつけは守ってくれている。
毎晩のご褒美を条件に。
その……なんだ。ジルラッドの体力はほぼ無限とだけ、付け加えておく。自分が光魔法の使い手であったことに感謝し続ける毎日だぜ。
閑話休題。
俺は今、ニレス養父のツテや陛下のお力添えを頂き、王立学園で改めて教養や魔法を一から学んでいる。王立学園を良い成績で卒業するのが、王宮勤めの最短ルートなのだ。
目標は、王宮騎士団所属の魔法士か、専属治癒術師のどちらか。
学園内ではなかなかに肩身が狭いことも多いが、ジルラッドとの約束の為だから、なんてことはない。何より、ありふれているようで、何よりも得難い、この日々が、楽しくて仕方ないのだ。
正々堂々、ジルラッドの隣に並び立つ日はまだ遠いけど、ジルラッドが傍で待っていてくれている。
だからもう、俺が幸せを諦めることは、二度と無いだろう。
180
お気に入りに追加
1,951
あなたにおすすめの小説
【本編完結】まさか、クズ恋人に捨てられた不憫主人公(後からヒーローに溺愛される)の小説に出てくる当て馬悪役王妃になってました。
花かつお
BL
気づけば男しかいない国の高位貴族に転生した僕は、成長すると、その国の王妃となり、この世界では人間の体に魔力が存在しており、その魔力により男でも子供が授かるのだが、僕と夫となる王とは物凄く魔力相性が良くなく中々、子供が出来ない。それでも諦めず努力したら、ついに妊娠したその時に何と!?まさか前世で読んだBl小説『シークレット・ガーデン~カッコウの庭~』の恋人に捨てられた儚げ不憫受け主人公を助けるヒーローが自分の夫であると気づいた。そして主人公の元クズ恋人の前で主人公が自分の子供を身ごもったと宣言してる所に遭遇。あの小説の通りなら、自分は当て馬悪役王妃として断罪されてしまう話だったと思い出した僕は、小説の話から逃げる為に地方貴族に下賜される事を望み王宮から脱出をするのだった。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
帝国皇子のお婿さんになりました
クリム
BL
帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。
そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。
「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」
「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」
「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」
「うん、クーちゃん」
「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」
これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。
魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる