転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀

文字の大きさ
上 下
42 / 62
第三章 思い出すにしても、これは無いだろ!

第四十二話

しおりを挟む
「あーあ。まずったなぁ、ゲホッ……まさか、教会の数百年モノの結界すら、こんなにも容易く突破されるとは。我が弟子ながら、デタラメにも程があるよ」

 ドロリ、這い上がるような、どす黒い声だった。表面上、軽妙を装っているからこそ、そのコントラストによって、気味の悪さが際立つ。

 咄嗟に声の方を見れば、そこには、蜘蛛の巣に囚われた虫のように、壁に叩きつけられ、文字通り埋まっていたらしいミュルダールが、ゲボゲボと多量に吐血しつつも、再起しようとしている姿があった。

 ジルラッドは、すぐさま俺の身体をグイとひっくり返し、庇うように左腕で抱き寄せた。バチバチと雷が迸る音とともに、その右手に流麗な剣が顕現する。ひりつくような高密度の魔力を、その刀身にみなぎらせ、冴え冴えとした圧を放っていた。

「ようやく、想いが通じ合ったところだ。水を差すな」

「いーや、差すね。勝手に話を進めてもらっちゃあ困る。これは、君たちだけの問題じゃあない、分かるだろう?」

「知ったことか。部外者の分際で、私たちの問題にこれ以上口を出すなら、もう容赦はしないぞ、ニレス・ミュルダール」

 キリキリと、いななくようなプラズマの覇気。傍で見ているだけの俺ですら、腰が抜けてしまいそうなほどに強烈なそれを、一身に浴びているはずなのに、少々たじろいだ風に肩を竦めるのみで、ミュルダールは容易く受け流してしまう。あの男も大概バケモノだ。

「アッハハ、容赦なんてハナから無いくせに、よく言う。見てよこの血痕、内臓破裂するわ肋骨も何本か逝ったわ、出会いがしらにあんなサプライズは勘弁してほしいよね」

「兄上をかどわかした貴様に割く温情など本来は無い。それでもなお貴様がそうやって戯言を吐いていられる訳をよくよく考えることだ」

「おや、光栄だねえ、まだまだ僕にも利用価値があると思ってくれているんだ」

 場の緊張感を逆撫でするように、ヘラヘラと笑うミュルダール。ビキ、ジルラッドのこめかみから、大きな苛立ちが音を立てた。恐る恐る横目に見れば、般若も逃げ出すほどの凄絶な怒りで美貌を歪めている。やっぱこの子アイツのこと滅茶苦茶嫌いじゃね?

「残念だが、今の君に手を貸すつもりは無いよ。今の君は不完全だ。僕が仕えるに相応しい、理想の王にするため、本当は関わりたくもない教会と手を組んでまで、誠心誠意奔走しているというのに……その邪魔をするのは、いつだって君なんだから。師の心弟子知らずにも程があるよ」

「貴様の願望は、あの女を殺すことと、キングメーカーになることだろう。どちらも私が叶えてやる。敢えて兄上を排除する必要など皆無だ」

「分かってない、分かってないねぇ。僕の目的は、理想の王を育て上げ、仕えることだ。君の心が兄君に囚われている限り、理想の王にはなれない。心当たりが無いとは言わせないよ、何せ、君は兄君の世話以外の全てを片手間にしている。今だって、王太子としての執務は、全て分身に丸投げしてるんだろう? きっと、兄君が君の人生に存在する限り、国王に即位したとて、君はずっと兄君にかまけ、王としての責務はそのついでになるだろう。それのどこが理想の王だって言うんだい? 本当、あの女は、目障りなことしかしないよ」

 君の輝かしい未来を邪魔し続ける存在を産み落とした挙句、始末もせずに逃げるなんて、これ以上ない大罪だ……毒々しい憎悪の視線が、俺を目掛けて容赦なく降り注ぐ。

 あー……その、なんだ……すまんが、愛弟子に嫌われてる鬱憤をこっちに向けてこないでもらえますかね。

 他はともかく、自分が愛弟子に嫌われてることまで、俺に責任を問われても困るんだが。

「……あのさあ、君、自分の考えてることが筒抜けだって分かってやってるよね」

 変に肩透かしを食らったような顔で、ミュルダールは言った。隣のジルラッドもまた、ポカンと俺を見下ろしている。一体どんなことを思ったのだろうという顔だ。思わず笑みをこぼしつつ、俺はミュルダールを一瞥し、ひとつ、ハンと笑い飛ばしてやった。当然だろ。

 アンタのことを蛇蝎のごとく嫌っている愛弟子くんに、この世で一番愛されている俺ですが、何か?

 俺のことが大好きで、世界一やさしいジルラッドに嫌われて、ご愁傷様ざまあみやがれ

「おおお、未だかつてない程の怒りを感じている……こんな屈辱は初めてだ」

「え? 俺何も言ってないけど? 勝手に頭の中覗いてる方が悪くない? 内心の自由って知ってる?」

「ええい、忌々しい! 君のこと滅茶苦茶嫌いなのに、めいいっぱい配慮してやった僕の温情を踏みにじりおってからに!」

「うるせぇ!! 俺は俺のことが好きな子が大好きだし、俺のこと嫌いな奴は大っ嫌いなんだよ!!」

「おい、そこの馬鹿弟子! 君、ほんっとうに見る目だけは皆無だな!! どうしてそんなクソガキに入れあげているのか、僕には心底理解できない!! 早急に手を切って正気に戻ってくれ!!」

「俺の可愛いジルラッドにダメなところなんてあるわけねぇだろ!!!! いつだって俺の弟は完璧で究極の一番星なんだよ!!!! 公式が解釈違いとか抜かす厄介害悪オタクはだぁってろ!!!!!!」

「なんぼなんでも開き直ってからの態度も声もデカすぎる……! さっきまでの悲劇のヒロイン気取りはどこに行ったんだ……!」

 誰が悲劇のヒロイン気取りじゃ、スッ飛ばすぞ(無理)。

 仕方ないだろ、俺が幸せになるつもりがないならジルラッドも幸せなんていらないって言うんだからよぉ。ジルラッドが幸せになるために、俺も幸せになる覚悟決めたんだよ。

 俺は公式が解釈違いなんて抜かすクソオタクじゃないからな。俺と一緒に生きることが幸せって、他でもないジルが言ってくれたんだ。なら、叶えてやる以外に無いだろ。

 わあ、いかにも不愉快ですって顔。アンタの気持ち悪いニヤケ顔の仮面を剥がすことが出来て俺としては愉快痛快だがな!! ねえ、悔しい? 今どんな気持ち? いやあ、笑いが止まりませんよボカァ。

「ニレス・ミュルダール。やはり貴様はここで殺す」

 調子に乗って心の声でミュルダールを煽り散らかすことに夢中になっていた俺は、突如膨れ上がった魔力の気配に、背筋が一瞬にして凍るのを感じた。

 地獄の底よりもどす黒い殺意を、俺の隣で煮えたぎらせ、雷電迸る剣の切っ先を、真っ直ぐとミュルダールに突き付けるのは、他でもない、ジルラッドだった。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩

ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。 ※現在、加筆修正中です。投稿当日と比較して内容に改変がありますが、ご了承ください。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

陛下の前で婚約破棄!………でも実は……(笑)

ミクリ21
BL
陛下を祝う誕生パーティーにて。 僕の婚約者のセレンが、僕に婚約破棄だと言い出した。 隣には、婚約者の僕ではなく元平民少女のアイルがいる。 僕を断罪するセレンに、僕は涙を流す。 でも、実はこれには訳がある。 知らないのは、アイルだけ………。 さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪

処理中です...