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第二章 転生するにしても、これは無いだろ!

第二十九話

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「え、マジじゃん……青タンも擦過傷も切り傷も全部綺麗になってる」

「これ……ベルラッド兄上の魔法ですよね……? すごい……」

「エっ!? 俺!?」

「兄上、光魔法の使い手だったんですね……!」

「待って待って、知らん知らん。初めて知った」

「え? でも、生まれた時に分かるはずですよね」

「誰からも聞いてませんが……てか光に適性があるなら俺今頃教会に居なくちゃいけなくないか?」

「あっ、確かに……」

 そう、生まれた時の洗礼で光属性の適性があるとわかった子は、7歳時点で一度教会に預けられ、10歳までは司教の下で特別な洗礼を受ける必要があるのだ。

 10歳以降は当人の素質や意思によって、そのままエリート聖職者としての道に進むか、治癒術師として王立学園で勉強するか、どちらも選ばず市井に戻るか選ぶことになる。

 光魔法の適性を持つ者は神の愛し子とされており、貴重なのである。しかし、当人の性格や性根によって簡単に失われやすいものでもあり、それが決定するのが10歳までの間になる。

 ゆえに、教会で俗世間から隔離され、清らかな精神を培う必要があるとされているのだ。

「うーん……ごめん、なんか面倒なことになりそうだし、さっきのことは忘れてくれないかな……いやまあ俺が君に頼めた義理じゃないか……えー、どうしよ」

「はい、忘れません。でも、黙っておきます。兄上に怪我を直していただいたんですから、兄上がそう望まれるなら、僕は絶対に誰にも言いません」

「――あの、えっとね? きみ、もうちょっと根に持つとかさ、疑うとかした方がいいよ……? 俺は助かるけどさ……」

 いやそんなキレーな顔で首を傾げられても困る……こんなに歪んだ環境に居て、ここまで真っ直ぐ純真に育つってことあるか? 

 これはまごうことなき主人公だわ……。光魔法が使えるなら圧倒的こっち感が否めない。どうしてこうなった。

 ジルラッドは暫く思案顔で俯いていたが、なにか思い当たった様にハッと目を見開き、俺にひれ伏すように蹲った。待って待ってやめてそんなことしないで!!

「あの、ごめんなさいっ!! 僕のせいで、兄上のお持ち物が壊れてしまいました。なんとお詫びしたらいいか……」

「ああいや!! いいんだって、そんなこと! 君は何も悪くないんだし。むしろ痛い思いさせてごめん。あと、この際、これまでのこと全部謝る。本当にごめんなさい。許してほしいとは言わないけど、金輪際君には近づかないから……」

 殺さないでください。どうかどうか俺が王国の隅っこでつつましく暮らすくらいは見逃してください。お願いしますジルラッド様……。

 気付けば、王子二人向かい合って互いに土下座しあうとか言う意味わからん状況になった。

 重い沈黙があたりを満たす。そりゃあ、そうだよな。こんなことで今までのこと水に流せって言う方が烏滸がましい。

 今日ジルラッドが怪我したのも、元をただせば原因は俺だ。ベルラッド(覚醒前)が取り巻きを伴って寄ってたかってこの子を虐めたから、アイツらは調子に乗ってこの子をバルコニーから突き落とした。

「顔を上げてください、兄上」

 ジルラッドの声は恐ろしいほどに静かだった。俺は恐る恐る顔を上げて、彼の顔を伺う。

 なんというか、すごく理知的な顔だった。滅茶苦茶顔がいい。流石あのウルラッド父さんの息子。

「僕は、分かりません。どうして、王妃殿下も、兄上も、僕に沢山の嫌なことをしてくるのか。そして、今まであの人たちと一緒に僕を蹴ったり殴ったりしてきた兄上が、急に、人が変わった様に、僕を助けて、今までのことを謝ってくるのか。僕は、分からないことをそのままにしておくのは怖いです。だから、何も分からないまま、これから兄上とこんな風に話せなくなるのは嫌です。謝罪を受け取るのは、僕がもっと兄上をちゃんと知ってからにしたい」

「……ん? なんで? 普通嫌いな奴のことなんて知りたくなくない? 嫌いな奴のことだよ? 知りたくも無いし顔も見たくないんじゃないの?」

「怖い、とは思ってましたけど、嫌いと思ったことは無い……と、思います。今日で兄上のことはあまり怖くなくなったので、もっと兄上とお話ししたいし、出来れば、仲良くしたいです」

 家族ですから。そう言って、ジルラッドはニコッと笑った。流石主人公としか言いようのない強靭すぎるメンタリティ。もはや強靭というより狂人じゃないか? 

 どうして今まで自分のことを虐めてきた相手に対して、そんなにも気安く出来るのだろうか。お人好しすぎないか? 

 それとも、これが生まれながらに強者と定められた者の余裕ってやつなのか? ちょっとパンピー選手権日本代表の俺からしちゃ理解できないぞ……。

「俺が、君のこと嫌ってるとは思わないのか? 少なくとも、今まで俺が君にしてきた仕打ちは、君のことがどうしようもなく嫌いだったから出来たことだと思うし……普通自分のこと嫌っているかもしれない相手のことって怖いし嫌いになるだろ」

「嫌いなら、何で、僕のこと何も言わず治療してくれたんですか?」

「それは……気まぐれかもしれないじゃん……」

「兄上は、僕のことが嫌いですか?」

 待ってくれ。コレ何て返すのが正解?? 俺は君のことが嫌いだから近寄ってくんな? そんなド外道なことこんな幼気な7歳の少年に言えるか? 

 無理、俺はチキンなのでそんなこと言えない。だってこのままいけば将来的に俺を殺すかもしれない相手なんだぞ!?

「あ、え……えっっとぉ……べ、別に……?」

「じゃあ、大丈夫です!」

「なんで大丈夫だと思ったのか、おじさんに分かるように教えてもらっていいかい、坊や?」

「おじさん? 誰がですか?」

「アッイヤ……ナンデモナイデススンマセン……」

 無理だーー!! この澄み切った瞳が俺の穢れた心を蹂躙する!! 何もかも俺が悪いし俺が間違ってました生きててすみません本当にすみません!! 帰ります!!

 この後俺は「アッス、ア、ッス……スマセン……」が鳴き声の怪物になり果て、7歳の美少年にペコペコお辞儀をしながら退散する羽目になった。

 背後から「また明日!!」なんて不穏な文言が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ。気のせいったら気のせいなんだ!!
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