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第四章 ラスボスにしたって、これは無いだろ!
第五十一話
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「フフフ、そろいもそろって、その子を連れてきてくれたの? ありがとう、ご苦労だったわね。丁度、入用だったの。早く、その子の肉体を捧げて、彼を目覚めさせてあげなくちゃ。さあ、ベルラッド、こちらへいらっしゃいな。元気なお顔をお母様に見せて頂戴」
「うわヤッバ、闇魔法の使い過ぎでついにイカレっちまったんだ。まさか、生きて日の目を見れるとでも思ってるのかな? アハ、能天気だねぇ、下らない妄言を吐いている暇があったら、今までのそのくだらない人生でも振り返ったらどう」
「あら、どなたかしら。生憎、私の知り合いには、貴方のように嗜みの無い言葉を使う卑賎な輩はおりませんの。かわいそうに、ご存知ないみたいだから、教えて差し上げるけれど、先に名を名乗るのが礼儀というものでしてよ」
「今から死ぬ相手に教えても時間の無駄だね。お前如きに持たせる冥途の土産なんかないんだよ、クソ女」
「まあ、お口のはしたないこと。面汚しはどう頑張っても面汚しなのね」
「ハハハ、殺す。骨の欠片も残さず抹消してやる」
殺意と悪意の応酬。姉弟の再会にしては、随分と毒々しい会話だ。しかし、どうだろう。あの母親と言葉で渡り合うには、ミュルダールには可愛げがありすぎる。
相手は、自らの手指よりも悪意の扱いに長けた毒婦なのだ。こちらがどんなに言葉を弄そうと、あの母親にとっては、小鳥の囀りくらいにしか感じないだろう。
かつて、絵を破られて怒り心頭になった俺が、思いっきり地雷を踏みぬこうと噛みついた時も、あの母親は身じろぎ一つだにしなかったのだから。
「ミュルダール、控えよ。まんまと乱されてどうする」
「……お許しを」
「あの女の発する雑音を言葉と認識するならば、一度脳を洗って出直すことだ」
「まあ! ガラリア王国も落ちたものね。人語を解さないほどの無能が王太子ですって? 嘆かわしいこと……歴史に泥を塗られる前に、美しい滅亡を。そうでなくては、無辜の民も哀れだわ。せっかくの再会に、彼の悲しむ顔なんて見たくないもの」
さっきからこの母親は何を言っているんだろう。熱に浮かされたように繰り返す彼って一体なんなんだ? まだ姿も捉えられない、地中のナニカに関係があることなのか?
クソ、頭痛のせいで思考がうまくまとまらない……! しっかりしろ、俺! 足手まといにだけはなるな!
「兄上、しっかり……!」
「ごめ、ジル……全然平気、だから……心配、っしないで、くれ」
「やせ我慢はおよしなさいな。忌々しい洗礼を受けていても、私の魔力は貴方に覿面に効くの。わかるでしょう、ベルラッド。抗おうとすればするほど、その頭痛は酷くなる……さあ、いらっしゃい。お母様が楽にしてあげるわ」
肉体の細胞に染みついた毒は、この5年できっとすべてが消え去ったのだろう。だが、一度作られた脳細胞は死滅こそすれ、入れ替わることは無い。だから、毒を盛られていない今でも、毒に冒されていたころに作られた脳細胞が、今も彼女の魔力に反応してしまうのだ。
闇よりも昏い影が、うぞうぞと足元で蠢いた。みるみるうちに大きくなる影は、まるで茨のように足元から全身へ巻きついていくと同時、目の前を覆っていく。
浅い息を繰り返しながら目を見張っていると、かつて見た姿と何も変わらない……否、記憶よりも幼いように思える姿で、あの母親が目の前に現れた。
彼女は、真心のこもったような慈愛の瞳をして、こちらに手を伸ばしてくる。影の茨で身動きを戒められた俺には避けようがなく、吐き気を堪えながら、その手が頬にそえられるのを、黙って見ているしかない。
初めて見る、作り物でない彼女の愛おしげな微笑みは、いたく気味が悪くて仕方のないものだった。
「よく顔をみせてちょうだい、ベルラッド。フフ、大きくなったのね。ああ、でも、残念。成長すれば、もう少し似ると思っていたけれど、そう上手くはいかないものね。ほんとう、嫌になるくらい、母親似だわ」
「弟といいアンタといい……若作りは程々にした方がいいと思うぞ。似た者姉弟が」
「いやね、あんな盲目の面汚しが弟なんて、馬鹿なこと言わないで頂戴。誰もかれも、目を開けたまま寝てるみたいに、何も見えてないのだから。こんなことだから、あんな愚かな男が即位なんてして……本当は、彼の方がずっと、王に相応しい人だったのに!」
眦を吊り上げ、牙を見せて威嚇する虎のような笑顔で、甲高く吠える。初めて見る、彼女のそんな激昂に、大きな不可解が喉を突き上げる。
「一体、何を言って……」
「あら……ごめんなさい。貴方は知らなくてもいいことだったわ。貴方はただ、私たちにその身を委ねてくれるだけでいい。貴方が生まれたのは、このため。そのために、私は貴方を産んだの。ようやく、自分の役目を果たす時が来たのよ、ベルラッド。思い通りにならなくて、散々手こずらせてくれたけれど、こうやって、自分からここまで来てくれただけで、全ての苦労が報われるというものだわ」
脳内に、意味の分からない彼女の言葉がクワンクワンと反響し、次第、意識が遠のいていく。
しかし、脱力していく身体に湧き上がるのは、無力感などではなく、怒りだった。
「ちが、う……おれ、はっ、幸せに、なる、ために、生まれ、たんだ……! ジルと、大好きな、愛おしい、かけがえの、ない、あの子、と……幸せな、未来を、掴む、ためにっ、おれは、ここに、来た……!」
「まあ、そうだったの。なら、最後くらいは、貴方の望む夢を見せてあげる。もう二度と、目覚めることは無いんですもの、それくらいは叶えてあげるわ。さあ、お眠りなさい」
視界を手のひらで覆われる。まるで、死体の瞼を閉じるかのような、いやに優しい、だからこそ侮辱的な手つきに、更に腹の底が怒りで煮えたぎるような心地を味わいながら、俺は意識をブラックアウトさせた。
「うわヤッバ、闇魔法の使い過ぎでついにイカレっちまったんだ。まさか、生きて日の目を見れるとでも思ってるのかな? アハ、能天気だねぇ、下らない妄言を吐いている暇があったら、今までのそのくだらない人生でも振り返ったらどう」
「あら、どなたかしら。生憎、私の知り合いには、貴方のように嗜みの無い言葉を使う卑賎な輩はおりませんの。かわいそうに、ご存知ないみたいだから、教えて差し上げるけれど、先に名を名乗るのが礼儀というものでしてよ」
「今から死ぬ相手に教えても時間の無駄だね。お前如きに持たせる冥途の土産なんかないんだよ、クソ女」
「まあ、お口のはしたないこと。面汚しはどう頑張っても面汚しなのね」
「ハハハ、殺す。骨の欠片も残さず抹消してやる」
殺意と悪意の応酬。姉弟の再会にしては、随分と毒々しい会話だ。しかし、どうだろう。あの母親と言葉で渡り合うには、ミュルダールには可愛げがありすぎる。
相手は、自らの手指よりも悪意の扱いに長けた毒婦なのだ。こちらがどんなに言葉を弄そうと、あの母親にとっては、小鳥の囀りくらいにしか感じないだろう。
かつて、絵を破られて怒り心頭になった俺が、思いっきり地雷を踏みぬこうと噛みついた時も、あの母親は身じろぎ一つだにしなかったのだから。
「ミュルダール、控えよ。まんまと乱されてどうする」
「……お許しを」
「あの女の発する雑音を言葉と認識するならば、一度脳を洗って出直すことだ」
「まあ! ガラリア王国も落ちたものね。人語を解さないほどの無能が王太子ですって? 嘆かわしいこと……歴史に泥を塗られる前に、美しい滅亡を。そうでなくては、無辜の民も哀れだわ。せっかくの再会に、彼の悲しむ顔なんて見たくないもの」
さっきからこの母親は何を言っているんだろう。熱に浮かされたように繰り返す彼って一体なんなんだ? まだ姿も捉えられない、地中のナニカに関係があることなのか?
クソ、頭痛のせいで思考がうまくまとまらない……! しっかりしろ、俺! 足手まといにだけはなるな!
「兄上、しっかり……!」
「ごめ、ジル……全然平気、だから……心配、っしないで、くれ」
「やせ我慢はおよしなさいな。忌々しい洗礼を受けていても、私の魔力は貴方に覿面に効くの。わかるでしょう、ベルラッド。抗おうとすればするほど、その頭痛は酷くなる……さあ、いらっしゃい。お母様が楽にしてあげるわ」
肉体の細胞に染みついた毒は、この5年できっとすべてが消え去ったのだろう。だが、一度作られた脳細胞は死滅こそすれ、入れ替わることは無い。だから、毒を盛られていない今でも、毒に冒されていたころに作られた脳細胞が、今も彼女の魔力に反応してしまうのだ。
闇よりも昏い影が、うぞうぞと足元で蠢いた。みるみるうちに大きくなる影は、まるで茨のように足元から全身へ巻きついていくと同時、目の前を覆っていく。
浅い息を繰り返しながら目を見張っていると、かつて見た姿と何も変わらない……否、記憶よりも幼いように思える姿で、あの母親が目の前に現れた。
彼女は、真心のこもったような慈愛の瞳をして、こちらに手を伸ばしてくる。影の茨で身動きを戒められた俺には避けようがなく、吐き気を堪えながら、その手が頬にそえられるのを、黙って見ているしかない。
初めて見る、作り物でない彼女の愛おしげな微笑みは、いたく気味が悪くて仕方のないものだった。
「よく顔をみせてちょうだい、ベルラッド。フフ、大きくなったのね。ああ、でも、残念。成長すれば、もう少し似ると思っていたけれど、そう上手くはいかないものね。ほんとう、嫌になるくらい、母親似だわ」
「弟といいアンタといい……若作りは程々にした方がいいと思うぞ。似た者姉弟が」
「いやね、あんな盲目の面汚しが弟なんて、馬鹿なこと言わないで頂戴。誰もかれも、目を開けたまま寝てるみたいに、何も見えてないのだから。こんなことだから、あんな愚かな男が即位なんてして……本当は、彼の方がずっと、王に相応しい人だったのに!」
眦を吊り上げ、牙を見せて威嚇する虎のような笑顔で、甲高く吠える。初めて見る、彼女のそんな激昂に、大きな不可解が喉を突き上げる。
「一体、何を言って……」
「あら……ごめんなさい。貴方は知らなくてもいいことだったわ。貴方はただ、私たちにその身を委ねてくれるだけでいい。貴方が生まれたのは、このため。そのために、私は貴方を産んだの。ようやく、自分の役目を果たす時が来たのよ、ベルラッド。思い通りにならなくて、散々手こずらせてくれたけれど、こうやって、自分からここまで来てくれただけで、全ての苦労が報われるというものだわ」
脳内に、意味の分からない彼女の言葉がクワンクワンと反響し、次第、意識が遠のいていく。
しかし、脱力していく身体に湧き上がるのは、無力感などではなく、怒りだった。
「ちが、う……おれ、はっ、幸せに、なる、ために、生まれ、たんだ……! ジルと、大好きな、愛おしい、かけがえの、ない、あの子、と……幸せな、未来を、掴む、ためにっ、おれは、ここに、来た……!」
「まあ、そうだったの。なら、最後くらいは、貴方の望む夢を見せてあげる。もう二度と、目覚めることは無いんですもの、それくらいは叶えてあげるわ。さあ、お眠りなさい」
視界を手のひらで覆われる。まるで、死体の瞼を閉じるかのような、いやに優しい、だからこそ侮辱的な手つきに、更に腹の底が怒りで煮えたぎるような心地を味わいながら、俺は意識をブラックアウトさせた。
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