転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀

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第四章 ラスボスにしたって、これは無いだろ!

第五十二話

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「ダハハ、ヴァカめ!! そっちはデコイだ!! 俺に何も関心が無いからまんまと騙されるんだよ!!」

「目覚めて開口一番とは思えない悪口雑言」

 小人サイズでこんにちは。どうも、こちらまんまと拉致されたかのように思われたベルラッドです。俺は今、ジルラッドの肩の上とかいう世界一の安全地帯から、囮の分身を俺だと思い込み、連れ去っていった母親を嘲笑っています。

 そもそも、いくら王国史上最悪の闇魔法使いと恐れられている相手でも、最強無敵の主人公様がみすみす後れを取るはずがないんですよね。それに、かつてのミュルダールが俺を拉致した手口の二番煎じときた。

 ジルラッドは、あの母親ひとの声がした瞬間、俺すら気付かないくらいの電光石火で、俺のデコイを錬成し、本体の俺をスケルトン状態にしてくれた。目の前に自分の姿が現れてようやくその状況を掴んだ俺は、ミュル叔父が舌戦であの母親ひとの気を逸らしてくれている間に小人サイズに縮んで、ジルラッドの胸ポケットに潜伏し、意識だけをデコイに移して母親と対峙したというわけ。

 頭痛でフラフラになりながらことを成すのは本当に骨が折れたが、おかげで心の余裕を持ってトラウマと向き合えた。言いたいこともだいたい言えた。暖簾に腕押しって感じだったけど、それは仕方がない。今更、あの母親ひとに何かを期待していたわけでもないし。

 自分の恐怖を乗り越えることが大事だったんだ。あの母親ひとへの怒りを思い出して、逃げずに、ちゃんと立ち向かえるように。

「ありがとう、ジル、ミュル叔父。そんじゃ、さっさとあいつらぶちのめして帰ろうぜ」

「そうだね。いつまでもデコイに騙されていてくれるほどあの女も馬鹿じゃないし、まんまと騙されたこと馬鹿にできるうちに吠え面拝んでやろうじゃないか」

「国を滅ぼそうとする敵に立ち向かう側のセリフじゃねんだよな」

「僕に正義だの大義だの期待してたのかい? ご機嫌なことだね。そう言うのは殿下にお任せしてるんだよ」

「まさか、この私が大義などであの女を誅するとでも? ただの私怨に決まっているが」

「流石は我が主だ、惚れ惚れしちゃうね」

「 こ い つ ら 」

 元・王太子と現・王太子、そしてその師匠が雁首揃えてこのザマである。誰一人としてガラリア王国の為だとか欠片も思っていないのだ。

 俺は、ジルラッドと幸せになるために。ジルラッドも、きっとそう思ってくれているのだろう。ミュルダールはジルラッドの御代を盤石なものにするために。

 どこまでも、自分のために、あの母親ひとの企みも、行いも、存在すらも、否定するのである。そこに正義など介在することはない。

「兄上」

「ん? どした、ジル」

「貴方の母君を手にかけること、お許しくださいますか。貴方をこの世に齎した存在を否定してでも、貴方の唯一無二となりたい、僕の身勝手を、お許しくださいますか」

 ああ、本当に。どうしようもなく、君は優しいな。そして、傲慢だ。全部が全部、君が背負おうなんて、絶対に許さない。

「違うよ、ジル。俺が君を頼っているんだ。君に手を貸してもらっているんだよ。兄貴として不甲斐ないことこの上無いけどさ、まだ、一人で立ち向かえるほど、あの人への感情を克服できているわけじゃないんだ……だから、誰よりも頼もしい家族きみに、寄りかからせて欲しい」

「……ええ、全霊を以て、お支えします、兄上」

「ありがとう」

 さあ、行こう。

 +++

 拉致られたデコイの位置情報は、破壊されない限り、術者によって辿ることができる。ジルラッドの先導で、次第濃くなっていく瘴気を掻き分けながら、迷いなく疾風のように駆けた。

 俺はジルラッドの胸ポケットの中で常に光魔法を回し続けた。そうでなくては、常人では肺が一発で壊死するほどに瘴気が濃いのである。まあ、ここにいるのはお世辞にも常人などとは言えないメンツだが、それでも、著しく消耗することに違いはないだろう。決戦前にそんなザマでは、例えジルラッドがいても万が一のことがあるかもしれない。

 ぐちゃ、びちゃ、ぬちゃ、軽やかに土を踏んでいたはずの足音が、そんな水音に変化する。ミュルダールが俺に断りもなくジルラッドの後ろで舌を出しながら「ウヘェ」と鳴き、瘴気に触れてしまった口腔内の組織を少しばかり壊死させるなどしたので、「馬鹿が」などと罵りつつ治癒してやるなんて一幕もあり。

 やがて、目の前に、立ちはだかるような肉膜の絶壁が現れた。生理的嫌悪感を抱かせるような、はたまた、根源的恐怖を呼び起こすような、そんな色が、肉膜の先に蠕動している。

 しかし、ジルラッドは怯むことなど少しばかりもなく、白熱した雷電を纏いつつ、立ち止まるどころか加速しながら、そちらめがけて突進していく。色からして明らか毒ですって言っているような粘液にも怯まないので、俺は声なき叫びを喉元にくぐもらせ、涙目で胸ポケットに潜伏する。

 ドオ……と、一閃。ジルラッドが剣の切っ先を突き立てた、向こう100mくらいが、轟雷によって吹き飛ばされた。香ばしい匂いが辺りに立ち込め、延焼しジュワジュワと肉が焼き焦げる音が余韻のように耳に入る。

「タンパク質の焼ける匂い……って、ウ゛ワ゛――――――――ッッッ!!!!!!?!?!? テメェ゛!!!!!!!! 俺のジルラッドの完璧無比なご尊顔をォーーーーーーーー!!!! 許さねェーーーーーー!!!!!!」

「身体のわりに声デカいって、ネタバレになるからやめて」

 案の定、躊躇なくジルラッドが突っ込んでいった肉膜に滴っていた粘液は、生物の肉と言う肉を溶かしてしまう類の毒で。シュウシュウと音を立てながら顔の皮膚を焼けただれさせていたジルラッドに、俺は喚き散らかしながら治癒を施した。必死だ。

 ジルラッドの顔面は数ミリたりとも損なってはいけない黄金比の権化にして人体の最高傑作なのであるからして、これくらいの発狂は当たり前なのである。

「兄上に治していただけるかな、と……申し訳ありません……」

「治すけど!!!! 肝が冷えるどころの話じゃないからね……極力大事にしてクレメンス……」

 甘え方があまりにアグレッシブ。やれやれ、命がいくらあっても足りないぜ……。

「甥っ子、ところで僕、杖腕そこそこ深くやけどしたんだけど」

「ああ、はいはい、はいよっと」

「この差」

「逆に聞くけどさ、自分がもし光魔法使えたとして、ジルラッドが顔に火傷負ってるのと、俺が大量出血してるの、どっちを先に治すよ」

「え……殿下に決まってるくない? 殿下の顔にかすり傷一つでも付こうものなら世界の危機でしょ」

「分かってんじゃねぇか」

「それもそか」

 流石は同担、話が早くて何よりである。
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