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第四章 ラスボスにしたって、これは無いだろ!
第五十三話
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見渡す限りの肉壁。ジルラッドの疾走がここで止んだということは、この近くに俺のデコイとあの母親がいるということだ。
方向感覚などまるで当てにならない景色の中、壁に沿うように、ぬかるんだ足元を歩く。上から絶えず滴る粘液は例にもれず、生物の肉を溶かしてしまう毒で、俺はジルラッドの胸ポケットの中で、浄化の光魔法と並行して、2人の火傷の治癒を回し続けた。
光魔法を使う時はある程度魔力を節約できるとは言え、ここまで魔力を使い続けるのは初めてだ。しかし、不思議なことに、消耗といったような感覚を全く感じないのである。ゾーン的なものに入っているのだろうか、それとも、他に何か理由があるのだろうか。
「これ、は……」
まるで壁にぶつかったように、ジルラッドが歩みを止め、物陰にしゃがみ込んで息を潜めた。視界を確保するため、俺はジルラッドの肩をよじ登り、彼の見ている方を仰ぐ。
「あれは……棺、か?」
ゴウ、ゴウ……地響きのような音は、きっと鼓動なのだろう。地中に巣食うナニカの心臓らしきものが、ぎこちなく振動を繰り返し、その度、凄まじい瘴気を周辺にまき散らしているのだ。全体像に対して、幾分小さいように見えるソレは、俺たちの知る心臓の形ではなく、人一人が入り切るくらいの、棺の形をしていた。
「ようやく、ええ、ようやくよ。貴方の目覚める時が来たわ。随分待たせてしまった」
その棺のような肉塊の目の前で、まるで祈りを捧げるように跪く、あの母親。その後ろには、影の茨でグルグル巻きにされた俺のデコイが、虚ろな目をして突っ立っていた。
「一体、何を……」
あの母親が、肉塊に向かって手を差し伸べる。すると、ギチギチと音を立て、堰切って溢れ出すように、鳥の形をした影……ディザリオレラの封印の証である光帯を蝕まんと地割れから溢れ出したものたちと同じだ……が、あの母親と、俺のデコイを目掛け、一斉に飛び掛かっていく。
言葉を失うほどの異様な光景。あの母親には目もくれず、俺のデコイに降り注ぎ、集っていく影たち。デコイとは言え、自分の姿をしているものが、まるで捕食されて行っているかのような惨たらしい光景に、おのずと呼吸が浅くなる。
「棺の中、誰か入っていないかい……? あれ、は……まさか……っ!」
俺たちの背後に控えるミュルダールの呟きで、ようやくそちらの方に意識を向けたのも束の間のこと。グシャ、という音が響き渡る。俺のデコイが、遂に崩壊を起こしたのだ。
「は……?」
恍惚の表情で棺の中を見つめていたあの母親が、口角を引きつらせた。おろおろと立ち上がり、肉塊へ駆け寄って、その中に手を差し入れ、ブツブツと何かつぶやき始める。
ジルラッドとミュルダールが目線を合わせ、頷きあった。虚を突かれ、動揺の最中にある今が、あの母親を討ち取る絶好のチャンス。ジルラッドは、自身の肩に座っていた俺を瞬く間にミュルダールの肩の方へ転移させた。
周辺が、白い閃光に満たされる。ジルラッドの肉体が、ひとつの稲妻と化し、あの母親と、肉の棺を薙ぎ、焼き尽くさんと迸ったのだ。
轟音が響き渡り、ようやくそのことを俺が知覚出来た時には、既に何もかもが終わっていた。
「やれやれ、僕の出る幕は無かったようだ」
自身の足元で胴体の上下を泣き別れに倒れるあの母親を、冷たく睥睨するジルラッド。
そんな光景を目の前にして、ミュルダールは呆れたように肩を竦める。
ジルラッドに真っ二つにされたところから、あの母親の身体は、グズグズと崩壊し始めていた。
いや、本当に? あれは崩壊しているのか? どちらかと言えば、吸収されているの間違いではないか。
説明のしようがない、しかして無視ができないほどの悪い予感がして、俺はあの母親の姿から目を離せない。
目が、合った。瞬間、禍々しい魔力の気配が、あの母親の身体に渦巻き、みるみる膨らむのが分かって。
ジルラッドは、まだ気づいていない。もしかしたら、あの母親の魔力に、俺が特別聡いのか。
とにかく、まずい。本能的な恐怖感に駆られるまま、俺はジルラッドの方へ飛び出していた。
「よかった。やっぱり、貴方の方から来てくれたわね」
あの母親の魔力が、その肉体と共に爆ぜる寸前。虚を突かれたように、俺の顔を見ていたジルラッドを突き飛ばしたその時、聞こえたのは、あの母親のそんな言葉だった。
足元からめいいっぱい浴びた、あの母親の毒のような魔力。強い引力に、みるみる体が沈んでいく。
ああ、でも、よかった。俺には、あの母親の毒に耐性がある。耐性の無いジルラッドがこの狂気に触れていたら、きっとただではすまなかった。
「兄上ッ!!!!」
俺に向かって手を伸ばしながら、ジルラッドは叫ぶ。押し寄せる罪悪感を飲み下すように、俺は大きく息を吸った。
「ダメだ、俺に触るな!」
「……ッいやだ、兄上、おねがい……!」
「悪い、ジル。君にしか頼めない。俺が取り込まれて、このバケモノが目覚めたら、君が押しとどめてくれ。君ならできる。君にしかできないんだ。俺も精一杯やるから」
「いやだ! お願い、僕も連れて行って、兄上、置いていかないで」
「聞いてくれ、ジル。俺が向き合わなきゃ、きっと、コイツは倒せない。俺は、何があっても絶対に死なないから、その時が来たら、君の手でコイツを倒して、俺を助けてくれ」
待ってるよ。そう言えば、ジルラッドは、泣きそうな瞳に、確かな決意を宿して、あどけなく頷いた。
その表情を見たのを最後に、俺の視界は真っ黒に埋め尽くされた。
方向感覚などまるで当てにならない景色の中、壁に沿うように、ぬかるんだ足元を歩く。上から絶えず滴る粘液は例にもれず、生物の肉を溶かしてしまう毒で、俺はジルラッドの胸ポケットの中で、浄化の光魔法と並行して、2人の火傷の治癒を回し続けた。
光魔法を使う時はある程度魔力を節約できるとは言え、ここまで魔力を使い続けるのは初めてだ。しかし、不思議なことに、消耗といったような感覚を全く感じないのである。ゾーン的なものに入っているのだろうか、それとも、他に何か理由があるのだろうか。
「これ、は……」
まるで壁にぶつかったように、ジルラッドが歩みを止め、物陰にしゃがみ込んで息を潜めた。視界を確保するため、俺はジルラッドの肩をよじ登り、彼の見ている方を仰ぐ。
「あれは……棺、か?」
ゴウ、ゴウ……地響きのような音は、きっと鼓動なのだろう。地中に巣食うナニカの心臓らしきものが、ぎこちなく振動を繰り返し、その度、凄まじい瘴気を周辺にまき散らしているのだ。全体像に対して、幾分小さいように見えるソレは、俺たちの知る心臓の形ではなく、人一人が入り切るくらいの、棺の形をしていた。
「ようやく、ええ、ようやくよ。貴方の目覚める時が来たわ。随分待たせてしまった」
その棺のような肉塊の目の前で、まるで祈りを捧げるように跪く、あの母親。その後ろには、影の茨でグルグル巻きにされた俺のデコイが、虚ろな目をして突っ立っていた。
「一体、何を……」
あの母親が、肉塊に向かって手を差し伸べる。すると、ギチギチと音を立て、堰切って溢れ出すように、鳥の形をした影……ディザリオレラの封印の証である光帯を蝕まんと地割れから溢れ出したものたちと同じだ……が、あの母親と、俺のデコイを目掛け、一斉に飛び掛かっていく。
言葉を失うほどの異様な光景。あの母親には目もくれず、俺のデコイに降り注ぎ、集っていく影たち。デコイとは言え、自分の姿をしているものが、まるで捕食されて行っているかのような惨たらしい光景に、おのずと呼吸が浅くなる。
「棺の中、誰か入っていないかい……? あれ、は……まさか……っ!」
俺たちの背後に控えるミュルダールの呟きで、ようやくそちらの方に意識を向けたのも束の間のこと。グシャ、という音が響き渡る。俺のデコイが、遂に崩壊を起こしたのだ。
「は……?」
恍惚の表情で棺の中を見つめていたあの母親が、口角を引きつらせた。おろおろと立ち上がり、肉塊へ駆け寄って、その中に手を差し入れ、ブツブツと何かつぶやき始める。
ジルラッドとミュルダールが目線を合わせ、頷きあった。虚を突かれ、動揺の最中にある今が、あの母親を討ち取る絶好のチャンス。ジルラッドは、自身の肩に座っていた俺を瞬く間にミュルダールの肩の方へ転移させた。
周辺が、白い閃光に満たされる。ジルラッドの肉体が、ひとつの稲妻と化し、あの母親と、肉の棺を薙ぎ、焼き尽くさんと迸ったのだ。
轟音が響き渡り、ようやくそのことを俺が知覚出来た時には、既に何もかもが終わっていた。
「やれやれ、僕の出る幕は無かったようだ」
自身の足元で胴体の上下を泣き別れに倒れるあの母親を、冷たく睥睨するジルラッド。
そんな光景を目の前にして、ミュルダールは呆れたように肩を竦める。
ジルラッドに真っ二つにされたところから、あの母親の身体は、グズグズと崩壊し始めていた。
いや、本当に? あれは崩壊しているのか? どちらかと言えば、吸収されているの間違いではないか。
説明のしようがない、しかして無視ができないほどの悪い予感がして、俺はあの母親の姿から目を離せない。
目が、合った。瞬間、禍々しい魔力の気配が、あの母親の身体に渦巻き、みるみる膨らむのが分かって。
ジルラッドは、まだ気づいていない。もしかしたら、あの母親の魔力に、俺が特別聡いのか。
とにかく、まずい。本能的な恐怖感に駆られるまま、俺はジルラッドの方へ飛び出していた。
「よかった。やっぱり、貴方の方から来てくれたわね」
あの母親の魔力が、その肉体と共に爆ぜる寸前。虚を突かれたように、俺の顔を見ていたジルラッドを突き飛ばしたその時、聞こえたのは、あの母親のそんな言葉だった。
足元からめいいっぱい浴びた、あの母親の毒のような魔力。強い引力に、みるみる体が沈んでいく。
ああ、でも、よかった。俺には、あの母親の毒に耐性がある。耐性の無いジルラッドがこの狂気に触れていたら、きっとただではすまなかった。
「兄上ッ!!!!」
俺に向かって手を伸ばしながら、ジルラッドは叫ぶ。押し寄せる罪悪感を飲み下すように、俺は大きく息を吸った。
「ダメだ、俺に触るな!」
「……ッいやだ、兄上、おねがい……!」
「悪い、ジル。君にしか頼めない。俺が取り込まれて、このバケモノが目覚めたら、君が押しとどめてくれ。君ならできる。君にしかできないんだ。俺も精一杯やるから」
「いやだ! お願い、僕も連れて行って、兄上、置いていかないで」
「聞いてくれ、ジル。俺が向き合わなきゃ、きっと、コイツは倒せない。俺は、何があっても絶対に死なないから、その時が来たら、君の手でコイツを倒して、俺を助けてくれ」
待ってるよ。そう言えば、ジルラッドは、泣きそうな瞳に、確かな決意を宿して、あどけなく頷いた。
その表情を見たのを最後に、俺の視界は真っ黒に埋め尽くされた。
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