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第三章 思い出すにしても、これは無いだろ!

第四十三話

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「ん、え、待って、ジル、急にどうした?」

「そ、そうだよ。さっきと話が違うじゃないか……! まだ僕には利用価値があるんだろっ」

 眩い閃光が瞬く。瞬間、ゴウ、という音と共に、ミュルダールが立っていた場所へ、迅雷が降り注いだ。空気を割くような天災である。

「僕を差し置いて、いつの間に、あんな男とあのように仲良く……あろうことか、僕ですら窺い知れぬ、兄上の心の中を覗き見する者など、誰であろうと、決して許してはおけません」

「「仲良くなんて無いが!?!?」」

 間一髪で、轟雷の直撃からは逃れたらしいミュルダール。その、どこからともなく響く声と、俺の切実な叫び声が、図らずもピッタリハモってしまう。ああ、ここでジルラッドの苛立ちを補強するような材料を与えてどうするんだよ……!

 恐る恐る横目にジルラッドの顔を窺えば、真一文字に引き結ばれた薄い唇がわなわなと震えていた。奥歯の擦れるカチカチという音が、まるで鉋のように神経をすり減らしていき、ドッと冷や汗が溢れ出る。

「ジル、落ち着こう、いったん落ち着いて、な? 天地がひっくり返っても、俺がアイツと仲良くするなんてありえないからさっ、いったん、そのあぶないの、引っ込めてくれないか」

「止めないで、兄上。あんな男、いなくなった方が兄上のためなんです」

「それはそうだけど!!」

 だってなんかいやじゃん!! 俺と仲良くしたからって誤解でアイツが死ぬのは、滅茶苦茶俺にとって不名誉じゃん!! 嫌いな奴の死因になんか関わりたくなくね!? 俺の見てない、俺に関わりない所で勝手にくたばっててほしい!

「僕だってこんなことで死ぬのは嫌だが!? そもそも、好きでクソガキの心の声なんか暴いてるわけじゃないんだけど!」

「貴様……兄上の心の声を聞いておいて有難がりもしないだと……? 恥を知れ」

「んな無茶な!!」

 うーん、ジル、流石に俺の心の声を聞いて有難がれって言うのはだいぶ無理があるかも……兄ちゃんちょっとアイツに同情しちゃう……。

 まあでも、嫌なら呪い解除しちまえばいい話だしな。そのつもりがないならいくらでも心の声で煽り散らかしてやる所存。ジルラッドの手前、あんまり口汚いこと言えないけど、心の声を聞かれてるなら、ジルラッドにいい顔しつつマウント取り放題だからな!

「あー、もう、いい。もうたくさんだ、クソボケ恥知らずブラコンどものオノロケに、これ以上付き合ってられないね」

 ブウン……と、耳元をハチが通過した時のような、ざらざらとした危機感が背中をなぞるような音と共に、ミュルダールはふたたび俺たち二人の目の前に姿を現す。

 陽炎のようなつかみどころのない魔力を全身からくゆらせるミュルダールの表情は、何もかもそぎ落としたような無表情で、いよいよ、道化の皮が完全に剥がれてしまっていた。

「付き合えなどとは一言も言っていないが」

「そうだそうだ!」

「この……っ、何とかシリアス方向に軌道修正するため頑張ろうとしている大人の涙ぐましい努力を!」

 いやあ、正直もうシリアスは良くない? 今まで十分頑張ったと思うんだが。あの母親ひとが出張ってくるならまだしも、我が世の春ブラコンビと同担拒否厄介害悪オタクじゃあ、誰がとは言わんが、シリアスを紡ぐのは無理じゃろ。え? メタ? なんのことかにゃ?

 てかさ、いい加減に諦めろよ。大人なんだからさ、ガキの我儘くらい聞いてくれや。ガキと張り合って我儘バトルするおっさんとか、やってて恥ずかしいと思わんか?

「うーわ、流石はあの女の息子。ふてぶてしくてずうずうしくて、一度開き直ったらもう手に負えない。生き恥だよ、生き恥。分かった、もういいや、殺すね。血族の恥を生かしたままの身の上では、理想の王に仕える上でも面目が立たないし」

「……は? 待て、今、血族の恥って言ったか?」

「あれぇ、言ってなかったっけ。シレーヌ元王妃の実家、ミュルダール家って言うんだ。反吐が出るくらい認めたくないけど、アレ、僕の姉。ミュルダールの誇りを汚した一族の面汚しが姉なんて、僕が可哀そうだと思わない? ねえ、甥っ子くん」

 思考が一時的にフリーズする。ミュルダール家? あの母親ひとが、コイツの姉? 甥っ子……? 誰が? 俺が!?!?

 ゾワ、膨れ上がるような鳥肌が、へその下あたりから脳天までを一瞬にして駆け上がった。

「きsssssssssssssssssっしょ、え、うわ、マジじゃん、アンタの目元とか顔の雰囲気、妙に忌避感あると思ったら、あの母親ひとに似てたからか!! え……? 俺の血縁、こんなのばっか……? あろうことか、アンタみたいなやつが叔父? 最っ悪……」

「こっちのセリフにもほどがあるんだよねぇ!! 言っとくけど、君の顔立ちもあの女そっくりだよ。君の顔なんか見てるだけで殺意が湧いて仕方が無いんだから。あーあ、王家の威信をコケにしようとした稀代の悪女を輩出した代わりに、史上最高の名君の為政に箔をつけた数百年に一度の聖者も輩出したとなれば、我が家の汚名もギリ±0になると思ったのになぁ……」

 いや、知らんがな。勝手に俺を使って家の恥を清算しようとすんな。あろうことか、あの母親ひとが齎した汚名を俺で晴らそうなんて、どこまで俺ら親子のことが憎いんだよ。勘弁してくれ、俺とあの母親ひとは血縁以外無関係です!! えんがちょ!

「……ああ、そうか。だから、貴様の顔は印象に残りやすかったんだな」

 ふと、俺の隣で沈黙を保っていたジルラッドが、ポツリとそんな呟きを零した。いかにも、長年の不可解がようやく解けたというような顔だった。相対するミュルダールの怪訝な顔とは対照的である。

「え? 急に何?」

「兄上にどことなく似ていたから、貴様に興味が湧いたんだ。漸く得心がいった。つくづく、貴様は兄上に感謝すべきだというのに、何を血迷っている、ニレス・ミュルダール」

 あ、待って、ジル。それは、それだけはヤバい。デリカシーの欠如どころの話じゃない。〇aim〇iのMASTER譜面ばりに同担拒否リアコ厄介害悪オタクの逆鱗叩き散らかしてる……! あまりに人の心が無さすぎる発言……!! 兄ちゃん震えが止まらねぇぜ……!

「……うん、全てを壊して僕も死のう。生きる意味を失った」

「待て、早まるな叔父おっさん!! 話せばわかる!!」

「問答無用っ! 同情するなら命を差し出せ!!!!」

 キッと俺を睨みつけ、どこからともなく、黒塗りの魔杖を発現させるミュルダール。それを手に取った途端、ビキビキという音と共に、俺の右手に渦巻く痣から、自分の皮膚が凍り付いていくのが分かった。

 そうか、俺の魔力が吸い取れるならば、その逆も然り。ミュルダールの魔力が流し込まれ、細胞に浸潤した傍から、凍っていっているのだ。悠長に解呪方法を探していたんじゃ、何もかも間に合わない……!

 光魔法による治癒も効かない、どうすれば……!

 俺は、殆ど考えもしないまま口を開き、胃の腑から突き動かされたように、ジルラッドに向かって叫んだ。
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