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第三章 思い出すにしても、これは無いだろ!

第四十五話

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「君がっ、君さえいなければ、殿下は、私の弟子は、ただそこに在るだけで、理想の王たれるのに……っ、国を想い、国を治めることを、何よりも尊ぶ……どうしてそれができないかって、君がいるから、君が、殿下の優先順位の一番上に居座っているから……!」

「……ミュルダール。では聞くが、優先順位の一番上を排除すれば、そのまま国事が優先順位の筆頭に繰り上がると、本気で思うのか。もしそうなら、見当違いもいいところだ。私の見る世界は、兄上が、その他すべてに先立つのだ。兄上を失ったらば、世界は、すべての価値を失う。私にとっては、兄上がいてこその国であり、世界なのだから」

 まるで当たり前のことように、ジルラッドは淡々と語る。王太子になったのは、兄上を守る力を得るためだったのだ、と。

 王太子の地位にあれば、持つことを許される権限は、兄上のために行使してきた、行使するからには、その対価として、皇太子としての責務を全うするが、その義理以外に、今の地位に感じているものなど無い、と。

 ああ、やっぱり、本人につきつけられるのが一番きついよな。ミュルダールは、最早焦土のような顔色をして、ぐったりと俯いていた。でも、それは、アンタが今まで現実を直視していなかったせいでもあると思うぞ。

 俺さえいなくなれば、ジルラッドが理想の王になれるなんて、ただの幻想だ。アンタは、俺を失っていないジルラッドに、理想の王の姿を垣間見たんだろうが。

 何かを失えば、人は変質する。俺を失った先にある、変わり果てたジルラッドに、果たしてアンタは理想の王の姿を見出せるのか?

「どんなに適性があっても、本人に動機やモチベが無ければ、花開くものも花開かないだろ。アンタがすべきは、ジルラッド自身のモチベを向上させるための試行錯誤のはずだ。そうじゃないか?」

「何が、言いたい」

「せっかちさんがよ……まあいいや。結論から言う。俺を利用しろ。俺はジルラッドの将来を邪魔する障害じゃない。認めたくないのは分かるが、ジルラッドはどうしようもなく俺のことが大好きなんだから、俺のことは排除するんじゃなく、餌としてうまく使えよって提案」

 邪魔なのはアンタのその変なプライドの方だっつの。ジルラッドのことが大好きなんだろ? 分かるよ、俺もジルラッドのことを愛してるから。

 そんな、大好きな相手が、気に食わない人間のことを何よりも第一に扱っていることが、嫌で嫌で仕方がないんだよな。それもまあ、理解出来んことも無い、が……そんな気持ちを、みょうちきりんな大義名分で誤魔化して、自分善がりに暴走しても、大好きな相手が自分の思うように変わってくれるはずがないと思うけどな、俺は。

 アンタに利用されてやってもいい。ジルラッドだって、俺がそう望むなら、きっと咎めない。

 だから、アンタも少し妥協して、歩み寄ってくれよ。

 俺の腕を巻き込みつつ、壁に突き刺さっている魔杖を固く掴んでいた、ミュルダールの手がダラリとずり落ちる。フゥ、と小さなため息を吐いて、諦めの滲んだ苦笑を浮かべながら、ミュルダールは顔を上げた。

「……よくもまあ、自分を殺そうとしている相手に、自分を売り込むような真似ができるね。自分のことが嫌いな相手は大嫌いじゃなかったのかな?」

「同担は大歓迎派なもんでな。俺が好きなものを好きな奴は無条件に好きになるんだよ。まあ、この際、アンタは別に同担拒否派のままでいいと思うけどさ、せめて、共通の敵がいるうちは協力しようぜ。3人寄らば文殊の知恵ってことでさ」

 少なくとも、あの母親ひとの存在が、俺たち3人全員のアンハッピーであることに変わりはないわけだし。あの母親ひとのことどうにかするまでは、共同戦線、最悪停戦でもいい、とにかく、俺を今すぐ亡き者にしようってのはやめろください。

「ハァ……つくづく癪なガキだよね、君は」

「この期に及んで憎まれ口たぁ恐れ入るぜ」

「利用されてやる、なんて啖呵切ったんだから、これくらい慣れてくれよ、甥っ子」

 肩口からズルリと剣を抜き去られ、よろめきつつも、腰に手を当ててフンと鼻で笑うミュルダール。俺の光魔法で治癒される側の分際で、ふてぶてしい事この上ない。

「大人なんだから少しは割り切りってもんをみせてくれよ、叔父さん」

「おじさんって呼ぶのもやめてくれるかい!?」

「いィ゛っっっっっ!!!!?!?」

「あ、ごめん」

 置いてけぼりにして申し訳ない。順序立てて説明すると、ミュルおじが、俺に光魔法で治癒された分際で大人げなくキレつつ、考えなしに魔杖を解いた(ここではない異次元に収納することを解くって言う)ら、俺の細胞組織が少し持っていかれて激痛が走り、もんどりうって悶絶してるってワケ。

「貴様……僕を差し置いて兄上と親しげにするだけに飽き足らず……余程、死にたいらしいな」

「勘弁して……」

 雷電を帯びた刀身が、薄皮一枚、頸動脈につきつけられ、ミュルダールは両手を上げて降参のポーズ。流石にもう懲りたという顔である。

「ジル!! ステイ!! ステイ!!」

「兄上……」

「そんなお預けくらった仔犬みたいな顔をしても、駄目だぞ、クッキーよりサクッと処すのは! ミュルおじは多分もう敵じゃございません! OK!?」

「はい……」

 光魔法で両腕を治癒しながら、とめどない殺意いかづちをなおも迸らせるジルラッドをどうどうと窘める。どこか納得のいっていないような顔だが、ジルラッドは矛を収めてくれた。助けてもらった分際で、ミュルダールも何故か不服そうな顔をしているのが非常に癪だ。

 何とも、先が思いやられるといった所感である。ただ、直感的に、この3人なら、何だかんだうまくやれるんじゃないか、なんて、思えてならないから、不思議なものだった。
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