転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀

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第三章 思い出すにしても、これは無いだろ!

第三十九話

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 ああ、何もかも、思い出した。思い出してしまった。

 こういうのは、なんて言うんだろうな。青い鳥というには、あまりにくだらない。見つけたところで、そこに、あの子に相応しい兄なんてものは存在しなかったのだから。

 あったのは、俺と言う、ただの死にぞこない。

「やあ、おはよう。記憶を取り戻した気分はどうだい、聖者殿」

 底意地の悪い笑顔で俺の顔を覗き込むミュルダール。分かっているくせに。俺にこんな痣を付けた時点で、俺の頭の中はすべて筒抜けなのだから。

「なあ、あのひと、俺の……母親は、どうなった」

 ウルラッド父さんは死んでいない、そして、ジルラッドが辺境に追放されることなく、王太子と呼ばれている。じゃあ、あの人は? もしかして、もしかしなくても、ジルラッドが殺意を込めて「あの女」と呼んでいたのは……。

「ああ、君が身を投げた後に起こったことだがね。順当に、君が死にかけたことで、あの女の悪事が白日の下にさらされることになったよ。総出の救命措置が行われる中で、君の身体から想像を絶するほどの魔毒痕が見つかったからさ」

「魔毒痕……」

「魔力を用いて調合された薬物を摂取すれば、少なからず身体に現れる魔力の痕跡のことだよ。細工をして、その魔力の主を誤魔化すことは出来るんだけどね。あの女も一応隠しはしていたが、当時王太子だった君にそんな犯行が出来る人間なんて限られる。王太子への危害、ましてや毒を盛るだなんて、例え身分が王妃だったとしても、死罪は免れない」

「……死んだのか」

「いや、残念ながらね。あの女は、どうせ死罪になるならば、と、陛下の前で、全ての謀略を語った。結果、あの女は死罪を免れ、国外追放という処断を受けた。まんまと逃げおおせたのさ、忌々しい」

「本来死罪であるはずなのに、国外追放で許されたって……? 一体何を話したんだ」

「ベルラッドは、王の実子ではない。毒を盛った相手が王の実子でない上、対象が生存している……即ち、毒物が対象を直接死に至らしめたものでない以上、死罪にあたるほどの罪を自分は犯していない、とね」

「なっ……」

「ご愁傷様だよ、ホント。でもね、君がウルラッド陛下の実子でないことは、第三者の公正な調査によって証明されてしまった。よって、君が受けた被害の比重よりも、当時あの女が居座っていた王妃という身分の比重が勝ってしまったんだな。それまで奴が犯していた罪を総じて鑑みても、この国の法規では、領土から永遠に追放することしか出来なかった」

 言い表し難い理不尽に喉が詰まる。が、あの人なら、と納得してしまう自分もいる。この期に及んで、まだもあの人からの情なんてものを幻想するのか? 使い物にならなくなった操り人形なんて、欠片も顧みることなくゴミ箱に投げ捨てるのがあの人だろう。

 ああ、そして、目の前の男とあの人の間に、どのような因縁があるのだろうか、ミュルダールは、笑顔を浮かべこそすれ、般若も裸足で逃げ出すほどまで、顔を憎悪に歪めていた。

 すべてを思い出したのならば、俺の前に繕うものなど何もないということだろうか、今までの、飄々として、むせ返るほどの胡散臭さはなりを潜めていて、その代わり、ガラスの仮面で隠していたらしい、強烈な殺意がヒリヒリと肌を撫でる。

 俺なんかよりもよほど、あの人のことを許し難いと思っているのだ、きっと。

「いい加減教えてくれ、アンタが俺の記憶を戻した理由。まさか、善意でやったわけではないだろ? あの人の……俺の母親に関連することか?」

「話が早くて助かるなぁ。僕はね、そりゃあ、あの女が死に絶えて、三界にわたり、その存在を抹消し尽くしたいと思うくらいだが、それ以上に、彼……ジルラッド王太子殿下が、万が一にでも、王座に就くことが叶わない、そんな可能性がびた一文でも存在することが、絶対に許せないのさ。僕には分かる……あの女が、この期に及んで、使える者はなんでも使って、国家転覆を企てているってね。そこで、君だ」

 ミュルダールは、パチリと指を鳴らし、その指で俺を指さした。いちいち仕草が癪に障る。きっと、この男が考えることなど、俺にとっては碌なことじゃないだろうなと思った。

「何をさせようっていうんだ?」

「君は、教会から秘密裏に聖人指定を受けた保護管理対象だ。だが、王太子である彼のたっての希望で、表立って君が聖人指定、及び、それにふさわしい待遇を受けるに至っていない。僕は、君に、教会での儀式を受け、名実ともに聖人に成ってほしいのさ」

「俺が聖人に成れば、あの人のことを止められるのか?」

「ああ。王太子でも何でもない、国王陛下の温情により、辛うじて王族に籍を置いている今の立場では出来ないが、君が聖人になってくれれば、教会に、あの女を抹消する権限が生まれるからね。そうすれば、大義名分のもと、俺があの女を殺せるようになるのさ」

 殺す、か。そうか、俺が聖者として教会から保護観察を受ける立場になれば、超法規的機関である教会に大義名分が与えられ、聖者に危害を加える恐れのある存在は全て抹消することが許されるのか。

 つまり、俺の選択が、人を殺すということ。

「あれぇ? あの女に散々人生を踏みにじられておいて、まだ躊躇うのかな。甘ちゃんだね。殺すなっていう冗談はよしてくれよ、せっかく、この親切極まりない僕が、あの女の息子なんて虫唾の走る存在である君に、まっとうな生存の道を示してやってるんだからさ」

「……別に、俺が生きようが死のうが、そんなことはもういいんだよ。一度は人生を手放したんだから。むしろ、アンタがジルラッドに殺されるほど恨まれるんだったら、アンタに殺された方がいい嫌がらせになるだろ」

 現に、記憶を取り戻し、あの人にどんなことをされたのか、実感を伴って思い出した今でも、あの人を恐れこそすれ、恨んだりする気持ちは不思議なほど湧かない。

 気配ひとつすら感じたくないし、あの人の声を聞くだけで錯乱するとかは大いに想像できるけど、あの人に死んでほしい、殺したい、という感情とは違う。

 そんな、覚悟すらろくに決められない俺みたいなやつが、促されるまま人の死ぬ選択をして、あろうことか聖人として教会に祀られるだなんて、ひどく悍ましいものに思えてならないのだ。

 だからと言って、「ジルラッドのために」だなんて思ってしまったら、今度は最愛の弟に罪の責任を擦り付けてしまう事になる。約束を破った挙句、そんな責任逃れをするなんて、恥知らずも良いところだ。

「自分の母親のことじゃないか。 君は最大の被害者なわけだし、奴に落とし前を付けさせる権利は誰よりもある。頼むよ、彼は、史上まれにみる天才魔術師であるこの僕が、誠心誠意仕えるにふさわしい、理想の王と見込んで育てた弟子なんだ。そんな相手とわざわざ険悪になんてなりたかないさ。君が自分からそう望んでくれるのなら、さしもの王太子殿下だって納得してくれるだろう」

 どうせ一回捨てた命だろ? なんて、デリカシーの欠片もないことをミュルダールは言い放つ。それが人に物を頼む態度か? 腹立つ。

「もうすでになかなか嫌われているように感じるのは俺の気のせいか?」

 この男が俺を連れ去る間際の、純然たる殺意をこの男の喉元に振りかざすジルラッドの顔ときたら、およそ人間らしい感情が排除され尽くしたような禍々しい表情だったぞ。やさしさの化身のようなあの子にあんな顔をさせるなんて相当じゃないかと思うんだが。

「そりゃあ、君に対する態度と比べちゃ、その他の人間への対応なんて、塩対応も良いところだろうさ。彼、君以外を相手にして、一瞬でも表情を動かしたことがないくらい、筋金入りの冷血漢なんだよ。君以外の有象無象の中で個人として認識されている時点で、僕はまだ嫌われていない方だ」

 何だコイツ。ジルラッドのこととなると急に早口マシンガントーク始めるじゃん。同担拒否厄介オタクか?

「なんだかよくわからない言葉の羅列だが、ものすごくけなされているのは分かるからね」

「……悪趣味だぞ、一方的に俺の頭ン中覗きやがって。もういいだろ、この呪い解除しろよ。対等な話し合いをさせてくれ」

「まー、記憶を取り戻した途端さかしらに物を言うものだ。悪いが、まだ解除はしてやれないね。君が僕の提案を受け入れて、聖者の禊を受けるまでは、このままだと思ってくれていいよ」

 はなから俺の意思を汲むつもりなんて欠片もねぇじゃねぇか。いい加減にしろ。

 まあ、事実、俺の意思がどうあれ、そうするしか他に無いんだろうが。業腹である。

「なあ、聖者って具体的に何をさせられるんだ?」

「教会の考え方としては、聖なる力は主の御力の分け前であるからして、その力は主の意思に帰依しなくてはならない。まあ、君が教会に従順である限り、定期的に神の肖像や、教会へ格別の喜捨を行った対象の肖像を描かされるだろうけど、人格を排除されるなんてことにはならないと思うよ。人より眠る時間が多くなるだけでさ」

「それは、絵を描く時間以外は眠らされてるって解釈でいいか」

「ご自由に」

「あ、そ」

 肺に残った空気を全て絞り出すみたいに、深く息をつく。

「この日記は返してもらうぞ。せめて、幸せな夢を選ぶくらいはさせてくれ。悪夢はもうこりごりなんだ」

「英断に敬意を表そう。枢機卿猊下とて、それくらいなら許してくださるだろうよ」

 交渉成立。俺は、あの人から逃げるため、聖者になることを選んだのだった。
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